それからというもの、“Killer Tune”は慌ただしくなった。夜が明けるまでのプレイを終えれば眠り、太陽がビルの真上から覗く頃に目を覚ます。食事やシャワーをざっと済ませれば、店内の清掃、ガラクタ探し、そしてグランプリに向けた準備に大わらわ。
やはり男手が無いというのもなかなかに不便ではあったが、トラックメイカーが本領を発揮すれば、PCのライブラリには数多くの試作品が並んだ。自分の仕事の隙間を見たミクスが、試作をひとつひとつ吟味してアイデアを出し、ふたりでトラックを追加し、イコライザを調整し、アレンジを行う。
そうして完成した音源を、今度はレコの手に渡らせる。レコードはこういう界隈においては日常的に用いられるが、当然ながら昔の技術で、それに合った手順を踏襲しなくてはならない。予め店主が調整しているはずのピークとラウドネスも基準値内に収まっているかを確認。それと、現代のデータ形式から、カッティングマシンが処理できる形式に変換する。変換後のデータを、耳で、目で、そして体で音を確認すれば、これで良い。マスタリングが完了したデータを旧式のメモリに強引に突っ込んで、ターンテーブルへと挿し込んだ。
そうこうしているうちにも、ハードウェアのチェックを済ませたクリップは、ターンテーブルに空のレコードをセットする。忘れず水平度を確認し、交換したばかりのスタイラスチップを落とす。針が外周に沿ってスイープ信号を刻み込み、レコードやマシンの不調がないかのテストカットを済ませれば、レコに合図を送った。
なんせ相当昔のレコードカッティングマシン、融通は一切利かないし、妥協は一切許されない。けれど店主のボディと同じく特別製で、性能はピカイチ。盤上に刻まれた旋律を試しに聞いてみて、ようやく完成したレコードを、ひとつひとつ、丁寧にラベリングする。ここからは、実際にプレイをしてみて、何をリストにするのかを考えなくては。
今までお決まりだったプレイリストをぶん投げて、出来立てほやほやのリストを披露してみれば、観客の反応は上々。店主は少女たちがプレイする間も接客に精を出し、評価やアイデアをかき集めては、またリストを検討する。音に酔いたいだとか、少女たちで目の保養をしたいとか、そういう客はさておいて、それなりに曲を聴いている客の意見は、曖昧ながらも近頃の流行を反映しているものが多い。落ち目のストリーマーとはいえ、知名度が非常に高い主催のイベントだ。流行を掴まなくては勝機はない。けれど、流行ばかりに流されるつもりもさらさらなく、ではどのあたりで折り合いをつけるのか。それをまた、少女たちと議論する。
流行となると、客らが毎晩名前を挙げるのがP.U.N.K.であった。P.U.N.K.のメンバーで作曲しているのが、能楽担当のセアミンと、雅楽担当のワゴン…おおよそ、2対8程度の割合だ。彼らの作る曲を聞いてみれば…なんか聞いてた話と違う。調べ始めた当初は、現存している能楽と雅楽から試聴した。テンポがつかめないほど遅い展開で、いつになったら盛り上がるのかもわからない。しばらく待ってようやく変化が起きる。お高く風雅にまとまったソレは、高速で吠える爆音にどっぷりつかった少女たちを満足させるものではなかった。
では改めてP.U.N.K.のソレを聞いてみれば、どうだろう。セアミンの背についてゆく浮遊型の珍妙なロボットたちが、笛や鼓を鳴らす。それは事前に聞いた伝統的なソレと、音は似ている。けれど構成は打って変わって、速く、激しい。そして、ワゴンがかき鳴らすコトの、叩きつける様な野蛮なピッキング、バチを打ちつけ岩を砕くような重低の打撃音。その音を、大量のスピーカーを埋め込んだ変形人形が増幅し、増幅し、街を包み込む…それが、P.U.N.K.のスタイルなのだと。
さて、ではそのP.U.N.K.の影響力や如何に。SNSなどでグランプリへの参加表明をしているアーティストの作品や執筆をハシゴしてみる。…ラップフェスの前哨戦ともあって、EDMとか、ヒップホップとか、レゲエとか。そういうのを作っている人が多いみたいだ。その中にも、極東の伝統楽器や掛け声を採用している曲は、必ずと言っていいほど作っていたし、なんならP.U.N.K.の楽曲分析の動画を上げたりもしていた。さすがは一大ムーブメントを引き起こしたグループと、その楽曲だ。極東のものでなくても、各地の伝統的な楽器や手法への再注目、再評価の波が起きているようだった。
一方で、もっと表面的にはP.U.N.K.のようなパフォーマンススタイルのグループが一気に増えているようで、PONTシティではP.U.N.K.フォロワーが腐るほど活動しているようだった。が、やはり二番煎じは二番煎じ。一番はと問いかければ、返ってくるのはP.U.N.K.の名。
リサーチを完了すれば、少女たちは顔を突き合わせる。不意に、クリップは口にした。「オレたちのやり方、曲げる必要ねェじゃん」、と。たしかに、“Killer Tune”がこれまで制作してきた楽曲は、どれもこれも速く、激しく、力強いもの。これは、現在の流行の形に、半分ぐらい合致している。けれどと、ミクスは反論した。「せっかく新しく作り始めてるんだし、もっと流行りの手法を入れてみてもいいじゃん?」、と。向かい合って睨むふたり。次第にクリップがポコッと叩けば、ミクスがぷんとまた叩く。間に入ったレコは眉間にしわを寄せた。このふたりのスタンスは、どうにも正反対。こうして喧嘩するのは珍しくない。
古いものを尊重するクリップと、新しいもの好きのミクス。そのどっちがあってるとか、間違ってるとか、そういうことはない。でも、グループとしてひとつの方向に向かうには、どちらも少しは妥協させなくてはならない。
ふたりの舵を取るのは自分だ。なら、アタシはどうする? どこに向かえばいい?
答えを出すには、まだ少し、判断材料と時間、そしてトラックメイカーとのすり合わせも必要だ。ともかく今は沈黙を貫き、ふたりの眉間にチョップした。