T S 乙 女 め ん ど く さ い お じ さ ん(31) 作:霜降り
「じゃあ……どこ行こっか?」
如月さんと晴れて友人になれて、次に話すことはどこに行くかだった。
「遊ぶ場所ならいっぱいあるけど、興味ある所ある?」
「そうですね……」
なにせ街が街だ。遊ぼうと思えばいくらでも遊び尽くすことができる。
しかし、選択肢が多いとそれはそれで迷ってしまうものだ。
どこに行こうか二人して頭を悩ませる。
と、考えてる途中に思い出した。
「そういえば如月さん。予定あるって言ってましたけどどこに行くつもりだったんですか?」
別に今日じゃなくていいと言っていたが、それは何の用事だったのだろうか。
少し気になって話を振ってみる。
それにどうせどこに行くの迷うのなら彼女のその予定次第では合わせてみるのもいいんじゃないかと思った。
「ああ、お洋服を買おうかなって思ってたんだ」
「服ですか」
「うん、可愛いやつ」
可愛いやつと言われて、今の如月さんの服を見る。
所謂地雷系と呼ばれる服だが、如月さんが着ているものは装飾も多く彼女の可愛いものへのこだわりを感じるもの。
彼女自身は痛いなんて言っていたが、童顔で小柄な彼女にはよく似合っている。
「今着てるみたいなやつですか?」
「ん、いや、甘ロリってわかる?」
「聞いたことくらいは……」
甘ロリ、一応名前くらいは聞いたことあるし、なんとなくそういう系の服なのは理解しているが詳しくは分からない。
そんな俺に詳しく如月さんは解説してくれた。
「今着てるのは地雷系ってやつでね。買おうと思ってたのは甘ロリってやつなの」
「地雷系は分かるんですけど、甘ロリってどんなのなんですか?」
「えっと、ロリィタ服は分かる?」
「あ、分かります」
「ロリィタ服の中でも全体的にパステルカラーな感じで明るくてお姫様みたいな服でね、すっごく可愛いんだよ」
「へぇ……」
如月さんはとても楽しそうに俺に話をしてくれる。
彼女があまりにも楽しそうに話すものだから、俺にも少し興味が湧いてきた。
「じゃあ、それを買うのついて行ってもいいですか?」
「えっ!?つ、つまらないと思うよ?服選ぶだけだし……」
俺がついて行っていいか聞くと如月さんは少し驚いたようだった。
そしてやめたほうがいいと彼女は止める。
しかし、俺としてはちょっと気になるのだ。
「まあ、そうかも知れませんけど。知見を広げるって意味でも俺の知らない世界ならそれなりに楽しめそうですし」
「そっかぁ……平塚くんは真面目だねぇ」
「そんなことないですよ」
素直に称賛の目で見上げてくる如月さんからちょっと目を逸らす。
いや、そういう服装の世界が気になるというのは本心ではあるのだが。
ぶっちゃけ、一番は如月さんの素が気になるからだったのだから。
なにせ如月さんはその服についてとても楽しいそうに話していた。
そんな彼女が好きなものが気になったのだ。
しかし、それを知らない如月さんは笑う。
「でもちょっと嬉しいな、平塚くんが興味持ってくれて」
「それは……良かったです」
なんだろう、罪悪感が……
「お、おお……」
如月さんに連れられて、たどり着いたお店。
それを見た俺は圧倒されて思わずそんな声を口から漏らした。
俺の横に立つ如月さんはそれにくすりと笑う。
「ふふ、凄いよね」
「ええ、はい。ここまでとは……」
店内には外から見ても分かるほどフリルなどが沢山ついた可愛らしいロリィタ服が沢山、大量に有った。
もちろん、これから行く店がそういうお店なのは理解していたが想像以上。
ロリィタ服というのはどれも面積が大きい物だから、それが沢山あると服屋とは思えない圧力がある。
もはや何かの聖域のようで、男が足を踏み入れていいのか不安になるほどだった。
