五感組逆行譚〜我ら人生4周目、ワカメブッコロがし隊〜 作:幸翔雪
竈門炭治郎、四度目の生を受ける
(くんくん、これは大正時代の匂い!)
雲取山のある家にて、この度竈門炭十郎とその妻、葵枝の間に第一子、爆誕。
炭焼き一家の長子爆誕、非常にめでたい事態である。めでたいのだが、めでたいが。唯一の懸念点といえば……
「おぎゃああああああああああ」
(やっと来たな大正時代!! 鬼舞辻無惨!! 俺はお前をブッコロス!!!!)
その長子が、大正、戦国、令和と転生を繰り返している転生者であること、そして、憎き人喰い鬼の始祖、ワカメこと鬼舞辻無惨、又の名を一千歳の赤ん坊への三生分の恨みを、その全てを綺麗に受け継いで生まれてきたことである。
だがしかし、竈門炭治郎、彼は長子であり長男だ。長男は強い。なんでもできる。それが彼のモットーだ。世の中の長男長女に聞かせれば「そんなわけあるか!」と一蹴され、炭治郎は自分の抱く“長子像”と世の中とのギャップに衝撃を受け翻弄されることになるであろう、非一般的な謎理論。それでも、そんな理論だとしても、彼はそれで全てを乗り越えてきた。
竈門炭治郎、現在零歳。通算、二百歳程。これが四度目の人生。さすがに赤子の頃の世渡りは心得ている。
(……あれ? もしかしなくても俺の誕生日、十年早くないか?)
数日後、炭治郎は気がついた。かつての大正の生、己が生まれたはずの年月より十年早く生まれていることに。それがつまり意味するところは、これまでの恩人を救える可能性があるということ。ただの鬼舞辻無惨ブッコロ大正だけじゃない、自分達の目の前で死んでいった人どころではなく、大正令和とこれでもかと世話になってきた恩人みんな救ってベリーベリーハッピーエンド大正にできるということ。
炭治郎は大正の生、そして令和の生と、かの名門、鱗滝の末弟子であった。はじめのうちはビンタビンタの大惨事、(一門に言わせると)壊滅的だった判断力にも磨きがかかった。
(よし、救うぞ!!!)
それ故に、判断は早かった。即決した。まずは鍛錬だ。そして鍛錬だ。鍛錬をしよう。いくら転生を繰り返しているとはいえ、引き継がれるのは知識だけ。肉体は鍛え直し。来たる日……アイツらと約束した自分が十歳になった年の最終選別まで、鍛錬をしよう。炭治郎はまず、肺活量を鍛えるためにこの体でできる最大限の運動をしていくのだった。立派な脳筋教育の
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時が過ぎ、場面変わってまたしても山中。炭治郎の家では第二子禰豆子が腹に宿って成長しだしている頃だろうか。とある
「はぁっ、はぁっ、伊之助、もう少しだからねっ」
琴葉が目指すは“万世極楽教”の元。町の人伝ではあるが、どうやらそこは教祖様直々に人を助けてくださるらしい。琴葉の夫、伊之助の父は令和であれば即刻シバかれているロクデナシ、パワハラモラハラセクハラハラハラ、とにかくアウトライン総ナメ関白亭主。まだ若い琴葉に拳を浴びせ、扱い冷たく、しまいには生まれてまもない息子にも手をかけた。
義母も義母だ。お手本のような嫁いびり。そのロクでもない息子と結婚して孫まで産んでくれた琴葉を労い感謝するなんてことはまるでなく、チクチクチクチク嫌味ったらしく刺していた。孫に関しても、「自分の子どもの時は、もうすっかり歩いてた」やらなんやら、うざったい自慢の数々に飽き足らず、強制的に野に放って歩かせようとする暴挙。生まれて一年経たない赤子に何を求めているのやら。こちらも時代が時代なら瞬く間に処されて世間から白い目で見られていたに違いない。
