T S 乙 女 め ん ど く さ い お じ さ ん(31) 作:霜降り
「……一緒に行く?」
「えっ」
自分がコラボカフェに圧倒されて入れなかったという話をしたら、如月さんはそう俺のことを誘った。
固まる俺に彼女は言葉を続ける。
「ほら、一人よりも二人のほうが安心できるでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
確かに如月さんが隣にいてくれるなら、あの空間でも少しは安心感を得ることができるのは間違いない。
「それに多分僕がいれば平塚くんは付き添いに見られるから、変に見られることはないよ」
それもその通りで今の如月さんは一見は地雷服を着た女性で。
それと男が一緒にいれば男の方は女性に付き合わされたようにしか見えないだろう。
だが、しかしそれが意味することは……
「幸いあのコラボカフェは予約式じゃないし……僕はコラボカフェの経験あるから色々教えられるよ。ど、どうかな?」
「あー……いや」
俺は少し困って首をかく。
その申し出は正直に言えばありがたいものだ。
しかし、一つ問題点がありそのことに多分彼女が気づいてなさそうなので頷いていいものか迷ってしまった。
そんな俺を彼女は勘違いしてしまったらしい。
「……あ、そうだよね。プライベートまで上司と一緒なのは嫌だし断りにくいよね。ごめんなさい想像できてなかったあはは、駄目な上司でごめんね」
「別にそういうわけじゃないです」
ネガに入ってしまった彼女を止める。
ここまで繊細なのに普段はあれだけ厳格でいられるの凄いなと素直に称賛の気持ちを抱いてしまった。
「えと、じゃあ、なんでそんなに言い淀んで?」
「あー……いや」
「や、やっぱり嫌なの?い、嫌だったら正直に言っていいよ。き、気にしないから」
ちょっと涙目に不思議そうにこちらを見上げる如月さん。気にしないって言ってるけど絶対気にすると思う。
流石にここまで問い詰められて言わないのも失礼だと思って俺は言い淀んでいた理由を話した。
「いやぁその……多分それってカップルに見られるんじゃないかなって……」
男女二人でコラボカフェに入るって、ほぼ間違いなくそういう関係に見られるんじゃないかって。
まあ、俺としては別に他人にそう見られるのは気にしないのだが、如月さんは大丈夫なのか心配なのだ。
如月さんは元男、あまり男とそういう関係には見られたくないんじゃないだろうかと。
それを言えば、
「えっ…………あ」
少し彼女は固まったあと
ボンッ!
と彼女の顔が赤く染まる。
そして、彼女がぐるんとまわって俺に背を向ける。
「あー!そうじゃん僕女じゃん何やってんだろ女なのわかってるのになにやってんだろなんでそんな簡単なこと気づけないんだよ信じられないそれは駄目でしょ僕三十一じゃん若い子とそういう目で見られるのはよくないよ迷惑だよ絶対駄目だよごめんなさいごめんなさい」
その後、ツインテールを持ったまま口元に手を当てて悶え始めた。
ブンブンブンと頭を振る彼女はどうやら本当に気づいてなかったらしく、動揺してるようだった。
「ごめん!ごめんね、平塚くん。嫌だよねこんな女とも言えないやつとカップルとか絶対嫌だよねごめんね、ごめんなさいごめんなさい」
「いや、別にいいですけど」
「えっ」
ぴきんっと彼女はまた固まった。
「俺あまり人の視線とか気にならないんで、むしろ如月さんが大丈夫かなって思ったんですけど……」
彼女に嫌だと言ったらそれはそれで傷つきそうなので言わないが、そんな建前を抜きにしても別に彼女とカップルに見られる分にはそんなに気にしていない。
そんな俺に彼女は問いかける。
「は、恥ずかしいでしょ?嫌じゃないの?」
「まあ……如月さんのこと尊敬してますし、如月さんなら」
「そこは恥ずかしいって言ってよ!」
「ええ……」
彼女の言葉に困惑する、しかし俺が言ったことはちゃんと本音だ。
嫌いな相手ならともかく、ぶっちゃけ如月さんとならそういう目で見られても俺は特に気にしない。
