グランプリに出場するにあたって、もうひとつ準備しなくてはなないものがあった。少女たちは3人揃ってPCの前に陣取り、ウェブカメラを起動する。次に、通話アプリを起動してはメールを確認し、指定されたルームIDに間違いなく入っていることをトリプルチェック。時間が来るのを待つ。
時計が昼の14時を指せば、ちょうど通話が開始される。『もしもし、聞こえていますか?』、と。トーンの落ち着いた、男の声がする。「聞こえるよ」、とレコが返せば『よかった。それでは、早速始めましょう』、と。
電脳世界へ飛び込むための、専用の体を。
通話先の男は、少女たちがモデルの準備を依頼をしたフリーのデザイナーである。グランプリの影響は各所に波及し、少女たちと同じように電脳世界とは縁のなかった人々も、挑戦をしに肉体を準備し始めていたのだ。高スペックのPCを所持している人々はAIに生成させ、それで参加をするつもりらしいが、少女たちのもつそれは残念ながら非対応。AIではなく、人に依頼するほかなかった。AI生成代行だとか、人に作ってもらうだとか。そうこうあって、どこもかしこも手いっぱいになって、少女たちがようやく依頼を出せたのが、この男であったのだ。
『初めに、締め切りの確認をさせてください。リィラのグランプリに参加する用のモデルで、開催2週間前には納品…で、お間違いはないでしょうか?』。店主が事前に提出したその内容には、間違いはない。「うん、合ってる」、とまた、レコが返す。『用途はDJプレイ…と。ならブースやスピーカーとかは……ご依頼にはない。キャラモデルの制作のみで、他は不要でよろしいでしょうか?』。「……あ、と……」。少女たちは顔を見合わせた。言われてみれば、それって必要なんだろうか。音響のシステムは、あっちが用意しているプリセットを使うって聞いてはいるけれど…。「どうしよ…」、「うーん…」と悩んでいると、男はひとつ、息を置いた。『では、一旦未定として、まずはキャラモデルの件について進めていきましょう』、と。
『では……制作数は3人分で、イメージもいただいています』。相手方がいくつかのイメージを表示させる。提出用にと、レコが手掛けたスケッチだ。普段の3人によく似ている。けれど、すこしだけ…少しだけ、それぞれのなりたい自分が、そこにはあった。
ミクスは、もっと可愛くなりたくて。けれど、ただの可愛いじゃ嫌で。何かないかと探してビビッと来たらしいのが、ケーブルをツインテールっぽく下げて、6.3mmをアクセサリーにする、だった。レコは正気を疑った。「ホンキ?」、と。けれどミクスは本気であった。廃材から見つけてきた用途不明の極太ケーブルを、本当に自分の髪に絡めたのだ。ビビッドカラーのケーブルは、しかしキメ顔する彼女に何故かよく似合っていて。…まあ、重たくて、スケッチが終わったらすぐにやめていたけれど。でも、バーチャルならそんな無謀なカワイイにだって、挑戦できる。その挑戦心は、レコにとって見上げたものだった。
クリップはやはり、もっともっとビリビリしたがっていた。ミクスのはっちゃけっぷりに感化されたのか、もっとゴツゴツで、重々しくて、トゲトゲしたものがいい、と。自分の体より大きなヘッドフォン、四肢に重しのように繋いだアンプ。髪は手入れしてないみたいにボサボサで、服は幽霊みたいにボロボロで、でもそれだけじゃ物足りないから、そうだゼムクリップをと。そうして出来上がったデザイン画は、なるほど、これも挑戦的。満足げなクリップを見れば、レコもまた、心が満たされるようだった。
けれどレコは少し不思議だった。自分たちは目指したい方向が違うのに、どうして一緒に居たがるんだろう、と。彼女たちのデザインを終えてから、レコもまた、自身のデザインにとりかかった。けれど、なりたい自分、もっと…となると、なかなか思い浮かばず。強いて言うなら、もっとこう…レコードの意匠を取り入れたい? 髪も、もっともっと伸ばしたい。でも、ふたりほど大胆には、なれなくて。足回りに廃材アートや鉄芯のヒールをつけてみたりしたけれど、ふたりよりもかなり、いつもの服装に近い形になってしまった。
それが悪いわけじゃないし、不満ってわけでもない。ただ、もっともっと弾けられたんじゃないか、って。自分が書いたデザイン画を眺め、じっくりと考え込んでから、けれどレコは頷いた。「そのイメージで、お願いします」、と。すると、男は現状での見積もりを告げた。原画料、モデリング料、リギングスキニング料、その他諸々……高い。高いが、活動範囲を増やすための投資だと、店主はしっかり、金を準備していた。大丈夫、予算内だ。続いて、追加の依頼をした際に発生する費用についての説明もされた。別の服が必要になることはしばらくないだろうし、これも大丈夫。ブースとかも、今回は結局向こうのシステムに合わせるわけだし、見送ることにした。ともかく、本番で問題が起きずに動けば、それが一番。
『…ありがとうございます。それではこれより、制作に取り掛かります。3日毎にレポートをお送りしますので、要望や変更点があれば、お申し付けください』。互いにいくつかの言葉を交わして、通話が終わる。緊張していたミクスがグイッと背を伸ばしては、クリップがいたずらにどつく。いつものじゃれあい、いつもの光景。けれどレコは、バックヤードの壁に貼ってある帳簿に小さくため息を吐いた。