T S 乙 女 め ん ど く さ い お じ さ ん(31) 作:霜降り
「最近気になってるのはこのワンピースでね、所謂量産系……って言っても平塚くんには伝わらないかな?よく地雷系と似てるって言われてるけど中身は全然違って、地雷系っていうのはもっと暗くて病みかわ!って感じなんだけど、量産系はもっと明るめな感じなんだ。でも前の甘ロリとかそういうのほどではなくて、もっと自然?っていうのかな、割と普通の服に近いんだ。そもそも量産系っていうのは元々は没個性的な意味合いで使われてたやつでね。どういうことかといえばほら流行とかを追っていった結果みんなと同じ見た目になっちゃうことを量産系って呼んでたの。でも最近はまた変わってきてて、見せたやつみたいに可愛い感じを指すことが多いんだ。これは推し活とかで着る人が多いから量産系って言われてるんだけど、僕的にはガーリーな感じで可愛いと思ってて、ほらフリルとかリボンとか沢山ついてる感じ可愛いでしょ?それに量産系の服はさっきも言ったけど普通の服に近いしみんな着てるから普段着にしやすいのがいいんだよね。敷居が低くてさ、僕でも着ていいんじゃないかって気持ちになれるんだよ。あ、もちろん量産系を見下してるわけじゃないよ?僕如きが着ていいくらい量産系ってのは可愛くて着やすい服ってことなんだ。それでね、このワンピースはRotes Herz……あ、ブランド名で言ってもわからないよね。このブランドは僕結構好きでね、地雷系とか量産系とかを主に手かげてるんだけど、そのなかでも特に装飾が多めで可愛いブランドなんだ。この前着てたやつもここのブランドでね、一番愛用しているブランドかも。それでここのワンピースを買おうかすっごい悩んでて、なんでかって言うと今他にも買ってみたいのがあってさ……平塚くんはゆめかわって聞いたことあるかな、これは明確な定義がないから説明が難しいんだけど、ゆめかわって言う通り夢みたいな可愛さというかな?夢の国みたいな雰囲気のある服なんだ。これもまたすっごく可愛くてね、ゆめかわの中にも色々あるんだけど僕は特に魔法少女っぽい服が好きでね。平塚くんは魔法少女物みたことあるかな?僕は子供の頃は見れてなかったんだけど、大人になってからはちょくちょく見ててね。彼女達の服やっぱり可愛いんだ。だから正直ちょっと憧れちゃう。まあ、年齢的に痛いんだけどねあはは。でもゆめかわって本当に可愛くて魔法少女っぽいの以外にもパーカーに色々つけた物もあったりで本当に魅力的なんだよ。ただ、まあ、その、本当に可愛いからこそ僕なんかじゃあまり着にくいんだけど。やっぱり年齢的に限界があるからさ、だから買うか迷ってるの、あはは。そういえばゆめかわといえばなんだけど、最近放送してるアニメの『夢に落ちて』って見てるかな?内容的には学園恋愛物で凄く王道な感じのストーリーなんだけど、主人公がね!まさにゆめかわな服を着てる子なんだ。で、その娘が可愛いのなんの、服装もあいまって不思議ちゃんって感じなんだけど、その中身はまさに恋する乙女って感じで!乙女特有の夢見がちなところとか、好きな人のために努力するところだったり、ちょっとだけ勇気を出して好きな子を誘惑しようとしてみたり、もう一挙一動が可愛いの!バスの中で寝てるふりをして好きな子の肩に頭を乗せて、あとから恥ずかしさで悶絶するとことかさ、すっごく人間味っていうのかな、なんかね凄く共感できてさ、その娘の恋愛応援したくなるんだ!平塚くんも時間がある時でいいから見たほうがいいよ!絶対後悔しないから!」
めちゃくちゃ酔ってるな如月さん。
普段の如月さんからもプライベートな如月さんからも想像できないほどスマホを片手にペラペラと言葉を連ねていく如月さんに俺は飲む手を止めて思う。
