T S 乙 女 め ん ど く さ い お じ さ ん(31) 作:霜降り
息抜き兼性癖小説です。
大学を卒業して、新卒としてそこそこの会社に入り気がつけば二年。
当初は自身が社会人としてやっていけるのか不安だったものだが、案外何とかなっていて学生気分からも抜け出せたと思う。
幸運なことに同僚にも上司にも恵まれ、会社もホワイトと言えるかは怪しいものの、ブラックとは口が裂けても言えない程度の会社だ。
新卒は三年間は働けなんて言葉があるが、この調子なら三年以上も働くことは可能だと思えた。
「ふぅ……」
手につけていた仕事に一段落ついたので少しパソコンから目を離し固まった体をほぐす。
仕事は大変だが、それなりにやりがいはある。
もちろん、許容量を超える量を押し付けられるのはお断りだが、この会社……というか上司のおかげであまり酷い量の仕事を渡されることはないので助かっている。
軽くスマホを確認すれば同期グループから何件かの通知。
見れば今日飲みに行かないかという話だった。
まだまだ定時まで時間はあるというのに呑気なものである。
まあ、それができるくらいの緩い会社でよかったと思うべきなのだろうが。
ハメを外せる金曜ということもあり、どうやら俺以外は行く気らしい。
『平塚もくるー?』
同期の中でもお調子者でメードーメーカー的な奴は参加率の低い俺にもわざわざ聞いてくれる。
どうしたものか、スマホを持ちながら背もたれに背を預けて考える。
飲みは正直に言えばあまり好きじゃない。大人数よりも少人数のほうが落ち着くタチなのだ。
しかし、飲みニケーションなんて言葉がある通り、飲みの場というのは社会において交流の場として大切だ。
できる限り参加していきたいところだが、しかし問題は金曜日ということ。
明日が休みということもあり、ハメが外れやすく若さに身を任せて一次二次三次からのオールになって明日に影響が出る可能性は全然ある。
それはお断りだ。明日は珍しく外出をしようと思ってる。
『ごめん。明日やりたいことあるから不参加で』
『あー、じゃあしゃあないかー』
不参加を表明すればすぐさま返事が返ってきた。
いくら、業務中でも私用スマホを使える緩い会社とは言えこいつちゃんと仕事してるのか?と思いつつ、流石に参加率が低いので次は参加するよ、とも送っておいた。
スマホをしまう。
これ以上はサボりになってしまうだろう。小休憩はもう終わりだ。
と、その時だった。
「平塚くん。少しいいか」
後ろから名前を呼ばれた。
振り返るとそこには長い黒髪を降ろした小柄な女性がいた。
どことなく厳格な雰囲気で、顔は童顔のはずなのだがそのきっちりとした表情もあってどこか圧がある。
一目見て仕事ができそうだなと思える立ち姿。
薄めだがしっかりとしたメイクに、特徴的な右目の泣きぼくろ。
少しお堅い感じの服装をきっちりと着こなした彼女は如月さん。
頼りになる俺の上司である。
「今余裕あるか?追加で頼みたいことがあるんだが」
「大丈夫です」
「じゃあ──」
如月さんから仕事の内容について教えてもらう。
今からやり始めたら、丁度定時と重なるくらいの時間に終わりそうな仕事量だ。
如月さんはとても頼りになる上司である。
常に部下である俺たちを観察していて、誰がどの程度仕事を回してるのか把握し、無理がでない程度に無駄なく仕事を渡してくれている。
俺に余裕があるか?なんて聞いていたが、彼女のことなので余裕があるのは分かっている上で聞いてくれたのだろう。
「無理そうなら早めにな」
「はい」
ちゃんと無理なときは言えばなんとかしてくれるのがこの人の凄いところである。
説明を終えた彼女は休憩することなく俺の席から離れ、すぐさま別の仕事に取り掛かりにいった。
如月さんはもうこの会社に勤めて九年にもなる、この会社の中心人物と言って差し障りのない人だ。
その雰囲気の通りとても仕事ができる方で、俺が新卒の社会をわかりきってない頃はそれはもうとてもお世話になり、今だってお世話になっている。
軽く視線を向ければ、今もテキパキと真面目に仕事を進めていた。
彼女のマネジネント能力はとても高く、この会社がブラックになっていない理由の一つが彼女であるくらいだ。
そんな彼女は当然慕われている。
最初こそ厳格な雰囲気故警戒されがちだが、彼女のその腕にみな惹かれていくのだ。
そんな彼女を語る上で外せないのは、彼女は半年前は"彼"だったことだろう。
性転換病、なんて奇妙な、まさに奇病としか言えない病気がこの世にはある。
どんな病気なのかはその名の通り過ぎて語るまでもないだろう。
如月さんは半年前にその奇病を患い、昔の男性の姿から今の女性の姿となった。
話を聞いたときは驚いたものだ。そんな奇妙な病気があることさえ知らなかったのだから。
この病気を患ったものは苦労することになる。
