終末世界と黎明を呼ぶ太陽   作:えやま

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終末を生き抜く小さな命

 

 世界は終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 現状としては、地球上の人口は三分の一にまで減少し、政治も経済もまともに機能しない。それどころか国家という概念そのものが希薄になり、残った資源を求めて人間同士での争いが怒ることもしばしばだった。

 

 

 

 その原因は『大災害』にある。

 

 

 

 大災害の実態は、17年前に突如として地上のあらゆる地で災害が発生した、というものである。

 大規模な地震や火山の噴火、竜巻や落雷。それらの自然災害が一斉に起こったのだ。

 人々は一瞬でパニック状態に陥り、事態の対応が間に合わず、それに伴う二次被害によっても多くの命が失われた。経済的なダメージによる飢餓や貧困状態に陥った者も多く、甚大な被害を出したこの災害は総称して大災害と呼ばれるようになった。

 

 

 大災害は今なお続いており、小規模な災害が徐々に人の住む地を蝕んでいった。

 獲物が追い詰められるように、じわじわと人間は減っていく。神に祈りを捧げる者もいれば、ただ泣き叫んで死ぬのを待つ者もいる。

 今この瞬間も、世界は滅びへと向かっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 

 

「うん、今日もいい天気だ……」

 

 

 

 日の光が一切見えない、どす黒く渦巻いた天空を仰いで少年は言った。

 

「はあ、さすが俺。目の前で避難所が沈むところを見れるなんて、そうそうないぞ」

 

 目前の地面にぽっかりと空いた穴を覗いて、感嘆の声を漏らす。避難所が沈む、というのは比喩などでは全くなく、たった今起こった地盤沈下によって複数の建物ごと避難所一帯が奈落に落ちてしまったのだった。

 

 

 この少年・日野ひの太陽たいようは幼少のころから、己の強い幸運によって命の危機に瀕したことなどなかった。

 故郷がハリケーンに巻き込まれたときも、赤ん坊であった彼一人だけが生き残った。弱肉強食の孤児院で飢え死ぬこともなかったし、孤児院を出たあとに災害に巻き込まれることもなかった。どんな災害もこうして彼の目の前でぴたりと進行を止めてしまうのだった。

 

 

「こんな体質に産んでくれた両親には感謝だな、本当。両親、いないけど」

 

 太陽は幸運な少年だ。だとしても、目の前で命が消えていくのは気持ちの良いものではない。

 

 彼がここまでやってきたのは『善行』のためだった。

 太陽はつい一か月ほど前に孤児院を出た──追い出された、というのが正しいかもしれない。

 孤児院とは名ばかりで、元は確かに親を失った子供のための場所だったかもしれない。それもこれも大災害が起こってからというもの、家も親族も失った老人たちを受け入れるようになってしまったのだった。

 

 

 

 さらに恐ろしい事実は、大災害が起こった17年前から、子供が産まれなくなった・・・・・・・・・・・ということである。

 

 

 

 

 これも当然比喩ではない。その時から、世界は新たな生命の誕生を拒否したのだ。

 孤児は大人になり、数年前から孤児院からは子供という存在が姿を消し、代わりに老人ホームが誕生したのだった。

 

 太陽は施設の空気が好きではなかった。未来に希望を抱いた大人たちがこぞって「明るい未来」を謳い、それを全て若者にぶん投げるという最悪な状況だったからである。

 最年少であった太陽はニコニコしながら全ての綺麗事を躱しつくしていたら、17歳になった途端に追い出される形で施設を後にすることとなったのだった。

 

 未来に希望を抱くのは悪いことではない。むしろ太陽自身も、よりよい未来を目指して生きていきたいものである。

 ただし大人たちの言うより良い未来とは、社会そして世界にとっての未来なのではないか、と太陽は考える。世界が存続すれば社会は再形成され、自分たちが安心・安定した暮らしを享受することができる。そのためには明日を担う若者たちがどうにかしなければならないのではないか、というのが彼らの見解だ。考えるだけで身の毛がよだつ。

 

 

 

 そんな太陽の考える「よりよい未来」とは、すなわち穏やかな最期を迎えること。どうせ世界が終わるのならば、好きな場所で、好きなことを考えながら静かに世界と心中したい。

 

 どうすればその最期にたどり着けるか。太陽が熟考の末に出した案は主に以下の通りである。

 

 一つ目は『善行』を積むこと。

 ゴミを拾うでも荷物を運ぶでも何でもいい。どんなことでも、自分のためになると判断した善行は積極的に行うのだ。過去には道を塞いだ家屋の残骸の瓦礫を一日かけて一人でどかしたこともあった。言葉の通り、骨が折れる作業だった。

 当然だが労働に見合った報酬は受け取っている。善行とはいえボランティアではない。慈善家と銘打ってやってはいるが要は何でも屋だ。報酬は何に使っているのかというと、これはもちろん孤児院への寄付である。太陽が元いた施設にほぼ全額突っ込んでいる。

 寄付は最も良い善行だ。なぜなら両者に得しかないからである。太陽の善意を悪用しようとする輩も、金銭を横から奪おうとする輩も挟まずに直接取引が行われるからだ。

 

 そして二つ目は流れに逆らわないこと。

 要は目立たずに生きることだ。変に目を付けられるとろくな結末を辿らないことを太陽は知っている。そのため、「他人の悪事」に関わることには決して首を突っ込まないと決めている。

