俺は木刀を構え、義経と相対していた。
場所は俺の屋敷の庭。
一部は畑にしていたが、鍛錬をするための場所はちゃんと取っておいてある。
今日は義経との試合形式での鍛錬であった。
「行きますよ主殿!」
「よし来い!」
一閃、義経は5メートルほど離れていたはずであるが、瞬きの合間に距離を詰め、俺の眉間に木刀が迫っていた。
首を横に倒し回避すると、木刀で追撃が来ないように払いのける。
義経が木刀を地面に下ろした隙に、俺は義経の胴に木刀を叩きつけようとすると、体勢を崩した状態で、義経は蹴りを入れてきた。
慌てて、片腕でガードするが、木刀を軸にしながら蹴りの応酬。
蹴り自体は軽いものの、3発も受ければ腕が痺れてくる。
すると義経は体を捻りながら回転させて、木刀を縦に掬い上げる。
防ごうとした俺の木刀は手が一瞬痺れて、力が抜けた瞬間に片手が離れてしまう。
すかさず、木刀を持つ手に蹴りを入れられ、俺は木刀を離してしまうが、空いていた片手で義経の袖を掴むと、大外刈り。
常人ならばこれで体勢が崩れ、背中から倒れるのであるが、義経は足を刈られた状態をふわりと体重移動と強靭な体幹で倒れずに体勢を立て直すと、俺の首筋に木刀を添えた。
「まだまだ甘いですよ主殿」
「くうう……勝てないか……」
「でも木刀を離してからの思い切りの良さは評価しますよ! 正直驚きました」
「いやいや、それでも倒せなければこちらの負けだ。完敗だ」
幼少(10歳程度)の姿で呼び出されている英雄源義経。
体格差も無く、英雄としての力が出し切れていない今ならば勝てるのではないかと思ったが、そんなんで倒せるほど英雄は甘くないか……。
ただこれでも良い勝負をした方で、石川数正達4人は一矢報いる事も出来ずに完敗。
武芸が苦手な石川数正なんかは最初の払いで木刀を弾き飛ばされる始末である。
「完敗組は更に鍛錬を積まんと竹千代様の守りとして不適格だ。更に鍛錬の量を増やすからな」
「「「「ひぇ~」」」」
今でも鞍馬にだいぶしごかれているが、4人は鍛錬が足りないと判断されて、更に厳しい鍛錬を受けることに……死なない程度に頑張って欲しい。
まぁ負けてしまった俺も4人並みの鍛錬を受けるのであるが、午後の時間は雪斎様と軍略と政務の勉強があるので、体を休めることは出来る。
雪斎様からも
「竹千代、頑張るのは良いが、適度に休まんと怪我をするぞ」
と、心配された。
戦国の世を生きる人に心配されるって相当だと思うが……。
「竹千代は勤勉だな〜、もっと休める時は休まないと体壊すぞ」
「いえ、竜王丸様のお側に仕えるならまだまだ努力が足りないくらいです」
雪斎様の屋敷で一緒に勉強している今川義元様の嫡男竜王丸様。
将来の名前を今川氏真……史実では今川家を滅亡させた暗君という評価を受けている人物であるが、鑑定した限り、暗君要素は全くない。
【今川竜王丸】
統率 60(年齢制限)
武力 60(年齢制限)
知略 60(年齢制限)
政務 60(年齢制限)
魅力 72
器用 60(年齢制限)
特性
・健康・文化人・鼓舞・今川仮名目録・蹴鞠上手・和歌上手・今川剣術・早足
現段階でも並みの大人より強いステータスをしていた。
まぁこの世界でも起こるか分からないが、今川家が衰退した理由は桶狭間の戦いで大将の今川義元様だけでなく、重臣、城主、若手の側仕え衆等の今川家を支える中核人材がベテラン、中堅、若手がごっそり戦死してしまったというのが理由であるし、史実の徳川家康が独立せずに今川家に忠義を尽くしていれば今川家が滅亡するってことはまず無かったはずである。
というか中核人材をほぼ失ってボロボロの状態でよく9年も家を持たせたという方が適切であり、現状の竜王丸様を見ていると決して暗君になる要素は無かった。
気になる点と言えば将棋が滅法弱いこと。
軍略とかは雪斎様より合格点を貰っているのに、将棋になると弱くなるのである。
特性も合戦で活躍できそうなのが鼓舞くらいなのが気になる。
大将は後方でどっしり構えるべし……というのが今川のやり方なのかもしれないが……。
というか義元様は竜王丸様が一人前になる頃には国の政務に集中する立場を固めさせて、俺みたいな元国衆出身の武将達に前線を任せる方針かな?