「そ、尊敬なんてや、やめたほうがいいよ?僕そんな凄い人間じゃないよ三十一でこんな服着てるやばいやつだよやめたほうがいいよ」
「如月さん的にはそうなのかも知れませんけど、俺からすれば違うので。如月さんのことは尊敬してます」
「…………うう」
如月さんがまたも固まる。
彼女の頭からはぷしゅ〜と湯気が上がっていた。
「俺は全然構わないですよ」
「…………そ、そっかぁ」
俺の言葉に如月さんは少し目をグルグルさせながらも一応納得はしたようで。
「えっと……じゃあ、行く?」
「如月さんがいいなら、行きましょうか」
「……うん」
俺は如月さんとコラボカフェに行くことになった。
少し騒がしいコラボカフェの中。
改めて如月さんと向き合うわけだが、彼女は何故か俯いて俺以上に緊張した面持ちだった。
俺達のテーブルに何とも言えない空気が流れる。
「如月さん?」
「ひゃいっ!」
俺に名前を呼ばれて彼女はビクッと反応する。
そんな声に一瞬俺達に視線が集中するのを感じた。
「どうしたんですか一体」
「えっと、あははえっと……なんでもないよぉ」
彼女はそう言ったあとも少し顔を赤くしたり目を逸らしたり、目の中をグルグルさせたりビクビクとこちらを見たり百面相していた。
その様子が面白くも可愛いかったが、彼女は覚悟を決めたようにパンッと頬を叩くとようやく顔を上げた。
「平塚くんは何を食べる?」
「何にしましょうか……」
メニュー表を見て悩む。
メニューに載ってる料理自体はどれも美味しそうだ。
しかし、高い。
まあコラボカフェなんてそういうものだと言われたらその通りなのだろうが。
と、その時如月さんがこちらを見て尋ねてきた。
「平塚くんってさ、結構食べる方だったりする?」
「え、まあそこそこですけど」
「あのさ、推しを出すの手伝ってほしいんだけど……できる?」
「推しですか?ああ、コースター」
一瞬言われてなんのことか分からなかったけど、そう言えばと下調べした時の情報を思い出す。
キャラクターの一枚絵が描かれたコースター、これは注文するごとに全十種の中からランダムで入手できるいわばガチャというやつ。
「僕この体になってからあまり食べられなくてさ……手伝ってくれたら嬉しいなーって」
「もしかして最初からそのつもりでした?」
「…………そ、その代わり奢るから!」
どうやらそのつもりだったらしい。
まあ奢ってくれるなら全然いいだろう、俺は頷いた。
「……ごめん、今ので嫌いになったかな嫌だったかな無理だったら言っていいからね気にしないから別に明日も行けばいいだけだから大丈夫だから」
「ゴチになります」
「あ、うん……」
如月さんは俺の言葉に少し申し訳なさそうな顔をした。
「ありがとね……ごめんね、さっきから迷惑かけてばっかなのに」
「いえ、普段かけてる側なので、お互い様ということで」
「僕のほうがかけてるよ……」
「絶対そんなことないです」
俯いた彼女を励まし、それからメニューを注文する。
食べると言ってしまったし、如月さんの罪悪感を晴らすためにもちょっと多めに注文する。
注文が終わったら、当然ながら雑談の時間だった。
「平塚くんには推しとかいる?」
「推しですか、あまり考えたことなかったかも」
言われて少し迷う。
俺はキャラというよりも物語で好きになるタイプだから、どうも明確に好きと言えるようなキャラがいない気がした。
「でも、他と比べて好きって子はいるでしょ?」
「まあ、いますけど推しってほどじゃ……」
「ふふっ、平塚くんって真面目だね」
そんな俺に如月さんは笑う。
「推しってそんな真面目に考えるものじゃないよ。もっと単純にかっこいいから好きとかそんなんでいいと思うよ」
「…………」
そんなものなのか、如月さんに言われるとやけに納得してしまう。
改めてじゃあ誰が推しになるのだろうかと考えてみる。
と、その時である。
