終末世界と黎明を呼ぶ太陽   作:えやま

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幸運なはずだったのに

 『塔』には、招待状を受け取った者しか入ることができない。

 

 そもそも『塔』は、『大災害』が起こった数年後に突如として現れた。

 場所はかつて日本の都市があった場所。高さは雲にも届くほど、直径は推定で500メートル。

 そのような建造物が大災害以前に存在していないことは誰もが知っているが、大規模な工事が行われたという記録もない。

 出現と言っても瞬きの間にぽんと現れたということではなく、気付けばそこにあった、というのが正しい。誰も始まりを知らないし、建設に関わったという人の話も全く聞かない。

 その大都市は大災害によって消滅したと言っても過言ではなく、辺り一帯はほとんど瓦礫か荒野のどちらかで埋め尽くされていたため、人が近寄らなかったのだ。他の地域に人手を送るほど余裕のある地域がなかったという事情もあり、『塔』の存在はしばらく噂程度のものでしかなかった。

 

 しかしこれは学校の七不思議程度の不思議でしかない。なぜなら素性の分からないものに対する興味よりも、大災害で傷ついた自分たちの心配を優先しなければならない状況だったからだ。

 

 

 『塔』はただそこにそびえ立つものだと思われていたが、ある時から世界中の人間に招待状が送られるようになった。

 対象者は小さな国のどこにでもいるような農夫から、世界を代表する財閥の会長まで。年齢や立場もばらばらで、無作為に選ばれたような招待状の渡り方はどこか不気味だった。

 

 もちろん大災害の直後ではそんな紙きれに時間を割く余裕も無く、どうせ悪戯だろうと無視され破り捨てられと散々な扱いを受けていた。

 さらに言えば、その『塔』のある地はよりによって島国なのだ。国を結ぶ交通の便もほとんど機能しなかったので、わざわざ海外から足を運ぶ者などそうそう現れなかった。

 

 しかし国内の、比較的被害の少なかった地域で手紙を受け取り、それを真に受けた人は確かに存在した。そのような幸運かつフットワークの軽い者達の手により、『塔』の存在の確かさとその待遇を明らかにされた。

 

 

 

 『塔』に訪れたものたちの口から出る言葉は「幸福」の一言。

 

 

 そこは「楽園」なのだという。大災害による被害を一切受けておらず、衣食住や娯楽が全て揃っている。招待を受けた者は塔に移住することができ、その後の人生の全てを保証されるのだとか。その名の通りの楽園だ。

 

 そんな噂が流れ始めると、人間の本能はそんな夢のような居場所を求めるもので、塔へ移住したいと主張する人の数は山のように膨れ上がった。

 招待状は本人でないと効果を示さないらしく、受け取った人間は周りから強い嫉妬を受けたり暴力的な手段でそれを奪われたりするなど、塔に対して悪い印象を持つ人間も多くいた。さらに塔は招待状を受け取る人の共通点や判断基準などを一切公開しないため、一部の人々が自分の望む暮らしが出来るという事実に塔を非難する声が多く上がった。

 

 しかし、塔はそんな人間たちの話に耳を傾けてはいないかのように、これらの要望は頑なに通らなかった。

 そうなると、移住を求める声は受け入れる事が出来る数を大きく上回ってしまうことになる。楽園という話を聞かされてしまっては、目と鼻の先にあるのに手を伸ばしても届くことのない希望という名の絶望を人々に植え付けてしまった。

 

 

 

 

 ここまで聞けば、『塔』がいかに不気味で無慈悲で得体の知れないものであることが分かるだろう。

 

 

 

 施設の大人にこの一連の歴史を聞いた太陽は、これでもかと胸を張った。

 

 なぜなら自分は『幸運』なのだから。どのような困難が訪れようともこの世を生き抜いてきた運の持ち主なのだから。

 この幸運があれば、きっと近いうちに招待状を手に入れられる。そして自分の求める「よりよい未来」に一歩近づく。

 

 

 だから施設を追い出された時も、言う通りにしてホイホイとここまでやって来た。どうせもうすぐ『塔』に行ける。楽園はすぐそこだ、そう思っていた。善行の依頼を受ける地域を『塔』に少しづつずらしていっているのも、ただの意地かもしれない。

 

「こんなことしても、誰も見てるわけじゃないのになー……」

 

 ふと、昨日のラジオの男の言葉が脳裏をよぎる。

 

 

 

 

『こんな不幸な私のことも神様は見ていてくださったんです。なんと…………え? 神は死んだって?』

 

 

 

 

 もしかしたら神は死んでいないかもしれない。こっそりと自分の努力を見ていてくれているかもしれない。

 

