五感組逆行譚〜我ら人生4周目、ワカメブッコロがし隊〜 作:幸翔雪
「おいクソ親父! せっかく志津さんが
舞台変わってまたしても別の山。ポツンと佇む不死川家に
「あァ? 餓鬼のクセしてうるせェんだよ玄弥ァ! こいつァ作る飯なんざ美味しくねェんだよォ!」
「美味いだろうが逆張りやめろよ! 何が気に入らなくてこんなことするんだ!」
「うるせええええ!」
居間で長男不死川玄弥とその父、恭梧の言い争い。近所に家がなかったから許されているものの、もしそれがあれば即通報、加えて苦情が殺到していたであろう大声と規模。もう少し進めば取っ組み合いになるのではないかという風貌さえある。
そんな二人を新妻、志津はただ傍観することしかできず、まだ物心つかぬ我が子、実弥を抱きしめて息を殺していた。
不死川玄弥、彼もまた転生者である。大正は無念な散り方をした。自分だけよほど早死したから何も大正のその後を知らなかったが、戦国で再会した仲間に、そいつらはみんな添い遂げたと、その相手が記憶の有無は置いておいて同じ時代にまた生まれていることを聞いた。玄弥には当たり前だが、添い遂げた相手も、その相手の心当たりもなかった。
そして玄弥、そのことをかなり気に病んだ。戦国の生の体感八割を、自らの師となってくれた岩柱にこころの診療所の気分で通いつめ、その不安を吐露して過ごした。アイツらには運命の相手がいるのに、俺にはいない。“兄”の実弥が自分に向けていた想いを知っていたからこそ、本当に相当かなり気に病んでいた。結論、気にしちゃあ負けだ、添い遂げたヤツらの後方保護者面をして生きていこうというのに落ち着いたが。これを知ったら実弥はどう思うだろうか。南無阿弥陀仏。
ついでにその傍ら腹いせに鍛錬も山ほどした。そうしたら兄と師の呼吸を複合したものである、“
令和の生では顔のイカつさから警察官をしていた。もちろん力仕事もできたから、趣味程度に(一般的にはそれを趣味とは言わないくらいの腕前なのには目を瞑るとして)建築なども嗜んでいた。その生では念願の妻を得た。心優しく玄弥を癒してくれるいい女だった。それにもかかわらず、当時玄弥が抱いた感情は、“しっくり来ねぇな”、“なんか違う”。兄が泣くぞ、ついでにその嫁にブタれてしまえ。
奇しくもこのような形で、戦国の生で悩み抜いてきた問題は、自分に向いていなかったと片付き、運命の相手なんて知ったものかと吹っ切れた玄弥。そして彼は今、不死川家の長男として再び大正を生きていた。そりゃあ驚いた、生まれて一番に目にした母親の顔が、自分のよく知る
それこそはじめは“クソ親父ボコすか”と決意したが、実際生きていくと至極真っ当に玄弥を産んだあと体調を崩してしまった前妻を気にかけ、それが亡くなってからは男手一つで養ってきた恭梧に玄弥は拍子抜け。結構マトモじゃねぇかと思ってた矢先のこの出来事。恭梧は志津にモラハラをはじめ、玄弥がそれにブチギレた。放っておいてパワハラにまで発展されてたら溜まったもんじゃない。
「まだ“母さん”のこと引き摺ってんのかよ。俺を産んだあと産後の肥立ちが悪くて亡くなっちまったから、“母ちゃん”が二の舞になりそうで怯えてんのかぁ!?」
「っ、関係ねェようるせ……」
「ちょとつーーーもうしーーーーん!!!!」
「おいてめっ、伊之助ェ!!! 俺の腹に飛び込んでくんじゃねェ!」
とうとう拳を振り上げた恭梧を襲ったのは、イノシシの少年。そう、嘴平伊之助だった。
二年程前にこっそり走り込みをしていた玄弥が偶然捕まえ、そのまま不死川家で暮らさせていた。志津との再婚よりも前にいたから、この家では三番目に古参である。はじめの頃は知的な野生児とかいうわけわからん生態の伊之助に恭梧は困惑していたが、さすがに二年も経つと伊之助を本当の息子のように扱いだしていた。
