“Killer Tune”と…   作:河童の皿箱

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“Killer Tune”のベストバウト

 ルール上の1戦についての制限時間いっぱい、つまりまるまる1時間。男はひとりで、少女たちは交代をしながらプレイし続けた。路地裏にはリスナーたちのアバターで溢れ、ちょっとした屋根とか、瓦礫の山すら埋まるほど、観客は押し寄せた。空は中継用カメラドローンに覆われて、まさしく、これがこのグランプリのベストバウトだったと言って、過言ではない。

 けれど。暗い暗い部屋の中、青い髪の女はVRゴーグルとヘッドセットをつけたまま、机に突っ伏す。このベストバウトの勝敗は、観客たちの声によって、“Killer Tune”という少女たちの勝利で終わった。対戦相手の男こと“匿名”は、少女たちといくつかの言葉を交わしてから星を明け渡し、すぐにログアウト。その直後、勝者である“Killer Tune”も、棄権をしたのだ。その場に居た誰もが予想だにしていなかったその宣言に、ブーイングが殺到した。けれど“Killer Tune”は、ランキング10位以内に食い込んだその名声と、優勝まであと一歩のその地位を、何の躊躇もなく、捨てたのだ。

 

 「なんでよ…すんごい盛り上がってたじゃん…」。右耳に届く星数カウントのチート報告。左耳に届く歓声ボットのバン報告。膨れ上がっていく、不正の数々。ああ、そうだ。このグランプリにおいて一切の不正なく最も順位が高かったのは、ド真剣に勝負をしていたのは、あの勝負だった。ランキングはもう、不正者しか残っていない。イベントは完全に崩壊した。どいつもこいつも“Live☆Twin”の地位にすり寄るために、ズルすることしか考えてなかった。

 

 「ただ、皆で楽しくラップ、したかっただけなのに……」。ツンと、鼻柱に痛みが走る。目頭が熱くなる。開催までの日数を多めにとったのが悪かったのか? ルールの制定の仕方が悪かったのか? 後悔しても、しても、もう遅く。後は不毛な戦いばかりが繰り広げられて、終わった。全部バンをせざるを得なかった。あぁそうだ、世論とか、ガセとかに、皆まんまと嵌められたんだ。優勝者は居ない。ラップで参加してもらうDJも決めなかった。チーターを肯定するわけには、いかない。

 掲示板やSNSでは、悪意の声に溢れている。見ていると具合が悪くなってくるそれから目を逸らして、でも、女はある声ばかりを求めた。それは、“Killer Tune”と“匿名”を、称賛する声。

 

 あれは、本当にいいプレイだった。途中からしか見れなかったのが、悔しいぐらいに。イケイケな“Killer Tune”と、それに合わせて舞い踊るような“匿名”と。あのミクスって女の子はいっつもノリノリですっごい可愛かったし、クリップって子だってツンツンだったけど、可愛くて上手だった。それに、ふたりを纏めていたレコって子だって、クール&ビューティーで……そこで女は、ハッとなった。じゃあ、“匿名”は? “匿名”は、“Killer Tune”に比べたら、誰も注目していない。それは、どうして?

 プレイの最後に話をしていた“Killer Tune”と“匿名”の会話を再生する。歓声が上がって、勝敗を決した、そのあとから。“匿名”は、“Killer Tune”との対話の中でひとつ、彼女たちに求めているものを明かした。レコードの販売だ。「君たちの音が好きなんだ、でも、もう離れないといけないから。だからどうか、売ってくれ」、と。その交渉は成立したみたいで、それは良い。

 じゃあどうして、“Killer Tune”は棄権したのか。それがどうしても知りたくて、男が立ち去った後のウィスパーチャットを、ツールでサーバーからサルベージしてみれば。

 

『…ねえ。ミクス、クリップ。わかってるよね。アタシたち、負けたんだ。あの人に、負けたんだよ。システムは、こっちの勝ちだってしたけどさ。違う。負けたんだ。全部、あっちの思惑通りだった。それにね、アタシたちはフェアなバトルをしてると思ってたけど、この場所自体が、全然…フェアじゃなかったんだ。勝つべきだったのは、あの人なんだよ』

 

 フェアじゃなかった、あぁ、そうだ、アンフェアだ。グランプリの最後まで残っていたアバターのほとんどは、R18サーバー用のアバターだった。そうだ、純粋にDJプレイの腕を競うとか言っておいて、結局このイベントは卑怯者にまみれたストリップショー以外の何ものでもなかった。実際どうだ、ベストバウトが終わってから、一気に同接数が減った。時間帯はまだ夜遅かったわけじゃないのに、どうしてか。もう、見るべきものがなかったからだ。

 …ガチでやった人たちに、ガチで聞いてた人たちに、見捨てられて当然だった。管理体制が、あまりにも甘すぎた。ネットの深淵を、馬鹿にしていた。運がない、で片づけてしまいたかったけれど、採点を完全に観客任せにしたことと、アバターに制限をかけなかったのと…『サムいことすんな』で察してくれるって期待していた自分が、馬鹿だった。

 

 「ハァ…」。“Killer Tune”か、“匿名”か。どっちでもいいから、連絡してくれないかな。いっそこっちから連絡して…いや、無理。顔向けなんて、できないし。そういうの、得意じゃないし。

 あとは、モデレーターたちが頑張るよって、甘やかしてくれる。どのみち、今すぐに鎮火何て無理だ。今は、一旦休もう。頭を冷やそう。自分のPCから離れて、寝る支度を始める。シャワー浴びて、着替えて、ベッドに入…る前に、青くて可愛いものがいっぱいの、自分のPCデスクの隣。赤くて可愛いものがいっぱいの、もうすっかり使われていないデスク。もうここのところ見なくなったミームのマスコットたちは、入れ替わり立ち代わりしていたのに。

 

「……早く帰ってきてよ、キスキル。また一緒に、配信やろうよ……」

 

 そんな声は、空調の音に掻き消えた。

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