獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第6話

 

 

……数日後。

 

本土から暗黒島に連絡船が戻ってきた。

照りつける日差しの下、デリッククレーンが動き、食料や生活雑貨のコンテナを港へ下ろす。

代わりに、人が船に乗り込む。

大勢乗り込む。

今回の一件で島を捨て、島の外へ移住する人々だ。

 

「この分じゃ、しまいには誰もいなくなるんじゃねえか。島が滅ぶぞ」

 

埠頭で、獪岳はそうした人の流れを見回す。

 

「モグモグ。仕方ないのことですね。漁師死んだら魚買えない、お百姓死んだら野菜買えない」

 

アンジェリカが焼き鳥を食べながら応える。

 

「何も買えない島で生きていけないですね実際。働くfamily死んだらもっとです。お引っ越しするのダメ言えないです」

「……」

 

獪岳は虚しさを覚える。

自分たちの戦いは、儚主による殺戮を最小限に留めたはずだ。

しかしその最小限でさえ、暗黒島の社会と経済を崩壊させるには十分だったのではないか。

 

「獪岳さん!アンジェリカさん!」

「ン?」

 

獪岳が振り返ると、木刀を持った島民の少年が走ってきたところだった。

舟太だ。

少年は2人の前に走ってくると、一瞬逡巡した後、その場で土下座した。

 

「すいません……!すいませんでした!」

「おい、なんの真似だ!?」

「Oh, Japanese Dogezaですねこれ!?初めて見たのことです私!」

 

獪岳は困惑し、アンジェリカはなぜか喜んだ。

 

「俺、この前の騒動の時に……何もできませんでした。鬼の仕業だってわかってたのに」

 

舟太は頭を下げたまま続ける。

涙が滴り、埠頭の地面を濡らした。

 

「獪岳さんたちには鬼を倒したいって言っていたのに、そう思っていたのに……死体が歩いているのを見たら、足がすくんで動けなくて……何もできませんでした……!」

「……」

 

獪岳はその姿を静かに見下ろす。 

舟太は鬼殺隊ではなく、ただの子供。

怯えて当然、何もできなくて当然だ。

しかしそれでもなお、自分の無力さ、臆病さを恥じて、わざわざ頭を下げにきた。

……かつての自分の土下座に比べて、なんと清いことだろう。

獪岳はその事実を言い訳せずに受け止めた。

 

「舟太!何をしているの!」

 

舟太の背後から、中年の女性が走ってきた。

舟太を無理矢理立ち上がらせ、獪岳たちを睨む。

 

「あなたたちですか、うちの舟太におかしなことを吹き込んでいるのは……!」

「おっ母、やめろよ!なんてこと言うんだ!」

 

舟太が横から口を挟む。

 

「獪岳さんたちは俺に剣術を教えてくれたんだ!俺がおっ父の仇を討つ!」

「舟太、よく聞け」

 

獪岳はかがみ込み、舟太と目線と合わせて話す。

 

「小石山は死んだ。戦って死んだんだ。……お前たち、この島の住民を守るためにな」

「小石山さんが……俺たちのために……?」

「お前が大人になってもまだ仇を討ちたいと思うなら、鬼殺隊という組織を探せ。……でもな、普通に暮らすことはそれだけで大変だし、尊いことだ」

「まもなく出航です!乗船の方はお早く!」

 

船員の声が会話を遮る。

獪岳はアンジェリカと頷き交わした後、舟太の頭を撫でた。

 

「鬼を倒すことだけじゃなく、普通に暮らすことも考えてみてくれ。──大丈夫だ。その間は、俺たちがしっかりやっておくからよ」

 

 

 ◆

 

 

……獪岳が東京に戻って、しばらくの後。

鬼殺隊から新たな処分が下された。

 

隊士、獪岳。

暗黒島における任務での功績、きわめて大なり。

そこで、死罪の執行を猶予する。

なお、その間の身分は月柱・時透アンジェリカの預かりとする。

 

この処分によって、獪岳は処刑をひとまず免れた。

では、童磨に遭遇する以前のような、比較的安定した隊士活動に戻ったか。

それは否だった。

 

 

 ◆

 

 

「あああああ!クソがああああ!」

 

獪岳は叫びながら、全力で走って逃げる。

周囲は夜の杉林だ。

杉の木の間をすり抜けて、走り続ける。

 

「待テ鬼狩リィィィ!殺スゥゥゥ!」

 

それを、身長10mはあろうかという巨躯の鬼が追っていた。

邪魔な杉の木を片っ端から殴ってへし折りながらだ。

 

