獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第5話

 

 

獪岳は残心して周囲を見回す。

ゾンビたちは皆、がっくりと膝をついて動かなくなっていた。

変生体もだ。

まるで魂が抜けたかのようである。

 

(((儚主が死んだから、下僕もただの死体に戻ったか)))

 

ふと気づく。

死体を操る、墓場の支配者──

墓の名主で、ハカナヌシだったのか。

 

(((バカバカしい名乗りをしやがって。儚いのはテメエの命だったな)))

「ヒィーッ!痛い!痛い!死ぬ!」

 

小石山が騒ぎながら地面をのたうち回っている。

 

「おいデブ、テメエなんで蜂の巣にされて生きてるんだよ?」

「もうダメだ!ボクは死ぬ!」

「なんで今生きてんだって話をしてんだよ」

 

獪岳は呆れ返りながら応急処置キットを取り出した。

小石山を捕まえて、隊服をめくり上げる。

 

「……なんだこりゃ?」

 

獪岳は目を丸くした。

小石山の服の裏から、重厚な鉄の胴鎧が出てきたからだ。

モーゼル銃弾の大部分はそこに食い込んで止まっている。

 

「えっ?いや、ボクは死……あ、そうか」

 

小石山は急に冷静になった。

 

「ボク、鎧つけてたんだった。拳銃弾くらいなら効かないか」

「テメエ、人騒がせな……」

 

獪岳は罵ろうとして、言葉に詰まった。

……この小石山という男、こんな重量物を腹に抱えた状態であれだけ戦えていたのか。

これを外して戦えば、自分よりずっと強いのではないか。

 

(((こんなカスが……俺より……)))

 

どれだけ探しても、いい言い訳が見つからない。

敵前逃亡したという同じ過去を持っていても、その罪に正面から向き合い、恐怖に克って鬼に挑み……

しかも才能でも優れている。

仮にこの男を死罪に追い込んで自分が生き延びたとして、何の意味があるのか?

獪岳の視界が絶望で真っ暗になる。

 

「──」

 

その時、小石山が獪岳の背後を見た。

目を見開く。

 

「獪岳!危ない!」

「うおっ!?」

 

そして、獪岳を突き飛ばした。

──ズダダダッ!

また、銃声が響く。

小石山は頭から血を噴いて倒れる。

獪岳はそのさまを、呆けたような顔で見上げていた。

 

「……は?」

「言ったはずだぜ獪岳ゥ」

 

声のする方を見ると、首なしの鬼が立っていた。

モーゼル拳銃を構えている。

……儚主だ。

……頸を斬ったのに、死んでいない。

 

「イカサマは二重三重に仕込んでおくもんだってなあ」

 

儚主はいつのまにか再生した左手で羽織をはだけて、自分の腹を見せた。

そこに老人の顔があった。

獪岳がよく知る蝉爺の顔だ。

それが今、口を動かして喋っている。

 

「オレの本当の頭はこっちだ。当然、頸もその下あたりだ」

「何だと、テメエ……」

 

獪岳は冷や汗を流しながら、かろうじて立ち上がった。

視界の隅で、倒れた小石山を見下ろす。

……ダメだ。

頭を撃たれて、完全に死んでいる。

 

「そんなのアリか、畜生……理不尽な……」

「鬼なんて理不尽なもんさ」

 

儚主が腹の顔で歯を剥いて笑った。

 

「人間がせせこましく暮らしているところにやってきて、家族を食う。恋人を食う。そこに理由や因果なんて無え」

 

そして、小石山の死体を見下ろす。

 

「こいつも愚かだったことだなあ。人並みに生きてりゃ人並みに幸せになれたのかもしれねえのによ、鬼狩りになんてなるから」

「ふざけるなよ」

 

獪岳の口から、我知らず言葉が漏れ出た。

それは鬼殺隊の剣士の多くが持っているものであり──

獪岳もまた、今まで捻れた性根の奥に隠れてはいたが、ずっと持っていた感情。

鬼への純粋な怒りだ。

 

「ふざけるなよ、クソ鬼がァ!テメエみたいなドクズがこの世に存在してていいわけがねえ!」

「だったらどうするってんだ、アア!?」

 

儚主が気合いを発すると、周囲のゾンビたちが一斉に息を吹き返した。

たちまち獪岳を包囲する。

さらに儚主は手近なゾンビ2体を脱皮させ、これで変生体は3体だ。

 

「獪岳!テメエは10年前と何も変わってねえ、無力なガキのままだ。オレに勝つことなど決してできないなあ!」

「蝉爺!テメエだけは、死んでも殺す!」

 

