謎の男、ソロスを連れて『塔』内のゲート突破を試みることとなった太陽。
この男の素性は不明だが、報酬…………ではなく揺るぎない善行のためだ。悪い人間ではなさそうだし、ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで臨もう、そう考えていた。
太陽たちはエントランスの端の休憩スペースに座っていた。ソロスの頼みを受けたのは良いが、ただゲートに向かって歩いて行くのは馬鹿のすることだ。
招待状がなければ通ることすら難しいこの場所の、更なるセキュリティの奥へと不法侵入者を連れて行くなど不可能に近い。そもそもこのソロスという男がどうやって『塔』の中へ入って来たのかすら不明だが、『塔』のセキュリティを抜けるのは不可能では無いということを彼が証明している。
ならば。太陽はこの依頼を成功させる自信があった。なぜなら自分には幸運があるのだから。
奈須という不運の権化のような少女が周囲からいなくなった以上、運は太陽に味方するだろう。
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「~~~~! 何故……あの男がここにいるのだ!」
ドン! と机を叩き、立ち上がったのは老年の男だった。薄暗い執務室の中で、エントランスを映したモニターを凝視している。歯を食いしばり、叩きつけた拳は震えている。
モニターに映るエントランスの様子は賑わっているものだが、見ているのは中央ではなく、見切れかけている端の部分だ。荷物を持った塔の移住者たちが談笑しているスペースである。
「やっと……この安寧の地を手に入れたというのに! あと少しで────」
怒りを露わにする男の前で、執務室の扉が開かれた。
「あの、お
恐る恐る顔をのぞかせたのは、赤髪の少年だった。上質な生地のシャツとベストを身につけているものの、その表情から自信などは感じられず、むしろ他人の顔色を窺っているようだ。
「ア……アル。あまり出歩かないようにと言ったはずだ。自室に戻りなさい」
「ご、ごめんなさい。また今度にするよ」
ぴしゃりと一蹴されてしまった少年は、僅かに傷ついた表情を見せてから、顔を伏せてすぐに出て行ってしまった。
男は溜息をついた。
そうして、机の上に飛びつくようにキーボードを操作し始める。映された画面を舐めるように端末を操っていく。その姿は執念に他ならなかった。
「早く……奴を消さなければ。あの方のため……」
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「そもそも、あんたはどこから来て誰を探してるのか。ちゃんと教えてくれないか?」
太陽はソロスに問う。ソロスは困った顔をした。
「なぜそんなことを聞く?」
「いや、依頼人のことをよく知っておきたいっていうのは当たり前というか……決して何か思いつくまでの時間稼ぎとかではない。うん」
困っているのは太陽の方も同じだった。太陽も別に泥棒というわけではないので、警備の目をかいくぐる方法なんて知らない。いくら幸運があるとはいえ、無策で突っ込んでいくわけにはいかない。
それに、単純にこのソロスという男に興味があるのだ。見るからに日本人ではないし、百人に聞いたら百人、いや千人が頷くほどの美貌を持つ彼が、一体どんな苦労をしてきたのか。人を探しているということは、女にでも逃げられやしたんじゃないか。と失礼なことまで考えてしまう。
そう、今思考をまとめるには、ソロスの身の上話を聞いて満足することが必要だ。と、自分の中で無理やり理由をつけた。
「私が探しているのは……私の旧友だ。言っておくが、女性ではないぞ」
太陽が考えていることを見透かしているのか、女関係ではないと即座に否定された。
まあ、それはそうだろう。たかだか女一人のために、こんなところまで追いかけているなど気がふれている。
「へえ。じゃあ、どのくらいの間そいつを探してんの?」
「さあ……数年か、数十年か。あまりはっきりと覚えていないな」
