獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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中 刀鍛冶の里編
第9話


 

 

獪岳は自分が暗闇の中にいるのに気づいた。

周囲には一条の光もない。

 

(((獪岳……貴様のせいだ)))

 

不意に背後から声が聞こえた。

振り返ると、すでに死んだはずの剣士がそこにいた。

木彫りの狐面を被り、青い羽織を纏う……

滝沢鯉竜だ。

 

(((貴様が逃げたせいで俺がどうなったと思う?)))

 

滝沢の姿が真っ赤に変わる。

血みどろだ。

 

「あれは……し、仕方なかったんだ……」

 

獪岳は後ずさり、掠れる声で言った。

 

「相手は上弦の鬼だった。柱でも敵わない相手なんだぞ。あの時の俺に、あの場で何が出来たっていうんだ……」

(((言い逃れをするな!貴様は自分の身が可愛かっただけだ!)))

 

滝沢は獪岳の首を掴み、空中に吊り上げた。

 

「ぐわっ……!や、やめ……」

(((鬼殺隊に入り、居座り続けていたくせに、土壇場で臆病風に吹かれやがって)))

 

滝沢は全身から憤怒の炎を発した。

流した血が燃えているのだ。

獪岳の体は炙られ、焼き爛れていく。

 

(((そのせいで俺がどうなったか、その身に教えてやろう!)))

「やめろ……!やめてくれーーっ!」

 

 

 ◆

 

 

「うわあああーーっ!」

 

獪岳は座席の上で飛び起きた。

周囲は暗闇ではない。

昼間、それも馬車の中だ。

 

「Hey, 獪岳。ずいぶん楽しい夢を見ていた違いますか?」

 

向かいの席で、赤ら顔のアンジェリカがニヤニヤ笑っている。

手には半ばまで減った瓶ビール。

 

「ヒック!一本呑むですか、獪岳?frustration消えるますよ」

「要らねえ。柱のくせにこんな真昼間から呑んだくれやがって」

 

獪岳は差し出された瓶を押しのける。

 

「女の柱を狙う上弦もいるって噂だぜ。酔いが残ってる時に鬼に襲われたらどうするつもりなんだよ?」

「No problem! Where we are going is……」

「日本語で喋れ!」

「ヒック!問題ないのことです。私たちが行こうとしている場所、すごくすごーく安全ですね」

「……」

 

獪岳はここまでの道程を思い返した。

街中から出発して以来、鬼殺隊所有の馬車を何台も乗り継ぎ、今や周囲はすっかり山の中だ。

どこの山なのかは判然としない。

機密保持の一環として、訪れる隊士自身にすら在処がわからないように隠蔽されている……

獪岳たちは向かっているのは、そんな場所だ。

 

やがて、馬車が停まる。

隠の御者から連絡窓から到着を告げる。

アンジェリカは勢いよく馬車から飛び出した。

 

山間、盆地を埋め尽くすように立ち並ぶ家々。

立ち昇る幾筋もの白い煙。

硫黄の臭いがぷんと鼻をつく。

泥酔状態のアンジェリカは癒しの予感に目を輝かせ、叫んだ。

 

「来ましたですよ!"刀鍛冶の里"ーーっ!」

 

 

 ◆

 

 

湯気が周囲からとめどなく立ち上り、星の瞬く夜空へ吸い込まれていく。

獪岳は裸一貫で露天風呂に浸かり、そのさまをぼんやりと見上げていた。

 

(((たしかにこいつは悪くねえ。アンジェリカが喜ぶのもわかる)))

 

獪岳は浴槽に満ちる白濁色の湯を見下ろす。

体が温まり、疲労や古傷の痛みが軽減していくのを感じる。

この湯にそうした薬効があるということか。

 

しばらくは無心で湯に浸かっていたが、やがて頭に浮かんできたことがある。

馬車の中で見た悪夢のことだ。

アンジェリカの様子からみるに、おそらく自分は相当うなされていたのだろう。

……滝沢のことは、不可抗力、これから挽回すればよいと割り切ったつもりだったのだが。

 

(((俺は奴のことを心の底では引きずってるってことかよ。ひでえ悪夢だぜ)))

 

暗黒島の任務を経て、獪岳がアンジェリカの部下となってから1年が経つ。

その間には獪岳が手柄を立てることも何度かあった。

だが、彼の敵前逃亡の罪はいまだ許されたわけではない。

アンジェリカはしばしば死罪の執行をちらつかせて無茶な仕事を振ってくる。

ゆえに、今は滝沢のことに神経をすり減らしている場合ではない──それが正当化される状況である──と、獪岳は考えていた。

しかし胸の内にモヤは残る。

 

「おお、今日もいい湯じゃ。……隣いいかのう、お若いの?」

「あ?」

 