獪岳は怒りに身を震わせながら、刀を鞘に戻した。

それは次の一撃のための予備動作だ。

 

雷の呼吸、壱ノ型……霹靂一閃(へきれきいっせん)

獪岳は未修得の技である。

どれほど過酷な鍛錬を積んでも、一度も成功させることができなかったのだ。

 

(((知ったことか。この状況でゾンビの包囲を突き抜けて奴の頸を斬るには、霹靂一閃しかない)))

 

獪岳は刀の柄を、鞘を、強く強く握りしめる。

足元の地面をにじるように踏みしめる。

 

(((成功するまで何度でもやるぞ。ゾンビから横槍を入れられようと、俺の命が擦り切れるまで奴の頸を斬りにいく!)))

 

ゾンビの大軍団を前に、獪岳が捨て鉢な覚悟を固めたその時──

ずうん!

近くに何かが着弾し、粉塵を巻き上げた。

 

「カイガク、よく頑張ったのことです。あとは私に任せるいいですね」

 

それは砲弾ではなく、人間だった。

アンジェリカだ。

 

「Because I'm coming、来ましたです私」

 

そう言って、日輪刀を構える。

その刃は長いだけでなく、幅広で肉厚、さらにムカデの体のように節がある。

異様な刀だった。

 

「バカな、お前何故ここに」

 

儚主はその姿を見て、たじろいだようだった。

 

「お前は西の集落で俺の屍どもと戦っていたはず……」

「あっちのzombie全部倒したのことです、はい」

「バカな!あれを全部倒した上で、この東の集落まで島を横断してきやがったと……こんなに速く来れるはずは!」

「とっても足速いです私。それにshort cut、近道たくさん知ってるますね」

(((近道……)))

 

獪岳は思い至る。

……まさか、アンジェリカが昼間にパトロールすることを繰り返していたのは、島の地理を学ぶためだったのか。

 

「チイッ……獪岳、お前よりこの女の方が厄介らしいな。お前はしばらくそいつらと遊んでろ!」

「「「アバー」」」

 

儚主は獪岳に通常ゾンビの大軍を差し向けた。

そして自らは変生体3体を率いて、アンジェリカの方へ向かっていく。

 

「アンジェリカ!気をつけろ、その3匹いる蝉のバケモンは強い!鬼も機関銃を持ってやがるぞ!」

 

獪岳はゾンビを斬り倒しながら叫ぶ。

 

「Alright」

 

アンジェリカは頷く。

そして、まだ敵までずいぶん距離があるというのに、刀を大ぶりに振りかぶった。

儚主は笑う。

 

「その間合いで斬れるのか?それも、3体同時によぉ!」

「「「ジィーッ!」」」

 

変生体がアンジェリカを襲う。

正面、右、左の3方向から飛びかかる。

 

「Moon Breathing……」

 

アンジェリカは独特な呼吸法で息を吸い、そして刀を振るう。

たちまち、その刀身が数珠状に分解。

いくつもの刃を鎖で繋いだ鞭状の武器となって、自分の周囲を薙ぎ払う。

 

「First Form: Dark Moon - Evening Palace!」

「「「ジィーッ!?」」」

 

一撃だった。

一撃で、3体の変生体すべてが体を両断されたのだ。

自分の手勢がバラバラになって散乱する様を、儚主は驚愕とともに眺めた。

 

「バカな!変生体をこうもあっさりと……ありえねえ、こんなのはイカサマだ!」

「No, これ普通のことですね」

 

アンジェリカが刀をもう一度振るうと、伸び切った鎖が柄の方に引き戻される。

刀は鞭状から元の形に戻った。

 

「あなたたちdemon、いきなり出てきて人食べる。だから私、いきなり出てきてあなたたち殺す。何もおかしいないのことです」

「舐めるな、クソアマがぁーっ!」

 

儚主が激昂し、モーゼル拳銃を向ける。

その時、アンジェリカはすでに二撃目を繰り出し始めていた。

 

「Second Form: Pearl Flowers Moongazing!」

「ぐはあっ……!?」

 

数珠状の刃が襲う。

何重にも折り重なった斬撃が儚主の全身を切り刻む。

その一部は、儚主の本当の頸にあたる部分を捉えていた。

 

バラバラにされて地面に散乱する儚主。

もう再生することはない。

肉片の一つ一つが、灰のようにボロボロと崩れて消えていく。

 

(((グゥゥーッ、こんなバカな……勝っていた!オレは勝っていたのに!)))

