愛しているからこそ、私は―――― 作:スティル……好きだ
自分の産みの母の顔も、名前も思い出せない。
なぜだろう?
桜の花びらが咲き誇り、柔らかな春の訪れを告げる。
在る者は新たにこの門を叩き遥かなる未来に憧れを抱き、別の者はこれからの、或いは今よりもっと強くなろうと心機一転を誓う。
そうして今日も日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称トレセン学園は賑やかである。
「それにしても、いつ見てもこの校舎は大きいなぁ……」
入学してからもう一週間は見ているはずなのにと、どうしても毎回大きさに気圧されている私ことジューダは誰かのウマ娘の娘である。
いやそれは当たり前だろと言われてしまえばそれまでナンデスケドネ。
ただ、不思議なことに自分の両親の事はびっくりするほど思い出せない。
育ての親である
お義母さん、アドマイヤグルーヴは現役時代にエリザベス女王杯を連覇した名ウマ娘だ。今はこの学園で後進育成のために教官として働いている。
両親が分からない私なんかを養ってくれた恩はこの足で返さないとね!
「ふぅ……さてお義母さんの為にも、張り切っていきますか!」
気持ちを前向きに切り替えて私は学び舎に向かった。
教室に着いて今日の授業の用意をしている後ろから誰かが近づいてくる足音がする。
なんだと思って振り返るとほっぺにむにっと当たる指。視線を伸ばしていくと悪戯がバレたといった顔でむくれている鹿毛のバカチンがいた。
「またですかルーちゃん? やめないと『こう』ですよ?」
そう言って微笑みながら雑巾絞りのポーズを取るとルーちゃんこと、ルーラーシップは勘弁してくださいと言った怯えた表情で土下座をかましていた。
全く……土下座するならやめればいいのに。彼女とは同じトレーニングクラブ出身だから性格とは大体分かるけどもね?
「はぁ……わかったから土下座はおしまい! ……おはよ、ルーちゃん。今日も元気だね」
怒ってないと分かるや否やルーちゃんはその新緑の瞳をキラキラさせて笑う。
「はっはっはーッ! ジューちゃんおはようなんだぜ! 今日は模擬レースあるみたいだぜ! ジューちゃんも参加する?」
模擬レース、そういえば今日だったなと思い出したけど、たぶん自分はあんま関係なさそうだなと心のどこかで諦観していると、ルーちゃんがじーっとこちらを見つめてくる、見透かすように。
「る、ルーちゃん? どうしたの? なんか怒ってる?」
「怒ってはない! ただ、どうしてジューちゃんは……」
予鈴のチャイムが遮るように鳴り出した。
「あ、やばい授業の準備しなきゃ! また後でな、ジュー!」
「はーい、焦らないでねールーちゃん」
ルーちゃんは席に戻り、私も授業の準備をした。
そんなこんなで授業が始まり、三限が終わり、次は模擬レースの授業に。
あまりやる気が起きないなぁと少し憂鬱気味に着替えていると、先に着替え終わったルーちゃんがわはわはと近づいて来た。
「なぁジューちゃん、そういえば気になったんだけどさ、ジューちゃんのお母さんのことって知ってるか?」
「……それがわからないんだよね、不思議なことに。てかその感じだとルーちゃん、もしかして知ってる?」
ふっふーんとルーちゃんは自慢げに言いました。
「あー、エアグルーヴ先生が言ってたぜ、『スティルインラブ』って子の娘がお前の私の娘と同い年だーって誰かに電話で言ってるのを聞いたぜ!」
その時、ふと考えた。
自分の母であるというスティルインラブとは誰なのか、この内に宿る魂が何者なのか。
そして────
────過去をカエロ。
生まれてこの方ずっと脳裏に居座るダレカの声の意味を。