「Hey, カイガク!逃げているばかりでは勝てないのことですね、わかりますか?」

 

近くの杉の木の上から、アンジェリカが大声で話しかけてくる。

獪岳は怒鳴り返した。

 

「ふざけんな、テメエがやれよ!高みの見物しやがって!」

「Oops, そんなこと言っていいですか貴方?私の気分一つであなたハラキリなsituation変わってないですね今」

 

アンジェリカはへらへら笑って答える。

 

「手柄立てる機会与えてる感謝してほしいくらいですね私。あと5分以内にそいつ倒すお願いします、hurry up!」

 

……このアンジェリカという女性は、上司として仰ぐには最悪だった。

獪岳を成長させ、功績を得させようとしているのか。

地獄に追い込んで早く殺そうとしているのか。

獪岳には後者の比重が大きいとしか思えなかった。

 

「Well……」

 

アンジェリカは杉の木の上で、鬼殺隊の連絡書類に目を通す。

 

「今年の最終選別は5人もpassしたですか。すごく優秀です」

「ぎゃあああああ!」

 

遥か下の地上では、獪岳が鬼に捕まって逆さ吊りにされていた。

 

 

 ◆

 

 

……そして、1年が経過する。

その間に鬼殺隊は無限列車の戦い、遊郭の戦いを経て……

そして……

 

 

 ◆

 

 

「ぐはあっ!」

 

玉壺(ぎょっこ)は体を焼かれ、這いつくばった。

火傷が再生しない。

人を食って蓄えていた精力が底をついたのだ。

 

「あ、ありえない……この私を……上弦を100年以上務めてきたこの私が……」

 

玉壺は異形の顔をもたげて、敵を睨んだ。

十二鬼月の地位を巡る鬼同士の戦い、"入れ替わりの血戦"……

それを挑んできた、若い鬼。

 

「鬼になって1年の、貴様ごときに……!」

「グルルルル……」

 

その鬼は、狐の魔人じみた姿をしていた。

首から上が狐のそれであり、牙を剥き出しにしているのだ。

真っ赤な羽織を着て、真っ赤な刀を携えている。

 

「勝負あったようですな、無惨様」

 

童磨が扇子で仰ぎながら水を向ける。

 

「……」

 

鬼舞辻無惨は、無言で立ち上がった。

そしてもはや動けない玉壺に近づき、冷然と見下ろす。

 

「ああ、お慈悲を……どうかお慈悲を賜りませ、無惨様」

 

玉壺は息も絶え絶えで乞い願う。

 

「此奴には遅れをとりましたが、鬼狩りには負けませぬ。まだ私は貴方様のお役に……!」

「誰が口を開けと言った?」

「がはあっ!」

 

無惨は腕から肉塊を伸ばし、玉壺に食らいつかせた。

玉壺はその体を囚われ、少しずつ吸収されていく。

 

「ああ!お許しください無惨様!どうか!」

「鬼狩りには負けぬ、だと?人間に勝つのは当然のことだ。それを私に対して取引材料にしようなどと、思い違いも甚だしい」

「無惨様……其奴はまだ使える……」

 

横から別の上弦が口を出す。

 

「上弦の陸に降格……という処分は如何か……」

「黙れ黒死牟。今回ばかりは貴様にも口出しはさせん」

 

無惨が睨みつけ、それを制した。

 

「所詮はこの玉壺も、下弦どもや妓夫太郎と同じ……負け犬根性の染みついた無能だったのだ」

「ああ!ああ!ああ〜〜〜っ!」

 

ぐしゃっ!

……圧壊音とともに、玉壺の恍惚とした声は途絶える。

無惨が肉塊を引き戻すと、その後にはおびただしい血痕が残っているだけだった。

 

「……」

 

無惨は血戦の勝者、狐頭の鬼に目を向ける。

 

「童磨。こいつの名前は?」

「私はリリュウ殿と呼んでおりました。人間だった頃の名前です」

「くだらんな」

 

無惨は狐頭に近づき、その顔に手を触れた。

手を離した時には、狐頭の両目には「上弦」「伍」の文字が刻まれている。

 

赤狐(しゃっこ)、お前を上弦の伍に任じる。鬼狩りを殺せ。そして青い彼岸花を見つけ出すのだ」

「グルルルル……」

 

赤狐は唸り声を発して応えた。

 

 

 ◆

 

 

「フハハハハ!主は来ませり!主は来ませり!」

 

