獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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幕間1 空飛ぶ善逸
第7話


 

 

……横須賀、夜。

 

「一体何なんですか、あのバカでかいのは?」

 

我妻善逸(あがつまぜんいつ)は闇の中、目を凝らす。

遠くに、巨大なアーモンド型の構造物がある。

何本ものケーブルで地面に繋ぎ止められているようだ。

 

「知らねえのか。ありゃ飛行船だァ」

 

風柱、不死川実弥(しなずがわさねみ)が答える。

 

「あのデカいのは風船で、中に水素が入ってんだ。その力で空を飛ぶ」

「空を飛ぶんですか?あんなバカでかいものが」

「誰だ!」

 

海軍兵士が現れ、カンテラで2人を照らす。

 

「オラァッ!」

「ぐふっ!」

 

不死川が目にも止まらぬ速さで殴りつけ、気絶させた。

 

「いつまでもこんなところにいらんねェ。とっとと済ませるぞ」

「は、はい!」

 

善逸は不死川を追って、煉瓦造りの武器弾薬庫の間を進む。

……ここは海軍基地の敷地内。

善逸と不死川は軍の基地に忍び込んだところだった。

子供を誘拐した鬼を追って。

 

 

 ◆

 

 

「かわいそうに。あの子、今頃泣いています」

 

母親は泣き腫らした目で言った。

その家は、代々稀血(まれち)の家系。

小柄な誘拐犯が子供を担いで屋根を軽々と飛び渡って去った時、警察より先に鬼殺隊に通報した。

 

「私の実家に連れて行った時など、気を張って愛想良くしていましたが、すぐに体調を崩してしまいました……繊細な子なんです」

「全力を尽くします」

 

不死川は神妙な顔で言う。

 

「娘さんのお名前は。あと、外見に何か特徴があれば」

千鈴(ちすず)です。歳は5歳で……いつも、手首に貝殻の鈴を巻いています」

 

父親が答え、深々と頭を下げた。

 

「鬼狩り様、どうか千鈴を助けてください。頼みます。頼みます……!」

 

 

 ◆

 

 

「例の子供、多分もう食われてるなァ」

「えっ」

 

善逸は不死川の言葉に呆気に取られた。

 

「そうとも限らないんじゃ……」

「時間が経ちすぎだ。鬼からしたら食わずに生かしておく理由がねェ」

 

不死川は真顔だった。

そして、善逸の聴力でも、動揺しているような音を少しも聞き取ることができなかった。

何の感傷も抱いていないのか。

 

(((こいつ冷血動物かよ?可愛い女の子が拐われたってのに、なんでここまで非情になれんだよ……柱だからか?)))

「オオオー」

 

異様な声が、善逸の思考を遮った。

不死川が無言で刀を抜く。

 

「オオオー」「オオオオー」「オオー」

 

声の主は増えていく。

……やがて、"影"の群れが姿を現した。

人型の影に厚みを持たせて立たせたような、異様な存在。

それが今、ゆっくりと2人を取り囲む。

善逸は震え上がった。

 

「ヒィィーッ!?なんだこいつら!?オバケ!?」

「鬼じゃねェな。鬼が異能で呼び出した手下ってとこか」

 

不死川が分析し、首をゴキゴキと鳴らした直後……

 

「「「オアアアーーッ!」」」

 

影が一斉に飛びかかった。

その手指が鋭く変形し、2人の体を引き裂こうとする。

不死川は息を吸い込んだ。

 

「風の呼吸、壱ノ型──塵旋風・削ぎ(じんせんぷう・そぎ)!」

「「「オアーッ!?」」」

 

一瞬で、周囲の影はバラバラに吹き飛んだ。

気づくと不死川は先ほどまでと全然違う場所におり、落ち着き払って刀を納めている。

善逸は唾を飲んだ。

 

(((今、斬ったのか?あれだけの数の敵を……柱ってのはどいつもこいつも人間辞めてんのかよ……)))

「ふんっ」

「オアーッ!」

 

不死川は手近な木箱を持ち上げ、体を両断されてもがいていた影に投げつけた。

影はぐしゃりと潰れて、蒸発して消えていく。

 

「こいつら、日輪刀じゃなくても殺せるぜェ。雑魚だな」

「うわぁぁーーっ!」

 

悲鳴が響いた。

背後の兵員宿舎からだ。

 

「ぎゃああーっ!」

「何事だ!敵襲か!」

「ひぃぃーーっ!」

「オオオー」

「助けてください軍曹殿!軍曹殿!」

「オオオオー」

 