やはり男女差というものはあるもので、ホルモンバランスが崩れるなどの理由もあり、それに適応するのが難しく、鬱などの精神病が併発してしまう事も多いのだ。
故に性転換病を患ったものは落ち着くまで最低でも一年程度は時間を置くことが多い。
なので、その時会社ではとても騒ぎになったものだ。
なにせ、如月さんはこの会社の中心人物。
彼女一人抜けるだけで色んな所に問題が発生する。
引き継ぎやらなんやら、この会社がどれだけ如月さんに依存してるのかが判明した。
しかし、如月さんはたった一ヶ月で復帰してみせた。
復帰した彼女を見て驚いたものだ。
元の、男の頃の厳格な雰囲気こそ残っていれど、そこにいるのは間違いなく"女性"の如月さんだったのだから。
女性としての服装を着こなし、メイクもしっかりしている彼女は正直元男とは思えないほどだった。
それは同期も同じだったようで、一人は『あれは如月さんあれは如月さんあれば如月さん……!』なんてブツブツと言っていた。
無理してるのではと思わなくもなかったが、今の彼女はむしろ前よりも生き生きしてるように見える。
女性になったことでその厳格な雰囲気も多少緩和され、なんというか病気だというのにむしろいい方向に向かってるようだった。
そういうとこ凄いよなぁ、と軽くペットボトルに口をつけながら思う。
俺はあまり仕事も趣味も何事もやる気を出さない……出せない性分だった。
だから、如月さんのような仕事にすら熱心な人を見ると素直に尊敬の感情が湧いてくる。
どうやってそこまでやる気を出しているのか、皮肉でもなく教えて欲しかった。
でもきっと、彼女からすればそんなの当然のことなのだろう。
テキパキと動く彼女に疲れなんて見えやしない。
きっと彼女からすれば当然のことを当然とやっているだけなのだ。
俺とは全く違う。
本当に如月さんは凄い人である。
そんな彼女に少しでも追いつきたいなという気持ちと早く帰りたいというやはり如月さんのようにはなれない邪な気持ちで俺は仕事に手を付け始めた。
次の日の土曜日
俺は前からの予定であったコラボカフェに向かおうとしていた。
コラボカフェというのは漫画媒体などとコラボしたカフェのことで、そこでしか食べられない作品にちなんだものを食べられたり、そこでしか手に入らないグッズ等がある場所である……多分。
そんなコラボカフェ、正直に言えば興味はない。
けれど、マイナーよりの好きな作品でやっていて、たまにはこういう場に応援ついでに行ってみるのもいいんじゃないかと思い行くことにしたのだ。
何事も経験、昔からそういう事あまりしてこなかったし、そういうのを若いうちにやったほうがいいなんて怨嗟……警告はよくSNSで目にしてたから、
だから、今はそこに向かう道中なわけなのだけど。
正直、居心地が悪い。
まあ、なんというか今歩いている街は所謂そういう系の街で女性男性どちらもどこか浮ついたというか、そんな雰囲気がある。
お洒落な服だったり地雷服だったり、コスプレのような服まで。
みな自信満々に見えて、少し眩しさすら感じる。
そんな場にTシャツ一枚の男、正直場違いにしか感じない。
道中ですらこの調子なのだ。
コラボカフェの中がどんなことになってるのか想像すらしたくなかった。
変に思いつきで来るんじゃなかったかなと、でもここまで来て今更帰るのもなあという二つの気持ち挟まれながら歩みを進める。
そして、目的地のコラボカフェに到着したわけだが……
「うへぇ……」
ちっちゃな窓からでも分かるくらい女性ばっかだ。
割合にしたら八・二くらいだろうか。
しかし、二の方も大体カップルっぽい感じ。
果たしてソロの男がいるのかは怪しかった。
これは無理だ。入れない。
ちょっと俺には敷居が高すぎる。
くるり、と背を向けてその場から逃げようとする。
この度は縁がなかったということで……
好きな作品とはいえ、女性人気が高めな作品は避けるべきだったな……甘い考えだった。
まあ、場所が場所だ。遊べる場所は沢山ある。
俺はそうポジティブに切り替えようとしたところで一人の女性と目が合った。
「えっ」
その女性は艶のいい黒髪をツインテールにした地雷服の女性だった。
高校生くらいだろうか?身長はあまり大きくない。
印象の差からか全然違うように感じるが如月さんが同じくらいの身長だろうか。
少し跳ねたツインテールはふわりとしていて、なんとなく触り心地が良さそうだななんて思った。
彼女はこちらと目が合うと何故か驚きの声とともにぴきんっと固まってだらだらと汗を流し始めた。
なんだろうか?まさか知り合いだったりするのかと思い少しだけ彼女を観察する。
顔は目が大きく、派手ながら可愛いらしいメイクをしていて黒マスクの上からでもわかるくらい可愛らしい顔をしている。特に右目の下の泣きぼくろがチャーミ……ん?
