焼き尽くされる世界 作:流れ人
「…碌でもねぇ話だなぁ」
流れの商人アギードは忌々しげに呟いた。
今大陸は戦火の真っ只中にある。
カダインの魔道士であったガーネフ。この者が動いた結果、旧き世の記録となっていた筈のドルーア帝国が再びよみがえった。
しかも、暗黒竜メディウスの復活という最悪のオマケまで付けて、だ。
アギードは商人である。
こういった言い方は好まれないだろうが、今の大陸において成り上がるのは不可能に近く、多少の小競り合い程度ならば商人の多くは許容するだろう。
何せアカネイアという大国を中心とした体制。それは既にその機能を果たしているとは到底思えない状況となっていたのだから。
アカネイアは前年復活したメディウスが率いるドルーア帝国。そして、そのドルーアに与するマケドニア、グルニア両王国により侵攻を受け、王都たるアカネイアパレスは落城。国王を始めとしたアカネイアの中枢を担う者達は尽くが死亡した。
更に訃報は続く。
ドルーア帝国を打倒せんと兵を挙げたアリティア王国とその同盟国であるグラ王国。
アリティア王国にあるファルシオンは嘗てメディウスを打ち倒した事のある神器であり、その剣はメディウスに届かんと思っていた。
…だが、事もあろうにグラの国王ジオルは同盟国であるアリティアに牙を剥く。
それもある意味では納得出来る話ではある。
当時、アカネイアはドルーアとそれに与するマケドニア、グルニアにより劣勢どころか窮地に立たされていたのだから。
仮にアリティアと共にアカネイアに与したとして、アカネイアという最大戦力の欠いた状況。それに加え、大陸最強とも謳われるグルニアの騎士団と空を駆けるマケドニアの竜騎士団。此等を相手取りながら、敵陣最奥ともいえるドルーアに戦を仕掛けるのは無理と思えたのだろう。
であれば、敗色濃厚のアカネイアに与するよりも勝勢明らかなドルーアに与し、自国の安全を守るべき。
そう考えたとしても、少なくともアギードは不思議とは思わない。…尤も、そうなれば如何なる状況となろうともグラはドルーアと運命を共にせねばならなくなるだろうが。
裏切りとは本来恥ずべき行為とされている。
無論個々の事情はあるだろうが、大陸における価値観は正道…言い換えるならば騎士道をなぞる部分が多い。
故に主君や主家に対する不忠などは唾棄すべきものとの認識が強いのは事実。
グラのジオルの行なった行為はグラの国民をドルーアの暴威から守る事に繋がりはしたが、その一方で同盟国であったアリティアの国王と国王の率いるアリティア軍主力。更にはアリティア本土への無慈悲とも言える攻撃をする結果となった。
何せ裏切りを働き、アリティア国王からファルシオンを奪ったのだ。既にグラは引き返せない。
ならば徹底的に禍根となり得る障害、即ち
ドルーアからの疑惑を払拭し、グラが安寧を手に入れる為に。
___
「…と言っても無理だろうがねぇ」
アギードはそう考えている。
確かにドルーアによる暴威は避けられただろうが、アリティアの王族や貴族。或いは騎士の全てを殺しきれたとは到底思えなかった。
アギードの知り合いの商人の中にはグラがドルーア陣営に与してからグラ国内で取引をした者がいる。
「とてもじゃねぇが、グラに先があるとは思えねぇよ」
との事。
アリティア国王率いるアリティア軍主力との戦闘やその後のアリティア攻略戦においてグラは甚大な被害を受けたらしい。それもそうだろう、とは思う。
主君である国王を忌むべき裏切りにより討たれ、その上アリティアすらも滅ぼさんとするグラ王国軍。アリティア側からすれば許してはならない怨敵となったはずだ。
己は死せど、せめて一太刀だけでも
正しく死兵だったのだろう。
苛烈、いや激烈とも言える抵抗をグラは受け、同道していたドルーア軍の支援もあり何とかアリティア王都を落とせはしたが、それと引き換えにグラも主力が壊滅。
結果として、現在大陸各地で行われているアカネイア側の勢力に対するドルーア側の戦闘にグラは参加すら出来ていない。
アリティアを裏切り、ファルシオンをドルーアに献上したがそれ以上の功績はないのである。
現在進行系でドルーア側として血を流し続けているマケドニアや各地を抑えているグルニアには及ぶまい。そうアギードは考えていた。
そして何よりも
「手酷い裏切りをしたグラを好意的に見る連中なんざ、碌な奴じゃねぇだろうさ」
アギードの中でグラでの商売の選択肢は今無くなった。
___
ドルーア陣営によるアカネイア攻略。グラによるアリティア軍主力の撃破。
グラ、ドルーアによるアリティア攻略から1年程経った。
「…マジかよ」
「らしいぜ。」
旧アカネイア領のとある街の宿屋の一室にてアギードは驚くべき話を聞くこととなった。
それは、
アカネイアのニーナ王女生存
という正しく驚天動地とも言える話だった。
曰く、ニーナ王女はオレルアンに逃れた、との事。
多くのアカネイア国民はその報に沸き立つかもしれない。
しかし、アギードを始めとした者達は内心怪訝な表情。何せ
無論、探せは
独自の戦力を持たぬニーナ王女。
彼女が何故生きてオレルアンまで逃れられたのか?
そこに疑問を持たないではアギードを始めとした商人達はやっていけないのだ。
此処で問題とすべきなのは
アカネイアが事実上滅んでから既に1年程経つというのに、ニーナ王女は何故生き延びられたのか?
という点と
何ゆえにニーナ王女は遠国であるオレルアンに逃れたのか?
