ガチャ狂い徳川家康   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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街道敷設

 駿府に半年滞在するという事になっていたのだが、知多半島の統治や未だに燻る反今川の勢力が居るので、俺が不在だと何が起こるか分からないと、直ぐに三河に帰された。

 

 氏真様から若い人材を借りることにも成功したので、今川の優れた統治を三河にもようやく反映させることができるだろう。

 

 さてさて、三河に戻った俺は、農繁期の間に領地を巡って、誰が統治者であるかというのを領民に覚えてもらうため、村々を行き来することになった。

 

 で、やっぱり道が酷いと言うが感想である。

 

 ただ踏み固められた道しか無いので、細い道だと草で覆われている場所だったり、雨が降れば直ぐに泥道になってしまう。

 

 これでは商人の行き来も難しい。

 

 俺はそこで街道の整備をすることに着手した。

 

 幸い三河は石灰石が産出する鉱山が古くからあるので、採掘量を増加させて、各地から火山灰を取り寄せて、砂利や粘土、水と混ぜることでコンクリートを作り、商人達から借金をして資金を集めて、街道の整備を行った。

 

 とりあえず東海道の広い道を人の往来がしやすいようにコンクリート舗装をしていく。

 

 そして道中の関所を廃止して商人が行き来しやすいようにする。

 

 反対派が出そうであるが、抵抗する国人衆は軒並み粛清済みだし、松平家臣達は度重なる戦での活躍で、俺を主と認めていたので反発は少なかった。

 

 まぁ一部関所がなければ通行税が取れなくて収入が下がることを、敵の諜報が仕放題になったり、罪人が逃げやすくなるなどもっともな理由を付けて、関所を残そうと動く者もいたが、関所がなくなれば人の行き来が増えるので、商人に土地を貸してやり、その土地の借用金を貰えば良いではないかと説明し、そちらの方が栄えれば栄えるほど儲かると説明すると納得してくれた。

 

 これで障害は取っ払ったので、田植えが落ち着いた頃に土木普請を村々に伝え、給金と食事を出すと言うと、田畑を管理する最低限の人数を村に残して、老若男女が集まった。

 

 その数1万人。

 

 俺は家臣達に経験を積んでもらうため、現場指揮を取らせ、工事内容を細かく書き記した計画書を家臣達に配り、工事を開始させた。

 

 俺が作る街道はほぼローマ街道と一緒で、緩やかなドーム状になっていて、中央に行くほど盛り上がっていて、左右に排水する側溝を掘り、雨が降った後でも泥道にならない工夫をしていた。

 

 まず1メートルほど穴を掘り、大きな石を敷き詰め、コンクリートを流す、固まったら砂利を敷き詰めて再びコンクリートを流し、固まる前に表層石(平らな石)を敷き詰め、乾くのを待つ。

 

 この工程を繰り返して道を作っていくと、乾いて道ができると雑草が生えることもなくなり、数十年単位で使える強固な街道が出来上がる。

 

 まぁ乾かすのが自然乾燥しか無いのでめっちゃ時間かかるが、そこは分担作業20人1組を作り、そこに監督役の家臣もしくは代表者1人を付ける。

 

 それぞれに作業する場所を割り振り、並列作業でやらせていく。

 

 1メートルの穴掘りをして土台を流し込んでと重労働なので、進んだとしても1日30メートル程度。

 

 ただ500組中コンクリートを製造したり、みんなの食事を用意したりする組を除くと約400組が並行作業をするので、30掛ける400で1日12キロほど舗装が進んでいく計算になる。

 

 勿論トラブルによりこの通りいかないこともあるが、1日10キロは硬く、三河を通る東海道の距離が約55キロなので、乾燥させる時間も合わせて2週間程度で工事が終わる。

 

 この道作りの工事でスコップのある班と無い班の速度差だったり、統率や内政の高い家臣とそうでない家臣の作業効率差だったりの確認をしていった。

 

 ただ良かったところはこういう工事に従事させた家臣達は皆能力値が少し上がったり、土木普請という特性が生えてきたりもし、戦をしなくても統率が上がるというのを確認できたことが大きかった。

 

 それに整備した街道では尾張から駿府、関東方面への商品の輸送が楽になり、橋を架けたり、関所を無くしたことで中間搾取が無くなり、市場価格が下がる結果となった。

 

 更に俺主導で鐚銭と良銭の交換事業を行い金屋子が造った私鋳銭を交換して、商人の人気を獲得しつつ、利益を上げていった。

 

 あとは整備した街道に5キロ毎に茶屋を10キロ毎に宿場を整備し、旅人や商人達が金を落としてくれる仕組みの整備も進めていった。

 

 あとは時間が経過していけば道沿いに商人達が店を構える様になるので、店を建てたら税を支払ってもらえば良い。

 

 今年できる大きな事業はこれくらいだな。

 

 あとは秋の収穫で年貢を徴税して借金を返さないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 義元様と雪斎様が頑張り、何とか三国同盟の雛形が出来上がり、三国間で同盟締結前ながら連携した動きをすることができるようになり、武田の矛先も信濃方面に向いてくれた。

 

 まぁ今川は食料輸出の値下げなどで武田に結構な譲歩をしたらしいが……。

 

 北条も関東統一に向けて東に目線が向き、今川は内政に注力する時間の確保に成功した。

 

 俺(松平)が強くなったことで舐め腐った態度を取り始めた遠江の国人衆を容赦なく粛清し、遠江の基盤をがっちり固め直したり、俺が作った安倍川の支流を作る工事の計画書を元に、他の重臣達と相談して工事の着工に入ったり、今川仮名目録の項目を増やして、アップグレードし、更に今川の権力基盤を固めたり……色々頑張っているそうな。

 

 俺は俺で、将来の優秀な家臣を増やしたり、商業の活性化を目指すため、三河の僧や坊さん達の働き口として寺子屋制度を普及させたりと領内改革を進めていた。

 

 教育の方は順調に進んでおり、俺が預かっている家臣や人質達も平均能力値が60を超え、特性もぼちぼち身に付いていた。

 

 これで京八流の剣術と兵術付いてくれればそれぞれ統率と武力を10上げてくれるので実質70超え……一線級とは行かないけど準一線級で戦線の維持をしてくれるでしょう。

 

 まぁ戦う相手が化け物クラスの武田とか、織田が天下取らなかったら秀吉とガチバトルすることになるんやろなぁ……悪いが俺秀吉の朝鮮出兵は日本史におけるタブーと思ってるから、それするより台湾と蝦夷地確保して東南アジアや樺太に進出した方が国力的に100倍マシやし……。

 

 神様からもより良い日本にしてくれって言ってたから、西洋とガチバトルできる国家に育てないと……。

 

 鎖国期間は日本人と言う土壌を育てるのには良かったけど、ガチで明治維新起こらなかったら西欧の植民地だっただろうしな。

 

 とにかく使える人材増やして国力上げて、兵数有利で勝つ。

 

 これを徹底していこうや。

 

 

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