獪岳は、横から声をかけてきた老人を見た。

おそらくこの里で働いている刀鍛冶だろう。

火男の面をつけている。

 

「勝手にしろよ」

「ありがとう。──ワシは小鉄という。里のみんなからは小鉄博士と呼ばれておるよ」

「そうかよ。俺は獪岳だ。しかしあんた、風呂の中でくらい面は取ったらどうなんだ?」

「それが、わしは鬼に顔を傷つけられていてのう。人様にお見せできるような顔ではないんじゃ」

「そうか。──今考え事してるから話は終わりだ、黙ってろ」

「フォッフォッフォ、元気のいい若者じゃのう……」

 

小鉄博士はその後も何か話していたが、獪岳は無視した。

……ふと、思い出す。

かつて、獪岳が滝沢に鬼と戦う理由を問うた時、彼は面を外そうとしていた。

 

(((……あいつも、この小鉄博士と事情は同じだったんだろうな)))

「あっ」

 

新しく露天風呂に出てきた少年が獪岳を見て、呆けたような声を発した。

獪岳は何気なくそちらを見返す。

そして、息を呑んだ。

 

その金色の髪、見紛うはずもない。

獪岳の弟弟子──我妻善逸だ。

 

「獪岳ぅ!お前も刀鍛冶の里に来てたんだな!」

 

善逸は表情を明るくして、風呂場をぺちぺちと歩いて獪岳に近づく。

 

「テメエ……善逸……」

 

対して、獪岳の表情は引きつっていた。

……鬼殺隊の中で、善逸は新進気鋭のエリート隊士として知られていた。

下弦の壱と上弦の陸の討伐に貢献したからだ。

 

対して獪岳は、隊律違反者。

変人の月柱の気まぐれで生かされてるだけというのが一般的な認識だ。

獪岳からすれば自分は落ちぶれ、弟弟子は出世した形で、面白くない。

 

「……」

 

善逸は笑うのをやめた。

獪岳が動揺しているのを"聞き取った"のだ。

遠慮がちに、違う話題を切り出す。

 

「あ、あのさ。俺、獪岳に教えてもらったことのおかげで助かったんだよ」

「はあ?」

「残心のことだ。『敵を倒したと思っても、もう一度警戒しろ』っていうさ」

「……」

 

獪岳はさらに動揺を深めた。

暗黒島での出来事が脳裏にフラッシュバックする。

 

(((言ったはずだぜ獪岳ゥ。イカサマは二重三重に仕込んでおくもんだってなァ)))

 

獪岳が敵の死亡確認を怠ったせいで、小石山は死んだ。

……獪岳は頭に血が上るのを自覚した。

 

「テメエ……そりゃ、あてつけで言ってんのか?」

「えっ」

 

善逸は目を瞬いた。

 

 

 ◆

 

 

「995!996!997!」

 

獪岳は繰り返し素振りを行う。

 

「998!999!……1000!」

 

規定の回数を終えると、テキパキした仕草で納刀。

ゴザの上で坐禅を始めた。

 

すでに時刻は真夜中。

里の住人は寝入ったようで、周囲の家々はひっそりと静まり返っている。

訓練場には虫とカエルの鳴き声だけが響いていた。

 

獪岳も、普段はこれほど夜中まで鍛錬をすることはない。

しかし今日は没頭したかった。

立て続けに不愉快なことが起こって、気持ちが乱れていたからだ。

滝沢の夢、善逸との再会。

善逸に理不尽に当たり散らしてしまったこと。

 

(((あのカスがどう思おうとどうでもいいが……この俺が、感情を制御できていない。だから俺は奴に出世で負けてるのか?)))

 

頭の中で思考がぐるぐると巡る。

坐禅に集中できない。

獪岳は立ち上がり、木刀を手に取った。

 

「雷の呼吸、弍ノ型──稲魂!」

 

ドカッドカッドカッ!

木刀を振るい、訓練用の木人標的を打つ。

繰り返し打つ。

 

その剣技は暗黒島の時よりもずいぶん成長している。

この1年間、アンジェリカの手荒い指導を受けてきたからだ。

……しかし、最近は伸び悩んでいる。

アンジェリカが使う独特な呼吸法、"月の呼吸"……

獪岳にそれを扱う適性はなかったのだ。

ゆえに、アンジェリカの教えを活かすには限界がある。

 

『──雑魚だな』

 

不意に、背後から声がかかった。

振り返ると、赤茶色の着物を着た長髪の男がいた。

額に痣があるのが目につく。

 

「あ……?テメエ誰だ?今なんて言った」

『弱いうえに耳まで悪いのか?雑魚だと言ったんだ』

 

男は自分も木刀を手にぶら下げ、近づいてくる。

その拍子に、獪岳は男の両目の異常に気づいた。

両目に「百」の漢字が彫られている。

藤花彫りのような特殊な刺青なのか。

 

『雷の呼吸とは、こうやるのだ。──雷の呼吸』

 

しゃきん。

金属質な音を立てて、男の眼球が裏返る。

「雷」と彫られた黄色の瞳が現れた。

 

『弍ノ型、稲魂!』

 

ズドッズドッズドッ!