楽しそうに熱弁するその顔は赤く染まっており、誰が見てもわかるくらいに酔っていた。
そりゃあんな飲み方してたら酔うに決まってる。
それでも止めなかったのは如月さんがしっかりしている人だったからだ。
如月さんなら酒の量のコントロールはできるだろうと思っていたのだ。
まあ、そんなことなかったのだが。
多分だけど、彼女は自分の体の変化を失念していたのだと思う。
男から女に変わり、体格がかなり小柄になった。
そのせいでアルコールの回りが早くなってしまったのだろう。
それなのに男の感覚で飲んでしまったから酔ってしまったのだ。
あとは、単純に半年ぶりの酒だからテンションが上がってたのかもしれない。
「ねぇー、聞いてる?」
「あ、はい。聞いてます聞いてます」
「ほんとー?」
なんて、予想を立てていたら上目遣いで如月さんが俺を見つめていた。
肘をついてこちらを見あげてくる如月さんの顔はどこかいたずらっ子のようで子供っぽい。
これもまた初めて見る如月さんの顔。どうやら如月さんは酔うと幼くなるタイプのようだ。
普段のネガティブさもあまり見えないし、普段からこのくらいの調子で居てくれてもいいのになと思った。
ただ、如月さんの酔いが覚めた跡が心配である。
「じゃあ、ちゃんと聞けてたかクイズ出しちゃおっかなぁ」
「ええ……」
「答えれなかったら……罰ゲームね」
罰ゲーム、ニッと笑顔を浮かべ心底楽しそうな如月さんの言葉に俺は固まる。
問題、と言われても俺は自分の記憶力に全く自信がないので答えられるか怪しい。
けれど如月さんはそんな俺を気にすることなく問題を出してくる。
「問い1、量産系ってのはどんな服でしょう?」
クスクス、そんな擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべ如月さんはこちらを見つめる。
酔ってるからかやけに楽しそうだった。そんな表情に少し魅了されそうになる。
「みんなが着ててガーリー系の服、でしたっけ」
「せーかい。問い2、僕が好きな服のブランドは何でしょう」
「Rotes Herzですよね」
「ふーん、ちゃんと聞いてるんだ」
「如月さんの話は面白いので」
必死に漁った記憶が合っていたことに安心して一息つく。
しかし、これでもまだ終わりじゃなさそうだ。すぐに俺は気を引き締めてまた先ほどの彼女の熱弁の中身を思い返した。
「問い3、ゆめかわ系とはどんなものでしょう」
「夢みたいな可愛さ……夢の国みたいな服、でしたよね」
「せ、正解」
よし、と内心ガッツポーズする。
折角熱弁したものを聞き逃されていたとしたら如月さんが悲しむだろう。それは避けなければ。
「と、問い4、僕が最近見ているアニメは?」
「『夢に落ちて』ですね。今度見てみます」
「……本当にちゃんと聞いてるんだ」
少し驚いた様子でこちらを見る如月さん。
どうやら問題はこれで終わりらしい。ちゃんと全部答えられたことに俺は息を吐いて安心する。
一応ちゃんと聞いていたつもりだが、記憶違いや聞き逃しがある可能性は全然あった。
如月さんを悲しませずに済んでよかった。
なのに如月さんは何かが気に入れなかったのか、ちょっと不満気……いや嬉しそう?なんとも言えない様子。
「如月さん?」
「むぅ……からかうつもりだったのに」
「酷いですよ」
通りで不満気なわけだ。でも普段の如月さんならこういう冗談は言ってくれない。
酒のおかげだがこういうことを如月さんと出来るのは少し嬉しかった。
「なんでちゃんと聞いてるのさ。結構その……一方的に話しちゃったのに」
「如月さんの話ですから」
「む、むぅ……」
俺の言葉に如月さんは何も言えないのか口を閉じてこちらを睨見つけてくる。