 太陽は苦笑した。神などという架空の存在に思いを馳せ、神が見守っていてくれていることが誰かの原動力になるのなら、こんなに滑稽なことは無い。

 その神とやらも雲の上であぐらをかいていれば立派に勤めを果たしていることになるのだから、是非そのようなお気楽な存在になってみたいものだ。

 

 

 

 芯を強く持て。弱気になってはいけない。自分はいつか『塔』に行くんだ。そのためにこの手も体も泥にまみれて日々動き回っているのだろう。

 

「神なんて信じない、信じないからな……」

 

 日々善行を積むのに必死な太陽にとってこれはただの照れ隠しか、本心の裏返しなのか。太陽はそんなことに割く思考は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ……、『塔』が近付いてる気がしない」

 

 

 いつになったらあそこまでたどり着くんだ? 最初にあれを目指した奴は馬鹿なのか?

 

 心の奥底から溢れ出る悪態を必死に飲み込む。

 しかしその文句も至極真っ当なものであると思う。

 元々大都市があった付近であるものの、今は見渡す限りの荒野と瓦礫。『塔』は地平線を覗き込んでもその足元も拝めない。

 

「はぁ…………俺のところにも早く来い来い、招待状」

 

 

 

 眠る前に余計なことを考えていたからか、目覚めが悪い。おまけに寝ている間に四方を囲んでいた瓦礫の一つが崩れて小さな欠片が右足を押し潰していた。

 

「ったあ!」

 

 感覚が麻痺していたのか、足を動かした瞬間に数時間の痛みが一気に押し寄せた気がした。欠片は軽いものの、寝返りを打って何度も足に食い込んでいたのかもしれない。

 

 自分は幸運だと言い聞かせるたびに、逆に不幸な目にあっている気がする。頭の中で、気のせいだとそれを必死に否定する。

 

「うううっ……」

 

 涙目になりながら、瓦礫をよけ、寝袋の中から履い出る。朝の清々しい青空、というものは存在しない。どんよりとして薄暗い、煙が渦巻いたような空だ。

 大人たちは青い空が日常的だったと語るが、太陽はそれを見たことがない。

 

 ふと枕元に転がるものに目が向いた。携帯ラジオだ。気晴らしに何か聞いてみようと、電源をオンにする。

 

 

 

 カチ。

 

 

 

「…………おい」

 

 

 

 カチ。カチ。

 

 

 

 …………ラジオは壊れていた。

 自分は何もしていない。目視できなかったから、力任せにラジオの電源を切っただけだ。それだけで? 初期不良ということにしてメーカーに問い合わせできないだろうか?

 残念ながらメーカーは大災害で消滅してしまった。

 

「ううううっ…………」

 

 割と気に入っていたのに。施設を出てからここまで、寝袋と同じくらい相棒としてやってきたくらいなのに。

 たとえそれが孤独を埋めるための一時的で一方的な感情でしかなかったとしても、そう思ったことが重要なのだ。

 

 

 

 荷物をまとめて早く出発してしまおう。ここには不運を溜め込む陰の気でも漂っているに違いない。

 

 

 

 

 

 ────そう思った矢先、更なる不運が太陽を襲った。

 

 

 ゴゴゴ……という音とともに地面が揺れる。

 

 

「うお……おいっ、ふざけんな!」

 

 太陽の悲痛な叫びは何にも届かない。

 揺れは収まるどころか更なる揺れを引き起こし、昨晩空いたばかりの大穴からものすごい音を立ててひび割れがこちらに近付いてくる。──なぜもう少し離れた場所に寝ようと思わなかったのか。

 

「だって俺幸運だし! こんなところで死ぬわけないだろっ……」

 

 必死の弁明は無様に空に吸い込まれていく。

 

 

 ガラリ、と足元から嫌な音がした。大きくなったひび割れの隙間から、まとめかけの荷物が塵のようにひらひらと散っていった。

 

 

「ちょ……俺の! それ! ふざけんな…………………………あっ」

 

 

 

 ついに自分の番が来た。あの塵たち……いや相棒たちと同じように、谷底に沈む儚い命である。

 

 

 

 ついぞ、穏やかなまま世界と心中する夢は叶わなかったか…………と目を閉じる。幸運な自分が、不運の連鎖で死ぬなんて想像もできなかった。

 やっぱり神はいるのではないか。自分が苦労している様を見て嘲笑っているのではないか。そう思える瞬間だった。

 

 

 

「ふう……まだまだ世界は俺の知らないことだらけだった…………」

 

 空中の浮遊感、初めての体験だ。意外と心地よい空気抵抗に身を任せ、体の力を抜こうとした。

 

 

 

 

 

 

「なに無駄にカッコつけてんだ! 掴まれ!」

 

 

 

 

 

 ──────女神か?

 崖っぷちで小さな体を踏ん張らせてこちらに手を伸ばす何者かの影を見た。

 

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