という2点。
確かにアリティア亡き今となっては、アカネイアに対して敬意を払う組織はオレルアンくらいではあろうが。しかし、如何にニーナ王女がアカネイア唯一の王族となったとしても、確実にオレルアンが味方となるとは言い難い筈。
本来ならばアカネイア国内に留まり、逃げおおせたアカネイア貴族をまとめ上げ、しかる後に反ドルーアの旗を掲げるべきではないか?
前者はともかくとして、後者はアギードでも分かる話ではあるが。
要するにニーナ王女は信用できなかったのだろう。アカネイアを守りきれず、あまつさえ反ドルーアを掲げる事すら出来ぬアカネイア貴族達を。
(…くそ面倒な事になるか、これは)
オレルアンにはマケドニア軍が展開しつつあり、如何に精強なオレルアン騎士団とても、
仮に、そう仮にオレルアンが勝利したとしても更に多くの血が流れるのは必定。
そしてアカネイアを取り戻したとしても、元凶とも言えるドルーア帝国を打倒せねばこの戦いは終わらないのだから。
しかも、ドルーア帝国が再興しない様に徹底的に戦の芽を摘み取らねばならない。どれだけ些細な要因だろうとも、見逃せば再起の機会を与えてしまう。それは他ならぬニーナ王女が示してしまった。
となれば、本当の意味で戦争が終わるのはこれまでとは比較にならない位に難事となるのは明白。
まぁ元々この大陸においての大規模な戦争など、それこそ勇者アンリの時代まで遡らねばなかった様なものではあるのだが。
「にしても、オレルアンも良く決断したもんだ」
何せニーナ王女を迎えると言う事は反ドルーアの立場を鮮明にした事と同義。オレルアンにも精強な騎士団がいるとは言えど、決してマケドニアという大陸唯一無二の飛行騎士団との戦いに精通しているとは思い難い。
…仮に平原地帯での戦闘を選んだとしても、そもそも高度を取られてしまえば弓は届かない。マケドニア側とて攻撃手段ら限定されるだろうが、偵察という点においてならば何の支障もないだろう。
アギードは商人である。故に情報収集の重要さを身に沁みて理解している。
ただ
故にこそ、常に大陸中の情報に気を配らねばならないのだ。
アギードは軍事に明るくないが、ドルーア陣営の顔ぶれと今なおドルーアに抗おうとする組織。
これを比べてドルーアが負けるとは言い難い。
仮にこれでドルーア側が敗北したとしても、まず間違いなく火種は残るだろう。
⋯まぁ自分達商人というのは基本的に儲ければ何でも良い。という考えの者は少なくない。
戦乱が絶えねば武器の需要は増し、村落は賊や戦火に怯え、窮乏する。となれば、そこから奴隷という形で更なる商売の種を得ようとする者も現れよう。
ましてや、アカネイアの体制が崩壊したとなればアカネイア貴族などに近く権益を独占していた
そもそも、この大陸における体制の頂点がアカネイアであるが為に、自然とアカネイアにおいて多大な影響力を持つ商人もまた大陸においてかなりの影響力を有する。
無論、これが正しいとアギードは欠片にも思わないが。
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ともあれ、アカネイアの崩壊はそのまま商人間の今までの力関係の崩壊を招き、結果大陸全土において野心溢れる商人や行商人が己が栄達を求めて死肉を貪るが如き状況となっている。
ノルダの奴隷市場も常にない活況となっているとも聞いており、欲望に双眸をギラつかせた者達が奴隷の売買に勤しんでいた。
が、誤解されているところがある。
奴隷売買と言っても、奴隷を仕入れるにせよ誰かに売るにせよ奴隷の健康管理には気を配らねばならない。何せ幾ら見目麗しくとも、それが今にも死にそうな程に弱っていては買い手が付きづらい。
⋯その手の倒錯した趣味を持つ者も中にはいるだろうが、各国の体制が揺らぎつつある現在。それでも、それに傾倒するのは流石に正気を疑わねばならないだろう。
何せアカネイアという
様々な話から察するに、現在もドルーアに積極的に協力しているのはオレルアンを攻略しているマケドニアのみ。
グラは既に戦力的な価値を失いつつあり、グルニアは少しばかり気になる噂がにわかに囁かれている。
なんと、グルニアの騎士がニーナ王女を匿い、あまつさえその逃亡を手助けしたと言うのだ。
あり得ない、とアギードも思う。しかし、アカネイアの中心パレスに少し前まで駐留していたのはグルニア騎士団。
グルニア騎士団に代わってパレスに駐留する事となったドルーア軍。彼等はパレス付近でのアカネイア残党の狩り出しに移っているとの話も聞こえている。
その狩り出しは凄惨を極めているとも。
となれば、それまでパレスに駐留していたグルニア騎士団はそれらを察知していなかったのか?
⋯それとも?
となると、ニーナ王女を逃した可能性も捨てきれない。
(いや普通に考えれば、一度与したドルーアの意に反する事をする訳がねぇんだが。⋯⋯なんせ騎士ってのは大凡俺には理解し難い考えをしやがるからな。)
民が反発しないのは、あくまでも『自分達の生命や生活が脅かされない』からであって、盲目的に従っている訳ではない。
勿論、意図的に情報を遮断する事くらいは可能なのだろうが、それをした場合大きな危険を抱える事となる。
あくまでも、王や貴族が正しいと思うからこそ。
「⋯やれやれ。武器が売れる時代なんて碌でもねぇだろうによぉ」
とは言っても、無為無策ではいられない。
アギードは顔を顰め、準備を始めた。
辺境の地、タリス
此処より全てが始まる。
やはり小説は難しいと痛感する。
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