そうするうちに琴葉の堪忍袋の緒が切れた。伊之助は赤子にしては随分物分りのいい、赤子の仕事と言われる泣くことを滅多にせず、小便を無闇矢鱈に漏らすこともない、そんな子だった。腹が減った時は大泣きするが、それもどういうわけかクソ親父と
琴葉は決意した。信憑性は低いが、その“万世極楽教”に縋ってみよう。私だけならいいが息子に手を出されちゃあたまったもんじゃない。
「伊之助はっ、ほんとにっ、いい子だねぇっ」
こんな非常事態、赤子であれば大泣きしても何らおかしくはない。だがしかし、伊之助は暴れることも泣くこともなく、息を切らしながらも走る母の邪魔にならない程度にしがみつくだけ。むしろ琴葉からしてみるとより抱えるのが安定する力加減。
琴葉は伊之助を産んでもう一年が経とうとするこの間、ずっと伊之助は“天才児”なのではないかと考えていた。言葉はまだ発さないが、それでも数多の行動からその節々に彼の聡明さが滲み出ていた。
近所には同じ年頃の子どももいた。総じて伊之助よりも圧倒的に泣きわめくし暴れる。伊之助より一年や二年早く生まれた子どもでもだ。“夜泣き”もするらしい。おかげで夜寝られなくて大変だ、そんな母親仲間達の愚痴に曖昧に相槌は打ったが、彼女はそれを実際に経験したことはなかった。伊之助は夜泣きとやらをしたことがない。
泣かないが、成長が遅いというわけでもない。それどころかすくすく育っている。同じ時期に生まれた子どもよりひと回りもふた回りも大きい。なんなら、二、三歩進むことや多少喋ることは度々しており、もう暫く経てば普通に歩き出したり喋ったりするのではないかという風格さえあった。
だから、伊之助は“天才児”なのかもしれないと琴葉は推測していた。夫には言わなかった。どうなるか分かったもんじゃない。天才児かもしれないとはいえ目に入れても痛くない大事な息子、まだ一度も誕生日を迎えていない赤子。
実際がどうであれ、琴葉にとって伊之助は守るべき大切な我が子なのだ。
「おやおや、そんなに息を切らしてどうしたんだい?」
「……貴方様は……?」
「ああ、俺は“万世極楽教”の教祖さ。なんだか困ってる女の子の気配がして迎えに来たんだよ」
「万世、極楽教……」
どこからともなく姿を現した白髪色白、大正の日本では見慣れない髪色や雰囲気を纏うその人は、どうやら琴葉が探していた教祖様そのものらしい。実在した。安心して腰が抜けかけた。胸元に大事な息子がいるからなんとか耐えた。改めて見ると、そのどこか非現実的な彼の姿、立ち振る舞いはまさに“教祖様”らしい。
「俺の元へおいでよ。俺は教祖様だからね、君のことを助けてあげよう」
「ありがとうございますっ……!」
噂は本当であった。教祖様が私と息子を助けてくれる、琴葉は胸が踊った。未来に光が見えた、気がした。そうして教祖様に案内されて山をさらに進んでいるときだった。
「うぎゃああああああ!!!!」
「伊之助!?」
「おやおや、元気な赤子だね。伊之助というのかい?」
「すみません、普段あまり泣くことはないんですが……安心したのでしょうか」
あんなに泣かなかった伊之助がとうとう泣きわめいた。これまでずっと大人しかったのにどうしたというんだ。しかも器用に暴れている。決して琴葉に負担はかけないように、でも確実にソイツ……教祖サマへの怒りを顕にして。
「……にしては、随分殺気を感じるんだけどね? えっと……君は……」
「私は嘴平琴葉と申します。この子は嘴平伊之助、私の息子です」
「琴葉、伊之助は本当に赤子かい? とても赤子からは出せない程度の殺気を感じるよ」
万世極楽教の教祖様……又の名を上弦の弍、童磨はこの赤子に酷く困惑していた。自分がこれまで鬼となってから受けてきた殺気の中でも有数の殺気を、この小さな赤子から感じているからだ。赤子といえど恨みの相手は覚えているかもしれない。だがしかし、童磨はこの赤子に何かした記憶もない。自分のこの優秀な脳味噌の記憶全てをたどっても、この赤子に、強いてはこの血筋に何かした記憶がない。尚更困惑した。
