熱は己が裡より   作:東雲。

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その熱は移されたものではなく

 立つ鳥跡を濁さず。洗い物をしっかり済ませてから楽郎くんの部屋に向かう。彼の家の階段を登る一歩一歩に、鼓動が踊って仕方がない。

 彼と一つ屋根の下、同じ空間を共有した。一仕事終えた今その事実を改めて認識して、私の心はどうしようもなく舞い上がってしまっていた。

 

「~~♪」

 

 上機嫌な息が鼻から漏れる。この時間が程なくして終わってしまうことがあまりにも惜しい。

 

 夢ならば覚めないでほしい。

 現実なら時間が止まってほしい。

 

 しかし、あまり無理して居座っては悪印象を与えかねない。この時間が惜しいからこそ、今は涙を堪えてお暇しなければ。

 

(そういえば、当初の目的は楽郎くんの普段と違う姿が見たかった、ような)

 

 ふと、思い出したが。今はもうどうでもよかった。思えば私はなんて酷い欲望を抱いていたのだろう。彼の弱った姿が見たい、だなんて。

 実際、風邪を引いて辛そうな楽郎くんを目の当たりにすることはできたが、何よりも先に湧いた感情は心配だった。

 

 楽郎くんは、元気な姿が一番『()()()』。私の看病が彼の快復への一助になれたのなら、それが一番。それ以上を望んではバチが当たるだろう。

 

(月曜日になったら、また楽郎くんとお話しましょう)

 

 なのでせめて、帰る前に一言挨拶を。

 そう思い、私は彼の部屋の扉をノックする。

 

「楽郎くん?」

 

 ……返事がない。

 部屋を出たわけではなさそうだけれど、寝てしまったのだろうか。だとしたら安眠妨害になってしま―――

 

 

 ……もしかして、ゲームをしているのでは?

 

 

 それは……良くないのでは。

 まさに彼らしくいるところを止めたくはないが、メモを残して忠告くらいはしておくべきでは。

 

 そう思い、静かに部屋に入り込むも不安は杞憂。楽郎くんは寝ているようだった。

 

「……ほっ」

 

 安堵に胸を撫で下ろし、楽郎くんの様子を観察する。瞼を閉じて等間隔の呼吸を繰り返していた。

 

(…これはこれで)

 

 あどけない無防備な姿に心臓が締め付けられ、思わず手を胸元に当てて高鳴りを抑える。こ、これもまた普段とは違う姿……。

「………」

 

 ―――私は、自分を俯瞰する。

 

(どうして、私は楽郎くんと付き合えていないのでしょう)

 

 何度繰り返したかわからない、答えの決まり切った自問。ただ、私に勇気が足りないだけ。

 

 楽郎くんに思いの丈を伝えて、受け止めてもらえなかったとき、私はきっと生きる気力すら喪ってしまうだろう。

 その上で少しでも楽郎くんに近付きたくて、できることをやってきた。彼と同じゲームを遊び、シャングリラ・フロンティアで彼とフレンドになり。彼の好みを調べたり彼の行動を知るために後をつけてみたり……。

 

 その日々も、間違いなく楽しかった。けれど、今の私に、同じ生活で満足できる自信がない。

 

 だって、知ってしまったから。楽郎くんのお世話をする喜びを。楽郎くんと同じ時間を共有する幸せを。体験版のような短い時間だけど、私は味わってしまった。

 

 明日からはまた、いつものゲーム友達に逆戻り。それがとてつもなく辛い予感がある。

 

 

(ああ、いっそのこと)

 

 

 床に膝を付け、楽郎くんの寝顔を近くで観察する。

 

 人の気配で起きてしまうかもと思ったが、瞼の下の眼球に動きが見られないから、恐らく深い(ノンレム)睡眠のはず。

 

 

(この場で、告白してしまえば―――)

 

 

 思う。

 けれど、思うだけ。行動には、とても起こせそうにない。

 楽郎くんの眠りを妨げるわけにはいかないし、そうでなくとも私にはできない。少なくとも、今は。

 

 ――だから、

 ――せめて。

 

 楽郎くんの耳元に、気取られないように口を近づける。

 

 この、夢のような時間が続いているうちに。

 私の、今は目を逸らしていたいその感情が麻痺しているうちに。

 

 これは、予行演習。

 いつか辿り着きたいその時を、私が逃してしまわないための。

 

 そして、予行演習だからこそ。

 本番と変わらないくらいに、情感を―――気持ちを、込めなくては。

 

 

「私は……。楽郎くんが、大好きですっ」

 

 

 口にした途端、目を背けていた羞恥心が瞬く間に膨張して。

 手足に流れる血液が全部顔に集まったような気がして。

 

 もし今のを聞かれていたらと思うと心臓が破裂しそうで、私は大慌てで立ち上がり、その上で足音を最大限殺して楽郎くんの部屋を飛び出した。

 

 


 

 

 玲さんが素早く立ち上がる気配を感じた時点で動けなかった。それが俺の最大のプレイングミスだ。発言の内容を理解するのにワンテンポ遅れたせいで、狸寝入りをバラす機会を永久に失ってしまった。

 

 ごろり、仰向けていた身体を壁に向ける。

 

 玲さんの目的を探ろうと試した寝た振り作戦は、結果だけを見れば大成功だ。

 彼女が俺に向ける不自然なまでの優しさの正体は、疑いようもないほどに明白になった。

 

 だが、それ以外の全てが問題しかない。

 アレは、彼女の秘めていた想いだったはずだ。それを俺は意図せずとは言えカンニングしてしまった。

 罪悪感と、浅はかな行動への後悔が募る。

 

 けれど、それ以上に。

 寝耳に水の告白は、思ったより効いていたらしく。

 

 

「……次、どんな顔して会えばいいんだよ」

 

 

 額に集う熱の高まりと瞼を閉じると見える玲さんの姿は、中々収まってはくれなかった。

 ……ガスマスク被って登校するか?




本作は以上になります。
お読みいただきありがとうございました。
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