獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第8話

 

 

夜の横須賀を飛ぶ飛行船……

その気嚢の上、吹きさらしの危険な場所で、善逸は戦っていた。

 

「霹靂一閃!」

 

奈楽の頸を斬り飛ばす。

すると、その奈楽の体は黒い液体になって飛び散った。

本体ではない。

 

「霹靂一閃!」

 

別の奈楽の頸を断ち切る。

液体になって飛び散る。

これも本体ではない。

 

「霹靂……一閃!」

 

さらに別の奈楽の頸を断ち切る。

液体になって飛び散る。

これも本体ではない。

 

「「「オオオーッ!」」」

「うひゃあっ!」

 

足元から影が数体飛び出し、鋭い爪を振るって攻撃してきた。

善逸はかろうじて回避する。

影は着地し、向き直って、新しい奈楽に姿を変えた。

 

「「「くすくすくす……もしかして善逸くん、悲劇的なことに」」」

 

奈楽たちが笑う。

 

「「「貴方、その技しか使えないのかしら?」」」

「……!」

 

善逸は歯噛みした。

……奈楽は明らかに、狡猾で小技に長けた敵だ。

霹靂一閃を見切られ、対処されてしまっている。

相性の悪い相手である。

 

まして、ここは飛行船の上だ。

安定して立っていられるスペースは限られる。

霹靂一閃を連発したり、ひときわ速く繰り出したりすれば、止まりきれずにそのまま落下してしまう。

敵との相性が最悪なら、戦う場所の環境まで最悪だ。

 

(((でも、この鬼はここで倒さなきゃダメだろ)))

 

善逸は弱気な気持ちを抑え、必死に自分を奮い立たせた。

兵舎で軍人が虐殺されていたことを思い出す。

この鬼は人を大勢殺すことを何とも思っていないし、それを実行できる力も持っている。

野放しにすれば普通の鬼にもまして甚大な被害が出るだろう。

 

善逸は自分を取り囲む奈楽たちを睨む。

全部で9体。

しばらく戦っているが、10体以上には増える気配がない。

おそらく、敵は強力な影を同時にたくさん出すことはできないのだ。

 

そして、耳で周囲を探る限り──風の音で聞きづらいが──この9体の他には敵の気配はないらしい。

この9体の中に、奈楽の本体が混じっている。

善逸の背中の傷からボタボタと血が流れる。

 

(((ああ、痛えなあ畜生……炭治郎、お前がここにいれば、なんか頭いいやり方思いつくんだろうなぁ)))

 

善逸は半泣きになりながら、乾坤一擲の攻めを構える。

……自分には、最高に頭の悪い手段しか思いつかない。

霹靂一閃を9連続で繰り出して、分身を補充される前に全部の頚を斬るのだ。

飛行船の上から足を滑らせないように、なんとか、こう……頑張りながら。

 

「「「何か企てているのかしら。……でもそのプロット、正しい前提のもとに組まれているの?」」」

 

奈楽たちが謎めいたことを言う。

 

「「「私はここで貴方を殺せなくても構わないし、この場所が平らでなくても構わないのよ?」」」

 

足元が揺れ動いた。

そして、飛行船は急激に傾き始めた。

機首を上げて急上昇し始めたのだ。

 

「うわっ、うわっうわっうわあっ!」

 

善逸は虚をつかれてよろめいた。

──やられた!

考えればわかることだった。

飛行船が奈楽の思い通りに飛行している以上、操縦室にも影がいるのであろうということくらい。

 

「「「オオオーッ!」」」

 

その隙をあればこそ、周囲の影たちが襲ってくる。

 

「クソーッ!霹靂一閃……三連!」

「「「オアーッ!」」」

 

善逸は急傾斜の中、かろうじて連続での居合を繰り出してそれを退ける。

全て本体ではない。

 

「「「"宵闇一座"──"一幕槍(ひとまくやり)"!」」」

 

残る奈楽たちが影の槍を作り出し、一斉に投げつける。

そのうち一本が善逸の回避と防御をすり抜け、彼の脇腹に突き刺さった。

 

「がっ……!」

 

思わず踏ん張りが途切れ、落下が始まる。

ようやく踏みとどまったのは、飛行船の最後端……尾翼の上だった。

 

尾翼の下には、もう何もない。

空中だ。

すでに横須賀市街の上空からは出たらしく、眼下には暗い森が広がっている。

 

「「「さあ、もうこの船の上にいるのは辛いでしょう。堕ちなさい」」」

 