もう一度彼女をよく観察する。
……間違いない
服も、髪型も、メイクも何もかも会社の時の彼女と違うけど。
身長と、泣きぼくろが一致している。
彼女は……
「如月さん?」
「なななななななななななっ」
彼女は如月さんだ。
あの、厳格な雰囲気で仕事のできる如月さん。
俺が尊敬しているとても凄い人である如月さん。
半年前は男だったけど、女性になってしまった如月さん。
……が、目の前で地雷服を着たきゃぴっとした女性だった。
目の前の光景を若干受け入れられない俺だったが、しかしそれはどうも如月さんも同じようで、普段の何が起きても冷静沈着で頼りになる彼女からは想像できないほどの焦りを見せていた。
目の前の人があまりにもな困惑をしているものだから逆にこっちは冷静になってしまう。
「なんでいるのっ!?」
「なんでと言われましても……」
若干涙目の如月さんがこちらに詰め寄ってくる。
その時だ。
彼女の足元からがっ!と何かが引っかかるような音がした。
「ひゃっ!?」
足を引っ掛けた如月さんの体が前につんのめる。
危ない!そう言葉にする前に俺の体は動いていた。
倒れかけた彼女の体を支える。彼女の体は柔らかくやはり女性の体だった。
「だ、大丈夫ですか?」
何とか転ぶのは阻止できたが、結構思いっきり足を引っ掛けていたし、痛めていてもおかしくない。
如月さんを心配して声を掛けると……
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「え、ええ……」
彼女は何故か、俺に謝罪をしていた。
場所を移して、近場のカフェ
「…………」
「…………」
そこには沈黙があった。
まあ、端的に言えば何を話せばいいのかわからない。
普段の如月さんであれば、厳格であれど世間話など問題なくできるのだが……
マスクを取り、目の前で落ち着きなく水に手を付ける彼女は普段の如月さんとはなにもかも違うわけで
俺は攻めあぐね、向こうも何を言えばいいのか分かっていなさそう。
沈黙、二人して様子を伺い合っていた。
「ええと……平塚、くんもこういうとこ、来るん……だね?」
そんな沈黙は如月さんの手によって破られた。
普段はハキハキ喋る彼女のオドオドとした声は違和感が強かったが、彼女の勇気に感謝して俺もその話に乗っかる。
「普段はそう来ないんですけど。まあちょっと」
「そう、なんだ……えと、じゃあなんで来たの?」
「コラボカフェに行こうかなって」
「コラボカフェ!?」
コラボカフェ、そう俺が言った言葉に彼女は強く反応した。
突然声を荒げた彼女に俺は驚く。
「も、もしかしてそれって『君望』の!?」
「え、あ、は、はい」
「平塚くんも好きなんだね!僕もそれ大好きで、平塚くんは誰がお……し…………」
まくしたてる彼女に圧倒されていると、それを見た彼女はぴきんっと固まり言葉が尻すぼみに小さくなっていく。
「すぅーーーー、ごめんなさいごめんなさい、突然騒いで迷惑だったよねごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「情緒……」
そして頭を下げ始める彼女。
感情の乱高下についていけない俺はボソッと呟いた。
「じょ、情緒終わっててごめんね、ごめん、ごめんなさい」
「あ、いや、別に大丈夫ですよ?」
「あ、あはは……嘘つかなくていいよ僕が悪いんだから本当に僕が悪いんだから」
頭下げたまま自嘲気味にというか自嘲しながら彼女は俯いて笑う。
なんというか、俺の中の如月さん像が凄まじい速度で崩壊していた。
目の前の如月さんが、如月さんなのに如月さんと思えない。
普段の如月さんは、こうどっしりと構えていて、まるで山のような安定感があるのだが。
今の如月さんは縮こまっていて小動物のような何かに見えた。
「お見苦しいとこをお見せしましたぁ……」
復帰?した彼女がこちらに頭を下げる。
そして、固まる。
「如月さん……?なんで頭を上げないので?」
「僕という存在が失礼な気がしてきて」
「なんでですか」
「三十超えてこんな痛い服着てるやつの顔を視界に入れさせるのはもはやパワハラなんじゃないかと言う気がしてきまして」