 なぜならその名の通り何らかの悪事に巻き込まれるからだ。たとえそれが善行だったとしても、誰かにとって『悪』となった時点でその話はそこまでだ。

 

 

 つまり「できる範囲で、全員が得をする善いことをしようね」というスタンスだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、今日の寝床がなくなっちゃったぞ。どうしたものか」

 

 太陽は腰と顎に手を当てて考え込んだ。

 これまでというもの、依頼があった場所に出向いては仕事をし、代わりに屋根とベッドを一つ借りるという生活をしていた。それらがなくても最悪何とかなるものの、無防備な状態で荒野同然の野外で一人寝泊まりするのは危険だし寂しい。

 今回は配給を手伝うというごく簡単な内容だったため、足取り軽く現地へ来てみれば、地面にぽっかり穴ができる現場を目撃することになるとは思いもしなかった。

 

「いや、まあ、少しは思ってた」

 

 死神かというレベルで行く先々で災害は起こるのだが、何もこれは太陽のせいではない。こんな小さな災害などどこでも起こるものだ。それらを何の意図もなく綺麗に躱すのが太陽の幸運の体質なのである。

 

 周りを見渡しても瓦礫が散乱する荒野。建物一つ見当たらない────はるか遠くにそびえ立つ、水平線から雲を突き破るほどに伸びる『塔』を除いて。

 

 

「…………まあいいか! 俺なら死なないでしょ」

 

 あまり深く悩まずに、大きなバックパックから寝袋を取り出す。

 ちょうど良さげな瓦礫を持ってきて四方に配置すると、自己満足の簡易的な寝床が完成した。

 

「幸運なのはいいけど、俺の収入源を奪うなんて、大災害許すまじ……」

 

 そう言って爪を噛みながら寝袋の中でモゾモゾと動くさまはさながらイモムシである。

 

 布を巻いて枕にしている分厚いバックパックの中身は、太陽の旅のお供だ。

 孤児院を出ていく際に倉庫でホコリを被っていた布とラジオに、着替えが何着かと、ライトやナイフなどの便利道具、そして非常食。

 

 正直いらないと思ったのは折りたたみ式の椅子とジャケットで、かさばる上に椅子は固くて背中が痛くなる。そして最も大きな理由は、これらはどこにでも落ちていて拾い放題だからだ。

 寝袋は施設にいた頃からの相棒なので手放せない。拾ったライトは電池が入っていなければ使えない。同じくナイフは錆びていて使い物にならない。

 さらに言えば、今もしているように簡単なものなら瓦礫で作ってしまうことが可能だ。そこそこ大きな荷物は本当にお荷物になってしまうため、椅子とジャケットはどこかの仮設住宅に寄贈した。

 

 太陽は横向きになりながら枕元に手を伸ばし、手に収まるサイズの携帯ラジオを取り出す。

 

 

 

 

ザ…………ザザ………………。………………………………

 

 

 

 

 こんな時勢にマメに放送している局などほとんどありはしないが、運が良ければどこかの周波数で誰かの放送を受け取ることができる。

 

 

 

 

こん……は……、………………です……か…………

 

 

 

 

「お、ラッキー」

 

 どうやら運が良かったらしく、無機質な音声の中から人の話す声を拾うことができたようだ。

 太陽は一人のときは毎度ラジオの周波数をいじくり回し、放送を拾えればそれを聴きながら作業をしたり眠りについたりするのが好きだった。

 だんだんと鮮明に聴こえてくるようになる音声。太陽は静かに耳を傾け、瞼が重くなるのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

『こんばんは。私の名前は…………です。誰が聞いているか分かりませんが、こうやって喋るのも久しぶりです。実は身内が災害に巻き込まれてしまいまして……ええ、笑顔が素敵な妻と、素直で良い子の娘でした……』

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

『こんなことをしている暇はないと思われると思いますが、こんな不幸な私のことも神様は見ていてくださったんです。なんと…………え? 神は死んだって? まあまあ、そんなことは気にせずに、聞いてくださいよ』

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

『この度、嬉しいことに『塔』への招待状をいただきましてね。ええ、あの『塔』です。招待された人しか入れないという、あれ。私も半信半疑でしたが、実際に行ってみるとまあ凄いんですね、これが。前回門を叩いた時にはゴミのように振り払われたんですが。私が子供の頃に捨てたオモチャも、こんな気持ちだったんでしょうか』

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

『ともあれ、これ(招待状)があれば一発でした。…………招待状って、誰がどうやって送っているのでしょうかね。そもそも『塔』に入れる人の基準は何な………………』

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

ザザ…………ザッ……………………

 

 

『…………まあ、それは置いておいて。ここは天国です。夢のようです。あんなに現実に打ちひしがれていた私が、幸せの切符を掴んだようです。ここにはなんでもある。なんでもできる。皆さんもぜひ来ましょう。ああ、失礼。皆さんの元にも招待状が届くと良いですね。皆さんの幸運を祈っています』

 

 

 

 

 

 

 ブツリ。

 男の声は途切れ、ザ──というノイズ音が再び流れ始めた。

 太陽は重い腕を持ち上げ、頭上をまさぐり力任せにラジオの電源を切る。ノイズさえも消え、低く唸る風の音だけが響く荒野の真ん中に太陽は一人残された。

 

 

 「クソ。俺は幸運だ。幸運なんだよ…………」

 




はじめまして。えやまと申します。よろしくお願いします。
世界観を説明し尽くせるか不安なのですが、さっぱり分からん部分があったら「へえそうなんだ」程度で読んでもらってもかまいません。
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