「えー…………よくわかんないけど、ここ最近の俺の不運は、
太陽は隣の小さな少女を指さして言った。
自分でも言っていることが正しいのか分からない。太陽が幸運なのは良いとして、その運が他人にまで巡ることはなかった。だが、この少女は自身の不運で周囲にまで影響を与えることができるのだろうか。
普通ならそんなことはあり得ないし、考えもしない。しかし自分の体質に自信を持っている太陽にとっては、昨晩から今朝にかけての不運は絶対に自分のせいではない、という確信が持てる真実である。
奈須は気まずそうに俯き、太陽とは目を合わせようとしない。
「まあ、そうなるね」
レイと名乗った少年は言った。あまりに淡々としている。
「彼女、ものすごい不運の持ち主なんだよ。神様もびっくりするくらい。僕たちはこの辺りにある避難所に物資を届けるために近くで停泊していたんだけど、どうやら君まで不運に巻き込んでしまったみたい」
「マジかよ……」
太陽は絶句した。信じがたいことだが、おおよそ太陽の予想の通りであった。同時に妙な納得感と、絶対的な信頼があった己の幸運に対しての呆れが湧いてくる。
割れた地面を落下する太陽に手を伸ばした
まあ、そうはいっても、奈須が不運であるのは彼女自身のせいではない。太陽と同じ、生まれついての体質というやつだろう。この悪魔が…………などと、罵ることもしない。
「申し訳なかったね。荷物は弁償しよう。その前に僕たち、やることがあるんだけど、一緒に来るかい?」
レイの誘いは今の太陽にとっては甘美なものに聞こえた。失った相棒(荷物)たちを取り戻すことができるならばそれに越したことはない。一度でいいから彼らの上に立つ人物に会ってみるのも悪くはない…………とも思ったが、彼らに付き合っている暇はないのだ。しかも彼らの言うことが本当なら、この先一緒に行動しない方が太陽は不運によって何かを失うことはない。正直言って、これ以上不運に巻き込まれるのはごめんだ。
「いや、大丈夫だ。俺は行かなきゃいけない場所があるから」
「残念。こんなに簡単に『塔』に行ける機会は滅多にないよ?」
「…………はい?」
『塔』に行けるって? それは何の冗談だろう。そもそもあそこは招待状がないと入れないはずだ。
否。太陽は聞き逃していたが、そういえばさっき彼は自身を「『塔』から来た」と言っていたような気がする。奈須の不運よりも重大な情報であるはずなのに、今まですっかり忘れていた。
「正確に言えば、案内できるのは『塔』の中じゃないんだけどね。あそこには招待状がないと入れないから」
「で、でもさっき『塔』から来たって…………」
「うん、僕は『塔』に居場所を持ってる。奈須さんは助手みたいな感じ。『塔』の周辺に町が形成されているのは知っているかい? あれは招待状をもらえなかった人間たちが勝手に『塔』の周りに住み始めたものなんだけど、君さえよければそこを紹介してあげるよ」
なんだそれは。知らなかった。何しろ『塔』の根本の部分は水平線の向こうにあって目視が不可能だったからだ。たまにだけ聞くことができるラジオ放送でもそれについて触れられているのは聞いたことがない。
それは甘美どころか、一生にまたとないチャンスではないか。憧れていた『塔』に近づいて、吹き飛ばない寝床が確保できて、働きようによってはあわよくば招待状だって入手出来てしまうかも…………
心の天秤はガタンと傾いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
レイはニコっと笑った。それから手に持った携帯端末のようなものを確認し始めた。
「えーと、まずは物資の配達。ここの近くに避難所があるはずなんだけど、座標は合っているのに建物すら見当たらないんだよね」
「それなら、昨日そこの大穴に沈んだけど」
再び、なんとも言えない沈黙が流れた。
二人は同時に、未だふてくされている奈須の方を見る。
「……何だよ。あたしのせいじゃねえよ」
彼女にすべての責任を押し付けるわけではないが、その不運の強さを聞いてしまった以上、何の関連もないと言いきることはできない。
しかし、すぐにレイが肩をすくめて言った。
「なーんて、冗談だよ。僕たちがここに来たのは今日明け方だから。地崩れが昨晩の出来事なら、奈須さんは関係ないよ」
「分かってんならいちいち反応するんじゃねえよ!」
奈須が怒りの形相でレイを睨みつけた。
それを聞いてほっとする。昨晩の地崩れは、どこにでもあるただの小さな災害だ。太陽は大穴に落ちることはなく、その時点までは幸運であった。
「ここに住んでいた人たちは残念だった。僕たちにできることは何もない」
レイは短く手を合わせ、黙祷を捧げた。奈須も不服そうながら、レイにならって手を合わせる。
大災害に侵される世界では、ごく普通の景色だ。
「…………よし。気を取り直して、次の目的地に向かおう。…………あ、そうだ。君、『輝きの星院』って知ってる?」
太陽はぱちくりと瞬いた。思ってもいなかった名前が、レイの口から出たからである。
輝きの星院、それは太陽が一か月前まで世話になっていた孤児院の名だった。いかにもキラキラしていそうな名前だが、実際はそんな良いものではなかった。
大人の言うことには逆らってはいけないし、子供であっても年上のガキ大将のようなやつを中心とした、いわゆる一軍が形成されていた。最年少だった太陽はもちろん不遇な立場で、食べ物を横取りされることも、ストレスのはけ口となることも少なくなかった。太陽は調子の良いことを言う大人や威張ることしか知らない子供たちを横目に、今に不幸が訪れるぞとぼやいていた。
「知ってるも何も、俺はそこから来たんだけど」
「本当? それはすごい偶然だ。今からそこに行こうとしていたところなんだけど…………」
レイはポケットから携帯端末を操作し、再び何かを確認した。彼らがそこへ行く用事というのは一体何なのだろうか。あそこは何の変哲もない施設であるはずだが。
そんな彼が発した言葉は予想だにしないものだった。
「『日野太陽』って人を知ってるかい?」
それ、俺。