「ごめん調子乗ったかも変なこと言ったよね分かったような口きいてごめんねごめんなさい」
「すみません、誰が推しなのか考えてただけです」
どうやら反応を返さなかったことでネガに入ってしまったらしい。本当に繊細なんだなこの人。
まるでガラス細工のような如月さんをたしなめてから改めて思考を回す。
メニューに描かれたコースター、その一覧を見て少し迷いながら俺は一人を指差した。
茶髪をポニーテールにして明るい笑顔を浮かべる少女だ。
「
「おっ、王道だね」
如月さんが言うことから分かる通りその子はこの作品の主人公だ。
そんな彼女を推しにあげた俺に如月さんは少し微笑む。
「結ちゃんのどこが好きなの?」
「どこ、ですか」
「うん、推しってさ共感とか憧れから生まれると思うんだ。だからその人の人間性が出ると僕は思うの」
それは、確かに。
微笑む如月さんの持論は俺にも納得できた。
共感に憧れ、そういうものは人生で経験したことの影響が大きいだろう
そんな感情がでてくる推し、というものはその人の人間性が強く出るところなのかもしれない。
「僕、平塚くんのこともっと知りたいから教えてほしいな」
「俺のことですか?」
「うん、上司だし、部下のことは知っておきたいから」
ああ、と納得する。
普段の格好とは全く違うのにどこかいつもの如月さんを、上司としての責任を感じるその言葉。
普段とはあまりにも真逆な彼女だが、根本的な部分は如月さんなのだなと思った。
「あ、そういうこと聞くのってなんかのハラスメントだったけ……ごめんね失礼だったかなごめんねごめんなさい僕って気遣いできない駄目な上司だね……あはは」
「別に大丈夫です」
近年何でもかんでもハラスメント扱いしすぎだとか。
そういうのを気にする人間はそもそもハラスメントをしないだとか。
結果的に問題のない人が変に気にしすぎちゃうだけになるだとか。
目の前の彼女を見てると本当にその通りだなと思った。
「そうですね……等身大なところが好きなのかもしれません」
「等身大?」
「はい、正直者というか、誤魔化さないと言うか」
そういう姿勢は俺にとってとても好感が持てて好きだった。
「なるほど、平塚くんはそういうキャラが好きなんだ」
「かもしれません。如月さんは誰が推しなんですか?」
「僕?僕はねぇ……一条様!」
彼女が指差したところにいるのはキザったらしい笑みを浮かべた優男だった。
へえ、と意外に思う。
なにせ、このキャラは結構傲慢な性格をしていて、作中では結を敵視しているようなキャラだからだ。
「どこが好きなんですか?」
「んとね、まず顔がいいじゃん」
「顔……」
面食い……?
と、一瞬思ったがもちろんそんなことはなかった。
「最初はさただの結ちゃんを敵視してるだけの嫌な奴って思ってたら、プライドが高いけど結ちゃんを内心で認めてたり、それを自分で認められてなくて、不器用なところとかが可愛くてさ、例えば三巻にあった話で……」
どうやらスイッチを踏んでしまったらしい。
一条の良いところを語り始めた如月さんはペラペラとさっきまでの自信なさげな様子を霧散させてこちらに力説してきた。
「結ちゃんをバカにしてた奴に『結を舐めるな』って忠告したときとか本当に最高だったよね!分かる!?」
「ああ、あのシーン良かったですね」
「そうそう、いいよね王子様みたいでさぁ、ああいうの僕もされてみたいなぁ」
「されてみたいんですか?」
「されてみたいよぉ!あんなの絶対一発で惚れちゃうもん!」
へー、と水を飲みながら思う。
なんというか如月さん、どうやら結構乙女みたいだ。
こうして一条について語る彼女は中学生が夢を語るようなそんな微笑ましさがあった。
それにしても、ここまで力説するあたり本当に好きなんだろうな。
そうやって熱中できるのがやっぱり少し羨ましかった。
「あと、あとあとあ……と……あ」
と、熱弁していた如月さんがだんだんと勢いをなくしていく。
そしてこちらを見てプルプルと震え、顔を青くした。
本当に情緒の乱高下が凄い人である。
