獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第4話

 

 

「鬼もいますか?見ましたですか貴方」

「見ていない!ゾンビだけ!」

 

アンジェリカは鴉の答えを聞くと頷き、

 

「カイガク、コイシヤマ!私、西の集落行きますです。2人は東の集落行く、よいことですね!」

「ちょ、ちょっと待てよ!?」

 

反論したのは小石山だ。

 

「ゾンビが出たのは西なんだろう、鬼も西に決まってる!東に行く意味なんてないだろ!」

「テメエ、手柄を独り占めする気か!?」

 

獪岳がそれに続く。

 

「どうせテメエも隊律違反したクチだろう、1人だけ助かろうったってそうはいかねえぞ!」

SHUT UP(シャラップ)!!」

 

どおん!

アンジェリカは足踏みで畳4枚分ほどの広さの地面を砕いた。

獪岳と小石山が怯んでいると、彼女は続けて、

 

「いいですか?この島のdemon、ゾンビにする死体無いと戦えないのことですね。この前の戦いであなたたち、死体ずいぶん壊した思います私」

「あ……」

 

小石山が何かに気づく。

 

「そうか。あの鬼、俺たちを西に引き付けておいて、東を襲って死体を一気にたくさん手に入れようと……?」

「私この島の西行ったことありますなのですぐ行けます。──私西行く、あなたたち東行く、いいのことですね!」

 

アンジェリカはそう念押しすると、たちまち西へ走り出した。

おそろしく足が速い。

風になびく金色の髪は、すぐに夜の闇に紛れて見えなくなった。

 

 

 ◆

 

 

「もしかしてアンジェリカのやつ、めっちゃ強いのかなあ」

「知るかよ」

 

小石山と獪岳は夜道を走りながら話す。

 

「だが、鬼が東にいるっていうなら好都合だ。俺たちで鬼の首を取る」

「俺"たち"か……なあ獪岳、鬼へのトドメはボクに刺させてくれないか?」

「はぁ!?」

「だってボク、死罪だよ……このままじゃ死罪になっちまうよ!」

 

獪岳は小石山を振り返った。

小石山の顔は恐怖に歪んでいる。

 

「なあ獪岳、お前めっちゃ強いじゃん!よそでいくらでも手柄立てられるだろ。今回だけ、ボクに花を持たせてくれないか?」

「テメエ、ふざけるなよ!」

「ぐわあっ!」

 

獪岳は小石山を殴り倒す。

 

「俺だってなあ……俺だって死罪なんだよ!手柄立てなきゃ死ぬんだよ!」

「ええっ!?獪岳、お前……」

「俺が必死でやってるのに、お前はこすい手で勝とうとしやがって……恥を知れ!カスめ!」

「おごっ!」

 

さらに腹に蹴りを入れる。

現在の鬼殺隊においてモラル最低の2人の醜いやりとりだった。

 

「ハアハア……もういい、テメエはここにいろ。性根の腐ったピストルデブめ。東の集落には俺1人で行く」

 

獪岳は血走った目で、うずくまる小石山を見下ろす。

 

「テメエが集落に来たら、俺の手柄を奪おうとする敵とみなす。当然ぶち殺すから、そのつもりでいろ!」

 

そう言って、1人で再び走り出した。

 

「ま、待ってくれ獪岳……!獪岳ゥ!」

 

背後からの小石山の声を無視して、走り続ける。

 

 

 ◆

 

 

東の集落はひっそりと静まり返っていた。

粗末な家々が並ぶ街並み。

篝火がパチパチと音を立てて燃えている。

 

(((鬼はいないのか?やっぱ西が当たりだったのか)))

 

獪岳は周囲を見回す。

人がいない。

夜だから当然か……否。

これだけ篝火を焚いているのに火の番がいないというのはおかしい。

 

獪岳は手近な家に目をつけ、玄関扉を開けた。

島民が1人座っている。

 

「おいあんた、鬼や動く死体みたいなもんを見なかったか?」

「ア……」

 

島民が振り返る。

その左右の目玉がこぼれ落ちて、真っ赤なキノコがにゅっと生えた。

 

「アバー」

「こいつ……!」

 

獪岳は慌てて刀を抜いた。

両目のキノコ……以前出会ったゾンビと同じだ。

この島民、すでに死んでゾンビにされていたか。

 

「アバー」

「雷の呼吸、弍ノ型──稲魂!」

「アババーッ!」

 

噛みついてくるゾンビを切り刻んで倒す。

それを背に、家から外へ。

 

「アバー」「アバー」「アバー」

 

とたんに周囲の家々の玄関扉が開き、ゾンビたちが現れた。

篝火がその醜い姿を照らす。

 

