“Killer Tune”と…   作:河童の皿箱

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“Killer Tune”の懐事情

 日が見えぬ地平線の彼方へ沈んだ頃、月と星々が空を泳ぐも、人々は真上をみなければ、その存在にすら気づかぬ。空塞ぐ摩天楼と、それになり切れなかった廃ビルの群れ。その隙間には黒く、重い雲が垂れ込んだ。身を寄せ合い、喰らい合い生きる、社会からのあぶれ者達は、浮足立つようにそわそわと、とある電飾を焦がれていた。

 ぱちり。とうとう点灯した赤青黄色に緑色。鮮やかに彩られた扉と、照らし出されるグラフィティは、強烈になわばりを主張している。ボロしか纏えぬ人間も、実験場より逃亡せしミュータントも、あるいはあらゆる場所から締め出された者も。等しくその扉をくぐり、地のより深き暗闇へと、苛烈なる光を追い求めた。

 最後の扉を抜ければそこは、高い高い天井。無数の蛍光灯が規則性もなく固定され、チカリ、チカリと閃光する。ぶら下がった大量のモニターには、シンボルマークが表示されている。入口から下を覗けば、円盤のような意匠のステージの上。店主が鉄とケーブルで出来た手をブンブン振り、来客を歓迎した。サビと補修で繕われたオープンスタイルの階段から客席まで下りれば、客たちは思い思いのグループを作ってかたまる。とうとう始まるその直前、ヴヴヴと響くは、トランジスタの残留雑音。まずは手始め、場をあたためる、四つ打ちシンプルなリズムに乗せて、ロボット店主は語りはじめた。

 「ヨウヨウヨウ! 今日も辛気クセェ顔シテやがんのはどこのどいつだァ?」。ひゅうと吹かれた口笛ひとつ。「おいメイカー! おじょーちゃんたちはどこ行ったんだよ?」。観客のお決まり文句に、チッチッチと、振られる鉄の指先に、鈍く煌めくネオンの反射。「オメーらがノらなきゃプレイする気ねェってよォ! ワカってんだロ? ホラホラ誠意…男の気概、見シてミロやァ!」。

 

 ディスクに針が落ちる。指先が滑る。ディスプレイ上のニヤケ顔と共に、爆ぜるが如きのスピーカー。昔々のそのまた昔、風化し、寂れて、消えかけたレトロティックが、何十年の時を超え、ターンテーブルで吠え猛る。もはや死した旋律が、爆音の戦慄と化して襲い掛かれば、客席は応えるように拳を突き上げ、吠えまくる。

 サア次の音をと、ミキサーのつまみを操って、高音低音、歪み歪ませ、まだまだ場づくりが必要だ。人工知能の導き出す合理性なんてさておいて、突き上げる衝動のままに笑顔を見せた。あの子が準備した次の曲も、これまた古いナンバーで。ディスクをセットし、リズムに合わせて、ヘッドフォンの音色とクロスフェード…新たな音へと飛び移れば、間近の客たちは早速踊り始めた。

 ひとまず軌道に乗り始めたプレイ。常連で構成された手前のグループは、ノリが良くて助かる。しかし新規を獲得しなければ、ただの内輪に過ぎぬ。当然ながら、それでは店は続かない。もっと数を集め、熱を上げなければ、彼女たちの出る幕にならない。さて、BPMを上げるには…。店主はディスクを取り替えて、店内を観察し始めた。

 

 まず、手前のグループ。たいてい前を陣取って、開店から閉店まで踊り狂う。解散後にも互いに会話することも多いらしい。奴らは放っておいて問題ない。時折視線を送るのと、インターバルのファンサービスを忘れないように。

 次に、後ろへ4歩離れた手すりを陣取るのは、人間のカップル。男が週1、彼女は月1。仲が進展しているかはまだ聞き出せていないが、安酒を片手にふたりきりの世界を構築している。あのふたりがこっちに来るまでは時間がかかりそうだ。しばらくは、そのままがいいだろう。