「すうーーー……ごめん平塚くんちょっと一方的すぎたよね、引いたよね」
「引いてないです」
「気持ち悪いよね三十歳でこんなオタクな語りするのキモいよねどう考えても気持ち悪いよね引いちゃったよね」
「気にしてないです」
「き、嫌いにならないでほしいなぁこんな三十歳の痛いやつ好きじゃなくていいからどうか嫌いにはならないでぇ……」
「なってないです」
「でも仕方ないよねこんなの上司嫌だもんね嫌いになっちゃうよね仕方ないよね僕が悪いからね僕は気にしないからね嫌なら全然この机から離れてもいいからねいやむしろ僕から離れるべしだよねバイバイ平塚くん」
「離れないですし、離れないでください、バイバイしないでください」
ブツブツと俯いてこちらの言葉に耳も貸さず自虐を始める如月さん。
まあ確かに思ったより熱量が凄くて驚きはしたけれど、別にその程度で嫌いにはならない。
「それよりもっと話してほしいです」
「えっ」
むしろ俺としてはそうやって好きについて話してくれる方が嬉しい。
それを告げれば如月さんは驚きでこちらを見てくる。
「え……なに?な、なんで……不愉快じゃないの?」
「俺も如月さんのこともっと知りたいので」
「へっ……」
なにせ普段はお固くてあまりこういう砕けた話をできない如月さんだ。
彼女がここまで崩して話してくれるのはこちらへの信頼を感じて嬉しかったし、見ていて少し面白い。
それを告げれば如月さんはピンッと体を伸ばして固まった。
そして目が泳ぎだす、机の上の彼女の手は落ち着きなく暴れていた。
それから数秒、彼女はなにかに気づいたようにはっとした顔を浮かべた。
「べ、別に上司との話題探しとか、考えなくていいよ!ぼ、僕は会話切れても気にしないから!」
「いえ、そういうのじゃないです」
俺が如月さんのことを知りたいと言った理由をそう思ったのだろうか。
やはり彼女の素はネガティブだ。
なので俺はしっかりと彼女に言うことにした。
「如月さんに、興味があるんです」
「…………っ」
瞬間、如月さんの頭がオーバーヒートしたかのように真っ赤になった。
顔が凄いことになっているが大丈夫なのだろうか。
何かを堪えるような顔をする如月さん
彼女はこちらをチラ、チラと頭を上げ下げして見てくる。
「え、へへ、そっかぁ……じゃあもっと話していい?」
そして、顔をニヤけるように破顔するとまた話し始めるのだった。
「ありがとうね、平塚くん。助かったよ」
「あ、はい、自分も奢ってもらったんで」
無事、一条のコースターを手に入れた如月さんは可愛らしいホクホク顔でこちらにお礼を告げる。
とはいえ奢ってもらった上に、途中で出た
「このあとはどうしよっか?」
「ん、このあともご一緒していいんですか?」
てっきりコラボカフェを終えたらお別れかなと思っていた俺は彼女の言葉に少し驚きながらも聞き返す。
そしたら如月さんはまたも黒い笑みを浮かべた。
「そうだよね普通休日上司といたくないよね。一緒にいて面白くないよね。ありがとねコラボカフェ付き合ってくれてごめんね僕の我儘付き合わせちゃって」
「いえ、そうじゃなくて如月さんの予定が大丈夫なのかなと」
「なんで僕いつもこ……僕の予定?」
ネガに入るのも速いがネガから復帰するのも速い如月さんは予定を聞かれて首を傾げた。
「気にしなくていいよ?ないわけじゃないけど、別に今じゃなくてもいいやつだから」
「そうなんですか?じゃあ、ご一緒させてもらってもいいですか?」
「え……いいの?」
少し驚いたように如月さんがこちらを見る。
全くあなたからいったことだろうに。
「はい、付き合ってくれると嬉しいです」
「そ、そっか、ふふっ」
如月さんは俺の言葉にやけに嬉しそうに笑う。
「如月さん?」
「あ、ごめんね。こうやって誰かと一緒にお出かけしたことなんて全然なかったから」
「そうなんですか?」
彼女の言葉に少し驚く。
如月さんは人望がある人だし、そう言った経験なんて沢山ありそうなものだから、初めてだというのは意外だった。