そして、面白い親子を見つけたと感じた。どんなに殺気を感じようが、この小さな赤ん坊は俺に危害を加えることはできない。鬼特有の、これでもかという程の傲り。
「確かに伊之助は賢いようですが、まだ一つも行かぬ赤子です」
「そうか……よしよし、俺は悪い者じゃないよ。君の母親のことも君のことも、俺が救ってあげよう」
「おぎゃああああああ!! うぎゃあああああ!!! ぷぎゃあああああああ!!!!」
童磨は肩を跳ねさせた。向けられる殺気が更に強くなった。本当にコイツは赤子なのか。伊之助、お前はもしや俺と同じ鬼なのか? でも鬼の気配ではない。確かに人間の子ども。更にいえば、この上弦の弍である自分が驚かされるような殺気に、ただの人である琴葉は童磨の様子に首を傾げ、何も感じていないような……いいや、なにも気づいていないような雰囲気だった。つまるところこの赤ん坊、殺気を向ける方向を操作している? 到底生まれて一年経たない赤子のなす所業じゃない。
一体どういうわけなのか、童磨には考えても何も分からないが、ここでひとつネタバラシしておくと、伊之助もまた転生者である。
炭治郎達とともに、大正、そして戦国、令和と仲良く生を謳歌し修行し鍛錬し、知識を身につけ技を磨き、ただ再び大正に舞い戻れるその日を信じて、恩人を救うこと、そしてワカメを木っ端微塵にすることを信念に、二百年以上の年を生きてきた。
だから伊之助は大人しかった。貫禄があった。飯を食うことだけは大好きで抑えられない欲求だから、タイミングを見計らってから泣いて飯をせがんだが、それ以外ではやっと出逢えた母親に迷惑をかけまいと、生粋の野生児にしてはこれでもかと大人しく、慎ましく生活していた。
(あああ腹立つぜ童磨ああああ!!!!)
あまり怪しいことをすると殺されるかもしれない。分かっている。分かっている。だから耐えたのだ。実際童磨と面して四半刻、つまり三十分は己の怒りから目を背け母親に迷惑をかけぬよう従順に、大人しくしがみついていた。
それでもだんだん腸が煮えくり返ってきた。こいつがかつて、この優しい母親を殺し、しのぶの姉を、ひいてはしのぶ自身を殺し、カナヲを傷つけ、そして今後、“何事もなければ”、再びそれをやることになるクソ鬼。ヤベェ殺したい、そう思った瞬間、伊之助はとんでもない殺気を童磨に向けていた。常人なら気絶する程の殺気を、綺麗に童磨に一極集中。
戦国の生では童磨と相見えることはなかったが、はじめの大正の生、そして令和の生、コイツは鬼で詐欺師でクズでカスでゴミでクソ野郎。聖人の皮を被った、己の中では鬼舞辻無惨、大正の父に匹敵するロクデナシ。ハッキリ言ってとても嫌いだ。ダイダイダイダイダイキライだ。コイツを好きなヤツがいるとすればそいつの頭を疑って病院を勧めるレベルで嫌いだ。体が許すものなら即刻首を斬りたい。自分のあまりにも未熟な体が恨めしい。
「い、伊之助くん? 俺は君とお母さんに何もしないから、その殺気を収めてくれないかい? この通りだよ」
「おぎゃっ!」
「な、泣き止んだ……さすが教祖様ですね!」
「あ、ああ……」
童磨のクソ野郎は母ちゃんに何もしないと言った。そして両手を合わせて少し頭を下げた。仕方ねぇ、今のうちは見逃してやる。ただ、俺とお前が再会する時にゃあ覚悟しやがれ。二百年以上の俺の恨み、お前が殺してきたバカみてぇな数の人間の恨み、母ちゃんの恨み、しのぶやカナエの恨み。全部ぶつけて殺してやる。
伊之助は、童磨が思わず屈服しそうになるレベルの殺気を牽制とでも言わんばかりに一瞬鋭く放ち、そして次の瞬間には人が変わったように琴葉のよく知る、大人しい赤子へと落ち着きを取り戻した。