 

儚主は今際の際、虚しい思考を巡らせる。

こんなことなら、鬼狩りが来たとわかった段階で徹底的に姿を隠し、連絡船を待って本土に逃げるべきだった。

しかし儚主は鬼狩りたちの姿を見た時、思ってしまったのだ。

──「こんな弱そうな鬼狩りなら、自分でも殺せる」。

 

(((最強の博打打ちだったこのオレが……勝負の下り際を間違えたってのか……!畜生ォ……!)))

 

その声なき叫びを最後に、蝉爺の意識は途切れた。

……永遠に。

 

 

 ◆

 

 

ゾンビたちは今度こそ沈黙した。

目から生えていた真っ赤なキノコが枯れ落ちて、ただの死体に戻ったのだ。

変生体はというと、全身がどろどろに溶けて、蒸発するか地面に染み込むかして消えてしまった。

「虫の蛹の中では、幼虫の体がどろどろに溶けて、一から成虫の体に作り直される」……

以前、どこかで聞いた話が獪岳の頭をよぎった。

 

その後、獪岳とアンジェリカは駐在の警官と合流。

ともに被害の確認と負傷者の救護にあたった。

集落のはずれに死体置き場が設けられ、大量の死体がずらりと並ぶ。

その中には小石山の死体も含まれていた。

 

「おい、アンジェリカ」

「What?」

 

アンジェリカが振り返って笑いかける。

そのあっけらかんとした態度が、獪岳の癪に触った。

 

「テメエ、結局あの鬼を1人で倒しちまったな。一体何者だ?」

「あー、教えてなかったですね。任務終わった今のことですから、教えるです私」

 

アンジェリカは胸を張る。

 

「私、時透(ときとう)アンジェリカいいます。仕事、"月柱(つきばしら)"ですね、はい!」

「柱だと?テメエが?」

「今回のmission、あなたたちの働き見るために来ました私。あなたたちがmissして島の人死ぬ、これダメですね絶対」

「ふざけるな!」

 

獪岳はその胸ぐらを掴んだ。

 

「なんで最初から言わねえんだ?そうしたら、テメエが強いことを前提に作戦が組めた!」

「作戦?何の作戦組むのことですか、貴方?」

 

アンジェリカは微かに首を傾げ、冷たい目で見返す。

 

「私がdemon倒したら、すごい言われるの私です。あなたたちハラキリ逃げられないことです」

「小石山が死んだんだぞ……!」

「best尽くしました私。あなたたちも頑張った聞いてますね、違いますか?」

 

鎹鴉が1羽舞い降りて、アンジェリカの肩に留まる。

 

「カァー!喜べ獪岳、お前の戦いぶりもちゃんと月柱様に報告した!」

「……何が、戦いぶりだ」

 

獪岳はアンジェリカの胸ぐらを掴む手を離した。

力なく、肩を落とす。

 

「見てたならわかるだろう?俺1人だったら早々と殺されてた。持ち堪えてたのは小石山の働きだ」

 

獪岳は小石山の最期を思い出す。

儚主の不意打ちから獪岳を庇って、自分が銃弾を受けて死んだ。

 

「あいつこそ生きるべきだったんだ。なのに俺を庇って……俺なんかを庇いやがって、畜生!」

「おーい、いたぞー!」

 

島民の声が会話を遮った。

見れば、ゾンビの襲撃を受けた家のあたりで、瓶の中から小さな子供が引き出されている。

親が瓶の中に隠すことで匿ったのだろう。

東の集落の住民の生き残りたちがその子供を暖かく迎えている。

 

「この東のvillage、本当はもっと人死ぬのところでした。カイガクとコイシヤマが戦ったから、demon忙しくてあまり殺せなかったのことです」

 

アンジェリカは獪岳を抱き寄せ、頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「カイガク、あなたよく頑張ったですね。私あなたのこと褒めます。Good job! Good boy!」

「う……」

 

獪岳は抵抗せず、なされるがままにした。

……自分の力不足は、痛いほどわかっている。

そのせいで小石山が死んだことも。

 

それでも今夜、自分は頑張ったのだ。

自分の命さえ顧みず戦った。

それによって少しは人の命が助かった。

褒めてもらえた。

その事実が、獪岳のひび割れた心に優しく染み入った。

 

「ううう……!畜生……畜生……!」

 

獪岳はアンジェリカを抱き返し、泣いた。

──なんてみっともないのだろう。

頭の片隅で、考える。

こんなに泣くのは10年ぶりだろうか。

 

頭上では空が白み始めていた。

長い夜が明ける。

鬼が滅び、暗黒島にやっと朝が来るのだ。

 

 

【続く】

 

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