奈楽たちの足元には影がわだかまり、彼女たちを飛行船に固定している。

ああやって自分たちだけ踏みとどまる方法があるからこそ、急傾斜で叩き落とす戦術をとってきたのだろう。

 

(((ズルいなあ、クソッ。こっちは命綱も無いんだぞ)))

 

善逸は敵を見上げる。

奈楽たちは機首の方、はるか高みにいる。

あんなにも遠い。

 

(((ダメだ。もうどう足掻いてもあそこまで俺の刀は届かない)))

 

善逸の脳内を絶望が埋め尽くした。

自分はなんと無力なんだろう。

夢の中の理想の自分と、こんなにも遠い。

──意識が、すうっと遠のく。

 

「「「それとも、このまま死ぬ?無駄な戦い、無駄な死。最高に悲劇的ね」」」

「……ぐう」

「「「……あら?」」」

「ぐう……ぐう……すぴーっ……」

 

善逸は眠っていた。

満身創痍でありながら、鼻提灯を浮かべ、立ったまま熟睡していたのだ。

奈楽は呆れた。

 

「「「気でも触れたのかしら?興醒めな結末ね。……じゃあ、さよなら」」」

 

そして、影の投げ槍を構える。

善逸はこの危機的状況でも眠ったままだった。

眠ったまま、刀を抜いた。

 

「霹靂一閃」

 

──ドンッ!

響いたのは、銃声よりなお大きい破裂音だった。

怪獣の悲鳴のような響きとともに、気体が猛烈な勢いで噴出する。

飛行船のシルエットが少しずつ萎んでいく。

 

「「「なんてこと……貴方」」」

 

奈楽は初めて、動揺した顔を見せた。

はるか下、尾翼の上に立つ善逸を見やる。

水素ガスの噴出に羽織をバタバタとはためかせて立つ少年を。

……居合斬りで飛行船の気嚢を切り裂き、穴を開けたのだ。

 

「「「この飛行船を落とす気……!?」」」

「厄介なのはお前の術じゃない。ここが飛行船で、お前がそれに乗って逃げるってことの方だ」

 

善逸はまだ眠っていた。

眠りながらも……先程までより自信に満ちた口調で……喋っている。

 

「地面に叩き落とせば、俺の方が強い」

「「「──」」」

 

奈楽はもはや喋らず、稲妻じみた速さで槍を投げた。

善逸がこれ以上何かする前に刺殺できる、そんなスピードだ。

しかし、善逸はその予想を上回った。

真の稲妻は善逸の方だった。

 

「霹靂一閃・神速」

 

ドドオンッ!

その一撃は、巨大な飛行船を半ばまで断ち切った。

どこかで金属製の構造材がひしゃげて、火花を散らす。

──ズドオンッ!

水素ガスが爆発した。

飛行船は今や巨大な火の玉となって、暗い森に墜落した。

 

 

 ◆

 

 

「ぶはあっ!」

 

奈楽は燃える倒木を跳ね除け、その下から飛び出した。

周囲では立ち並ぶ木々が燃え上がり、まるっきり山火事の只中。

炎熱地獄の様相を呈している。

善逸が飛行船を爆沈させたからだ。

 

(((信じられないアドリブをしてくれたわね、善逸くん……!)))

 

奈楽は苦々しく考える。

さっきまで分身として使っていた影たちは墜落ですべて吹き飛んでしまった。

……しかし、あの鬼狩りは死んだはずだ。

生身の人間がこの派手な墜落に巻き込まれて生きているはずがない。

 

ふと、足元に水たまりがあるのが目に入った。

自分の姿が映っている。

あちこち怪我だらけだが、鬼の治癒力で順調に癒えていく。

問題は服だ。

わざわざ外国から取り寄せたドレスだというのに、焼け焦げ、ひどい有様であり……

 

背後で、燃える瓦礫が爆ぜた。

その下から善逸が飛び出した。

満身創痍ではあったが、いまだ手足は動く。

その四肢には戦意がみなぎっている。

 

「雷の呼吸、壱ノ型──霹靂一閃!」

 

金色の刃が周囲の炎を照り返して眩く輝く。

一直線に、奈楽の首を目がける。

反応できるはずのない電撃的な奇襲。

 

善逸はゾッとした。

その一瞬に、奈楽が振り返り、目が合ったからだ。

──読まれた。

奈楽の両腕が周囲の影を巻き取る。

 

「"宵闇一座"──"戦劇具足(せんげきぐそく)"!」

 

奈楽は両腕を掲げる。

影の籠手をはめた両腕が、善逸の刀を防いだ。

 

(((善逸、一つできれば十分じゃ)))

 

善逸の脳裏に師範の言葉が響く。

 

(((それを磨き抜け。どこまでも押し通せ!)))

