その日、たまたま茶屋で暇つぶしに潜ったダンジョンの魔石を指で転がしていた。どうせ今日も閑古鳥が鳴いているのだろうなーと思いながら自分用の茶でも入れようかと立ち上がるとドアについている鈴が鳴った。
「いらっしゃいア……は?」
ドアの方に目を向けた瞬間、我は嫌悪感が湧き上がってきてすぐに傍らに置いていた唐傘を握りしめて店に入ってきた女神に傘の先を喉元に向けた。15年前からずっと会いたくなかった女神。我がこの手で天界に送還させてやろうかと考えた神物。
「あら、随分な歓迎ね。」
「フレイヤ……どうやってこの店を知ったか知らねぇが帰れ。」
「今来たばっかなのに。」
「あ?俺はお前のことが死ぬほど嫌いなのは知ってんだろ。というか、お前みたいな女神がダイダロス通りの特に治安の悪い場所にある茶屋に来てんじゃねーよ。お前のところの眷属はどうしたんだよ、オッタルやあの猫野郎は?」
「置いて来ちゃったわ。」
「…こんの色ボケ女神が。」
俺は傘を下ろして、カウンターの中に戻って椅子にドカッと座り、煙管に火をつけてそれを吸い始めた。
「あら、接客してくれないの?ヘグニから聞いて気になったから来たのに。」
「なんでこの世で1番嫌いと言ってもいいほど嫌いな女神の相手をしなきゃなんねーんだよ。するわけないだろ、帰れ。」
「酷いわね。」
「あ?」
俺は勝手にカウンターに座るフレイヤを睨みながらコイツのこと殺してやろうかなと思ったが実行することはない。実行したらLv.7とLv.6複数名が俺のことを殺しに地の果てまで追ってくるだろうし。いや、恩恵消えるから案外殺されることはないか…?だとしても神殺しの大罪を背負っていくのは嫌だし実行は絶対しないだろうな。本当は凄い憎いけど。それで言ったらロキもかなり憎い。
俺が15年前に手を下さなかっただけましだと思ってほしいくらいだな。
「オッタルから聞いたときは驚いちゃった。死んだと聞いてたから。」
「なんで俺が死んだこと扱いになってたかは知らねーけどお前にそんな反応されるのは気味が悪い。」
「相変わらず私のことが嫌いみたいね。」
「嫌いも何も、殺してやりたいくらいには嫌いだ。俺の居場所を、大切だったあの方をオラリオを追放に追いやった他でもないお前らが俺は憎い。」
「すごい殺意ね、耐性のない子は気絶しちゃうかも。」
「…あー早く迎えに来やがれや猪野郎。」
なんで今日に限って迎えに来ないんだよ…お前らの大切な主神だろーが!
「ねぇ流幽、私つまらないの。」
「そういうのはお前の眷属どもに言え。お前がつまらないって言ったら大道芸でも覚えるだろ。」
「それはそれで面白そうだけど…。」
目の前のカウンターに座る女神は酷く憂いているように見えるが、俺には関係のない話だ。
「私の【
「そーかよ。」
「もう少し興味を持って欲しいわ!」
「なんで他派閥の女神の話に興味を持たにゃならん。」
「いいじゃない、暇なんでしょ?」
本当にこの女神は……。キレそうになるのを抑えて煙管を煙草盆の上に置いた。本当にイライラするな。
「……一つ聞いてもいいかしら?」
「物によっては無視するが。」
「ちょっとした世間話よ。15年前、ゼウスとヘラがオラリオから去って以降に会ったことはあるの?」
「……好々爺はどっかに雲隠れしやがったから一度も会ってねぇ。ヘラの方は未だに好々爺を追いかけまわしてるらしく旅の途中で何度か会った。会うたびにヤンデレが加速しててるし、好々爺が再会したら天界に強制送還されんじゃねぇかってくらい苛烈だったな……俺でもあの時は寒気がしたくらいだわ。」
「貴方、よくそれで毎回無事だったわね。」
「俺は別にヘラの眷属に手を出したこともねぇし、無礼を働いたこともねぇよ。好々爺を筆頭に馬鹿どもがやらかしまくったせいで俺とか他数名が尻拭いをしなきゃいけねー状況になっただけだわ。」
「……そういえばゼウス・ファミリアの中でも常識人枠だったわね。私への殺意が異常すぎて忘れていたわ。」
「今すぐに殺してやりたいのを抑えてアンタと雑談してんだよ。」
誰でもいいからフレイヤの眷属、迎えに来いやぁ‼
「流幽、オッタルから聞いてたのだけどここは一応カフェなのよね?お茶の一杯も出してくれないのかしら?」
「………はぁぁぁぁぁ、飲んだらさっさと信者たちの元に帰るんだな。」
俺は仕方なくお湯を沸かし始めた。茶葉はこの際、俺が勝手に決めてやる。この間、たまたまいい茶葉を手に入れられたしここらじゃ滅多に手に入らない茶葉を用意しておく。ティーカップとポッドを事前に温めておく。湯が沸けたら温めておいたポッドを取り出して茶葉を入れ、お湯を注ぐ。今回は4分ほど待ってから茶こしに通して温めたティーカップに注いで出す。
「いい匂いね、どこ産のもの?」
「オリンピア近郊の小さな農村でしか栽培されてないものだ。たまたま行商人がそれを売っているのを見かけて即買い。俺もかなり前に飲んで美味しかった記憶があるからな。」
「へぇ、見た目は怪しいし本業は冒険者なのに随分と詳しいのね。」
「……茶を淹れると喜ぶやつがいたから覚えただけだ。さっさと飲んで帰れ。」
煙管を再び手に取ってそれを吸う。
昔もかなり昔、真っ白な髪と灰色の髪の少女が俺の淹れる茶は美味しいと褒めてくれたことを。もうずっと昔のことなのにあの言葉を思い出すと嬉しくなる。特に灰色の髪でいつも目を閉ざしていたアルフィア姐はこの時だけは目を開けて俺を見てくれていた。あれだけでかなり嬉しかった。
「美味しかったわ、ごちそうさま。」
「じゃあ早く帰れ。」
「最後まで冷たいわね。今度来るときそうね…勧誘でこようかしら。」
「二度とウチの敷居をまたぐんじゃねぇよ!」
フレイヤが店を出て行くのを見届けてからようやく落ち着いたので自分用の飲み物でも作ろうかなと思い、再びお湯を沸かしているとまたドアが開いた。
「【陰龍】、ここにフレイヤ様が来たか?」
「……もっと早く来やがれやクソエルフ。」
「どういうことだ。」
「帰ったよ、入れ違いだクソが。」
俺はいつものアホっぽいキャラすら作れずに頭を抱えて入れ違いでやって来たフレイヤの眷属に呆れた。