……数日後。
本土から暗黒島に連絡船が戻ってきた。
照りつける日差しの下、デリッククレーンが動き、食料や生活雑貨のコンテナを港へ下ろす。
代わりに、人が船に乗り込む。
大勢乗り込む。
今回の一件で島を捨て、島の外へ移住する人々だ。
「この分じゃ、しまいには誰もいなくなるんじゃねえか。島が滅ぶぞ」
埠頭で、獪岳はそうした人の流れを見回す。
「モグモグ。仕方ないのことですね。漁師死んだら魚買えない、お百姓死んだら野菜買えない」
アンジェリカが焼き鳥を食べながら応える。
「何も買えない島で生きていけないですね実際。働くfamily死んだらもっとです。お引っ越しするのダメ言えないです」
「……」
獪岳は虚しさを覚える。
自分たちの戦いは、儚主による殺戮を最小限に留めたはずだ。
しかしその最小限でさえ、暗黒島の社会と経済を崩壊させるには十分だったのではないか。
「獪岳さん!アンジェリカさん!」
「ン?」
獪岳が振り返ると、木刀を持った島民の少年が走ってきたところだった。
舟太だ。
少年は2人の前に走ってくると、一瞬逡巡した後、その場で土下座した。
「すいません……!すいませんでした!」
「おい、なんの真似だ!?」
「Oh, Japanese Dogezaですねこれ!?初めて見たのことです私!」
獪岳は困惑し、アンジェリカはなぜか喜んだ。
「俺、この前の騒動の時に……何もできませんでした。鬼の仕業だってわかってたのに」
舟太は頭を下げたまま続ける。
涙が滴り、埠頭の地面を濡らした。
「獪岳さんたちには鬼を倒したいって言っていたのに、そう思っていたのに……死体が歩いているのを見たら、足がすくんで動けなくて……何もできませんでした……!」
「……」
獪岳はその姿を静かに見下ろす。
舟太は鬼殺隊ではなく、ただの子供。
怯えて当然、何もできなくて当然だ。
しかしそれでもなお、自分の無力さ、臆病さを恥じて、わざわざ頭を下げにきた。
……かつての自分の土下座に比べて、なんと清いことだろう。
獪岳はその事実を言い訳せずに受け止めた。
「舟太!何をしているの!」
舟太の背後から、中年の女性が走ってきた。
舟太を無理矢理立ち上がらせ、獪岳たちを睨む。
「あなたたちですか、うちの舟太におかしなことを吹き込んでいるのは……!」
「おっ母、やめろよ!なんてこと言うんだ!」
舟太が横から口を挟む。
「獪岳さんたちは俺に剣術を教えてくれたんだ!俺がおっ父の仇を討つ!」
「舟太、よく聞け」
獪岳はかがみ込み、舟太と目線と合わせて話す。
「小石山は死んだ。戦って死んだんだ。……お前たち、この島の住民を守るためにな」
「小石山さんが……俺たちのために……?」
「お前が大人になってもまだ仇を討ちたいと思うなら、鬼殺隊という組織を探せ。……でもな、普通に暮らすことはそれだけで大変だし、尊いことだ」
「まもなく出航です!乗船の方はお早く!」
船員の声が会話を遮る。
獪岳はアンジェリカと頷き交わした後、舟太の頭を撫でた。
「鬼を倒すことだけじゃなく、普通に暮らすことも考えてみてくれ。──大丈夫だ。その間は、俺たちがしっかりやっておくからよ」
◆
……獪岳が東京に戻って、しばらくの後。
鬼殺隊から新たな処分が下された。
隊士、獪岳。
暗黒島における任務での功績、きわめて大なり。
そこで、死罪の執行を猶予する。
なお、その間の身分は月柱・時透アンジェリカの預かりとする。