「いいから顔を上げてください」
ボソボソと、言い訳というか自虐をする彼女に突っ込んで顔を上げさせる。
というかこの人の一人称って僕なんだな、普段は私なのに。
なんてことを思った。それを言い始めたら口調とかなにもかも違うのだけど。
顔を上げた彼女、ようやく俺と如月さんはまともに向き合った。
「なんというか、普段と全然雰囲気違いますね」
「うっ、それは……」
厳格そうな彼女は普段からそんな感じなのかなと思っていたのだが。
プライベートな彼女は全然違くてギャップという言葉で言い表していいのかというくらいギャップが凄い。
普段ならこんな自信なさげな顔はしないし、口調も違う。
声もこんな舌足らず気味な甘めの声じゃなくてもっとはっきり喋るし、なによりも服装。
それを言えば彼女は視線をそらし、顔を真っ赤に染めた。
「き、如月さん?」
「え、演技だとバレたら恥ずかしくてぇ……」
「演技だったんですかあれ」
なんと、あの頼れる如月さんは演技だったらしい。
中々に衝撃の事実だったが、目の前の彼女を見る感じ本当にこっちが素であれが演技なのだろう。
しかし、あまりにも違いすぎる。
雰囲気すら作り変えれる演技はもはや天晴といった感じだった。
「上司として頼れる口調を目指してたらなんかそういうイメージできちゃって戻せなくなっちゃってぇ……」
「それは……ご、ご愁傷さまです?」
「ふ、ふふふふふ、死のうかな」
「やめてください」
顔を黒くして不気味な笑い声をだす如月さん。
普段と違うというか、これはもはや二重人格の域なのではないだろうか。
「いつもなんか分かったような口きいてごめんね、いつも反省してるんだけどなんか演技し始めると止まんなくて」
「気にしてないんで大丈夫です」
「パ、パワハラだよね、あの口調。ご、ごめんね。平塚くん、う、訴えないで欲しいなぁ……って」
「訴えませんよ」
最近のご時世ゆえなのかどうやらパワハラにならないか気にしてるらしい。
そんな心配しなくてもこの人からパワハラを受けたことは一度たりとてない。
確かに普段……普段でいいのだろうか?会社の如月さんの口調は多少高圧的な部分もある。
しかし、だからこそ彼女に頼れば大丈夫だという安心感もあった。
つまり、彼女の上司として頼れる口調というのは狙い通り上手くいっているのだ。
それを伝えれば彼女は安心したように一息をついた。
そうして話が一段落したところで今度は俺から話題を振るというか気になったことを尋ねる。
「ところで……如月さんもそういう服着るんですね」
「あ、これは……」
なんだかんだ一番気になっていたところなのだけど。
今の如月さんは普段の彼女からは想像できない所謂地雷服と言うやつを身に着けていた。
普段の如月さんは本当にお硬い服装で、こんな崩したというか遊んでると言うか、所謂そっち系の服を着ているのがあまりにも意外だった。
正直、彼女の普段が演技なことよりもそこが気になった。
なにせ、如月さんは元男だ。
これで普通の女性なら『あのお硬い上司の意外なギャップ』の一言で片付けられたのだろうけど、如月さんの昔の姿を知ってる身としてはそうもいかず。
どうしても気になってしまう。
それを聞けば如月さんは俺から気まずそうに目を逸らした。
「い、痛いよね?こんな服。三十歳が着てるのは……パワハラかな?」
「パワハラではないと思います」
「嫌でしょ上司がこんな服着てるの痛いよね嫌だよねごめんね」
「いえそんなことないですけど。如月さんがそういうのを着てるのは凄く意外で」
ぶっちゃけ今の如月さんは童顔で小柄だからあまりそういう感じはしない。
まあ、年齢的には確かに痛いと言うやつかもしれないが、普段の彼女にお世話になってる俺がそんなことを言うわけもなかった。
ただともかく、俺は痛いとは思ってないことを告げると彼女はゆっくりと語りだした。
「……実はね昔から、女の人の服とか……まあ、可愛いものが好きだったんだ」
「えっと……男の時からってことですか?」
「うん、子供の頃から」
そうだったのかと俺は驚く。