会社の如月さんに睨まれたら恐ろしく感じてたのだろうが、今の如月さんには睨まれても可愛いだけであった。
「あ、そういえばなんですけど」
「うん?」
「俺的にはゆめかわの方を推します」
「へっ!?」
先程の熱弁の中で次に買う服を量産系かゆめかわかで迷ってるらしい如月さんだったが、俺的にはゆめかわを推したい。
何故か、と言われれば明らかに如月さんが着たがってたからだ。
しかし卑屈な彼女は自分では似合わないと、そう言って迷っていた。
けど、普通に考えて着たくない服に迷うわけがないだろう。
着たいからこそ迷っているのだ。
なら、その背中を押してあげるのが、友達としての役目、だと俺は思う。
「い、いや。やっぱほら、似合わないと思うから」
「大丈夫ですよ」
酒が入っててもその卑屈さは残ってるんだなとちょっと笑いつつ、俺は如月さんを安心させるように言う。
「如月さんなら似合いますよ」
俺よりよっぽどの服のセンスがある人が悩むのだ。まあ、似合うことだろう。
この言い方は無責任、かもしれないが、如月さんの卑屈具合を考えればこのくらい後先考えないほうがいいと思った。
そんな俺の言葉に如月さんはむにむにと何か言いたげに口を動かす。
「……そう言われたら買わなきゃいけなくなっちゃうじゃん」
「それがいいと思います」
そして絞り出すようにそう言ってくれた。
ゆめかわ、先程スマホで見せてもらったが中々可愛らしいものだった。これを着た如月さんはどんな姿なのだろうと少し想像する。
その時だ、髪を弄りながら如月さんがこちらへと聞いてきた。
「平塚くんはさあ……その、見たい?その……前みたいに」
その質問に俺は迷う。
前、というのは土曜日のあの甘ロリ服のことだろう。
あの時俺は如月さんの背中を押すために、その服を着た如月さんを見たいと言ったのだ。
そして如月さんはその日の夜すぐに甘ロリの着た自撮りを送ってくれた。
その可愛さは思わずメッセージで直接『可愛いです』と伝えてしまったほどだ。
で、如月さんのゆめかわを見たいかどうかだが……そりゃ、見たい。
この前の甘ロリを着た如月さんはとても可愛らしかったし、ゆめかわを着た如月さんもきっと可愛いだろう。
だが、ここで見たいと本音で答えらどうだろう?
それはちょっと、がっついてるような感じがするだろう。
そしたら如月さんを引かせてしまうかもしれないし、というかちょっと恥ずかしい。
しかし、見たくないといえばそれはそれで如月さんはショックを受けるのは想像に難くない。
「見せてくださるなら」
だから、俺は少し濁したような答えを返した。
そんな俺に如月さんは複雑そうな表情を浮かべた。何かに葛藤するかのような表情の彼女。
どうしたのだろうかと困惑する俺に、如月さんは視線を向けてくる。
そして、彼女は再度問いた。
「見たい?」
目と目が合う。如月さんの大きな目が俺の目を射抜く。
「……み、見せてくださるなら」
「…………」
「…………」
二回目の問いに困惑しながらも同じ答えを返す。
少しの沈黙が流れた。居酒屋特有の喧騒がどこか遠くにいったように感じた。
な、なんなんだこの沈黙は
気まずい、何か間違えただろうか。けれど俺から何かを言い出すことはできない。
ただ、目の前の如月さんはどこか不満気で
また、彼女と目が合う。
そして、彼女はまた、問いてきた。
「見たい?」
じー、と
俺のことを上目遣いで見つめてくる如月さん。その表情は可愛らしい……のに
圧だ。圧を感じる。
それはまるで男だった頃の彼女が放っていた圧に似ていた。
冷や汗が垂れる。間違いない、さっきまでの返答は彼女が望んだ答えではなかったのだ。
では何が正解なのか?