この処分によって、獪岳は処刑をひとまず免れた。
では、童磨に遭遇する以前のような、比較的安定した隊士活動に戻ったか。
それは否だった。
◆
「あああああ!クソがああああ!」
獪岳は叫びながら、全力で走って逃げる。
周囲は夜の杉林だ。
杉の木の間をすり抜けて、走り続ける。
「待テ鬼狩リィィィ!殺スゥゥゥ!」
それを、身長10mはあろうかという巨躯の鬼が追っていた。
邪魔な杉の木を片っ端から殴ってへし折りながらだ。
「Hey, カイガク!逃げているばかりでは勝てないのことですね、わかりますか?」
近くの杉の木の上から、アンジェリカが大声で話しかけてくる。
獪岳は怒鳴り返した。
「ふざけんな、テメエがやれよ!高みの見物しやがって!」
「Oops, そんなこと言っていいですか貴方?私の気分一つであなたハラキリなsituation変わってないですね今」
アンジェリカはへらへら笑って答える。
「手柄立てる機会与えてる感謝してほしいくらいですね私。あと5分以内にそいつ倒すお願いします、hurry up!」
……このアンジェリカという女性は、上司として仰ぐには最悪だった。
獪岳を成長させ、功績を得させようとしているのか。
地獄に追い込んで早く殺そうとしているのか。
獪岳には後者の比重が大きいとしか思えなかった。
「Well……」
アンジェリカは杉の木の上で、鬼殺隊の連絡書類に目を通す。
「今年の最終選別は5人もpassしたですか。すごく優秀です」
「ぎゃあああああ!」
遥か下の地上では、獪岳が鬼に捕まって逆さ吊りにされていた。
◆
……そして、1年が経過する。
その間に鬼殺隊は無限列車の戦い、遊郭の戦いを経て……
そして……
◆
「ぐはあっ!」
火傷が再生しない。
人を食って蓄えていた精力が底をついたのだ。
「あ、ありえない……この私を……上弦を100年以上務めてきたこの私が……」
玉壺は異形の顔をもたげて、敵を睨んだ。
十二鬼月の地位を巡る鬼同士の戦い、"入れ替わりの血戦"……
それを挑んできた、若い鬼。
「鬼になって1年の、貴様ごときに……!」
「グルルルル……」
その鬼は、狐の魔人じみた姿をしていた。
首から上が狐のそれであり、牙を剥き出しにしているのだ。
真っ赤な羽織を着て、真っ赤な刀を携えている。
「勝負あったようですな、無惨様」
童磨が扇子で仰ぎながら水を向ける。
「……」
鬼舞辻無惨は、無言で立ち上がった。
そしてもはや動けない玉壺に近づき、冷然と見下ろす。
「ああ、お慈悲を……どうかお慈悲を賜りませ、無惨様」
玉壺は息も絶え絶えで乞い願う。
「此奴には遅れをとりましたが、鬼狩りには負けませぬ。まだ私は貴方様のお役に……!」
「誰が口を開けと言った?」
「がはあっ!」
無惨は腕から肉塊を伸ばし、玉壺に食らいつかせた。
玉壺はその体を囚われ、少しずつ吸収されていく。
「ああ!お許しください無惨様!どうか!」
「鬼狩りには負けぬ、だと?人間に勝つのは当然のことだ。それを私に対して取引材料にしようなどと、思い違いも甚だしい」
「無惨様……其奴はまだ使える……」
横から別の上弦が口を出す。
「上弦の陸に降格……という処分は如何か……」
「黙れ黒死牟。今回ばかりは貴様にも口出しはさせん」
無惨が睨みつけ、それを制した。
「所詮はこの玉壺も、下弦どもや妓夫太郎と同じ……負け犬根性の染みついた無能だったのだ」
「ああ!ああ!ああ〜〜〜っ!」
ぐしゃっ!