悲鳴と破壊音、銃声が連なって聞こえてくる。

その中にはあの影の鳴き声も混じっている。

善逸は一瞬怯えた後、何が起こっているのか理解した。

 

「影が、軍人を襲ってんのかよ……!?」

「何のつもりだァ……」

 

不死川は目を細め、まだ見ぬ敵を睨んだ。

 

「手下どもに人を殺させてもテメエの腹は膨れねェだろうが……奴の狙いは……」

 

ふと気づき、100mほど先、飛行船の方を見やる。

いつのまにか係留ケーブルが外れている。

ずんぐりした白い巨体が今、ゆっくりと空へ昇り始めている。

不死川はこめかみに青筋を浮かべた。

 

「そういうことかよ。最高に小賢しくて下衆な鬼だなァおい……!」

「どういうことですか!?」

「我妻ァ!」

「はいぃ!?」

「今からテメエをあの飛行船までぶん投げる!クソ鬼を殺して来い!」

「はい!……えっええっ!?」

 

善逸は生まれて初めて自分の耳を疑った。

 

「いやいやいや何言ってんですか、投げる!?俺を!?あそこまで何間あると……」

「ガタガタ言うなァ!」

「あばぁっ!」

 

不死川は躊躇なく善逸の顔面を殴った。

 

「やるのか!やらねェのか!」

「やりまふ!やりまふ!」

「よォし、歯食いしばれ!」

 

そして善逸の胸ぐらを掴み──信じられない腕力を発揮して──

彼を、投げたのだ。

 

「うわぁぁぁ禰豆子ちゃあああん俺の墓は見晴らしのいい丘に建ててぇぇぇ!!」

 

夜の横須賀の空を時速100km以上でカッ飛んでいく善逸!

 

 

 ◆

 

 

「……」

 

奈楽(ならく)は目を閉じ、地上に残してきた眷属たちの気配を探った。

眷属は次々と倒されて消滅しているようだ。

しかし、それは作戦通りのことだった。

 

奈楽が立っているのは、飛行船の一番上の部分……気嚢の上だ。

飛行船は今まさに、どんどん高度を上げていく。

……地上で騒動を起こすことで鬼殺隊を引きつけ、その隙に飛行船で逃げる。

それが奈楽の作戦だった。

 

「鬼狩りは、カタギの人間が鬼に殺されるのを放置できない……実に悲劇的な習性ね」

 

奈楽の脳内にインスピレーションが溢れる。

手帳と万年筆を取り出し、書き殴る。

 

「ああ、今夜はなんて昂る夜なの。脚本がこんなに捗るだなんて!」

「──ああああああ〜〜〜!!」

 

そこへ善逸が飛んできて、気嚢の上でバウンドした。

そのまま飛行船から転げ落ちそうになり、必死にしがみつく。

 

「ヒィィィ高いぃぃぃ!落ちる落ちる落ちるぅぅ!」

「……」

 

奈楽は呆気に取られて見ていた。

善逸はドジなヤモリのようにもがき、気嚢の側面をよじ登って、なんとか上面へ這い上がった。

 

「こ、怖かった……絶対死ぬと思った……せめて女の子に投げられて死にたい……」

「何よ貴方は……」

「誰だ?俺は鬼殺隊の我妻善逸だ」

「あら貴方、鬼狩りなの?その無様なナリで?」

「な、何だと?」

 

善逸は立ち上がり、声の主を見返す。

そして目を見開いた。

奈楽は洋装の美少女だったのだ。

 

「うわっ可愛……」

 

言いかけて、気づく。

体の中から聞こえてくる音の調子がおかしい。

……この美少女は、鬼だ。

……右手首に、何か付けている。

 

「お前、その……その右手のは……」

「あら、これ?」

 

奈楽は澄ました顔で右手首を見た。

貝殻の鈴が結わえてある。

 

「稀血の仔が持っていたの。可愛いでしょう?」

「な……なんだよマレチのコって……」

 

善逸はわなわなと震える手で、鈴を指差した。

 

「千鈴ちゃんって娘のものだろ、それは……千鈴ちゃんどこにやったんだよ……」

「私は奈楽。脚本家なの。とびきり悲しい悲劇を書くのが大好きなのよ」

「何を喋ってんだよ。千鈴ちゃんをどこにやったんだって聞いてんだよ」

「一番悲劇的な展開を考えてみて?」

 

奈楽は首を傾げ、くすりと笑った。

 