ソロスが適当を答えているような気がしてならなくなってきた。数年ならともかく、二十代前半かそこらにしか見えない彼が数十年も誰かを探しているわけがない。これ以上聞いてもあまり意味がなさそうだ。
適度に雑談を交わしたところで、映画のような劇的なアイデアが思い浮かぶわけではなかった。もっとスパイ映画を見ていればよかったと後悔する。そろそろ真面目に考え始めなければならないようだ。
招待状を持たない身であるソロスを、招待状が必須なゲートの向こうへ密航させる方法。例えばソロスに起き上がれないほどの重傷を負わせて強引に内部の医者にかかるとか、いくら何でも力技すぎる方法しか思い浮かばなかった。それにもし力加減を間違えたら最悪な事態になりかねないし、太陽にそんなリスクを背負う度胸はない。
しかしその反面、よくよく考えれば現実的ではあるのではないかと邪な心が邪魔をする。『塔』の医者と言えば、とんでもなく適任の知り合いがいるではないか。ごそごそとポケットをまさぐると、一枚の名刺が入っている。
「なんだそれは?」
「知り合いだよ。今は別に頼る用事はないけど……」
ソロスが太陽の手を覗き込むが、こんな強引な計画は計画に内にも入らない。今考えていたことは忘れよう、と再度ポケットに手を突っ込んだ。
「やっぱり駄目だなあ、こりゃ……」
完全に手詰まりだ。というか、そもそもまだ始まってすらいないわけだ。ついさっきそこのエントランスで頭を下げて来た男と、ソファで雑談しているだけ。
あっさり引き受けてしまった頼みだったが、やはりただの一般人には荷が重い。それこそ泥棒に依頼した方がマシだっただろう。
ここは素直に謝って、この関係はなかったことにしようか。その方が彼のためになるはずだ。一度引き受けておいて断るなど気が引けるが、仕方のないことだ。
そう考えて、ふとエントランスの中央の方を見た。
人であふれかえっている。押し通らなければならないほどではないが、もし誰かと待ち合わせをしていたなら落ち合うのが大変そうだ。
太陽はその中から視線を感じた。強烈で冷ややかで、貫かれそうな視線だ。胸が落ち着かず、嫌な感覚がした。
その視線の主はきっと、あの人混みの中に意図的に身を隠している。
誰が何をしようとしているのかは何も分からないが、ただならぬ気配だけは感じ取れている。太陽は人混みの方向を警戒しながら、この嫌な気配の正体を探った。
しかし……状況が変わる方が僅かに早かった。
嫌な視線と同じ感覚が、太陽の背後にもいる。
振り向くと、そこにいたのは女性だった。ピンク色の作業服のような装いの、普通の女性。ただ、その瞳は完全にこちらを捉えている。
ソロスはそれに気付いていない。
「ソロス!!」
直後に、太陽の身体に衝撃が走る。右側にいるソロスの身体を思いきり押した。その影響で太陽の身体は傾いたが、衝撃はそのせいではなかった。
腹部に、刃物が貫通している。
身体の位置がずれたおかげか、脇腹を掠めるような状態だった。それでも、強烈な痛みと熱が電流のように脳を駆け巡った。
太陽はソファに倒れ込んだ。目だけを動かして、背後にいる人物を確認する。
身体の力が抜けていき、口の中で血の味がする。刺した女性は刃物を置いて逃げていくのが見えた。
「きゃあああ! 人が! 人が刺されて……」
そんな声が聞こえた。それを皮切りに、周りがだんだん騒々しくなってくる。
「太陽くん! 大丈夫か、太陽くん──!」
何度もソロスが名前を呼ぶのが聞こえる。それももう遠ざかるほど、意識が薄れていくのを感じた。
「く、クソ…………」
うまく言葉が出せない。
なんでこんなことをしたんだろう……最初に出てきたのはそんな感想だった。いくら善行を積んできた身とはいえ、自らを犠牲にするようなことをするつもりはなかった。それでは本末転倒だからだ。
『塔』に来ることができて浮かれていたのだろうか。こんな変な男のことなんざ放って、さっさと中へ入っていれば良かった。
いや、それよりも──何が幸運だこの。
そんな後悔も虚しく、太陽の思考はそこで途切れることとなった。