ガチャ狂い徳川家康   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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改名 松平元康

 年が明けて1555年、天文24年。

 

 俺は数え年で14歳。

 

 実年齢だとまだ13歳であるが、身長も伸びてきて現在150センチ。

 

 史実家康が身長159センチだったらしいので、それより大きく成れるかどうか……。

 

 家臣団の成長も続けており、史実で徳川二十四将に数えられる武将のうち高力清長、安藤基能、大須賀康高、板倉勝重、戸田忠次、水野忠重、米津常春、高木清秀、内藤正成、大久保忠世、蜂屋貞次に二十四将ではないが、有名人の本多正信達が菅原道真公、鞍馬、快元の3人の教師によりパワーアップ。

 

 元の能力値が70近くの万能型武将が多かったが、皆能力が上がって、統率や武力は90近く、政務も80超えに全能力値が10から20アップ。

 

 さらに京八流剣術と京八流兵術に、算術や教養上手、様々な経験で能力値が上がりやすくなる余禄、政務関連が上手くなる敏腕やそれの上位の能吏を覚えてくれる者もちらほら。

 

 特に優秀な2人をピックアップ。

 

 まず俺に反抗していた水野家で唯一俺に付き従って、水野家滅亡後は水野家の家督を継承し、一族を松平家臣として再編した水野忠重の能力がこちら。

 

【水野忠重】

 

 統率 89

 武力 90

 知略 92

 政務 79

 魅力 72

 器用 78

 

 特性

 ・猛将・鉄壁・捨て身・策士・三河武士・算術・敏腕・土木普請・京八流剣術・京八流兵術

 

 数え年で15歳であるが、特性モリモリの能力値も一級品。

 

 他にも水野一族には優秀な人材が多いので、彼らを統率してこれから活躍してもらいましょう。

 

 そして史実でも化け物スペックを持っていた未来の老中本多正信はこんな感じ。

 

【本多正信】

 

 統率 70

 武力 72

 知略 102

 政務 100

 魅力 53

 器用 80

 

 特性

 ・智将・宰相・策謀・京八流兵術・覚え巧者・土木普請・産業振興・政治家・算術・作事・革新の意志

 

 知略が上限突破の102もあり、まだまだ伸びている状態。

 

 魅力が無いのが玉に瑕であるが、統率、武力も一級半、特性を組み合わせれば十分部隊を任せられる能力をしていた。

 

 頼もしい限りであるし、彼は能吏の更に上位の宰相という特性を持っていた。

 

 内政系の仕事が凄く円滑に進むという効果で、事実本多正信はくっそ忙しい松平家の政務を1人で5人分以上回していた。

 

 召喚された面子を除くと、内政系で石川数正と双璧をなす存在である。

 

 ちなみになぜ俺はそんなことをいきなり語りだしたかというと……。

 

「殿! 今川に送る石灰石の量の確認をお願いします!」

 

「殿、米相場が豊作の影響で下落気味です。酒に加工するのも追いついていません」

 

「殿、武田に輸出する食料の計算が終わりました。確認をお願いします」

 

「「「殿! 殿!」」」

 

 仕事が山のようにあり、少々現実逃避をしていた。

 

 俺が新しい産業を次々に興し、それに松平家が原料調達や販路開拓などで介入していたので、半民半官企業みたいな産業が無数にできていたのである。

 

 それを管理する人員が不足していて、岡崎城の学び舎で学んだ生徒達は学徒出陣の如く、現場に動員されていた。

 

 正直潰した国人衆でも俺に忠誠を誓えるのならと若者は再雇用して学校で教育を施している。

 

 少しでも悪い意味の三河武士成分を中和できればいいなぁという思いと能力を上げてほしいと願ってね。

 

 それに今川家が大規模な街道整備を始めたから、今川から借りていた家臣を引き上げられたのも忙しさに拍車をかけている。

 

 戦国時代なのに漆黒のデスマーチをしながら少しでも領内が安定するように頑張るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 忙しい中、さらなる生産量の拡張の為、三河の大動脈である矢作川の治水工事を開始した。

 

 矢作川の下流は大雨が降ると氾濫が多発する地域であり、その為、近くの海に水を流し、本流を変える必要があった。

 