 次。打って変わっての階段側。ミュータントたちのグループ。キリンやコウモリだの、ワニだのと。様々な動物的特徴を持つ、脱走者たち。体を固めてじっと縮こまっているが、曰くここで集まっている間はリラックスしているらしい。時折、腕を突き出してノってくれる。あれはあれで楽しんでいるらしいから、良し。

 あとは、それぞれ個人の浮浪者。少し動くように煽ってみれば、居場所を求めてウロウロし続ける。徐々に前へ出たり、ずりずり後ろに行ったり。居場所を見つければ、どことなく落ち着きなく、そこへ落ち着く。さて、何人がリピーターになるだろうか?

 それと。一番向こう側。ずうっと静かにしている男。フードを目深に被って、壁の花に徹している。ひと月ほど前から、毎日のように通い続けてる奴。あれはあそこで一切動かない。どれだけ呼んでも来ない手合いだ。

 そこから少し離れた場所。赤い女が立ち飲み席で、カクテルを傾けている。連れがいたはずだが、近ごろは見ない。

 

 観客たちの様子を見ながら選曲を繰り返し、再生速度とピッチを調整し。階段を下りてくる新しい客たちは、ダンスフロアまで降りてくるものも居れば、手すりの奥でじっとして居る者も居る。ちょいちょいと指で誘い、曲の合間に言葉を交え、それから音圧で脅してみれば、徐々にダンスのグループは大きくなっていく。自動販売機の軽食やドリンクも、順調に売れているようだ。よし、これだけこれだけ場が温まれば…。

 ふと、バックヤードの扉がガタンと開く。奥に引っ込んで着替えしていた少女たちがとうとう壇上へと上がれば、眼前のグループは大いに湧き上がった。それぞれの推しの名を叫び、小さな小さなクリップが「うるせェ!」と一喝すれば、黄色い声が上がる。インターバルの最中にハイタッチでバトンタッチしては、ブースを明け渡す。ヒュー! と上がる歓声へ背を向けて、ステージをぴょんと飛び降りた。

 

 

 

 アイツらの気まぐれも、難儀なモンだ。一旦バックヤードに引っ込んで、かれこれ1時間の序章のために、軋みはじめた指先へと油を注す。騙し騙し使い続けているボディはすっかり摩耗しており、ほんの少しのプレイですぐにこうなる。パーツの新調もしたいところだが、廃材ではこのアンティークなボディに似合う旧式パーツの代替は、まず見つからない。ガラクタから拾い上げて、使えそうなものを探して売って、なんとか食いつないではいるが、動くに飯が必要なアイツらを喰わせるので精一杯だ。服もメイクもワガママばかりで。けれど、叶えてやりたいのもまた事実。

 部屋の隅の帳簿を見る。なんとか維持できている、赤字ではない程度の、ギリギリの黒字。上の暮らしは知らないが、物価高だか何だかで、福祉や支援として施される配給の量は日に日に少なくなっている。その影響は、ここら界隈にも如実に表れていた。客が落とす金が、明らかに減っている。

 もうひとつ、悪影響がある。ここらのDJはもう、我らがキラーチューンに恐れをなして、どこかへ行ってしまったのだ。もう、張り合う相手も居ないし、あっちのファンも立ち去った。この界隈のファンは根強い支持をしてくれるが、如何せん、時流が悪い。

 

 今の音に溺れる暮らしは気に入っている。天職だとも、思っている。皆でこれを続けられたら、それが理想だ。けれど数字が突き付けてくる現実はシビアで。この壁と天井から、あのドブにいつ落ちるかは分かったものじゃなかった。

 

 指先の軽いメンテナンスを終えれば、扉の向こうからは変わらぬ爆音が響く。それがいつまでも変わらぬようにするには、どうすれば。

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