T S 乙 女 め ん ど く さ い お じ さ ん(31)   作:霜降り 

6 / 7
本当はもっと早く上げるつもりだったんだ……


如月さんと飲み会

 

 会社の昼休憩の時間。

 俺はいつも通りビニール袋からコンビニで買ってきたおにぎりを手に取る。

 会社での昼ご飯は弁当、コンビニ、社食、外食の四パターンが基本だろう。

 俺はコンビニ派である。

 一応それなりに自炊ができるので弁当もできなくはないのだが、面倒くささが勝つためいつもコンビニで適当に済ませている。

 社食はそもそもうちの会社には存在しないし、外食は……最近はちょっと高い。幸い自分は少食な方なのでコンビニで軽く済ませれば大した値段にはならない。

 つまり消極的選択なわけで、これで"派"という言葉を使うのも違う気がするが。まあともかく俺はコンビニ派である。

 周りも大体そんな感じなのだろう。弁当よりかはコンビニのものらしき袋を持ってる人が目立つ。

 なんて考えながらぼーっと辺りを軽く見ていると、ふととある人に目についた。

 

 長い黒髪に童顔ながらきっちりした表情、片手には俺と同じくコンビニの袋を抱えている女性だ。

 服装は落ち着いたオフィスカジュアルで、恐らくデスクに戻るところなのだろう、オフィスの中をしっかりとした足取りで歩いていた。彼女はなんというか歩き姿に貫禄があり小柄なのに不思議と大きく見える。

 

 ふと、そんな彼女はこちらの視線に気づいたのか俺の方へ顔を向けようとした。

 

「平塚──」

「如月さーん」

 

 彼女が俺の名前を呼びかけた瞬間、女性社員の一人が彼女を呼び止めた。

 そのまま女性社員は彼女に近づいて会話を始める。当然俺の方へ向こうとしていた首の向きは女性社員の方へと変更された。

 そんな女性社員と会話を始めた彼女の名は如月さん、俺の上司でありこの会社の中心人物と言ってもいい人である。

 とても頼りになる方で、常に部下である俺達をしっかり見て仕事を回し、部下の失敗を庇う度胸もある、そんな凄い人である。

 俺がこの会社に入ってよかったと思えたことを挙げるならまず如月さんに出会えたことを挙げるほどだ。

 

 そんなバリキャリと言った感じの如月さんであるが、なんと彼女は世にも珍しい、元男性の女性である。

 

 どういうことかといえば、性転換病という奇病がこの世には存在する。

 どんな病気かと言えばその名の通り男から女に突如として変化してしまうという、まさに奇病としか言いようがない病気である。

 これにより如月さんは男から女へと驚きの大変身を遂げたのだ。

 昔の如月さんは今と違ってそこそこ大柄であり、小柄な"彼女"を見てその変化には驚いたものだ。

 

 しかし、ここで凄いのが如月さん。

 そんな体の変化もものともせずたったの一ヶ月という少しの休みだけですぐさま仕事に復帰。

 帰ってきた彼女はちゃんと女性として適応しており、元男の影はなく、仕事の効率は落ちるどころかむしろ男の頃より良くなってるんじゃないかというほどであった。

 

「如月さんも一緒にご飯食べましょ、こっち!」

「あ、ああ」

 

 "元男性"の女性。

 普通女性からすれば関わりにくいし、下手すれば毛嫌いされるところなのだが、元よりその仕事ぶりから好感度が高かった如月さんはそういうこともなかったようで。

 最近はむしろ若手の女性社員のグループが如月さんをグループに誘って可愛がっているのをよく見る。

 今、食事に誘ってるのもその一環なのだろう。

 

 と、ここまで如月さんについて語ってきたが……

 

 今語ってきた如月さんは、本当の如月さんではない。

 厳格なその姿は彼女が被る仮面であり、仮初の姿。

 その下の彼女は、全く違う姿をしている。

 そのことを俺はこの会社で……否、人類で唯一知っていた。

 

