「オーシ、テメェら。集まれ集まレ」。店主のひとことに、だらけていた出演者たちが背を伸ばすことはなかったが、レコはレコードの選別を、ミクスはここらプレイのリミックスを、クリップは機材の調整の手を止めた。一方で、バイトは相変わらず、店内の掃除を続けている。
「まず、良い情報が入ってナ。ホレ、これダ」。店主が1枚のホログラムレターを取り出しては、再生を開始する。ボウと浮かび上がるのは、世をときめ…いていたストリーマー、Live☆Twinの片割れリィラ。DJグランプリの開催宣言と、その他諸々を、少女たちはジィッと眺めては、その終わりまで黙って聞いていた。
「…なるほど。これで一発デカいのかまそうっての?」。レコが店主に尋ねれば、店主は不敵に笑う。「オウ。レコは分かってるだロ、今のままジャ頭打ちだってサ。だからちょいと目立つコトをする。オレも手の調子が戻ってきたし、トラックメイカー、再始動ってヤツ。開催は2か月後。それまでのスケジュールがコレだ」。店主は続けて、それぞれの端末に予定表を送信した。目を通し、確認する少女たち。作曲、選曲、リハーサル。アバターの準備に、機材の準備。
「…メイカー」。口を開いたのはクリップである。ジトッと睨めつける目に、店主は怯みすらせずすっかり慣れ切って、「ドシタ?」と。「オマエさ、このサーバーにアクセスするのに、スペック足りてんの?」。その問いかけに、レコとミクスははっと顔を上げた。言われてみれば、確かに。店主の本体はこの店そのもの。嗜好品として作られたレトロフューチャーの機体と、その頭脳たる時代遅れのコンピュータは、作られたはいいものの飽きられ捨てられた。超高速で発展していく社会の中、碌な手入れもされず、埃を被ったままずっとシャットダウンしていた。長い長い年月と、最早隔絶と言っていいほどの技術差。店主のOSもシステムも全く更新されていない…いや、更新データのリリースもされていない。
「お、さっすがクリップ。鋭いナ。その通りダ、オレはコレに参加できナイ」。その返答に、少女たちはやっぱり、と。「じゃあ、ウチらだけってこと?」。ミクスが戸惑いを投げかければ、けれどクリップが自身の端末で検索を繰り返しながら、口を挟む。「外部のコンピュータ繋いで、そっちに処理ブン投げれば行けんじゃないの? …や、ダメだ、端子が合わねェ…コネクタ……ダメだ、販売すらしてねェ……。…じゃあクラウドとか…あぁ、クソ! …ンでこんなデカいサーバーの癖にサービスねェんだよ役立たずが!」。けれど、検索結果は無情で、少なくとも今からできる手段はなさそうだった。
店主のマイナー中のマイナー、ニッチの極み、或いは特別製の機体は、現在のインフラに一切適応していない。むしろ、今も動き続けていること自体が奇跡なのだ。合わない場所があっても、無理はない。
「…わかった。じゃ、しばらく曲作りに専念すんだね?」。レコが認識を口にすれば、店主は頷く。「ソソ。オレは曲で参加。でも、イッチバン大事なのは、オマエらのプレイ。リハはこういう時間にやるコト。やればやるだけ成績に繋がンだから、サボんじゃネーゾ?」。店主の声に、レコは素直に、クリップは渋々頷いた。ミクスも、時間をかけて、けれど頷いた。
「ンで、もヒトツ。バイトについてナ。短期バイトだから、明日で終わりダ」。その宣言に、ミクスは再び目を丸くした。「えっ、まだ居るんじゃないの!?」、と。レコが額を抑えれば、「時期は伝えてあったでしょ、契約終了は明日で合ってるよ。度々来てくれるってのは、プライベートの話。連絡先、うっかり消すんじゃないよ」、と。それを聞けば、ミクスは照れ臭そうに笑った。「そうだった、ごめんごめん。勘違い」、と。
「デ、ここからが本題。さっき伝えた通り、オレは作曲に専念スル。つまり、掃除ができねェ。バイトも終わり。…あとは分かるナ?」。店主がジィッと見つめれば、目を逸らす少女たち。「掃除しロ」。逸らされた先まで歩いて、覗き込む店主。心底いやそうに、顔をしかめる少女たち。このままでは埒が明かない。そんな様子に、バイトがふと近づいてきた。初めはあちこちの汚れがひどく、エプロンは毎日真っ黒であったが、今日は違う。ふと、レコが視線を泳がせてみれば、舞台も、手すりも、ダンススペースも。輝かんばかり、というと大げさではあるが、明らかに綺麗になっている。触るのが嫌だった程のテーブルも、今は全然嫌じゃない。それに、バイトが来てから汚物の量も劇的に減って、悪臭だってしなくなった。
レコは、ふぅとため息を吐いた。バイトの手からモップを奪い取り、バケツで洗い、水気を絞り、床に広げられた洗剤を拭きとり始める。…こすっても、汚れがついているのか、いないのか。いや、ひっくり返してみれば、ちょっとだけ黒くなっている。そのぐらい、綺麗になっている。そう言えば、近頃は掃除にかける時間も相当短くなってきていた。手際だけかと思っていたが…そうか。
「……わかったよ~…レコがやるなら、ウチもやる」。ミクスもまた、いやいやながらも了承した。クリップも、舌打ちで肯定を返した。「ッシャァ!」と拳を振り上げる店主に、けれどクリップは再び舌打ちを返した。
そうして、掃除を始める少女たち。あれは確か、この洗剤。こっちの汚れは、えーっと。そうして悩む小さな背中を、ふたりはゆったり、見守った。「教えりゃデキんダ、教えりゃナ。…ちょくちょく、教えてくれてたロ?」。バイトを見上げる店主。その糸目と、いつも変わらぬ微笑みは、「やろうと思ってくれたのは、彼女たちですから」、と穏やかに。「掃除で雇ったハズが、イロイロ…ホントにイロイロ。アイツらの相手もそうだし、オレのこともそうだしサ。あンがとナ」。そう笑いかければ、バイトもまた優雅に笑った。「お互い様です」、と。
「契約は、明日で終わります。ですが、私は貴方がたとの縁を、大切にしたい。…また、時々顔を見せます。その時にもし、何か困っていたら。遠慮なく相談してくれると、私は嬉しく思います」。バイトはすっかり空いてしまった手を差し出せば、店主もまた、新たな手を差し出した。