少し迷ったけれど、変に誤魔化すよりもちゃんと本心を伝えた方がいいと思った。
「見たいです」
だから俺は如月さんに目を合わせてしっかりとそう告げた。
「そ、そう、そっか〜。そう、そうなんだ!」
如月さんはそんな俺の返答にびくっと体を震わせる。
少し不満気だった表情が、どんどんと喜びの表情へ変化していく。
先程までの圧はいつの間にか霧散していて、そこにいるのは可愛らしいプライベートな如月さんだった。
どうやら正解を引けたらしい。
「じゃ、じゃあ、買ったら見せるから……」
「はい。期待してます」
「う、うん。僕も期待しとくねっ……」
「はい?」
「あ、いや、なんでもないっ!その、なんでもないっ!」
なんだかさっきよりも顔が赤くなってるような如月さんは逃げるようにジョッキに手を伸ばしてビールを喉に流し込んだ。
期待しとくって、何のことだったのだろうか。
「あ、もう空だ」
と、ジョッキ片手に如月さんが呟く。
彼女のジョッキを見れば、中のビールは既になくなっていた。
実は如月さんこれで二杯目。
俺はまだ一杯目の半分程度だというのに、もう飲みきってしまったらしい。
そりゃあこんな酔い方をするわけである。
「追加しないと。平塚くんは?何か頼む?」
「如月さん、その、あんまり飲まないほうが……」
「えー?」
酔ってるからか自分の体の状態を把握できてないらしい如月さんに待ったをかける。
今の如月さんは間違いなく酔っている。
それも結構思いっきりだ。
そんな状態でさらに酒を飲むのはシンプルに危険だろう。
だが……
「まだ二杯目だよぉ?」
やはり自分の状態を理解してないのか如月さんは止めた俺に不思議そうな目を向けてきた。
その目が少しトロンとしているのは気の所為ではないだろう。
「大丈夫、大丈夫。言ったでしょ?酒は強い方なんだ」
「そうかもですけど……」
如月さんが嘘をつくとは思えないし、酒に強いってのは本当のことではあったのだろう。
しかし、それは多分男の時の話だ。
性転換病によって女性となった如月さんのアルコール耐性は多分落ちていると思われる。
そんな彼女が男の頃のままのペースで飲み続けたら潰れかねない。
それに如月さんの性格からして、酒で失敗したらそのことをずっと気にしてしまうだろう。そうなれば今後飲みに抵抗を覚えてしまうかもしれない。
それは避けたいのだが、そんな俺の気持ちを知らずに目の前の如月さんは言う。
「久々だからさ、飲ませてよ」
「あー……」
俺は唸る。
半年ぶりに飲むお酒なのだ。そりゃあ美味しく感じるのだろう。
そんな彼女の楽しみを止めるのは正直ちょっと申し訳なさが湧いてくる。なにせ普段から凄い働いてるのだ。酒というストレス発散に水を差すのはあまりやりたくなかった。
しかし、だからといって如月さんがこのペースで酒を飲むのは間違いなく危険だろう。
ならば……よし、決めた。
「あの、如月さん」
「んー?」
「『夢に落ちて』の主人公ってどんな子なんですか?」
「お、気になる?それはねぇ……」
如月さんが飲む隙を与えないくらい喋らせる。
それを決意した俺はペラペラと話し始めた如月さんの言葉に耳を傾けた。
気がつけば飲み始めてそこそこ時間が経ちテーブルの上の料理もかなり減ってきた。
俺の狙いは上手く行ったようで、如月さんの机にある三杯目のジョッキはほとんど減っていなかった。
「平塚くんはラブコメとか見るの?」
「まあ、それなり……ああでも、女の子が主人公のものは読んだことないかもですね」
そんな最中、如月さんの言葉にそういえばと俺は気がつく。
漫画アニメなどはそれなりに嗜んでいるので、当然ラブコメや恋愛系の話はいくつか読んではいる。
けれど、その大体……いや全部が男主人公のものだ。
女の子が主人公になるものは一度も見たことなかった。
「えー、勿体ないよそれ」
「ですかね?」
「勿体ないよー!」
そんな俺に如月さんは勿体ないと言う。
それから如月さんは女主人公の魅力を語り始めた。
「恋する女の子は可愛いって言うでしょ?振り向いて貰おうと努力する姿とか、葛藤とか、成長とか。可愛いが沢山あるんだから!」