なにせ、彼がそんな素振りを見せたことは本当になかったのだから。
しかし、それも当然か。ジェンダーレスな時代ではあるがまだそういうことをそう簡単にカミングアウトできる時代ではない。
「可愛い服とかいっぱい着てみたかったんだ。でもうち親が厳しい人でね」
「ああ……」
「そういうの、絶対許してくれなかったんだ。悪い人たちじゃないんだけどさ」
特に彼女の親世代と言うのはそういったものに対する理解は浅いものだ。
少し虚しそうな苦笑いを浮かべて語る彼女になんだか少し同情してしまう。
「だから、諦めて考えないようにしてたんだけど……」
「…………」
「ずっと羨ましかったんだ、女の人がさ可愛い服いっぱい着てるの」
その言葉は強い憧れの感情を感じて、本当に彼女が昔からそれを望んでいたのをよく理解できた。
そんな感情を彼女は三十年隠し続けてきたのか……
「女になった今なら好きに着ていいんじゃないかって……まあ、その年齢的にはあれ、なんだけど」
そして、彼女はそういう服を気にせず着れる性別に後からなった。
三十年も抑え込んでいたものを合法的に着れるようになったのだ。そりゃ、そういう服を着るのも納得だった。
そこまで語って如月さんは自虐的に笑う。
「あはは、気持ち悪いよね。元男が三十歳にもなってこんな服着てるの……ごめんね、こんな人が上司で」
「いいんじゃないですか?」
「えっ」
自分は痛い人間だと自嘲する彼女だが、先ほども言った通り俺はそうは思わない。
「個人の趣味なんて誰かに制限されるものじゃないですし」
俺はまあ若者で、価値観で言えばそれなりに最新だ。
そんな俺としては趣味というのは誰かに制限されるものじゃないと思う。
好きなものは好きで片付けるべきだと思うし、そこに他人が入ってくるべきじゃないと思うのだ。
「別に誰かに迷惑かけてるわけじゃないですから」
如月さんのその趣味は個人的なもので誰かに迷惑をかけるわけじゃない。
だったら、何も気にせず楽しめばいいと俺は思う。
「如月さん、普段凄いのでプライベートくらいは自由にしたほうがいいと思います」
それに、如月さんは会社で本当に凄いのだ。
彼女の会社での努力は間違いなく俺達会社のメンバーを救っている。
だから、如月さんは報われるべきだと思うし、きっと彼女にとって休息でもある趣味をあまり自分で笑わないでほしかった。
「そう、かな……」
「そうですよ」
小さく不安げに呟く彼女を軽く肯定する。
彼女にはお世話になってるし、言葉だけでも少しだけでも恩返しができていたら嬉しいなと思った。
「それに、俺からするとそういうことできるの凄いと思うので」
「え……それ皮肉的な奴……?そうだよね、三十一でこんな服着てるのは凄いよねそうだよねごめんなさいごめんなさい」
「止まってください。そういうことじゃないです」
どうやらかなり年齢を気にしているらしい。
被害妄想気味なのはその過去故に彼女にとってその服を着ること自体に罪悪感のようなものがあるのかもしれない。
本当にそんなに気にしなくてもいいと思うのだけど。
「好きに一直線に走れるの自分的には尊敬に値すると思ってるので」
「そう、なんだ」
そこまで言われて如月さんはちょっと俯いて噛み締めるように少しだけ嬉しそうに笑った。
普段の如月さんから想像できない、可愛らしい笑みだった。
「卑下しなくても似合ってて可愛らしいと思いますよ」
「ふぇっ!?」
何気なく言った俺の言葉に如月さんが跳ねる。
目を見開いた彼女は顔をまた真っ赤に染めて、こちらを信じられないと言いたげに見ていた。
「それって、ふ、服のことだよね?」
「え、まあそれもありますけど」
「……〜〜っっ」
そして如月さんは真っ赤なまま席の中で俯いて縮こまり静かになった。
その姿は普段の如月さんからは想像もつかない姿だったけれど、そんな姿を見せてくれるのが少し嬉しかった。
「そう言えば、如月さんはなんでここに?」
「んん……平塚くんと同じ、コラボカフェ行こうとしてたから」
ああ、そう言えば彼女も好きと言っていたなと、復帰した如月さんの答えに納得する。