「ヒ、ヒィーッ!」「お化け!」

 

一方で、生きた住民が何人か逃げ出していく姿もある。

 

(((鬼の野郎、集落の人間を全員ゾンビにしたかったんだろうが……仕事が済む前に俺が到着したってところか)))

 

獪岳は集落の広場へ出た。

刀を振りやすく、生き残りの住民も巻き込まないからだ。

ゾンビの群れがそれを取り囲む。

 

「よう獪岳ゥ!俺の狙いを見抜いてこっちの集落に来るとは、やるじゃねえか」

 

ゾンビたちの背後から、例の鬼が姿を現した。

今日も柿色の羽織を着ている。

 

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ。俺はテメエなんぞ知らねえと何度言わせる?」

「薄情なやつだ。──こうすりゃ思い出せるかよ?」

 

柿色の鬼は笑い、自分の前髪をかきあげてみせた。

さながら禿頭のように。

 

「……バカな」

 

獪岳は愕然とした。

理解したからだ。

自分の知己を名乗るこの鬼、その正体を。

 

「テメエ……蝉爺か!」

「そうだよ獪岳ゥ!お前が10年前に入り浸っていた賭場の胴元さ!」

 

蝉爺は笑った。

その姿は、獪岳の知るものから50年分若返っている。

本来は10年分老けているべきであるにも関わらず。

 

「だが、もう蝉爺なんて貧相な仇名で呼んでくれるなよ。──儚主(はかなぬし)!それがオレの新しい名前だ」

「クズだとは思ってたが、人を食うバケモンにまで堕ちてたとは……」

「仕方ねえじゃねえか、人間は老ける。鬼は老けねえ」

 

儚主は両手を広げてみせる。

その体躯は肉付きよく、血色よく、若々しさに溢れている。

 

「何人か食っただけで若返ったぜ。腰も膝も痛くねえし、目も霞まねえし、女も抱ける。気に入らねえやつは指先一つで全員ぶち殺せる」

「その生活は今日で最後だ。俺が殺すからな」

 

獪岳は自分を取り囲むゾンビを見回した。

数は20体ほどか。

自分1人でも処理できる数だ。

 

「前回の半分もいねえじゃねえか。この程度の数で俺を止められると思うのか?ボケた頭までは若返らなかったらしい」

「ほざくなよ獪岳!オレが何の策もなくお前らに再戦を挑んだとでも思うのか?」

 

儚主は両手から赤いオーラを発した。

鬼の異能──血鬼術のエネルギーのあらわれだ。

その手で、手近なゾンビ2体に触れる。

 

「血鬼術"冬屍夏草(とうしかそう)"──"羽化変生(うかへんせい)"!」

 

気合を込めた瞬間、2体のゾンビはぶるりと身震いした。

そしてお辞儀するように体を屈めると、その背中がばりっと音を立てて裂ける。

それは脱皮だった。

ゾンビの皮を脱ぎ捨てて、変生体が姿を現す。

 

「「ジィィィ……」」

 

それは、真っ赤な蝉の怪人というべき異形だった。

顔には複眼があり、それを突き破って赤いキノコが生えている。

両手は鋭い鎌状。

全身が鎧のような外殻に覆われている。

 

「さあ行け、変生体よ……殺せーッ!」

「「ジィーッ!」」

 

儚主の命令一下、2体の変生体は獪岳に襲いかかった。

目からキノコを生やした蝉の怪人が迫ってくる、悪夢じみた光景。

 

「ジィーッ!」「くっ!」

 

1体目の鎌手攻撃を、獪岳は回避する。

空振りした鎌手はそのまま地面を畳1枚分ほど砕いた。

おそるべき威力だ。

 

(((まともに受けたら刀がイカれる……!)))

「ジィーッ!」

 

それを飛び越えて、2体目が空中から襲いかかる。

獪岳は斬り上げを繰り出して迎撃した。

 

「雷の呼吸、伍ノ型──熱界雷(ねつかいらい)!」

「ジジィッ!?」

 

2体目はそれをまともに受けた。

吹き飛んで地面を転がる。

……しかし、何事もなかったかのようにむくりと起き上がった。

無傷だ。

獪岳は戦慄する。

 

(((斬れてねえ……!?奴の外殻が硬すぎて、刃が通ってねえのか!)))

「理解したようだな。お前ら鬼狩りの下っ端が何人束になったところで、その変生体を倒せやしねえ」

 

儚主が邪悪な笑みを浮かべる。

……獪岳は判断ミスを自覚した。

この鬼を、今の自分が1人で倒すのは無理だ。

ここに1人で来るべきではなかった。

 

(((仕切り直さなければ……小石山が役に立たないとしても、せめてアンジェリカと合流してから……!)))