「それが正解」

「お前ぇぇぇーーっ!!」

 

善逸は叫び、攻めかかる。

鬼は万年筆で自分の腕を突き刺し、血をぶちまけた。

血はたちまちドス黒い影となって足元に広がった。

 

「血鬼術"宵闇一座(よいやみいちざ)"──"黒子法師(くろこぼうし)"!」

「「「オオオオオーッ」」」

 

影は善逸の周囲で渦を巻き、立ち昇って人の形をなした。

地上でも出会った奈楽の眷属、影だ。

またしても、鋭い爪を振るって襲いかかってくる。

善逸は息を吸い込んだ。

 

「雷の呼吸、壱ノ型──」

 

……かつて善逸の兄弟子は、ゾンビに取り囲まれて窮地に陥った。

包囲網を突き抜けてその奥の親玉を叩く技を持っていなかったからだ。

しかし善逸は違う。

その技だけは、持っている。

 

「──霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

次の瞬間、善逸は奈楽の背後に着地した。

そして奈楽の生首が空中に吹き飛んだ。

 

「何、が……!?」

 

奈楽の首はそれだけ喋った後、気嚢の上をバウンドして、遥か下の地上へ落下していった。

影たちががくりと膝をつき、動かなくなる。

 

「……」

 

善逸は息を吐く。

そして刀を納めようとした。

 

 

 ◆

 

 

……不意に脳裏に蘇ったのは、昔の記憶。

善逸とその兄弟子である獪岳が、互いのことをよく知らず……

それ故に、多少穏やかな関係であったころ。

 

「モグモグ。善逸、お前は残心が足りねえ」

 

獪岳は桃を頬張りながら言う。

善逸はというと、彼の足元で仰向けになってへばっていた。

 

「ぜえ、ぜえ……な、何だよ、ザンシンって……」

「敵を倒したと思っても、その後もう一回警戒するってことだ」

 

獪岳はうんざりした顔で弟弟子を見下ろす。

 

「その点、お前は訓練が一区切りつくたびに毎回その調子じゃねえか。鬼と戦ってる時にそんなことやってたら……」

「えっ、でも鬼は群れないんだろ?1匹倒したらもう終わりで──痛ぇ!」

「生意気だなァ、お前!」

「ヒィィーッ!ごめんなさいごめんなさい!」

 

獪岳は善逸を何度か蹴った後、鼻を鳴らして言った。

 

「師範が言ってたぜ、鬼の中には狡猾な奴もいる。死んだふりをして隙をついてくることもあるって──」

「獪岳ゥ!何をこんなところで油を売っておる!」

 

"師範"が杖をつきながら姿を現した。

元鳴柱の育手、桑島慈悟郎だ。

 

「あっ師範!滅相もないです、油を売ってたんじゃなくて桃を食ってたんです」

「屁理屈を言うな!今日の素振り500回は終わったのか!いつになったら壱ノ型を覚えるのだお前は!そんなことでは藤襲山で死ぬ!」

「ヒィィーッ!すみませんすみません!」

 

獪岳は慈悟郎に杖で滅多打ちにされてうずくまる。

善逸はその様子を見て、思わず吹き出す。

……そんな、穏やかな時間の記憶。

 

 

 ◆

 

 

……ドシュッ!

肉を切り裂く音が響く。

飛行船の気嚢の上に、赤い血が飛び散る。

人間の血が。

 

「ぐうっ……!?」

 

善逸はかろうじて飛び退き、体勢を立て直した。

羽織が裂けて、その下から血が滴る。

 

「あら。首を掻っ切るつもりだったのだけれど」

 

影の一つが喋った。

奈楽の頸を斬った後も一体だけは密かに動き続け、善逸の背後に忍び寄っていたのだ。

影が身震いすると、その姿が奈楽に変わる。

 

(((こっちがこの奈楽とかいう鬼の本体?じゃあ、あれは!?)))

 

善逸はさっき頸を切った奈楽を見やる。

死体はドロドロと溶けて影の残骸に戻り、蒸発していく。

替え玉だったのだ。

 

「私の術が眷属を生み出すだけのものだと思っていたかしら?悲劇的な誤解ね」

 

奈楽はくすくすと笑う。

その笑顔は花が綻んでいるかのように可憐だ。

人の血を吸って咲く花だ。

 

その笑い声が増えて、重なる。

周囲の影がすべて奈楽の姿に変化していく。

奈楽たちは一斉に口を開いた。

 

「「「さあ、どれが本物の私かわかる?」」」

 

 

【続く】

 

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