自分の尊敬する人が同じものを好いているのは素直に嬉しかった。
「平塚くんはあれかな?もう行ったあと?」
「あ、いや俺は……」
彼女に問われ、言葉を詰まらせる。
そりゃ、向こうからすればカフェと反対方向に進もうとしてたわけでそう見えるよな。
しかし、実際は全然違う。全くもって恥ずかしいものだった。
「恥ずかしながら、コラボカフェの雰囲気に圧倒されて……入れなくて」
「ああ、ちょっと分かるかも。僕も初めては凄く緊張したな」
俺の言葉に如月さんは苦笑いしつつも共感してくれた。
「ん?てことはもしかしてコラボカフェ初めて?」
「はい」
「何か欲しいグッズでもあったの?」
「あー、いやそういうのじゃないんですけど」
俺の言葉に彼女は少し首を傾げる。
そんな動作すら普段の如月さんと違うものだから違和感を感じつつ俺はコラボカフェに行こうと思った理由を説明した。
「なんていいますか、昔なんかあまり物事に熱中できないタチでして」
俺はどうも物事に熱を入れられないタイプの人間だった。
浅く広くなくみたいな楽しみ方をしていて、拘るようなことをしない、そんな生き方。
「趣味とかも……あんまですし」
趣味も漫画小説ゲーム、それなりに収めているが逆に言えばそれなりだ。
熱中は全くしてないし、拘りらしい拘りはない。
単純な話、俺はその趣味達を今すぐ捨てろと言われたら大して迷うことなく捨てられる。
しかし、
「でも、なんかそれだと物足りないなってなっちゃって」
生活も安定してきて、そうなってくるとプライベートの充実に目を向けたくなってくる。
そうしたらどうも自分という人間が薄っぺらいんじゃないかと思ってしまった。
何事にもやる気を出さない、何事もなさない。
ただなるように生きているだけ。
なんとなく、そういうのは良くないんじゃと思った。
「だからこういう場所に来たらなんかあるかなって思ったんですよ」
だから、コラボカフェに行こうかなと思ったのだ。
形だけでもというのもあったし、こういう場はやはり趣味に熱中できる人が来る場所だから、何か新しい発見があるんじゃないかってそう思ったのだ。
如月さんにさっき好きに一直線なことを尊敬に値するなんて言ったがそういうことだ。
俺は一直線になれない、そんな人間なのだ。
だから好きに一直線な人達のことに、俺の持ってないものを持っている人達に尊敬の感情を抱いていた。
だから、自分もそんな彼らみたいになるために形だけでもとコラボカフェに行ってみようと思った。
「まあ、結果は見ての通りなんですけど」
ただ、結果はビビって終わりだったのだが。
こんなのだからそんなんなんだろと言われたら……まあ、否定はできない。
俺の話を聞いて如月さんはうんうんと頷いた。
「分かるよ、その気持ち」
「そうですか?」
「…………ごめん、軽い気持ち分かるとか言われるの嫌だよねパワハラだよね、ごめんなさいごめんなさい」
「いやいいですけど」
何かに触れてしまったのか謝りだす如月さんを止める。
どうやら素の彼女は普通にネガティブ気質のようだ。
あとそんなにパワハラが怖いのか?
「えっとさ、僕も……前はこのまま諦めたまま終わるのかなぁって思ってたんだ」
「…………」
「ずっとこのまま着てみたいって気持ちだけ抱いたまま生きるのかなって悶々として、でも何をするでもなく過ごしてた」
「……そうだったんですか」
「僕はね、運が良かっただけなんだよ」
人生の先輩として彼女は自身の失敗談を語ってくれる。言外に自分みたいにはなるなと忠告してるようだった。
そこで彼女は少し微笑む。
「だから、平塚くんは偉いと思うよ。自分で変わろうとしてて」
「そうですかね?」
「うん、僕にはできなかったよ」
別にそんな偉い人間ではないよなと思いつつ、尊敬してる相手に褒められるのは少し嬉しかった。
「えっと、だから僕も先輩として平塚くんのことサポートしたいし……」
と、如月さんは少ししどろもどろになりながらこっちも見上げて、言った。
「……一緒に行く?」
TS娘には地雷服を着せたいんですよ
私の小説には他にも地雷服を着る予定のTS娘がいます。
え?如月さんは娘じゃない?