 それは、先週の土曜日のこと。

 俺はプライベートの如月さんと出会った。

 その時の彼女の服装を一言で言うなら、()()()である。

 地雷服である。

 あの如月さんが、あの会社では頼りになるものの少し堅苦しい雰囲気もあった如月さんが、である。

 普段は下ろしている髪をツインテールに変えた彼女の姿にはそれはもう驚きを超えて衝撃。逆に冷静になったものだ。

 そして、俺は彼女の本当の姿というものを知った。

 昔から"可愛い"が好きだったこと、普段の姿は演技であること、その内面は結構ネガティブなタイプだったこと。

 そんな彼女と土曜日という休日を一緒に過ごしたことで仲が発展し、俺は"如月さん"とプライベートの連絡先を交換できるくらいに仲良くなることができた。

 

 ……のだが、あれから四日立った水曜日

 俺と如月さんは会話らしい会話をしていなかった。

 当然、上司と部下としてのビジネスな会話はしているが、個人的な会話は一切無し。

 交換した連絡先もあの日、如月さんが可愛らしい甘ロリ服を着た姿に俺が『可愛い』という感想を送って、如月さんから『ありがとう』と返された以降何一つとして動いていなかった。

 別に喧嘩してるとかそういうのではない。

 わざわざ連絡することがないのである。

 俺は自分からあまりメッセージを送るタイプじゃないし、如月さんも多分そうなのだろう。いや、あの人のことだし僕が送ったら迷惑だから……だとか遠慮している可能性もあるが。

 ともかく俺達は二人して何も話していなかった。

 

 まあ、こうやって連絡先を交換したのに結局話さず疎遠になる、なんて結構ありがちなことだと思う。学生時代も似たような経験は幾つもあった。

 如月さんともそうなってしまった、というだけなのかもしれないが……

 俺は女性社員達に挟まれる如月さんの方を見る。

 

「如月さんって普段何してるんですか?」

「あー……本とか読んでるよ」

「格好いい!何読んでるんですか?」

「え、あー、資格のやつだ」

 

 休日の過ごし方を聞かれて如月さんはちょっと押されながらも答えている。それはいつも通りである。

 いつも通りの様子で如月さんは会話している。

 そういつも通り、如月さんはいつも通り会話している、のだが……

 

 何故だろうか、最近如月さんが小動物が頑張って見栄を張ってるように見えるようになってきた。

 彼女の中身を、それが演技であることを、それを知ってしまった俺には今の如月さんにそんな印象を抱いてしまうのだ。

 とても上司に向けるような見方ではないし、失礼まであるのだが……見えてしまうものは仕方ない。

 

 如月さんは仕事も早く、みなからも頼りにされる上司であり、常に余裕がある雰囲気を醸し出している。

 しかし、彼女の中身はそのイメージを崩さないように必死なのだ。

 あの休日の過ごし方だってそうだ。この前であった休日の如月さんは楽しそうに可愛い甘ロリ服を買っていた。本ってのも多分だけど漫画かラノベなんじゃないだろうか。

 でもそれは言えない。如月さんの作ってきたイメージが崩れるから。如月さんはそれを何よりも恐れている。

 それは……きついだろう

 

 土曜日のことを思い出す。

 彼女は自分の素を出せるのをとても嬉しそうにしていた。

 そりゃ、そうだろう。今のようにずっと自分を隠すのなんてきついに決まっている。

 そんな彼女との関係が、俺の怠慢で切れてしまうのは……如月さんが少し可哀想ではないだろうか。

 

 ……如月さん俺しか友達いないらしいし。

 

『また遊ぼうね』

 

 それに彼女は別れ際にそう言ってくれた。

 スマホを取り出し、メッセージアプリを開く。

 そこには土曜日以降なにも続いていないメッセージの応酬が残っている。

 

 ……うん

 