力説する如月さん。やはり可愛いは彼女にとってとても大事なようだ。
それから如月さんは息を貯めると言った。
「それにね、きゅんきゅんできる」
「きゅんきゅん」
「うん、きゅんきゅん」
「きゅんきゅん」
それが一番大事と言わんばかりに真面目なトーンで出てきた言葉を俺は思わず反芻する。
きゅんきゅん
きゅんきゅん
「分かるでしょ?」
「まあ……」
分かるけども。如月さんの口から出てきた言葉に俺はなんとも言えない気持ちになり、適当に枝豆を口に放り込んだ。
前も思ったのだが、如月さん結構乙女である。
「女主人公のラブコメ見たことないなら、『夢に落ちて』は特にお勧めだよ。主人公が好きになる子、所謂オレ様系とかじゃない男から見ても格好いいってなるような子だから共感しやすいと思う」
「へぇ……どんな感じなんですか?」
如月さんが格好いいと評するキャラがどんなキャラなのか、気になって聞いてみれば如月さんは嬉しそうにこちらへ教えてくれた。
「んー、線は細めだけど結構男前な感じでね。格好いいんだよ。男でも好きになっちゃうような子でね。あれはねー、好きになっちゃうよ」
しみじみと語る如月さん。本当にそう思っているのだろう。そこまで言われると元から見てみるつもりだったが『夢に落ちて』という作品がより気になってくる。
「そういえば、なんだかあの子既視感があるんだよね」
「既視感ですか?」
「うん。何処かで見たことあるような……」
如月さんはそう言うと顎に手を当てて考え始めた。
その彼のことを全く知らないので、俺はなんとも言えず、かと言って考えてる彼女を放置して食事を進めるのもなんだかあれな気がして手が止まる。
「…………」
そんな如月さんがふと、こちらを見る。
その視線に困惑していると、彼女はポンっと手を叩いた。
「あ、平塚くんに似てるんだ!」
「え?」
まさか俺の名前が出てくるとは思っていなかった俺は如月さんの言葉に面食らう。
「俺ですか?」
「うんうん。目つきとかそっくりだし、性格も結構似てるよ!こう、無自覚にツボをつかんでる感じというか!」
「は、はぁ」
そう言われてもなにせそのキャラのことを知らないからどう反応すればいいのか分からないのだが。
俺みたいなキャラってそんな好かれるキャラなのだろうか?
しかし、目の前の如月さんからすればその答えはどうも随分と納得がいく答えだったようで何処か上機嫌そう。
「そんな感じなんですか」
「そうそう、
如月さんはそれからそのキャラの魅力を力説を……ん?
「自然体でアレなのがいいんだよね」
今さっき如月さんの口から出てきた言葉に俺は固まる。
いや、まあ、聞き間違いだろう。きっとそうだ。
「パッと見だと普通の子だけど、中身が紳士ってとこもギャップがあっていいんだよ」
楽しそうに語る如月さん。それは当然アニメキャラの話である。
そう思うことで俺のなかに湧いた一つの疑念を押し込む。
「うんうん、改めて考えると
けれど、如月さんがそれを許さなかった。
固まる俺、しかし酔ってるせいか如月さんは止まらない。
あの、如月さん、それ以上はちょっと……
ストップをかけようにもなぜだか楽しそうな如月さんを止めれない俺。
そんななか、如月さんは少し息継ぎをいれると言った。
「あんな子、好きになっちゃうよね!」
にっこりとよい笑顔で如月さんはそう言った。
それに俺は如月さんから目を逸らしてジョッキに目を向ける。手に触れればビールの冷たさを感じて、体の熱さを少しだけ溶かしてくれた気がした。
ちょっと、顔が熱い。
「……平塚くん?」
そんな俺が不思議だったのだろう。如月さんが怪訝そうにこちらを見る。
しかし、俺は何も言えなかった。
何故かといえば、ただ恥ずかしさに襲われていたからだ。
「ど、どうしたの?」
不安そうにこちらを見る如月さんに俺は何も言えない。
「その、話しすぎ……だったかな?嫌、だよね?よくよく考えたら僕さっきから喋りすぎだよね?ドン引きだよね?ご、ごめんね口閉じたほうがいいかな?」
「あ、いやそうじゃなくてですね……」
それが良くなかったのだろう。ネガに入ってしまった如月さんを俺は慌てて止める。
如月さんの不安そうな目が俺を射抜く。