「やめとく?」
「いえ、ここまで来ましたし」
とはいえ、わざわざ来て今更引き返すのもあれだ。
覚悟を決めたことを如月さんの伝えると如月さんは少し嬉しそうに店内へと足を踏み入れた。
それについて行って俺も足を踏み入れる。
あまりにもアウェーな環境だったため少しでも安心感を得ようと少しだけ如月さんに近づいた。
「可愛いなぁ……」
如月さんは目移りしているのか首をふりふりしていた。
その動作があまりにも小動物のようで俺は彼女にバレないように少し笑う。
「何着買うんです?」
「一着かなー、高いんだよね……見た目通り」
如月さんはそう言うと沢山ある洋服の一つを手に取ると、それについたタグを見せてきた。
「うえっ」
そこに書かれた数字に俺は思わず悲鳴をあげる。
もし俺がこれを買うとしたらそこそこ覚悟して買うくらいの値段が書いてあった。
「これに小物とかも付いてくるから、調子には乗れないんだよね」
「やばいっすね……俺じゃ到底買えないや」
「僕は今まで貯めてた貯金あるからね」
ふふん、と如月さんは得意げに笑う。
如月さん、今まで趣味にお金を使ってこなかったのなら十年分の貯金もあるし、立場的にも結構稼いでるはずだから余裕があるのだろうな。
と、如月さんが何かに気づいたような表情に代わりすぐにまた暗い笑みになる。
「ごめん今の嫌味ったらしかったかな距離感間違えたかな絶交かな」
「大丈夫ですよ」
やっぱりネガティブな如月さんをたしなめる。
如月さんの働きようなら稼いでて当然だと思うし、というか如月さんほど仕事ができる人なら多分もっと上の会社を目指せるのだ。
それなのにあの会社で俺たちの上司で働いてくれるのだからむしろもっと稼いでて欲しかった。
「ごめん、抑えようとしてたのに……」
如月さんは申し訳なさそうに顔を俯かせる。
先程、ネガティブを抑えると言ったのに早速やってしまったことを申し訳ないと思っているのだろう。
と言っても、俺は本当に気にしていない。なにせ、彼女にもらった恩が多すぎるし、そもあまり迷惑とも感じてない。
「気にしなくていいですよ?それも如月さんの素の一つでしょうし」
可愛いのが好きなのが如月さんの素であるように、そのネガティブなのだって如月さんの素の一つだろう。
そして、俺は素の如月さんと仲良くしたいと思ってる。
だから、別に無理に抑えなくてもいいと思っていた。
「だからまあ、俺の前で無理に演技はしなくてもいいです」
それに如月さんは普段から演技をしてるわけで、せっかく俺という素を出せる相手ができたのだから無理はしないでほしかった。
「ネガティブなのは、ちょっとずつ改善していきましょう」
「ごめ……いや、うん、わかった」
そんな俺の想いを受け取ってくれたのか如月さんは謝るのを止めると小さく、ちょっと嬉しそうに頷いた。
「あ、平塚くん。これが甘ロリだよ」
展示されていた洋服の一つを指さして如月さんがそう言う。
そこにあったのは白とピンクのロリィタ服だ。
色んな所にリボンなどの装飾が施されていて、なるほどこれは確かに可愛らしい。
「可愛いですね」
「でしょでしょ!すっごく可愛いの!」
俺が可愛いと評したのが嬉しかったのか、如月さんは子供のように喜んでいた。
この幼さは如月さんが溜め込んでいたものの発露なのかなと少し思った。
「いいなー……これ……いいなぁ」
「買うんですか?」
「んー……どうしよっかな」
如月さんは目の前の服を物欲しそうに見ている。
どうやら気に入ってるようで、買うのかなと思ったが彼女は頷かなかった。
「他の見てからでも良い?」
「ええ」
そして、そう言って店内を散策し始めた。
それから、如月さんは店内で色んな服を見ていた。