 ここは、男として俺が甲斐性を出すべきなのだろう。

 普段から世話になってるのだ。そのお返しである。

 それに、俺としても如月さんとの仲が切れてしまうのは嫌だった。

 思い立ったが吉日と言う。

 というか後回しにしているとそのままズルズル引っ張ってしまいそうなので、俺はもう今彼女に誘いを送ることにした。

 

『今日飲みに行きませんか?』

 

 少し迷って送ったそれ。

 俺が誰かを飲みに誘うのは初めてで、文面には少し迷ったがまあ公的なものでもないので直球に誘うことにした。

 まさか初めて自分から飲みを誘う相手が如月さんだと一年前の俺に言ってもきっと信じなかっただろう。

 返答は、どうだろう。如月さんは忙しいので普通に飲む時間がないって可能性は全然ある。断られても仕方ないだろう。

 なんて、その言い訳が緊張の誤魔化しであるのは自覚していた。こうも緊張するのは人を飲みに誘うのが初めてだからだろうか、それとも如月さんだからか。

 と、ふと、その時向こうの如月さんが立ち上がった。

 

「どうしました?」

「ちょっとな」

「仕事ですか?」

「そんなところだ」

 

 女性社員達と軽く話して如月さんは席から離れる。

 タイミング的にもしかしたら俺のメッセージに気づいたのかもしれない。

 そう思うと少し心臓が跳ねる。

 そりゃ勿論考えすぎな可能性もあるけど、タイミングがタイミングだから不安になってしまうのも仕方ないだろう。

 

 と、如月さんを見送った女性社員達が呟く。

 

「あれ男っぽくない?」

「ぽいけど、如月さんだよ?」

 

 女って怖……

 

 

 

 その後、既読がついてからそこそこの時間をかけて『行かせてください』というやけに下手にでたメッセージが返ってきた。

 "如月さん"らしい返答に少しくすっときてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん遅くなって待たせちゃったよね本当にごめん」

「俺も今来たとこです」

 

 仕事も終わり、夜が始まる時間。

 とある飲み屋の前で俺は如月さんと落ち合う。

 会社の人間と飲むのなら普通は会社から一緒に向かうものだろうが、如月さんはあまり飲みに行かない人だから俺達が一緒に何処かへ行くところを見られると不審がられかねない。

 それで変な噂を立てられれば如月さんに迷惑がかかる

 如月さんの素のことも考えるとあまり会社の同僚にバレたくはないし現地集合にせざるを得なかった。

 ……ていうか

 

「今更なんですけど、如月さんって飲むの抵抗あったりします……?」

 

 本当に今更なのだが、普段から飲みを断ってる如月さんを飲みに誘って大丈夫だったのだろうか。

 あのときは思い立ったが吉日と考えなしに誘ってしまったが、よくよく考えたら如月さん普段は飲みに来ないのだ。

 本当に本当に今更だが、不安が湧いてきて彼女に伺うと如月さんは苦笑いを浮かべた。

 

「大丈夫大丈夫、むしろ誘ってくれて嬉しいよ。普段はほら上司だから」

「なら、良かったです」

「むしろ僕が来てよかったの?迷惑じゃない?迷惑だよね?嫌だったらすぐ帰るよ?」

「俺如月さんのこと誘ったんですけど」

 

 相変わらず卑屈な如月さん。

 けれど、俺の前でちゃんと素でいてくれることが少し嬉しかった。

 

「てっきり送り間違えかと」

「如月さんと飲みたかったんですよ」

「……ふ、ふ〜ん」

 

 如月さんに目を向けてちゃんと伝わるようにしっかり告げれば如月さんは目を逸らしながらも受け入れた。

 

「あの、ほんとに、遠慮しなくていいですからね?メッセージとか、全然送ってもらっていいので」

「うぇっ、ば、ばれてた?」

「まあ、既読ついてから全然返答来なかったので」

「は、恥ずかし……!」

 

 一応メッセージを遠慮してないか聞いてみたら、やはりそうだったらしい。

 そのことを気づかれていたのが恥ずかしいのか如月さんは顔を押さえた。

 