酒が入ってるからか少し顔の赤い如月さんのその弱気な表情は庇護欲を唆るものでなかなかに破壊力があった。
「じゃあ、どうして?」
「いや……あー……えー……」
言葉を濁す俺に如月さんは尚更不思議そうな顔を浮かべこちらに問う
しかし、答えていいものか。迷った俺は言葉を濁す。
そんな俺を見て自分で原因を突き止めようとしたのだろう、如月さんは手を顎に当てた。
数秒の沈黙
そして……
「…………あ」
ボンッ!如月さんの顔が一気に赤くなった。
彼女は自分が何を言っていたのか気がついてしまったらしい。
如月は先程とあるアニメキャラをベタ褒めした。
そしてそのキャラを俺にそっくりと評した。
それだけならまだ、まだいい。褒められ慣れてない俺が恥ずかしいだけだ。
それどころか彼女は言ってしまったのだ。
『好きになっちゃいそうだよね』と言ってしまったのだ。
それは勿論、アニメキャラに向けた言葉だ。
それは俺も当然分かってる。
けど、その直前彼女はそのアニメキャラを俺に似てると称したのだ。
それが表すことはつまり……
顔が少し熱いのを感じる。俺はあまり褒められ慣れてないのであの褒め言葉の連鎖はもはや苦しさを与えてくる。
流石に恥ずかしくて顔が赤くなっているのを自覚していた。
けど、目の前の人のほうが凄いことになっていた。
「あ、えっとこれは違っ、いや違わない、んだけどっ!」
「如月さん落ち着いてください」
「勿論今話してたのは彼のことで、えっと彼ってのは『夢に落ちて』の子のことで!」
「はい、わかってます」
「その、お酒のせいっていうか、ちょっと調子乗っちゃったっていうか本音が漏れちゃったていうか」
「わかってます、お酒のせ……ん?」
「でも、その、平塚くんのことは僕は本当に紳士的だと思ってるし格好いいとも思ってるけど好きってのはそのあれ、あれは平塚くんに向けたものじゃなくて!」
「はい、それも、分かってます」
「だから平塚くんのことじゃないんだけど勿論それは平塚くんのことが好きじゃないとかじゃなくてむしろ可愛いって言ってくれた平塚くんのことは、えっと、えっとつまりそのなんていうの?分かる?分かるかな?えとえとえとえと──」
「わかってます。わかってます!」
あたふたあたふた
まるでやかんのように湯気を噴き出し言い訳を連ねながら暴れる如月さんを俺は宥めようとする。
しかし、焦った彼女に俺の言葉は届かない。
視線を右往左往、焦りすぎているのかその瞳には涙がたまっている。
まずい、如月さんが止まらない。
酷く焦った彼女は本当に止まらず、言い訳のような何かを必死に口に出していく。
そんな彼女を見ているとこちらの恥ずかしさもどこかへ吹き飛ぶ。
なんだかこのままだととんでもないことを言い出しそうだ。早く止めないと!
そう思った時だった。
如月さんは大きな声で言った
「僕、平塚くんのことも好きだから!」
「!?」
ガタン、勢いよく言った如月さんの腕が勢い余って机に当たり音が響く。
その音はやけに辺りに響く。居酒屋の喧騒が遠いのに、体に熱が集まっているような気がした。
目の前で盛大に自爆した如月さんは先ほどと違って氷のように固まっている。
なのに、視線だけは何処か遠くへと走り回っていた。
「あ、その、とも、だち、と、して……ね」
「は、はい」
「ね!」
「はい!」
絞り出すような声に俺も頷く。二人して何かを見ないようにしていた。
如月さんがジョッキを持つ。
それに呼応して俺もジョッキを持つ。
「平塚くん、飲もう!」
「ですね!」
ゴクゴクとビールを傾ける如月さんを止めることは俺にはできなかった。
釣られて俺も口をつける。冷たいビールがまだ熱い顔を冷やしてくれてる気がした。
苦いような
甘いような……
「すぅ……すぅ……」
「寝た……」
机に突っ伏して寝息を立てる如月さんに俺は頭を抱える。
やはりあんな飲み方をしたのが悪かったのか、如月さんはあれからすぐに寝てしまった。
いやまあ、泥酔して暴れられるよりは全然いいのだが……
潰れてしまったのかと思ったが、揺すれば反応もあったし、本当に寝てるだけのようだ。
もしかしたら疲れていたのかもしれない。なにせ普段からとても働く人だから。