だがしかし、この突っ込み(物理)だけは見逃せない。俺は玄弥と話してたはずなんだ、なんで伊之助が来るんだよォ。伊之助は毎日ふらっと姿を消して、腹が減ると帰ってくる。今日も今日とて元気に飛び出して行ったのに、今日はかなり早く、こんなタイミングで帰ってきたらしい。
「なにしてんだよ親父! 実弥と志津が怯えてんじゃねぇか!」
「伊之助聞けよ! このクソ親父、母ちゃんのご飯捨てようとしたんだ!」
「不味い飯なんて食いたかねェだろ!!!」
「あぁ!? 志津のメシはうめぇだろ! じゃあ親父は食べなけりゃいいんだ、俺と玄弥とで全部食べるからよ、だから捨てんなクソ野郎!」
「そういうことじゃねェんだよォ!!!」
恭梧は志津が準備していた鍋をぶちまけようとした。そこの両腕にとんでもないスピードで息子二人がしがみついた。一言も発していないのに息ぴったりの連携だった。
恭梧は振りほどこうとしたが、どうもこの二人は力が強い。恭梧は頭を抱えたくなった。志津に言わせると、“二人とも天才ねぇ”。文武両道どの面でも優秀な息子達に、普段はとても助けられていたが今は困る。邪魔すんじゃねェ、俺の問題に口を出すなこの糞餓鬼共が。
「っ、恭梧さん、もうやめて! 玄弥も伊之助も大丈夫だから、ね」
「おぎゃあああああ!!」
とうとう耐えきれなくなった志津が声を上げた。安心したのか実弥が泣き出した。その声に、少し恭梧は冷静さを取り戻した。
そうだ、俺はこの二人を守りたくてやってるんだ。困らせて、泣かせてどうする。やってしまった。
馬鹿息子二人は親が言っちゃいけねェかもしれないが、多分自分の手を離れても生きていける、そんな雰囲気を昔から感じていた。でも、志津と実弥は違う。実弥には志津がいないと困る。その上、恭梧にはもう二度と妻を失いたくないという気持ちもあった。つまり玄弥の発言は全て図星、料理を“不味い”と言ったのは、“産後なんだから家事ぐらい俺に任せて実弥の相手をしとけ”の意味だった。ただ素直じゃないのと言葉使いがよろしくないもので行動が全て裏目に出ただけで。
「っ、ちょっくら出かけてくる。志津は実弥あやしてろ。玄弥、伊之助は夕飯つくりあげとけェ、志津にさせるなよ」
「……分かったよ親父。しっかり母ちゃんは休ませとくから、頭冷やしてこいよな」
「料理なら任せろ! うめぇもん作ってやるぜ!」
「恭梧さん、お気をつけて」
「あァ、悪かったな、志津」
そうして恭梧は出ていき、家には巨漢の父親と渡り合った僅か五歳の子ども二人とぐずっている実弥、それをあやす志津が取り残された。玄弥達が志津を見やると、志津は困ったように笑っている。
「母ちゃん、ごめん、うるさくして。親父もあんなの言ってたけど、本心じゃないと思うんだ」
「大丈夫よ、玄弥、分かってるから。わざわざ止めてくれてありがとうね、夕飯は実弥が落ち着いたら作るから置いておいてね」
「俺らは親父と志津を休ませるって約束したんだ、玄弥と俺で作るから実弥と遊んどけよな」
「でも、しっかりしてるのは知ってるけど、二人はまだ子どもなのよ? 危ないわ」
「父ちゃんと二人だった時に俺は料理勉強したし、伊之助も大丈夫だ。安心して、母ちゃんには休んでおいてほしい」
「……分かったよ。気をつけてね」
『おう!』
伊達に二百年以上生きていない。炭治郎達程の料理には敵わないがそれなりに二人とも料理はできる。そしてその腕前は、引き下がりはしたものの心配そうにしていた志津に腰を抜かせ、丁度できあがる頃に土産と共に帰ってきた恭梧が目を見開く程度。
この後恭梧はモラハラすることもなく、素直にちゃんと、“心配だから休んでほしい”としっかり志津に言葉を伝えた。玄弥は大満足した。そして伊之助も、実の母親が夫に虐げられてたのを見てきていたから、この家族がそうにはならなくて安心したのだった。