「ほんと、なんでも送ってくださっていいですからね」

「ほ、ほんとに?迷惑じゃない?」

「当然ですよ。そりゃ大量に送ってこられたりしたらアレですけど、普通に会話するぶんにはむしろ嬉しいくらいです」

 

 そりゃまあ、馬鹿みたいに送ってこられたら困るが、普通にメッセージで会話するぶんにはなにも問題ない。

 というか嫌なら連絡先交換なんてしないし。

 そのことを告げれば如月さんは少し恥ずかしそうにこちらに聞いてきた。

 

「あ、あのさ、ふ、普通ってどのくらい?」

「どのくらい、と言われましても……まあ、普通に、送りすぎなければいいんですよ」

 

 如月さんの言葉に返答に困る。普通の定義とはまた難しい。

 まあ、送りすぎなければいいのだ。そんな俺の答えに如月さんは少し暗いトーンで言った。

 

「人とメッセージのやりとりしたことないから普通がわかんない……」

「……まあ、如月さんの好きにしてもらえば。ともかく遠慮はやめてください」

「う、うん」

 

 さてはこの人結構ポンコツなのでは?

 ふと湧いてきた疑問を頭から振り払う。流石に失礼だろうそれは。

 外で話し続けるのもアレなので二人で店内に入る。

 もうほかの客は飲み始めているのだろう、店内はガヤガヤと騒がしい。

 店員に人数を聞かれて二人と答えるのは久々だった。

 

「誘ってくれたお礼に今日は奢るよ」

「普通逆では……?別に割り勘で良いですけど」

「いやいや、上司としてこのくらいはね」

 

 前も奢られていたわけだし、俺としてはあまりもらいっぱなしになるのもあれだ。

 こここそ甲斐性を見せる場面ではあるのだが、如月さんは引かなかった。

 申し訳ないが、まだ若手の俺にそこまで経済力がないのでここは素直に受け取っておくことにする。

 けどまあ、いつか絶対に返すつもりである。

 二人席に案内されて、俺達は腰を下ろす。

 

「でも、意外だったな」

 

 席についた如月さんが、ふと呟いた。

 

「意外?」

「平塚くん、あんまり誘うタイプに見えないから」

「まあ、そうですね」

 

 流石というかなんというか、やはり周りをよく見ている人だ。

 全くもってその通りだと俺は頷いた。

 

「初めてですよ」

「ハ、ハジメテ……?」

 

 如月さんがこちらを見る。何故か少しだけ顔が赤い

 少し気になりつつも、突っ込むほどでもなかったので俺は言葉を続ける。

 

「自分から人を誘うの」

「あ、うん。そうだよね……て、い、いいの?えとその……僕なんかに、初めてを捧げて」

「如月さんなら良いですよ」

 

 俺の言葉に如月さんはビクッと体を震わせた。

 

「……そ、そんなに僕と飲みたかったの?」

「まあ……お恥ずかしながら」

「へ、へぇ〜」

 

 如月さんの言葉に如月さんを慮ってと正直にいうのもなんだか少し恥ずかしく、俺は頭をかく。どちらにせよ恥ずかしいのはかわりないかもしれない。

 

「そっか……初めて、初めてかぁ」

 

 そんな俺に如月さんは嬉しそうに呟く。なんていうかこうも喜ばれるとこちらとしても嬉しいのだが少し恥ずかしさが湧いてくる。

 それを誤魔化すように俺はメニューへと手を伸ばした。

 

「あ、遠慮しなくていいからね。おじさんから全部毟りとるくらいの気持ちで頼んでね」

「いやそこまで食べれないです」

 

 メニューを開いた瞬間に言われた言葉に俺は手を振る。

 そんなこと言われても俺は男としては結構少食な方なので厳しい。

 というかそれ以前にお世話になってる人相手に毟り取る気持ちにはなれない。

 とりあえずメニューを通しで軽く見て、最後の飲み物でそういえばと俺は思い出す。

 