俺は一息吐いて力を抜く。
幸い、テーブルの上の料理は残りわずか。この程度なら俺一人で十分処理できる。
もう深夜だし、食べ終わったら如月さんを起こして今日の飲みはお開きだ。
なんというかすごい飲み会になってしまった。
如月さん、これで飲みがトラウマにならなければいいのだが……
そんな目の前の如月さんはぐっすり眠っている。
閉じた瞳に、長いまつげ。規則的な寝息を立てる彼女は瞳を閉じてるからかどこか神秘的にも感じた。
やはり如月さんの顔は整っている。もっと自信を持っていいと俺は思うのだが、彼女の性格では難しいのかもしれない。なればこそ彼女の唯一の友達であるらしい俺の仕事は彼女を肯定してあげることなのだろう。
「すぅ……すぅ……」
にしても、本当にぐっすりだ。立てる寝息は可愛いらしいが……
……これ、起きれるだろうか
「……あの、如月さーん?ちゃんと起きてくださいよ?」
「ん、んんぅ……」
不安に駆られた俺の言葉への返答は可愛らしい寝息だった。
……タクシー、呼ぶか
流石に今の如月さんをタクシーに乗せてはい、さようならとできるほど俺は冷たい人間ではない。
肩を貸してなんとか如月さんを呼んだタクシーに乗せ、目的地を運転手に伝える。
この前如月さんを家の近くまで送っておいて良かった。そうでなければ寝ている如月さんからなんとか住所を聞き出す羽目になっていた。流石に女性相手にそれをするのは気まずい。
やる事が終わりようやく一息つく。まさかこんなことになるとは思っていなかった。
隣に座る如月さんは静かに眠っている。どうか目的地に着くまでに起きてくれると助かるのだが、彼女の寝息を聞いてると少し不安になる。
それにしても……
『僕平塚くんのことも好きだから!』
思わず思い返すのはあの時のあの言葉。
思い返すと少し顔が熱くなるのを感じる。
酔いと焦りゆえに出てきた言葉なのだろうが、だからこそその言葉に嘘はないだろう。
如月さんが本心から俺を好いていてくれたことに喜びを感じる。
今日の飲み会は色々あったが、彼女からその言葉を聞けたと思えば全然プラスというもの。
まあ、ちょっと如月さんが可哀想ではあるが。
この失敗があれば如月さんも酒を抑えられるだろう。考えようによってはここで失敗しておいて良かったのかもしれない。
トラウマになっていたら、俺がなんとかフォローしよう。
なんて、考えていたら
ぽとっ、と肩に何かが乗っかった。
まさか……その重さの正体を半場察しつつ、俺はゆっくりゆっくりと首を横に向ける。
如月さんが俺の肩を枕にしていた。
「ちょっ、如月さん?」
「…………」
思わず彼女の名前を呼ぶが、瞳を閉じた如月さんからの返答は案の定ない。
肩に感じる重み、熱。如月さんの長くサラサラとした髪が頬に触れて擽ったい。酒を飲んだからか密着した如月さんの体はやけに温かくその熱が体越しに伝わる。
この状況に心臓がドギマギしてしまうのは仕方ないと思う。
それを誰も見てないというのに俺は必死に隠し、なんでもないふりをした。
さて、どうしたものか……
少し考えて、まあいっかと放置することにした。
目的地まではまだまだ遠い。
飲みに付き合ってもらったのだ。俺の肩一つで如月さんが熟睡できるのならそれでいいだろう。
にしても、やっぱりこの人は自覚が薄いと言うか。
男の前で泥酔するのも、肩を借りるのもいくら元男という筋書きがつくとはいえ独り身の女性である如月さんがやるのは良くないだろう。
それが信頼だというのなら嬉しいのだが、そこは卑屈な如月さんのことだ。
自分なんて可愛くないから襲う人なんていない、なんてこと考えているのは想像ついた。
「俺からすれば如月さんは十分可愛いんだけどなぁ」
小さく呟く。
名前を呼んだからだろうか、如月さんが少しピクッと反応した。
それに俺は思わず如月さんを見る。幸いなことに彼女の瞳は閉じたままで、起きてはいないようだった。
それに俺は安堵する。
聞かれてなくてよかった。
流石に聞かれてたら、あれ以上に恥ずかしい。
聞こえてくる規則的な寝息に、俺はほっと一息ついたのだった。
長台詞は書いてて楽しい