「あああ……ああああァーーッ!」

 

善逸は防がれながらも、叫び、強引に刀を振り抜きにいった。

奈楽が目を見開く。

 

「こいつ……!」

(((次の策はもう無い。神速も、一度見せてしまったからには対応される。こいつの頸にここまで近づく機会はこれが最後だ)))

 

遅れて、理屈が頭に浮かぶ。

 

(((絶対にこの一撃で首を刎ねる。この一撃を押し通す!)))

 

刀を振り抜き、押し込む。

奈楽の防御を押しのける。

──びしり!

影の籠手に亀裂が入り、次の瞬間──

 

ぼきりと音を立てて、善逸の刀が折れた。

 

「……は?」

「終演ーッ!」

 

姿勢を崩した善逸を、奈楽は籠手の拳で思い切り殴りつけた。

 

「ぐはあっ!」

 

善逸は燃える森の地面をバウンドして、転がって、ようやく踏みとどまった。

立ちあがろうとして、がくりと膝をつく。

……ダメージが蓄積しすぎている。

 

折れた刀の切先部分が、近くの地面に突き刺さる。

……普通、刀は強い力をかけても、その方向が誤っていない限りはそうそう折れないものだ。

しかし、同じ刀を長く使い続けていれば、不意にあっけなく折れることがある。

金属疲労だ。

 

「感動したわ……感動したわ。なんて素晴らしいの」

 

影の籠手は度重なる衝撃で砕け散っていた。

奈楽は再びあらわになった手で拍手をする。

 

「善逸くん、実際貴方は地上であれば私より強かった──でも、ああ!なんて悲劇的なの!刀が折れるだなんて!」

 

奈楽は泣いていた。

悲劇を鑑賞して心を痛める少女のように。

 

「善逸くん、こんなに心を揺り動かされるのは初めてなの。──私と結婚してくれないかしら?」

「断る」

 

善逸は即答した。

彼はまだ眠り続けており、理想の自分であり続けている。

 

「子供を食べてへらへらしてるような奴と結婚なんてしない。反吐が出る」

「そう、なの……振られてしまったわ。私たち2人が大団円を迎えることはできないのね」

 

奈楽は残念そうにかぶりを振り、

 

「──それなら、悲劇は悲劇のままに幕を引きましょう」

 

再び血鬼術を発動。

自分の周囲に、十数体の分身を召喚した。

その全てが同じ顔をして、同じ服を着て、同じ貝殻の鈴を右手につけている。

分身たちは幻惑的な足取りで動き回り、本体はその中に紛れて見分けがつかなくなった。

 

「「「"一幕槍"」」」

 

奈楽たちが一斉に影の投げ槍を構える。

善逸は絶望的な最後の反撃を試み──

そして、この場に接近してくる低いエンジン音に気づいた。

 

──ブオオンッ!

鉄の騎馬が、燃える木々の間をすり抜けて駆けてきた。

それは現代にあっても海外製のものしか存在せず、富豪や軍人でなければ縁のない最先端の乗り物──

オートバイだ。

 

「風の呼吸、玖ノ型──」

 

乗り手はオートバイに木の根を踏ませ、空中へジャンプした。

そして地上へ向けて、手にした日輪刀を振るったのだ。

 

韋駄天台風(いだてんたいふう)!」

「「「オアアーーッ!」」」

 

日輪の力を孕んだ衝撃波が降り注ぎ、分身の半数が消し飛んだ。

オートバイはサスペンションをきしませて着地する。

残り半数の奈楽は、衝撃とともにそちらを見やった。

 

「「「何者……!」」」

「風柱、不死川実弥」

 

不死川はオートバイを乗り捨て、草履履きの足で森の地面を踏みしめた。

奈楽が右手につけている貝殻の鈴を見とめる。

 

「テメエ、殺しやがったな。5ツの子供を殺して食いやがったな」

「「「悲劇のストーリーに人死(ひとじに)はつきものでしょう?」」」

 

影が奈楽たちの体を覆い、装甲に変化する。

血鬼術、戦劇具足。

奈楽たちは戦国武将のように和鎧を纏った姿に変化する。

 