「如月さんってお酒飲めなかったりします?」

「え?そんなことないよ?」

「忘年会の時断ってたので」

 

 普段の飲みは断ってる如月さんだが、忘年会など大きめなものではちゃんと参加する。

 けれど如月さんはその時もお酒には手を付けていなかった。

 もしかして体質的に飲めないのかと思ったけれど、彼女はそれに首を振って否定した。

 

「よく覚えてるね……だってほら、酔って素がでちゃったらドン引きされかねないじゃん……」

「ドン引きまではしないと思いますけど」

「するでしょ!?僕の素こんなんだよ!?みんなからドン引きされてそのまま仕事干されて人生終わっちゃう……!」

「そうはならないと思いますけど」

 

 わなわな震える如月さん、例えドン引きされてもそうはならないだろう。

 卑屈というかここまでいくと被害妄想というか……

 けど、まあ飲んでない理由がそれなら安心だ。

 

「でも、だったら今日はお酒飲めますね」

「え?」

「今日は俺しかいないですから、今更ですよ」

 

 なにせ俺はもう如月さんの素を知っている。

 ならば、酒を飲んで酔っ払って彼女の素が出たって問題ない。

 

「えっと、でもほら、平塚くんに迷惑かけちゃうかもだし……」

「良いですよ。如月さんなら迷惑かけられても嬉しいくらいなので」

「そ、そう?」

 

 如月さんは少し顔を赤くしてその長い黒髪をいじる。

 これはあとちょっとだと俺は駄目押しで彼女に言った。

 

「如月さんと乾杯したいですよ俺」

「ふ、ふ〜ん」

 

 折角飲みに来たのに飲まないのは勿体ない。

 飲めないならば仕方ないが、こちらに遠慮して彼女が楽しめなくなるのは嫌なのだ。

 そんな俺の思いに如月さんは少しだけ目を逸らす。けれどちらっとこちらを見た。

 

「そんなに、僕と、その、飲みたい、んだ?」

「はい」

「……じゃ、じゃあ、飲ませてもらおっかな〜」

 

 俺の説得が実を結んだのか、如月さんはそう言ってくれた。一安心だ。

 それから何を頼むか二人で話し注文が決まったらベルを鳴らして店員を呼び出す。

 生二つにつまみに枝豆、他にも軽く頼む、そしたらあとは待つだけだ。

 一息ついたところで俺は目の前の如月さんに視線を向ける。

 それにしても……

 長い黒髪は下ろしていて、服装は落ち着いたオフィスカジュアル、まさにいつも見ていた如月さんだ。

 しかしその表情だけはいつもは浮かべない優しい微笑みで

 そんな彼女を見つめていると俺と如月さんの目が合う。

 すると何故か彼女は顔を赤くしてビクッと震えた。

 

「……あ、あの、平塚くん?ど、どうしたの?」

「あ、いや……その、すみません」

 

 如月さんが身を縮めながらこちらに聞いてくる。

 それで自分が彼女をジロジロと見るという失礼なことをしていたことに気がついた俺はすぐに謝った。

 もちろん、理由もなしに見つめるわけがない。

 

「なんていうか、その服装の如月さんがそういう顔をするの新鮮だな、と」

「え?あ、ああ。そっか今会社帰りだもんね……」

 

 なんで彼女を見つめてしまったのかといえば彼女の格好が理由だ。

 前と違って今は会社帰り、なので如月さんの服装は前の地雷服でも甘ロリ服でもなくいつも会社で着てるオフィスカジュアル、髪型も髪を下ろした落ち着いたものだ。

 だから前のときよりもいつもの如月さんのイメージが強くなる……のに目の前の如月さんの表情がいつもと全然違う。

 普段の如月さんは、こう、なんというか厳格なのだ。

 可愛いらしい顔つきなのに全体的にきっちりとしていて、少し圧があるような顔つきだ。

 それに対して今の如月さんは、なんというか……ふにゃっとしていた。

 その違和感のせいでとても不思議な感覚が襲ってくるのだ。

 