時たま足を止めて服を観察したりするものの、どれも手に取るまではいかない。
中々悩んでるなぁと、俺は邪魔にならないよう横から見ていた。
如月さんは本当に可愛い洋服が好きみたいで、見ている間はあまり俺のことを気にしていなかった。もはや忘れてるんじゃないかという域だったけど、まあそんな自然体の彼女を見れるのも悪くないなと思った。
そして、最終的にまた最初の洋服の前に戻ってきた。
「んー……」
彼女は洋服の前で迷ったように唸る。
なんでそんな悩んでるだろうと俺は彼女に話しかける。
「如月さん」
「え、あ……」
俺に話しかけられた如月さんはビクッと肩を震わせた。
「あ、ごごごごごめん、完全に放置しちゃってたごめん嫌だよねつまんなかったよねごめんねせっかく付き合ってくれてるのに」
「何を悩んでるんですか?」
「えっ」
一旦如月さんのネガティブは無視して彼女に何を悩んでるのか問う。
「ロリィタのこと何もわからないですけど、相談相手くらいにならなりますよ」
「えっと……」
俺はロリィタのことなんか全くわからないが、それでも相談相手くらいにはなれる。
それを聞いて如月さんは少し不慣れな様子で話し始めた。
「この中だったらこのお洋服が一番可愛いなぁって思ったんだけど……」
「だけど?」
「可愛いんだけど、黒髪に合わない気がするんだよねぇ……」
そう、なのか?
あまり美的感覚のない俺には色の組み合わせとかはわからないが俺より詳しい如月さんが言うのならそうなのだろう。
「染めないんですか?」
「会社がね……」
「あー」
俺の質問に悲しそうに返ってきた答えに納得するしかない。
普段の如月さんはお硬いイメージがあるわけで、あのイメージの彼女が髪を染めるのは確かに想像ができなかった。
一応うちの会社はそこらへんに規則はないのだが、これは彼女の問題。
そう簡単にはできないだろう。
「ウィッグというのは?」
「僕の毛量だと違和感でちゃうんだよね……この髪気に入ってるから切りたくないんだ」
俺の素人考えは当然如月さんも思いついてるようで、彼女は自分のツインテールの一束を持ち上げてそう答えた。
如月さんの髪はふわりとしていて、傍目から見ても結構な毛量を感じる。
確かにこれでは違和感がでそうだ。
少し愛しげに自身の髪を見る如月さん。
男の頃は髪を伸ばすなんてできなかったからか、どうやらその長い髪をかなり気に入っているようだ。
「……それに、僕が着るには可愛すぎるかも」
「……それは」
如月さんは少し寂しそうにそう言った。
俺は、そうは思わないが。
「だから、どうしよかなって。似合わないのは嫌だしなって」
「試着はしないんですか?」
「ここトップスの試着禁止なんだ、それに着替えるのも大変だからできても正直ちょっと……ね、あはは」
「…………」
如月さんの言葉に俺は何も言えない。
ぶっちゃけ素人考えではこれ以上なにかを思いつけなかった。
着替えとか値段とか、あまり知らなかったけどロリィタって結構大変なんだな。
「ロリィタって大変ですね」
そんな思ってしまったことが俺の口から漏れる。
そして、すぐに俺は口を抑えた。
だってこの発言はロリィタという趣味を楽しんでる如月さんに失礼だと思ったから。
「あ、す、すみませ──」
「ああ、いいよいいよ。本当のことだから」
謝ろうとする俺を如月さんは止める。
「確かにね、大変なんだよね。ロリィタ服ってちょっと重いし、物理的に」
それから彼女は俺の言ったことを肯定した。
でも、如月さんの顔には小さく微笑みが浮かんでいた。
「でもやっぱり、可愛いから」
如月さんは目の前のロリィタ服をまるで子供が憧れるように見ると、小さくそう言った。