 

獪岳はじりじりと後ずさる。

しかしゾンビの群れが回り込み、彼の退路を断った。

 

「逃さねえ。対策を練る時間は与えねえ」

 

儚主の目が、血のように赤い光を発する。

血鬼術でゾンビをコントロールしているのだ。

 

「獪岳、鬼狩りになんぞなったのが運の尽きだ。お前は今ここで、クズらしく無様に──」

「ウアアーッ!」

 

その時、誰かが近くの家の屋根の上から儚主に飛びかかった。

黒い隊服を着た、太り気味の男──小石山だ。

 

「何だと……!」

 

儚主は目を剥いた。

彼は獪岳以外の鬼狩りは西の集落に引き付けることができたものと考えていた。

──ゾンビを獪岳の包囲に集中させすぎて、呼び戻すのが間に合わない。

 

「炎の呼吸、肆ノ型──盛炎(せいえん)のうねり!」

「ぐわあっ!」

 

飛びかかりざまの一撃が、儚主の左腕を斬り飛ばす。

 

「ウワァーッ!畜生!ボクだってなあ、ボクだってやってやんだよ!」

 

小石山は死への恐怖で歯を鳴らし、涙と鼻水を垂らしていた。

しかしそれでも、くすんだ赤色の日輪刀を手に儚主に向かっていく。

 

「「ジィーッ!」」

「うおおっ!」

「ジジィッ!?」

 

変生体たちは主人を守りに行こうとする。

そのうちの1体を、獪岳がタックルをかけて足止めした。

獪岳は抑え込みながら叫ぶ。

 

「よく来た小石山!殺せ!そのクズを殺せーッ!」

「ウアアーッ!」

 

小石山が最後の一撃を振りかぶった、その時──

ズダダダッ!

……機関銃じみた、連なった銃声が響いた。

 

「がふっ……!」

 

小石山は横ざまに地面に転がった。

起きあがろうとしたが果たせず、膝をつく。

 

「──どんなに勝てる勝負でも、イカサマのタネは二重三重に仕込んでおくもんだ。こういう不意の時に役立つからな」

 

儚主はそれを見下ろし、笑う。

その右手には大型の拳銃が握られている。

獪岳はつい最近、その銃を見たことがあった。

正確にはそのカタログ写真を。

 

「モーゼルC96……!」

「よく知ってるな獪岳!この銃の唯一の欠点は反動のでかさだが……鬼の腕力なら抑え込める。そしてこの連射だ」

 

儚主は、立ち上がれないままの小石山に銃を向けた。

ズダダダダッ!

再び銃声が響く。

小石山はのけぞって、仰向けに倒れた。

 

「テメエ、ふざけるな……ふざけるな、蝉爺ーッ!」

 

獪岳は自分でもよくわからない衝動に突き動かされ、叫んだ。

組み敷いた変生体の頸に刀を押し当てる。

そして渾身の力で、その頸を圧し切った。

緑色の体液が飛び散る。

 

「オアアアーーッ!」

 

獪岳は立ち上がった。

押し寄せるゾンビを刀で薙ぎ倒しながら、儚主に迫る。

 

「ジィーッ」

 

残る1体の変生体が立ちはだかった。

鎌手を振り下ろして攻撃してくる。

獪岳は、跳んだ。

 

「邪魔だあっ!」

「ジジッ!?」

 

そして、前のめりになった変生体の頭を踏んで、さらに跳んだ。

空中から儚主を見下ろす。

儚主はモーゼル拳銃でこちらを狙っていた。

 

「間抜けだぜ獪岳ゥ。その空中でモーゼルの弾幕を避けられるとでも──ぐあっ!?」

 

その背中に、日輪刀が突き刺さった。

思わず振り返ると、小石山が身を起こし、手を振り抜いた姿勢でいた。

自分の日輪刀を投げたのだ。

儚主は目を剥く。

 

(((バカな!あれだけ撃ったのに何故生きて──)))

「雷の呼吸、伍ノ型・改──」

 

獪岳が、落下の勢いを乗せて刀を振り下ろす。

背後の小石山に注意を逸らされた儚主は反応できない。

 

熱界雷・落(ねつかいらい おとし)!」

「がっ……!」

 

その一撃が、儚主の頸を切断した。

生首が宙を舞う。

 

「獪岳!お前みたいなクズが……仲間の金をくすねて博打を打ってたようなクズが、このオレを……!」

「クズなのはテメエだけだ」

 

恨み言を吐き散らすそれを、獪岳の刃が微塵切りにした。

 

「俺をテメエと一緒にすんじゃねえ」

 

 

【続く】

 

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