“Killer Tune”と…   作:河童の皿箱

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“Killer Tune”の大奮戦

 展開されるブースとブース。互い睨み合うようなそれは、繰り返されるそのたびに、ようやく相手も多少のテクニックは扱える奴が来るようになった。けれど型にはまるばかりのソレでは、すっかり耳の肥えた、あるいは鼓膜がブチ壊れた観衆を満足させられなかった。

 開始から2時間、その頃にはノリだけで参加したプレイヤーはほとんど脱落して、おそらくはプロ、またはプロを目指すアマチュアたちがランキングを席巻するようになっていった。そして、我らが“Killer Tune”もまた、上位から50位以内を維持している。

 リスナーたちが構築した実況席では、誰を応援するべきか、誰を落とすべきかの凄絶な議論という名の罵り合いに支配され、その判決通りに、断罪のように消えていく人も少なくはなかった。そう、参加者の本名だの、住所だの、学歴だの、犯罪歴だの。全部掘り返され。あっという間に潔白を求める社会の淘汰圧に呑まれて、消えていく。

 ビル街の隙間のエリア。光源の演算が作り出す日陰の広場には、すっかり“Killer Tune”の囲い込みができていた。古く伝統的だ、とか、これがあるべき姿なんだ、とか、そういう言説があっという間に流布しては、ノリも知らずにくねくねする客も、たくさんいる。ミクスはそれでも楽し気に踊って歌って、盛り上げていたが、クリップはそんな現状に苛立ちを隠せず。けれど真っすぐに前を見続けるレコの様子をちらっと見れば、鼻を鳴らして罵声を飲み込んだ。

 

 プレイの合間に、ぴんぽんぱんぽん。誰もがメニューから、その声に耳を澄ませた。『お知らせ~お知らせ~。ズルした人が出てきちゃった。歓声採点を誤魔化すためのボットが混ざってるかも…もうその人はバン済みだし、ボットも大体は…問題は継続して対処するから、またお知らせするね~。モデレーターのみんなもありがと~!』、と。主催ののんきな声は、けれど客らを不安にさせた。「それで脱落させられちゃったのってどうなるの?」とか、「今話してるお前はヒトだよな?」とか。ミクスもまた、「レコ、どうすればいいんだろう」、と。けれどレコは、毅然と答えた。「放っときな。どうしようもないんだし。アタシらが勝ち続ければ、問題ないでしょ?」、と。

 

 また、アラームが鳴る。名前が表示される。表示されたのは『匿名』の文字。ユーザーネームを匿名にしているんだろうが、一体どこに……。人の群れを搔き分けて姿を現したのは、あのフードの男だった。

 「……アンタ…」。レコの言葉が続く前に、男は言葉は不要とばかりにブースを展開した。レコードをセットし、指先でちょいと、挑発した。意図的に先攻を譲られている。相当自信があるようだ。すると、ミクスがはいはーいと手を挙げた。「ウチいく! あの人、ウチに来てた人でしょ?」、と。…まあ、そうか。多分、今ここに居る誰よりも、音を聞いてくれる。不気味ではあるが、そんな確信だけはあった。レコは頷く。「でも、アタシもあの人気になるから…途中で変わって」、と。

 

 ミクスが立ち、レコードを選んでセット。針を落とす。脳髄を殴りつけるような爆音が、けれどメロディアスに流れ始める。クリップとは正反対なその明るい旋律に、人々は何度目かの瞠目を経てはすぐにノリ、踊り始める。徐々にスピードを上げる展開も、しっかりついてきて。ミキサーでリズムの低音を誇張すれば、また地ならしが始まった。

 次の曲に入るために、繋ぎを準備する。クロスフェードで乗り換えを…とその時、甲高い笛のような高音がフェードイン。相手が割り込んできた。音圧の弱いところから、あっという間に流れを奪われた。ミクスはつい、レコードを手で止める。その隙に、低音域が完全に乗っ取られる。琴の音がからり、からりと、一気に雅な空気へ塗り替えれば、観客たちはけれどノリの変わらぬ激しいドラムンベースに、踊り狂い続ける。そしてまた、ミクスも。相手のターンの間、ミクスは喜び勇んで踊り、ノり続ける。にこやかに、楽しげに。

 ふと、聞き覚えのあるフレーズが耳に残る。あぁ、これはそうだ。P.U.N.K.の、ワゴンの曲に、似たフレーズがあったはずだ。そう考え出すと、相手の男の選曲は聴いたことのないものであったが、ワゴンリスペクトであると確信できる。なら、次の展開は…。しぼんでいく相手の曲の中音帯に合わせて、ミクスはまた、お気に入りで乱入する。一気にテンポを取ったとみれば、音圧全開。ハッピーなメロディは、瞬く間に路地裏を塗りつぶした。

 応答と応戦を繰り返すこと、数回。相手のターンに準備を始めたミクスを「どけッ!」とクリップが押しのけて、ブースにお気にのレコードをセットした。「あーん! クリップのイジワル!」。ミクスが抗議するも、クリップは譲らなかった。「こんな楽しそうなことひとり占めすンな! オレも混ぜろ!」と、浮足立って。フェードアウトの開始に合わせて、次に流れはじめるは、重々しいトーンのテクノ。再生速度がガァンとアガれば、フロアの熱気も最高潮。咆哮するスピーカーに、人々もまた、吠える、吠える。アウトロに入って繋ぎを作り始めれば、その猛烈なスピードに一切振り落とされぬまま、相手の男はテンポに乗って、荘厳なるオーケストラを奏で始めた。レコは目を瞠った。曲調が一気に変わった。これは、誰の曲だ? 曲の構成だってまた、変幻自在とばかりに。ストリングスの共鳴に、悲しく、重いその音に。けれどクリップは重低音で疾風怒濤と殴り込み、悲哀も苦痛もクソくらえ。

 相手は手ごわい。また男はリズムを一切崩さず、クリップの曲からあちらの曲へと乗り移った。…どれだけの曲を持っているのだろう。雅楽のような曲と、クラシックのような曲。けれど、このような場に合うように、イカしたビートのアレンジもある。少し、興味が出てきた。レコはクリップの隣に立つ。「アァ!? ンだよ!?」。すっかりアガったクリップに「そろそろアタシにも演らせてよ」と言えば、一瞬、噛みつくような顔を見せたが、けれどすごすご場所を開けた。「あんがと」。と撫でてやれば、プイとそっぽを向くクリップ。「素直じゃないね~」とミクスがいじれば、「うっせ」とへそを曲げた。

 

 さて。相手が徐々にペースを落とすのを聞きながら、レコはレコードを選んでいく。クリップが下げたトーンが、少しずつ上がってくる。…あっちはずっと、こっちに合わせている。いや、向こうは向こうでノリを作っているけれど、これまでミクスとクリップがあれだけ振り回したのに、完全にノって見せてきた。客の様子も冷えることなく、ずうっと火照ったまんまで。ここまでのプレイヤーが居る、勝負を仕掛けてくるだなんて、思っても居なかった。ミクスも、クリップも、ブチ上がり。これは間違いなく、あっちの技量だ。

 ふ、と。足でステップ、テンポを取って、向こうのブースの、フードを見つめれば、緩やかに弧を描く口元が、またこちらを誘っている。あぁ、これは……。

 

 幾度目かのフェードアウト。次に飛び乗る旋律は、始まりのレッドシール。シンプルで、ノリやすくて、アタシも、ミクスも、クリップも大好きな…あの音だ。

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