「「「弱い敵をたくさん倒すのは得意のようね。でも、これならどうかしら?」」」

「許さねェ。──100ぺん死んで、100ぺん地獄に堕ちろォッ!」

 

不死川は叫び、突撃した。

奈楽たちは槍を構えてそれを迎え撃つ。

そして、風が吹いた。

 

「風の呼吸、捌ノ型──初烈風斬り(しょれつかぜぎり)!」

「「「──!」」」

 

次の瞬間、奈楽たちはバラバラに切り刻まれて宙を舞っていた。

善逸はかろうじて目で追うことができた。

不死川が繰り出した連続の横薙ぎが、奈楽たちを捉えるのを。

 

「ありえない……!鎧を、鎧を着ていたのよ……!これじゃその意味がないじゃない……!」

 

分身がすべて溶けて消え去り、最後には喋る生首だけが残った。

奈楽本体の首だ。

 

「こんな雑な脚本は許されない、あってはならない……!」

「消えろォ」

 

不死川はそれを容赦なく踏み潰した。

奈楽は灰となって飛散し、消滅していく。

 

「悪役がいつまでものさばる脚本の方がありえねェ」

 

 

 ◆

 

 

「かっぱらった。あの基地にあったのを」

 

オートバイの出処を尋ねると、不死川は平然と答えた。

 

「えっ、軍のものを盗んだんですか?それ国賊……」

「あァ!?降りろテメェ!」

「ヒィィすみません!降ろさないで!」

 

善逸は不死川の背中にしがみついた。

2人はオートバイに乗り、夜の森の中を駆けていた。

 

あの後、不死川は善逸に応急処置を施し、こうして二人乗りさせて走り出した。

途中までは相当急いでいた。

山火事のことを消防に通報しなければならなかったからだ。

しかし数台の消防自動車が警鐘を鳴らしながら山道を登ってくるのとすれ違い、スピードをいくらか落とすことができた。

 

「すみませんでした、不死川さん。あの鬼を殺せって命令されたのに、結局俺だけじゃ殺せなくて」

「ああ、まったく情けねェな。……だが、俺一人じゃあの鬼には逃げられてた」

「え……」

「奴を足止めしたのは、まあ、テメエの手柄と言えなくも無いんじゃねェか」

「ええ〜っそんな、大手柄だなんて!でへへへぇ!」

「そこまでは言ってねェ!調子乗りやがって、やっぱ降りろ!」

「ヒィィすみません!──あ、あいててて!傷がすっごく痛い!」

「わざとらしい!殺すぞテメェ!」

 

オートバイはいくらか平坦な道に出る。

すると、不死川は懐に片手を突っ込み、貝殻の鈴を取り出した。

 

「あっ、それ千鈴ちゃんの」

「さっき拾った。……オヤジとオフクロのところに返してやんねェとなァ」

 

不死川は鈴についた血の汚れを自分の羽織でぬぐった後、懐に戻す。

善逸はその時、彼の体の中から少しだけ悲しみの音が鳴るのを聞いた。

 

(((……そうか。不死川さん、本当は優しい人なんだ。普段は努めて自分を抑えて振る舞っているだけで)))

 

善逸は彼のことを冷血だと考えていた自分を恥じた。

……やがて、オートバイは暗い森を抜ける。

善逸は何気なく背後を振り返り、驚いた。

こんな夜中に、森の中に子供がいる。

こちらに手を振っている。

 

「し、不死川さん!」

「あァ?」

「あそこに……」

 

善逸はそこまで言いかけて、言葉に詰まった。

……音がしない。

あの子供からは、心臓の音も呼吸の音も聞こえてこない。

 

子供は善逸に深々と頭を下げる。

右手に貝殻の鈴を結えているのが目についた。

オートバイは走り続ける。

子供の姿は闇の中に遠ざかって、見えなくなった。

 

「……いえ、何でもないです」

「何だよ。寝ぼけてんのかァ」

「へへっ、すみません」

 

善逸は謝った後、もう一度後ろを振り返る。

そして、心の中で言った。

 

(((千鈴ちゃん、俺たちは先に行くけど……君も必ず、街に帰るんだぞ。お父さんとお母さんのところに)))

「そういやお前、刀折れてたなァ」

 

不死川が思い出したように言った。

 

「"刀鍛冶の里"行って、新しい刀作らせるといいぜェ」

 

 

【下 刀鍛冶の里編へ続く】

 

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