 なのでまずは海までの道のりを掘削し、土手を作っていく作業が始まり、土木普請に招集した2万人もの人夫を指揮しての大工事となった。

 

 更に土手を強固にするために、二段階にして、下層はコンクリートで側面を固めた。

 

 二段階目の高い土手は土塁を盛って、堤防とした。

 

 この時代川の流れを変えるというのはなかなか無い考えで、先に土を掘り起こしておくことで、川の流れを真っ直ぐにして、氾濫を防ぐという考えはなかったのである。

 

 なので堤を作って氾濫が起こらないようにするのが精一杯であったのだ。

 

 俺は先に本流を決めて、真っ直ぐの川にし、各地に水門を設置してから支流を作ることで、水田にできる耕作地を一気に広げた。

 

 約5カ月の突貫工事であったが、矢作川の本流付け替え工事は完了し、約2000町……既存のやり方だと2万石、多月式のやり方だと8万石の米の増収になる計算であった。

 

 新しく広がった農地……現代で言うところの愛知県西尾市の西側が今回の付け替え工事で広い三角州となり、農業面積が増加し、そこに民を流入させて、村を幾つか建てさせた。

 

 これで西三河の大きな川の氾濫は収まるだろうから、次は東三河の荒川である豊川の放流工事をしなければいけないな。

 

 豊川は広い川なのに蛇行していて、大雨の度に氾濫するため、周囲に農地や住居が建てられない土地になっていたので、豊川放流路を整備して、豊川本流の流れを少なくすれば、更に農地が広がるだろう。

 

 そうなれば今回の倍近く農地が増えることに繋がるので、米の生産高が50万石近くになるんじゃないかな? 

 

「よし、良く今回の工事を終わらせてくれた! 謝礼金はたんまり出そう! これからも三河のため、松平の為に頑張ってくれ!」

 

 俺が民衆にそう言うと、松平万歳と歓声が上がる。

 

 これで良い。

 

 着実に三河における松平の支持は上がっていると実感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 今年も田植えの季節が始まり、複数種類当てた米の新種を多月に渡して増やしてもらう。

 

 寒冷に強い品種だったり、味が良い品種、多く実る品種、病気に強い品種、倒れにくい品種……色々な品種を交配していけば、遺伝子欠陥を抱えた品種が生まれることも少なくなるからな。

 

 それに品種に多様性が出てくれば、病気で全滅というのも防げるし……連作障害が発生する作物は特にな。

 

 さてさて、この年俺は名前を松平元康に改名。

 

 理由は三河統治において元信の信の字が吉良一族数代前の当主の名前が由来だったので、今までは今川は吉良家に配慮していると幕府に見せるために俺の名前を元信にしていたが、幕府が三好長慶の傀儡にもなれない体たらくで、公家と近い義元様は朝廷が幕府を見限りつつある……ということで、幕府に遠慮する必要がもうない為、だったら三河を一時的に支配していた祖父の松平清康にあやかって元康に改名した方がいいだろうということになり、改名を行った。

 

 これで徳川家康により名前が近づいたな。

 

 あと今川にとって大きな出来事が……今川の軍師兼宰相だった太原雪斎が病気になり、最近亡くなった。

 

 史実だともう少し長生きしたような感じもするが、今川家は三河を松平に任せることができている間は安泰だと言い残して逝ってしまったらしい。

 

 享年60歳……この時代だと十分長生きである。

 

 なんか俺が今川を支えることを決められているが……今川の旧体制だと天下統一は無理だろうなぁ……。

 

 俺の効果でパワーアップした今川に織田が勝てるかといったら疑問が残るけど……。

 

 今年で織田との停戦も終わるからな。

 

 武田と北条の三国同盟の関係で織田と激突するのは避けられないしな。

 

 まぁ桶狭間が起こらなくて今川が織田に勝つようなら秀吉だけでも回収して……うん、発展性が無いな。

 

 そうなれば三河で従属大名として終わる可能性が高いな……。

 

 織田と緊張状態を維持しながら独立を狙った方が良いのかな。

 

 俺は今後の方針を考えるのだった。

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