男が繰り出したのは、紛れもなく雷の呼吸の技だった。

木人標的はメキメキと音を立てて傾ぎ、地面に倒れる。

……獪岳のものより威力が上なのだ。

獪岳は息を呑んだ。

 

「テメエは一体……」

「フォッフォフォ。驚いたようじゃのう」

 

闇の中から、見覚えのある老人が現れる。

 

「テメエは……小鉄博士!」

「さよう。──そして、そやつは縁壱百式(よりいちひゃくしき)。わしが開発した自動戦闘傀儡人形じゃ」

「人形だと!?」

 

獪岳は驚愕とともに男を振り返った。

今までは暗さでよくわからなかったが──

硬質そうな肌といい、関節の継ぎ目といい、たしかにその男は人形だった。

 

「……じゃあ、こいつの言動にはテメエが責任を持つんだな?小鉄博士」

 

獪岳は縁壱百式を指差して言う。

 

「さっき、このデク人形は俺のことを雑魚呼ばわりしたぞ」

「フォッフォッフォ。百式がそう言うなら、実際そうなのかもしれんなあ」

「何だと!?」

「勝負してみるか」

 

小鉄博士は火男の仮面越しに、冷たい目で獪岳を見た。

 

「その木刀で勝負じゃ。縁壱百式に1発でも入れられたら、お主に非礼を詫び、豪勢な鍋の一杯でも馳走しよう」

「よし、乗ったぜ」

 

獪岳は即断し、百式に向き直って木刀を構えた。

苛立ちが彼を血気に走らせていたのだ。

 

「当然、こいつを滅多打ちにしてぶっ壊してもいいんだよな?」

「できるものならな」

 

──そして、試合は始まった。

真夜中の訓練場で獪岳と百式が対面するさまを、脇に立つ小鉄博士と、木に留まったフクロウだけが見ていた。

 

「雷の呼吸、肆ノ型──遠雷!」

 

獪岳は早々に攻めかかった。

踏み込みざま、叩きつけるように斬りつける。

 

(((人形が人形なら主人も主人だ。早々に勝負を決めて泣きべそかかせてやる!)))

 

しゃきん。

百式の眼球がまた裏返り、「炎」と彫られた赤い瞳が現れた。

百式の構えがすうっと変わる。

獪岳の脳裏に小石山の戦いぶりがフラッシュバックする。

 

『炎の呼吸、肆ノ型──盛炎のうねり』

 

薙ぎ払う剣が、獪岳の一撃を払い除けた。

獪岳は──百式の戦闘能力について最悪の可能性に思い至りながらも──頭に血を上らせて、攻めを継続した。

 

「参ノ型、聚蚊成雷!」

 

百式の周囲を囲むように走り、全方位から立て続けに斬りつける。

しゃきん。

百式の瞳が「水」になり、また構えが変わる。

獪岳は滝沢を思い出した。

 

『水の呼吸、陸ノ型──ねじれ渦』

 

百式の上半身がコマのように高速回転した。

繰り出した斬撃が、獪岳の攻撃をことごとく払いのける。

 

(((まさかこの人形は、あらゆる技を)))

 

獪岳は攻めあぐね、立ち止まる。

彼はついに、その可能性に向き合わざるをえなかった。

 

(((あらゆる呼吸法のあらゆる技を使えるのか!?)))

『もう終わりか?──ならこちらから行くぞ』

 

しゃきん。

百式の目が「雷」に戻る。

そして、木刀を腰だめに構えた。

さながら居合でもしようとするかのように。

 

(((バカな、それはありえねえ)))

 

獪岳は冷や汗を流す。

 

(((俺に使えない技が、デク人形ごときに使えるはずは……!)))

『雷の呼吸、壱ノ型──霹靂一閃』

 

百式は背中のスラスターから圧縮空気を噴射した。

次の瞬間、百式の姿は掻き消え──

獪岳の頭に、木刀が命中していた。

 

「──」

 

獪岳は声もなく気絶して倒れた。

その無様なさまを、百式は「雷」の目で見下ろした。

 

『やはり雑魚だったな。──鬼は俺が殺す。雑魚人間は引っ込んでいろ』

 

 

【続く】

 




書き溜めが尽きたので、更新が不安定になる可能性があります。
申し訳ありません。
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