鬼は艦橋の上で両手を広げ、高笑いした。

和鎧を着込み十字架紋の陣羽織を着た、戦国武将じみた出立だ。

 

「デウス様、ご照覧あれ!これよりこの戦船にて、呪われるべき徳川の街・江戸をインヘルノに変えまする!」

「ほざくなよ、クソ鬼が!」

 

獪岳は甲板からそれを見上げ、叫ぶ。

ここは船の上だ。

日本海軍の戦艦・三笠、その艦上である。

 

「大体もう江戸じゃねえ、東京だ!呪われるべきなのはテメエの時代錯誤だ!」

「少々時代が変われば無かったことと申すか!肥え太った江戸の豚めが!」

 

鬼が念じると、艦内へ通じるハッチが次々に開く。

そして血鬼術で洗脳された水兵たちが姿を現した。

全員銃や軍刀で武装している。

 

「島原の恨み、ここで晴らさん!かかれ!」

「「「ウオオーッ!」」」

 

押し寄せる水兵たち。

獪岳は殺すわけにもいかず、峰打ちや打撃でなんとか倒していく。

 

「クソッ、やりづれえな……!」

「ウオオーッ!」

 

洗脳された士官が軍刀を振り下ろす。

獪岳がそれを刀で受けた瞬間──

獪岳の日輪刀は、ぼきりと折れた。

 

「折れたァ!?」

「「「ウオオーッ!」」」

 

その隙に大勢の水兵が組みつき、獪岳を拘束する。

 

「クソッ離しやがれ!テメエらも戦うのが仕事のくせにまんまと操られやがって!」

「喜べ徳川の犬、貴様の最期はとびきり盛大なものにしてやろう」

 

鬼はそう言って、伝声管に向けて何か言った。

すると……獪岳の目の前にある主砲の砲塔が動いた。

獪岳を照準する。

黒々とした砲口の穴が、彼を吸い込まんばかりだ。

 

「撃てーッ!」

 

ずどおん!

炎が噴出し、轟音が鳴り響いた。

大気がびりびりと震える。

これが戦艦三笠の主砲・30cm砲の威力なのだ。

 

発射炎が収まった頃、甲板の上にもう獪岳の姿はない。

水兵の死体の破片がいくつか転がっているばかりだ。

 

「フハハハ、木っ端微塵に吹き飛んだか……!」

「No, それは違うのことです」

 

背後から声。

鬼がハッとして振り返ると、そこにアンジェリカがいた。

獪岳を小脇に抱えている。

 

「鬼狩り……!バカな、その男をあの状況から、あの一瞬で助けるなどと……!」

「助けるできます。柱です私だからですね」

「柱だと?面白い!飛んで火に入る夏の虫よ」

 

鬼は両手で刀を抜き、二刀流の構えをとる。

刀の刃にはそれぞれ「最終審判」「神世到来」の文字が刻まれている。

 

「貴様の首級を上げれば十二鬼月になるのも夢ではない。さらなる力も──」

「それできないことです。あなた死んでますね今もう」

「え」

 

鬼は呆けた声を出す。

直後、頸に一直線の切れ目が入り、生首がごろりと転げ落ちた。

アンジェリカはすでに斬っていたのだ。

獪岳は小脇に抱えられながら言う。

 

「遅えんだよ、来るのが!」

「海軍と話つける時間かかる、これ当たり前です。生意気言うと助けませんね次」

「この際俺はいいとしても、水兵が巻き込まれて死んだじゃねえか」

「あー、助けられない人は助けられないです。impossible。死ぬ人は死にます」

 

アンジェリカは冷淡に言った。

この女は闘争心や義侠心が他の柱より乏しかった。

半分は米国人という出自であるが故なのか。

……しかし過去には、酒を飲みながら任務に出て鬼を取り逃すような柱もいたという。

それに比べればまだ常識的な範疇といえた。

 

「Oh, 獪岳、あなたの刀brokenですか?」

 

アンジェリカが、獪岳の刀を見て言った。

金色の刃は半ばあたりでへし折れている。

 

「悪かったな、刀の扱いが未熟で」

「そうとも限らないのことです。どんなにうまく使ってても、いつかは必ずbreakします刀。これ"キンゾクヒロー"言います」

「金属疲労……」

「直すこと必要あるですね刀。……この際ですから、私たちの体も一緒にrepairしましょう」

 

月柱は茶目っ気たっぷりにウィンクした。

 

「カイガク、"刀鍛冶の里"行くしますですよ!」

 

 

【下 刀鍛冶の里編に続く】

 

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