そんな彼女は画家が見ればその場で絵を描きだしてしまうんじゃないかと思うほど、美しかった。
「大変でも、好きなんだ」
「…………」
そう言うと如月さんはまたうんうんと唸りだした。
ああ、と納得する。
こうやって今彼女が悩んでるのも、ロリィタ服が……可愛いが好きだからなのだろう。
そうやって沢山悩めるほど好きなのだろう。
ちょっと羨ましい、思わずそんな感情を俺は抱いた。
俺はどうもそういう好きに対する感情を抱けなかったから。
そんな俺の持ってないものを持つ如月さんを、少し羨ましくも尊敬できた。
だから俺はそんな彼女に言った。
「買いましょう」
「へ?」
如月さんは突然の俺の発言に驚いたようにこちらを見た。
そんな彼女に俺は続ける。
「好きなら、買ったほうが後悔しないと思います」
あんな目でこの服を見ていたのだ。
それだけ好きに対して悩めるのだ。
『似合わないから』程度の理由で買うのを諦めてしまうのは俺にはとっても勿体なく感じた。
「そう、かな。でも似合わないかもしれないし……」
「似合いますよ」
「そ、そう?」
「如月さんなら似合いますよ」
やっぱり悩んでる如月さんの背中を軽く押して上げる。
だって、そんなに好きなんだから、きっと着たら似合うことだろう。
あんな、憧れのようにこの洋服を見ていた彼女に似合わないわけがない。
「俺は如月さんがその服着てるとこ見たいですよ」
「うえっ、さ、三十一のロリィタ服とか見たい!?」
驚いてこちらを信じられないような目で見てくる如月さん。
まあ、確かに三十一歳のロリィタ服なんて言われて見たいかと言われたら怪しい。
けど、俺が見たいのは違う。
「"如月さんが"着てるとこを見たいんです」
如月さんのを見たいのであって、三十一歳のロリィタ服をみたいわけじゃないのだ。
俺は好きに一直線な人が好きだから、如月さんが自身の"好き"を通してる姿が見たかった。
なんて理由までは流石に直接的すぎて言えなかったけど。
それを告げると如月さんは目をあたふたと恥ずかしそうにそらした。
「に、似合わないかもしれないよ?」
「如月さんなら似合いますよ」
「こんな可愛い服僕じゃ似合わないよ」
「如月さんも同じくらい可愛いと思いますよ」
「っ!?ひ、平塚くん!」
如月さんは目を見開いてこちらを信じられないと言いたげに見てくる。
「へ、変なこと言わないでよ!」
「何がです?」
「か、可愛いって……そ、そんなわけないんだからさ」
「?如月さんは可愛いと思いますよ」
俺の言葉に如月さんはんんんと唸りながら何か言いたげにこちらを見あげた。
「平塚くん……今後可愛い禁止ね」
「え、なんでですか?」
「駄目ったら駄目なの、り、理由は聞かないで」
「ええ……まあ、分かりました。如月さんに可愛いは辞めるようにします」
俺の言葉に如月さんは何故か少し拗ねたような顔を浮かべる。
そして言った。
「……ごめん、やっぱなし」
「ええ……」
一体如月さんは何がしたいんだと思いつつ彼女の言葉に頷く。
それから、如月さんは少し気恥ずかしそうに聞いてきた。
「平塚くんはさ、この服、僕が着たら……可愛いって思うの?」
「思いますよ」
「可愛いって、思うの?」
やけに可愛いを強調する如月さん。
俺はそんな彼女に内心首を傾げながら答える。
「?はい、可愛いと思います」
「…………んん」
俺の言葉に如月さんはグルンっと俺から顔を背けた。
「じゃ、じゃあ、買っちゃおうかな」
そして少し上機嫌そうに如月さんはそう言って、その洋服を買うことを決意した。
「ありがとね、平塚くん」
その後。
如月さんは、あの洋服のほかに小物なども少し買うことにしていた。
ロリィタだからなのか、小物でも結構な値段がするらしい。