「ないわけじゃないんだけどね。……人付き合いみたいなのだから。こうやって自分出しながらなのは初めてなの」
「なるほど」
ああ、と納得する。
如月さんは今までそういう内面を隠してきたわけで、それはきっと友人の合間でもそうだったのだろう。
そうなれば今の彼女の姿で誰かとお出かけというのが初めてなのは納得できた。
「友達みたいでちょっと嬉しいかも」
「えっ」
「えっ?」
ボソッと呟いた彼女の言葉に俺は反応する。
そして、如月さんはそんな俺の反応に酷く反応した。
さっきまで楽しそうだった如月さんの顔がみるみる悲しそうな捨てられた子犬のような顔に変わっていく。
わなわなと震え涙目になる如月さん。
「もしかして嫌だった……?ごめん、ごめんねそうだよねこんな三十歳のやつと友人とか嫌だよね。調子乗ってたね、ごめんね。あはは、調子乗っちゃったね僕なんかに友達ができるわけないのにごめんね嫌な気分にさせちゃったよね僕の嫌いになったよねでもせめて会社でだけは表面上だけでも仲良くしてくれると嬉しいなもちろんできればでいいけども……」
「違います違います!そういうのじゃないです!」
本気で傷ついてる如月さんを止める。
まずい、思いっきり誤解させてしまった。
別にそんなことを思ったわけじゃない。俺が反応したのはもっと別の理由だ。
「てっきりもう友人だと思ってました」
「えっ……」
如月さんとはコラボカフェで楽しい時間を過ごして、彼女の素の姿をしれて、たった数時間なれどかなり濃密な時間を過ごした。
それなりに仲も深まりまあ友人と言っても差し障りない程度の仲になれたものだと思っていたから彼女の言葉に驚いたのだ。
如月さんは俺の言葉に如月さんは驚いたように固まった。
そして数秒後復活した彼女はアワアワと慌てた様子で言葉を紡ぐ。
「そ、そうかな?僕と平塚くんって友達かな?」
「というか、そうじゃないと俺がちょっと悲しいです」
「そ、そっか……ふふっ」
俺の発言に如月さんは思わず漏れ出したように笑みを浮かべる。
それはまるで子供のような笑みでそんな彼女に俺は少しだけ息を呑んでしまった。
「そっかぁ〜、友達かぁ」
「そんなに嬉しいですか?」
今にもスキップをしそうな彼女。
俺と友人になれて喜んでくれるのは素直に嬉しいが、その喜びようが凄くて少し不思議だった。
「あはは、僕友達いなかったから……」
「え、如月さんが?」
「うん。友達ってほど人と深く関われなかったから」
なんてことのないように彼女は言うがそれは中々辛い話だった。
考えてみれば当然で、如月さんは普段からずっと演技をしてるって言っていた。
ならば彼女は人と関わるタイミングでは常に仮面を被っているわけで、もし友達に近い関係の相手ができても仮面を取ることはできない。
それなら彼女に気の置けない仲の者がいないというのは納得だった。
「だからこうやって、自分を出して誰かと遊べるのが嬉しいんだ」
「…………」
にっこり、彼女はこちらを見てそんな擬音が聞こえてきそうなとても良い笑顔で笑う。
真正面からこうやって見ると如月さんの童顔ながら整った顔立ちがよく分かり俺は少し圧倒されてしまった。
偶然ながら今日彼女に出会って良かった。
そして、こんな笑顔が見れるなら彼女ともっと仲を深めたいと、そう思った。
けれど、彼女のそんな笑顔はすぐさま霧散する。
「……ごめん。今調子乗ったかな嫌だったかな失敗しちゃったかなそうだよね友達って思いやりだもんね自分を出し過ぎちゃ駄目だよね、ごめんね、友達だからって調子乗ったかな、絶交かな絶交しないでほしいな」
「しないので安心してください」
彼女の言葉には絶対反応を返すようにしようと俺は心の中で決めた。
如月さんの被害妄想はなんというか、相当酷い。
普段は全くそんなこともなく、何を言われても動じなさそうな雰囲気だというのに。
「なんでそんなにネガティブなんですか、普段はそんなことないのに」