「その服装だとまた違って見えますね」

「や、やっぱり似合ってないかな?この服僕的には背伸びしちゃってる気がするんだけど!」

「似合ってますよ」

 

 俺の言葉を悪い意味に捉えてしまったらしい如月さんの瞳が不安げに揺れる。

 けど、如月さんはそのオフィスカジュアルをしっかりと着こなしている。

 落ち着いた雰囲気は普段の如月さんの貫禄もより強固なものにしてくれてるし、素の如月さんにしてもその落ち着いた雰囲気は彼女にバッチリなのだ。

 俺みたいに雑にワイシャツで済ませてるようなやつよりもよっぽど服を着こなせているだろう。

 

「如月さん、センス良いですよね」

「そ、そう?そんなことないと思うけど……」

 

 如月さんが髪をいじる、如月さんはどうも誤魔化すときに髪をいじる癖があるらしい。謙遜しているが喜んでいるのは分かりやすかった。

 普段の演技は誰にもバレないほど上手いというのに、分かりやすい反応をするのが少し面白い。

 

「この前の服も可愛かったですし、今のそれも綺麗ですし」

 

 そんな彼女が可愛かったものだから、俺もつい褒めてしまう。

 でもこれは別におだててるわけじゃない、本心から思ってることだ。

 

「…………ふ、ふーん」

 

 そんな俺の褒め言葉を聞いて如月さんが視線を右往左往させ始めた。

 恥ずかしいのだろうか?そう思ったときだ。

 

「ひ、平塚くんは、さぁ」

 

 ちょっとどもった声で如月さんが俺の名前を呼んだ。

 本当にどうしたのだろうかと不思議がる俺に彼女は問いかけた。

 

「その、どっちの僕のほうがいい?オフィスのと……前みたいの」

「どっちも好きですけど」

「んっ!?」

 

 会社での如月さんに、プライベートの如月さん、正反対とすら言えるほど違う彼女だが、どちらにせよそれは如月さんのわけで。

 どちらが良いかと言われても、どちらも好きというのが答えになる。

 そんな俺の返答に如月さんは変な悲鳴と共に目を丸くして固まる。

 数秒の沈黙。如月さんが何も言わないので少し不安になる。

 そして、ぷす〜、と如月さんの頭からショートした機械のように湯気が上がってきた。

 

「……う、うう……おかしいじゃん……好きってさぁ」

「如月さん?」

「いやこの好きはそういう意味じゃないからきっと友愛的なやつだから勘違いするな勘違いするな僕……うう」

 

 そして、何かを小さくブツブツと呟いたあとお冷を手に取るとゴクゴクと飲み始めた。

 これからお酒も飲むというのに、けっこうな量飲んでるけど大丈夫なのだろうか。

 

 と、その時店員がビールとつまみを届けてきた。

 店員は真っ赤っ赤な顔でお冷やを飲む如月さんの方を軽く見たものの特になにを突っ込むこともなく淡々と仕事をこなしすぐに厨房の方へと戻っていった。

 

「ぷはっ……けほっかほっ」

「だ、大丈夫ですか?」

「だ、だいじょうび……うん、その、大丈夫っ!」

 

 咽たらしい如月さん、先程から挙動不審なものだから少し不安になるが彼女は大丈夫だと手でこちらを制する。

 

「えと、えっとぉ、平塚くんはさ、お酒強かったりするの?」

 

 まだ少し顔の赤い如月さんがこちらに聞いてくる。

 明らかに話を逸らそうとしているが、誤魔化したがってるのを追求するのもあれなので乗っかることにする。

 

「いや、そこまでですね」

 

 酒に関しては飲めないわけではない、が強いわけでもない。飲んでも酔いよりも頭痛が来るタイプなのであんまり飲まないようにしている。

 