会計のとき表示された値段に俺は慄いたものだ。
如月さんは一言『カードで』だけで終わらせてたけど。
流石である、俺もこうなりたいものだ。
そうして、店から出たあと如月さんはこちらに振り向いて何故か俺に礼を言った。
「何がですか?」
「背中押してくれて、多分押してくれなかったら買ってなかったから」
「ああ……」
別に、俺が見たいからってのが一番の理由だから感謝されるようなことでもないと思うのだけど。
「何か今度お返しするよ」
「いや、いいですよ?普段俺がお世話になってる側なんで」
お礼をしたいという如月さんは言うが正直受け取れられない。
なにせ普段めちゃくちゃお世話になってるのだ。
今日のちょっとしたことでは返せない程度には、仕事で彼女に尻を拭ってもらっている。
だから、お返しとかあまり気にしないでほしいのだが。
「ええ……僕のほうが普段から助けられてばっかだと思うけど」
「それはないです。如月さんは凄いので」
やっぱり自己評価が低い如月さんはそれを否定した。
でも、流石にそれは嘘である。
その事を直球に伝えれば彼女は少し恥ずかしそうにそのツインテールを弄った。
「けど、なんかお返ししないと落ち着かないから……」
しかし、それでも引かない如月さん。
「じゃあ、その服着てるとこをいつか見せてください。見たいので」
「……ん」
この調子だと俺が拒否しても無理矢理お返ししてきそうだなと思った俺は小さなお願いをすることにした。
まあ、見たいのは事実だし
如月さんはそれに小さく頷いた。
「楽しみにしてますね」
「そ、それは、やめてぇ」
俺の冗談にあわあわと焦る如月さんに少し笑う。
と、ふと如月さんの手の中の荷物が気になった。
「ああ、そうだ。持ちますよそれ」
「え、いや、いいよ?僕なんて元男なんだし」
俺の提案を如月さんはそう言って受け取らない。
確かに如月さんは半年前までは男性だった。
しかし、今の如月さんは女性である。
「今の如月さんは女性ですから」
「まあ、そうだけど……」
「それに、女性に大荷物を持たせると周りの視線が痛いので」
「む……その言い方はずるくない?」
如月さんは冗談っぽく怒ったような顔を浮かべる。
そして、こちらにその買い物袋を手渡してくれた。
持ってみるとやはり装飾がたくさん付いてる服なだけあってずっしりと重い。
この重さを女性に持たせておいて男である俺が手ぶらなんて恥ずかしくすら感じてしまう。如月さんが手渡してくれて良かった。
と、その時だ。
プルルルルル プルルルルル
スマホが鳴る音が、如月さんの小さなバッグから聞こえた。
「如月さん、鳴ってますよ」
「ん……誰だろ」
如月さんは手慣れた様子でそのバッグからスマホを取り出すと誰からの電話か確認した。
「あ、真依さんからだ」
「真依さんですか?」
彼女が言った名前は俺も知ってる名前だった。
真依さん、うちの会社の後輩で入社して一年目の子だ
結構、というかかなりおっちょこちょいでトラブルメーカーなところがある子なのだが、同じ現代っ子とは思えないほど純粋な子で職場では愛されキャラみたいな扱いになってる子である。
「今日やるって言ってたからその事かな……ちょっとごめんね」
如月さんは俺に一言断るとスマホを耳に寄せて電話に出た。
「もしもし」
『ずびばぜんぎざらぎざんぎゅうじづにでんわがげでぇ……』
電話口から聞こえたのは真依さんの嗚咽混じりの声だった。
……この声は真依さんが相当参ってるときの声だなぁ
……まいだけに
「真依さん、落ち着いて」
『やりがだがわがらないんでずだずげでぐだざい』
「わからない場所教えて」
そんな真依さんの電話も如月さんは焦ることなく冷静に対処していく。
今の彼女はさっきまでの彼女と違う、会社での如月さんだ。