……圧壊音とともに、玉壺の恍惚とした声は途絶える。
無惨が肉塊を引き戻すと、その後にはおびただしい血痕が残っているだけだった。
「……」
無惨は血戦の勝者、狐頭の鬼に目を向ける。
「童磨。こいつの名前は?」
「私はリリュウ殿と呼んでおりました。人間だった頃の名前です」
「くだらんな」
無惨は狐頭に近づき、その顔に手を触れた。
手を離した時には、狐頭の両目には「上弦」「伍」の文字が刻まれている。
「
「グルルルル……」
赤狐は唸り声を発して応えた。
◆
「フハハハハ!主は来ませり!主は来ませり!」
鬼は艦橋の上で両手を広げ、高笑いした。
和鎧を着込み十字架紋の陣羽織を着た、戦国武将じみた出立だ。
「デウス様、ご照覧あれ!これよりこの戦船にて、呪われるべき徳川の街・江戸をインヘルノに変えまする!」
「ほざくなよ、クソ鬼が!」
獪岳は甲板からそれを見上げ、叫ぶ。
ここは船の上だ。
日本海軍の戦艦・三笠、その艦上である。
「大体もう江戸じゃねえ、東京だ!呪われるべきなのはテメエの時代錯誤だ!」
「少々時代が変われば無かったことと申すか!肥え太った江戸の豚めが!」
鬼が念じると、艦内へ通じるハッチが次々に開く。
そして血鬼術で洗脳された水兵たちが姿を現した。
全員銃や軍刀で武装している。
「島原の恨み、ここで晴らさん!かかれ!」
「「「ウオオーッ!」」」
押し寄せる水兵たち。
獪岳は殺すわけにもいかず、峰打ちや打撃でなんとか倒していく。
「クソッ、やりづれえな……!」
「ウオオーッ!」
洗脳された士官が軍刀を振り下ろす。
獪岳がそれを刀で受けた瞬間──
獪岳の日輪刀は、ぼきりと折れた。
「折れたァ!?」
「「「ウオオーッ!」」」
その隙に大勢の水兵が組みつき、獪岳を拘束する。
「クソッ離しやがれ!テメエらも戦うのが仕事のくせにまんまと操られやがって!」
「喜べ徳川の犬、貴様の最期はとびきり盛大なものにしてやろう」
鬼はそう言って、伝声管に向けて何か言った。
すると……獪岳の目の前にある主砲の砲塔が動いた。
獪岳を照準する。
黒々とした砲口の穴が、彼を吸い込まんばかりだ。
「撃てーッ!」
ずどおん!
炎が噴出し、轟音が鳴り響いた。
大気がびりびりと震える。
これが戦艦三笠の主砲・30cm砲の威力なのだ。
発射炎が収まった頃、甲板の上にもう獪岳の姿はない。
水兵の死体の破片がいくつか転がっているばかりだ。
「フハハハ、木っ端微塵に吹き飛んだか……!」
「No, それは違うのことです」
背後から声。
鬼がハッとして振り返ると、そこにアンジェリカがいた。
獪岳を小脇に抱えている。
「鬼狩り……!バカな、その男をあの状況から、あの一瞬で助けるなどと……!」
「助けるできます。柱です私だからですね」
「柱だと?面白い!飛んで火に入る夏の虫よ」
鬼は両手で刀を抜き、二刀流の構えをとる。
刀の刃にはそれぞれ「最終審判」「神世到来」の文字が刻まれている。
「貴様の首級を上げれば十二鬼月になるのも夢ではない。さらなる力も──」
「それできないことです。あなた死んでますね今もう」
「え」
鬼は呆けた声を出す。
直後、頸に一直線の切れ目が入り、生首がごろりと転げ落ちた。
アンジェリカはすでに斬っていたのだ。
獪岳は小脇に抱えられながら言う。
「遅えんだよ、来るのが!」
「海軍と話つける時間かかる、これ当たり前です。生意気言うと助けませんね次」
「この際俺はいいとしても、水兵が巻き込まれて死んだじゃねえか」
「あー、助けられない人は助けられないです。impossible。死ぬ人は死にます」
アンジェリカは冷淡に言った。
この女は闘争心や義侠心が他の柱より乏しかった。
半分は米国人という出自であるが故なのか。
……しかし過去には、酒を飲みながら任務に出て鬼を取り逃すような柱もいたという。
それに比べればまだ常識的な範疇といえた。
「Oh, 獪岳、あなたの刀brokenですか?」
アンジェリカが、獪岳の刀を見て言った。
金色の刃は半ばあたりでへし折れている。
「悪かったな、刀の扱いが未熟で」
「そうとも限らないのことです。どんなにうまく使ってても、いつかは必ずbreakします刀。これ"キンゾクヒロー"言います」
「金属疲労……」
「直すこと必要あるですね刀。……この際ですから、私たちの体も一緒にrepairしましょう」
月柱は茶目っ気たっぷりにウィンクした。
「カイガク、"刀鍛冶の里"行くしますですよ!」
【下 刀鍛冶の里編に続く】