ガチャ狂い徳川家康   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

28 / 95
三河改革3 検地の実施

 実りの秋……三河領内では大豊作で賑わいを見せていた。

 

「多月よくやってくれた」

 

「いえ、これが始まりやさかい、ここから品種改良したり、新田開発したりしていかんと駄目やね」

 

「うむ」

 

 各地で収穫作業が始まり、ガチャチケットのクエスト画面では今年の大まかな収穫量が表示されていた。

 

 今年の農業生産量は42万石……初期の12万石から3.5倍の結果となった。

 

 まぁ知多半島や奥三河など、まだ新農法が定着していない場所も多いが、西三河と東三河の一部で40万石超えの収穫量……ようやく三河のポテンシャルを引き出すことができ始めた。

 

 戦で荒れているだけで、明治時代には45万石近く収穫できるポテンシャルが三河にはあるのだ。

 

 今はまだ灌漑整備も不十分であるが、三河単独で80万石超えも夢では無いと俺は思う。

 

 ちなみにだが、この農業生産量は米だけではない。

 

 他の作物を含めた生産量なので、米の生産量はこの内の4割ほど。

 

 なので16万石と少しが今年の米の収穫量である。

 

 水田が難しい畑に米を植える事を辞めて、他の作物を植えたことが生産量が大幅に伸びた要因だろう。

 

 来年には治水工事をし、新田開発と流民の受け入れを行って更に生産量を伸ばしていこうと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「年貢の徴収も無事に終わりましたね、殿」

 

「ああ、(石川)数正もご苦労さま」

 

 俺は石川数正含め、徴税に関わった家臣達を労うべく鉄板でお好み焼きを作っていた。

 

「しかし、殿が料理好きなのは知っていましたが、玉菜(キャベツ)を使ったこんな料理があるとは思いませんでした……」

 

「酒にも合う料理だからな。酒屋のつまみとして町でも提供できるように整えておくよ」

 

「本当ですか! これが食べられるなら毎日通いたいくらいですよ」

 

「そうかそうか! 気に入ってくれたら何よりだ」

 

 俺が料理を作る事は岡﨑に来てからほぼ毎日していたので、最初は止めに入っていた家臣達も、今では慣れてしまって日常と化していた。

 

 料理番の者達にも俺の料理のレシピを惜しげもなく教え、料理番達が覚えてから独立させて町で料理屋を開かせ、食材を領主である俺から買ってもらうことで、キャベツや人参などのまだ日本に馴染みの無い食材を消費させて、俺には一定の収益が入ってくる仕組みを作り上げた。

 

 お陰で岡﨑城の台所は料理を学ぶ場所になっていて、家臣達から推薦された人物が次々に雇用されていた。

 

 独立した料理人が立ち上げた店は今のところ……さまざまな鍋料理を提供する鍋屋、キャベツと人参をふんだんに入れた焼きうどん屋、色々な食材で作る漬物屋、味噌を隠し味として岡﨑領民にバカウケしたカレー屋、そのカレー屋と提携して作られるカレーうどん屋、徐々に市場に出始めた多月の村で広まりを見せているアブラヤシの油から作られたパーム油で揚げた天ぷら屋等など……。

 

 御当地メニューと言える食事処が次々にオープンしていた。

 

 新しい料理を作る店が殆どで、座による介入も少なく、新規商人の参入禁止も食材の一部を領主である俺から買い取るということで官営であると看板を掛けさせて規制を回避させた。

 

 岡﨑城下では官営が通じるが、他所になると俺から食材を買い付けるのが難しいため、官営の食事処から暖簾分けをしたという体で食事処を増やしていった。

 

 既存商人の暖簾分けは許されているからね。

 

 まぁ義元様や氏真様にお伺いをしてからやっているので、一応公認ではある。

 

「数正、俸禄支払いの武士達から文句は出ていないか?」

 

「今のところ問題はなさそうですね。領地の管理費に充てていた分がなくなったので、多くの者は実質的な収入増加に繋がったようですし」

 

「うむ……あとは軍制改革を進めなければいかんな」

 

「軍制改革ですか」

 

「ああ、今の状況だと俺がどれぐらいの兵を集められるか、その時々で変わってしまう。攻める戦なら良いが、守勢に回った時に兵が集まらなかったでは始まらないからな」

 

「となると今川家が採用している軍役賦課を行うことを勧めますか?」

 

 軍役賦課……領主が領地の石高や領民の人数に応じて、家臣ごとに何人の兵を差し出すようにという命令を行う法律である。

 

 俺の松平家は直轄地化が進んでいるので、村毎に何人の兵を出すようにという形になると思われる。

 

 その為には検地を行って石高の計算や領民の掌握をしなければならないが……。

 

「軍制改革の為にもまずは検地からか」

 

「はい、今年は三河だけが豊作だったので、他所に食料を高値で売ることができます。借金の返済に充てても資金が残ると思われます」

 

 そりゃ食料生産量が3.5倍になって、税の金額も3倍近く増加したら、借金を返済しても金が残るわな。

 

 その金で検地と治水工事を行うのが今年の残りと来年度の目標になるかな。

 

「よし、数正」

 

「は!」

 

「今年中に検地を行い、石高の計算を行うぞ」

 

「はは!」

 

 こうして俺は三河での大規模な検地に踏み切るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 検地をすると、普通であれば税収が上がったり、検地の際の負担で村人達からは良く思われず、反発が起こるのであるが、今年は大豊作であったことで領民達もゆとりがあったこと、多月の新農法を広めるように伝えたのが俺であるとなっていたので、三河での俺の評価が上がっていたため、検地を実行しても抵抗はほぼ無く進めることができた。

 

 菅原道真公と快元さんの教育によって鍛えられた若者衆達が存分に力を発揮し、今川から派遣され、道の普請工事で現場指揮に慣れた人達と競いながら検地を進めていく。

 

「村の数は三河全体で70村か……少ないな」

 

「はい、人口が多い知多の松平領……いや今川領では40村あり、人口も7万人ほどが生活をしておりました」

 

 報告してくれたのは平岩親吉であり、俺と同じく若年ながら見事な指揮で知多半島方面の検地を纏めてくれていた。

 

 知多半島の今川領(松平領)は検地の結果8万石という石高が産出され、三河よりも開発が進んでいた。

 

 来年からは多月式農法が浸透するので収量が跳ね上がると思うが、そうなればさらなる成長が期待できる。

 

 一方で石川数正が代表して三河の検地内容を報告してくれたが、三河の村数は70村、1反1石計算での収量は13万石、人口は10万人という結果が出た。

 

「やはり流民を定着させていくしかないでしょうね」

 

 石川数正が俺に人口を増加させるとなると流民を活用するしかないでしょうと提言してくる。

 

 俺もそれしか無いと思う。

 

 あとは出生率を上げて自然に人口が増えるようにするか……。

 

 まぁ安い綿製品が普及し、食料の生産力が改善すれば、自然と出生率は上がっていくだろうからな。

 

 この検地を元に軍役賦課の計算をしていかないと……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。