それで国人衆の勢力が増えない様に調整しつつ敵にぶつけて消耗させ、最後に取り込む……うん、実に合理的なやり方だ。
前線で戦う国人衆の感情を抜きにすればね。
「竹千代は頭良いからきっと良い武将になれるよ。将棋も強いし」
「は、竜王丸様の手足と成れるように頑張っていく次第で」
「うん、期待しているよ」
年齢的に竜王丸様の方が上なので、俺のことを弟分として竜王丸様は可愛がってくれる。
雪斎様もそれを咎めること無く、どちらかといえば推奨しているように感じる。
結局俺を取り込んで今川の力にしたいのだろう。
桶狭間が起こらないのならば今川に尻尾を振っておけば良いし、起きたら起きたで選択次第。
今は力を貯め、我慢する時だな。
年が明けて1550年、天文19年。
織田と今川の争いは、冬の間小休止。
俺はいつも通り3人の師匠に厳しくしごかれながら勉強を続けていた。
「そろそろ売り込みをかけるか」
そんな中、空いた時間を見つけて実験を繰り返し、ようやくまともな蕎麦を作ることに成功した。
織田で成功したうどんの様に、こちらでは蕎麦を広めようというのである。
俺は駿府にいる雑穀商人と接触した。
ズルズル……
「これがあの蕎麦の実を使った料理ですか……松平様、失礼な態度をお許しください」
「うん、許す」
雑穀商人は俺がガキだと見ると舐めた態度で接客していたが、有力な雑穀商がこいつの他だと影響力が低い為、松平の名を出してまで話を聞いてもらったのである。
それでも蕎麦の有用性を理解してもらえず、こうして実物を作ることになり、食べさせていた。
蕎麦粉と小麦粉の比率は8:2……二八蕎麦と呼ばれる現代でも一般的な蕎麦の比率であり、蕎麦粉単体だと麺にした時にボソボソになったり、麺がうまく纏まらなかったりするため、小麦を加えるのである。
十割蕎麦の美味い店は相応の工夫がされているが、俺が求める蕎麦は大衆の食事。
作りやすくて売りやすい……好き嫌いが出にくい料理の方が良い。
蕎麦粉の比率が高いほど独特な風味を嫌う人物も居るので、風味をある程度残しつつも、ツルッとした喉越しになる二八蕎麦の方が都合が良いのである。
「これは売れますな」
「だろ……売り方も考えているのだが、蕎麦粉と小麦粉を卸して欲しい」
「幾ら出せますかな」
「とりあえず10貫(現代換算で120万円くらい)を出す。売れれば定期的に購入したい。そして切り蕎麦が広まればここで蕎麦と小麦を買うように指導するが」
「でしたら半額でよろしいです。我が商家を利用してくれるのでしたら卸す金額も抑え込みますので……どうかご贔屓に」
最終的には俺が主導権を握って交渉に成功するのだった。
今川領内は栄えているため、周辺諸国から流民が無数にやってくる。
今川のお膝元の駿府でも例外は無く、流民が流れてきては、郊外にあばら家を建てて住み着いていた。
俺はそこから手先が器用な者を鑑定で見つけ出し、俺に仕えながら商売をしないかと持ちかけた。
研修及び、材料費や初期費用は俺が持ち、その代わり売上の1割を俺に納めるという契約を結んだ。
流民達は仕事をもらえると喜び、まずは10人ほど雇うと蕎麦の作り方を教え、屋台を用意し、1杯16文(約300円から400円ほど)で売り始めた。
勿論駿府で商売を行う利権関係は俺が手回しし、雪斎様に人を使う勉強のため、商人を雇い、物売りをやらせたいということを伝えると、商売の許可書を人数分いただいた。
駿府の商人や町人向けに蕎麦を売り始め、初動は微妙であったが、雪斎様や龍王丸様に俺が作った蕎麦を食べてもらい、美味しいと言ってもらったことで、売り文句に雪斎様や龍王丸様絶賛という事を言い始めると、武士達も蕎麦を注文するようになった。
すると口コミで噂は広がり、蕎麦屋は大繁盛。
屋台蕎麦の中でも腕の良い者を引き抜いて店を構えさせた。
店では酒も提供し、居酒屋みたいにすると、それもたちまち人気になり、追加の人員を雇って教育し、屋台蕎麦屋20人、蕎麦屋3店舗を経営するように半年でなるようになったのだった。