「普段もそうだよぉ、家に帰ってからずっと一人反省会だし……」
「そうだったんですか」
本当に全くそんな素振り見えなかった。
如月さんの演技は凄い……が、それを素直に褒めることはできないなこれは。
だって彼女がここまで拗らせてしまってる原因の一つに演技が上手すぎて誰も気づけなかったというのもあるのだろうから。
事実俺だって気づけてなかった。
「それに、ずっと、自分のこと隠してきたからかな。なんだか素の自分を見せながらだと不安なんだ……ごめんね……こうやって謝ってるのもめんどくさいよね」
あー、と俺は合点する。
彼女は素の自分というものを三十年外に出してこなかったわけだ。
だから、素の自分というものに自信を持つことができない、なんてことになってるのだ。
こりゃ相当重症だなと俺は首をかく。
そして、せめて彼女が自分の素を出しやすくなるように俺は自身の気持ちを伝えた。
「さっきも言いましたけど俺は如月さんのこと尊敬してるので、如月さんのことは嫌いになりません。だから、自信を持って素を出してくれると嬉しいです」
如月さんには本当に新卒の頃からお世話になっていて、彼女の真面目な生き方は尊敬していた。
それは彼女の印象が変わった今も変わらない。
だから、俺は如月さんのことはまず嫌いにならない。
「う、嘘だよぉ……人を好きで居続けるって難しいよ?」
「如月さんなら大丈夫です」
俺の言葉に如月さんが恥ずかしそうに震える。
「う、うう……期待を抱かせないでよぉ、嫌いになって!」
「なってほしいんですか?」
「え、や、やだ……嫌いにならないで……」
「はい、なりません」
「あう……」
涙目で項垂れる如月さんが少し面白くて俺はくすっと笑う。
如月さんは拗ねたようにこちらを見ていた。
「俺は大丈夫ですから、如月さんも自信を持ってください」
あらためて俺の思いを告げる。
それを聞いた如月さんは少し恥ずかしそうにしながら頷いた。
「……わ、かった……そっか、じゃあ抑えるの頑張ってみるね」
「ええ、はい。如月さんはそうやって笑ってるのが一番可愛いと思います」
「っ!?」
ビクッ、と如月さんが肩を震わせる。
そして彼女は恥ずかしそうに俯いた。
その時だ。
真正面から自転車が迫ってきた。
如月さんは俯いてしまったせいで気づいてなさそうだ。
このままじゃ危ない、そう感じた俺は如月さんの肩を軽く掴んでこちらに引き寄せる。
「如月さん、ちょっとこっちに」
「っ!?!?!?」
キキィッ───!!
と、如月さんの真横を減速もしない自転車が通り抜ける。
全く危険運転も良いところだ。
「はあ、人通りが多い道なんだから車道を走ってほしいですよね」
「……っ〜〜〜!ひ、平塚く、は、離して!」
「あ、す、すみません!セクハラになっちゃいますよね!ご、ごめんなさい!」
如月さんを引き寄せたせいで、かなり如月さんと密着してしまっていた。
俺は慌てて如月さんから離れる。
やばい、いくら危なかったとは言えこれじゃセクハラだ。
まるでさっきまで如月さんと立場が入れ替わったように俺は彼女に頭を下げる。
「いや、いい……うん、いいよ……ありがとね」
結構なやらかしをしてしまったのだが、如月さんは顔を赤くして、腕で隠しながらも俺のことを許してくれた。
そのことに俺は内心ほっと息を吐く。
良かった、折角仲良くなれたのに嫌われたくなかったのだ。
と、その時如月さんが腕を少し下げ半分くらい目が見えるような状態で小さな声で聞いてきた。
「……平塚くんって女性経験結構あったりする?」
「えっ、急に何ですか?まあ、多少はありますけど……」
全部つまらないと言われて振られたけど。
あまり思い出したくないので思い出させないでほしい。
「平塚くんって結構紳士だね……」
「そうですか?」
過去何回も振られてるような人間が紳士とはとても思えないが。
そう思って如月さんに問いかけたら
「……うん、とっても」
恥ずかしそうに彼女はそう答えた。