少し強めの口調ながら如月さんを知っている身からすればとても頼れる声である。
それはそれとして……
「ああ、わかった。そこか」
「こっちでも確認しとく」
「あとで吉村くんに伝えておく」
「最悪こっちでどうにかするから、気を張り詰めすぎるな」
今の格好の如月さんが普段の口調で喋ると違和感すごいなぁ……
なにせ、今の如月さんは地雷服。
その口から出てきそうな言葉はもっと甘めな声のはずだろうに、今の如月さんの口から出てくる声はハキハキとしながらも落ち着いていてとても頼りがいがある声だ。
地雷服の少女が頼りになる声を出すという状況、少し目と耳がバグりそうだった。
あらためて目の前の如月さんが普段どれだけ演技してるのか理解する。
「頑張れ、真依さんならできるから」
それから、問題が解決したのか如月さんは一息つくとこちらを向いた。
「ねぇ、平塚くん」
「どうしました?」
如月さんがこちらに話しかけてくる
もしかしてさっきの電話関係で仕事の話かなと少し身構える俺に、如月さんは黒い笑みを浮かべた。
「今のパワハラになってないかな大丈夫かな何でいつもこんな強い口調になっちゃうんだろうね良くないよね親しみにくいよねパワハラだよねあんな高圧的な口調で喋れるやつみんな嫌いだよ僕って本当に駄目なやつだよねあはははははははははは」
「落ち着いてください」
死んだ目で乾いた笑いをあげながらブツブツと自己反省会と言う名の自虐をし始めた如月さんを止める。
緩急が、緩急が凄い!
目の前で見てもあれが同一人物であると思えないほどだ。
果たしてこの人は今までどれだけ頑張ってきたのか
思わずそんなことを考えた。
「如月さんが嫌いならわざわざ如月さんに頼みませんよ」
「そう……?休日に電話して嫌がらせしてるわけじゃない?」
「ネガティブすぎです。真依さんのあれが演技なら俺は如月さんの演技より驚きます」
あの電話越しにも届く迫真の泣き声が演技だというのなら彼女は会社をやめて今すぐ女優になったほうが成功できることだろう。
それに、あんな弱ってる姿嫌いな相手に見せられるだろうか?
そんなことはない、如月さんを信用してるからあの姿を見せられるのだ。
嫌いな相手にはとてもじゃないが見せられないだろう。
「如月さんは凄いですから、みんな尊敬してますよ」
「あはは、そんな心にも思ってないこと言って元気づけなくていいよ……」
「心の底から思ってますよ」
俺の言葉に如月さんは少し拗ねたような顔でこちらを見上げる。
「本当に?」
「本当ですよ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないです」
彼女の問いに答える俺に如月さんはむっとした顔を浮かべ、問いてきた。
「証明できる?」
「できますよ?」
えっ、と少し驚いた顔を浮かべる如月さん。
証明というか、今まさに如月さんと一緒にいるのが答えだ。
「如月さんのことが好きだから、こうして休日を一緒に過ごしてるんです」
「へぇっ!?」
もし、俺が如月さんのことが嫌いだとして。
だとしたら、わざわざ如月さんと休日に一緒にいない。
コラボカフェまではまあ人付き合いとして付き合うかもしれないが、如月さんの買い物についていくのは如月さんを俺が好いているからだ。
それを言ったら如月さんはよくわからない悲鳴をあげた。
「い、今……す、すすすすす好きって言った!?」
「え、ああ、はい。」
「そ、それって僕のことじゃないよね?」
「如月さんのことですよ」
この場には如月さん以外いないのに他に誰がいるというのか。
それに対して如月さんは
「………………そ、そっかぁ〜」
なんだか、少し諦めたような表情でそう言った。