「如月さんは?」

「ふふ、実は結構強い方なんだよ」

 

 平静を取り戻した如月さんがちょっと自慢気に笑ってそう言う。

 如月さんが自慢気に笑うのは珍しい、あまり普段の如月さんから想像できない顔を見れたことのが少し嬉しかった。

 

「そうなんですか?」

「うん、宅飲みは結構しててさ。缶四本くらいはいけてたかな」

「うえっ、相当飲めるんですね」

 

 その言葉に思わず声が漏れる。何せお酒を断っていた如月さんにあまりお酒のイメージがなかったのだ。

 俺が缶四本なんて飲もうものならその次の日まで頭痛に襲われること間違いなし、どうやら如月さんはかなりお酒に強いようだ。

 

「もしかしてお酒結構好きだったりします?」

「あ、あはは……まあ、うん。ちょっとだけね」

 

 宅で缶四本、その発言からもしかしてと思って聞けば如月さんは濁した答えを返す。

 誤魔化すように笑う如月さんだが、それはもう答えてるようなものであった。

 

「色々、忘れられるからね」

「そ、そうですか」

 

 軽い感じで呟いたわりに如月さんの目は死んでいた。

 そこから話を広げるわけにもいかず俺は適当に受け流す。

 表に出してないだけでやっぱり苦労は多いらしい。

 

「まあ、でも飲むのは久々だな」

「久々?」

「色々あったしね。久々に飲めるのちょっと嬉しいかも」

 

 色々、まあそりゃ性転換病を患った如月さんからすればここ半年は忙しかったろうし、そんなの関係なしに忙しい人である。あんまり飲むタイミングがなかったのは当然なのかもしれない。

 そんなお酒を久々に飲めるのが嬉しいのかジョッキを見つめる如月さんの顔には可愛らしい笑顔が浮かんでいる。

 そんな彼女を見れたのだから飲みに誘った価値はあったというものだろう。

 彼女がジョッキを片手に持つ、それにあわさて俺もジョッキを手に取る。

 そして掲げて、ぶつけ合う。

 

「「乾杯」」

 

 いい音が耳を通り抜けた。

 それから、ジョッキに口をつける。

 刺激と少しの苦味が口の中に入り込む、俺は軽くで止めるが見れば如月さんはまだ飲んでいた。

 ゴクゴク、ゴクゴク、ゴクゴク

 

 ……思ったより飲むな。

 

 見た目に反して結構豪快な飲みっぷりの如月さんに俺は少し驚く。

 如月さんは結構小柄なのでギャップが凄い。

 そりゃ本人が言ってたんだからそうなのだが、本当に如月さんお酒強いんだな……

 

「ぷはっ」

 

 ようやく口を外した如月さん。ジョッキはもう結構な量減っていた。

 凄い飲みっぷり、そんな飲み方をしたらそうそうに潰れかねないけど大丈夫だろうか。

 まあ、如月さんはもう三十を超えてるわけだし、プライベートでもしっかりしているのは変わらない彼女がそんな大学生のような失敗はしないか。

 

「そんな飲んで大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫、限界は分かってるから」

 

 一応、聞いてみれば如月さんはそう答えた。

 そりゃそうだ。如月さんは飲み慣れてるみたいだし、自分の限界くらい把握してるに決まっている。

 

「このくらいなら全然酔わないよ」

 

 珍しく如月さんは自慢気に言う。

 無駄な心配だったかなと、俺は枝豆を手に取りながら思う。

 飲み慣れてる彼女を心配してしまうのはある意味失礼だったかもしれない。

 

「久々だからかな、いつもより美味しく感じるや」

「ちなみに最後に飲んだのはいつなんですか?」

 

 小さく笑みを浮かべて呟いた如月さんに、ふと気になって聞いてみる。

 それに如月さんは軽く答えた。

 

「えーと……半年前くらいかな?」

「半年前……」

 

 …………あれ?

 

 半年前って如月さん、まだ男だったんじゃ……

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。