「カレーもすっかり定着したな」
「この辛いのが癖になるのですよ!」
とある昼の日、家臣達と一緒にカレーを俺は食べていた。
横で喋っているのは石川数正である。
「数正、政務の方は慣れてきたか?」
「慣れるも何も、新しい仕事が誰かのせいで山のように増えていきますからなぁ」
「ごめんて」
「誰も殿とは言ってないですが……まぁ心当たりがあるなら少し自重してください」
「今年は冬になるまで仕事は増えないと思うから……」
「冬になったら増えるんですか……」
「そりゃ領地を豊かにするんだったら仕事を増やしていくしかないんだよな」
「せめて人員を増やしてください……今でも限界で回しているんですから」
「学び舎で教育した人員が秋には増えていくと思うから……」
「それだと足りない気がしますが……」
「……今川から追加人員貰うか……」
「そうしてください」
俺達が食べているのは茶色の普通のカレーライス。
スパイスはクミン、コリアンダー、ターメリックの基本3種プラスにカルダモンという清涼感ある辛さとほろ苦さを追加するスパイスを加えた4種類のスパイスで作ったカレーである。
ここにシナモンを追加したい気持ちもあるが、シナモンは生育に3年以上かかるので、まだ収穫できる量は採れて無いので入れてない。
収穫できる様になればほのかな甘さが加わり、日本人が一番食べられているカレーが完成する。
因みに具材は多月のところで育て始めたトマトにピーマン、それに今が旬のなす、じゃがいも、かぼちゃ、追加で人参とオクラを入れた夏野菜カレーである。
数正はらっきょう、俺は福神漬を添えて食べていた。
「松平ではすっかり広まりましたな……カレーを食べるの」
「最初は茶色くて泥の様な液体であるカレーの汁に慣れない者も多かったですが、殿がせっかく作ってくれた料理ということで恐る恐る食べましたな。駿府の屋敷のことでしたかな」
「そうそう、でも食べたらすっかり好物になったよね」
「はい、カレーが美味だとわかり、すっかり好物の1つになりました。カレーうどんやカレー蕎麦も美味しいですが、やっぱり私はこのカレー飯が好きですな」
俺はなすを木製のスプーンで細かくしながら口に運んでいく。
「まぁ天竺の料理を再現した物だからな。天竺ではこれより辛いカレーを食べているらしいぞ」
「そうなのですか……これより辛いと胃が痛く成りませんか?」
「日ノ本の民は慣れていないから痛くなるだろうな。天竺の人は辛さに慣れているから問題ないのだろうけど」
数正はらっきょうをコリコリと音を立てながら食べている。
「今松平が直轄している商いって何種類あるっけ」
俺が数正に質問すると、少し考えながら
「そうですねぇ……まず焼酎や清酒といった酒類も松平の半分紐付きになりますし、木綿の量産が始まったので、それを纏めて糸や布にする紡績工房、常滑の磁器工房も管轄ですし、奥三河に作った馬の牧場、あとは味噌、醤油、酢、製粉工場、たたら製鉄の鍛冶屋集団なんかも松平直轄ですね。あれ、数えてみるとそこまで多くないのか?」
「数えてみると少ないだろ?」
「でも1つ1つの規模が大きいですし、殿が今度は紙の代わりになる黒板なる物を作ろうとしているのは知っていますからね」
そう、俺は黒板を作ろうとしていた。
製造方法は案外簡単で、質を気にしなければ、墨汁、柿渋、硫酸鉄、煎液を混ぜた物を加工された木版に塗りつければ黒板となる。
長持ちさせたり、チョークの書きやすさなどにこだわりだすと、漆を使った加工が必要になるが、生憎俺はそこまでの知識は無い。
チョークの原料となる石灰石は三河で産出するので問題は無い。
ただそれでもあくまで紙の代用品。
駿河で紙の生産が盛んなので輸入しているが、藁を使った代用和紙の製造ができればと考えていた。
瓦版とかが出回れば民衆の識字率向上にも役立つだろうからね。
「黒板はあくまで紙の代用品、やっぱり紙そのものを増やさないと……」
「三河でも製造はしていますが、生産量は少なく、質も美濃や駿河産のに比べると低いですからね……」
数正も政務で紙を大量に消費していることを問題視していた。
産業の規模が拡大すればそれだけ管理する書類や帳簿の量が増えていく。
そうなると紙の消費量が上がるのである。
あとは政務をするのに、日中だけでは仕事が終わらず、夜間も仕事を行うのが普通になり、光源の行灯に使っている油の消費量も馬鹿にできなくなっていた。
一時期油問題が発生していたが、多月が広めたアブラヤシの農園が稼働して、油の値段が下がり、財政の圧迫は軽減していた。
現在アブラヤシの農園の規模は拡大しており、大豆やゴマ、菜種よりも数倍油を採取できるアブラヤシの油が三河の名産になるのも時間の問題である。
「産業もそうですが、急速に多様化が進んだ作物の消費方法を考えませんと」
「それもあるな」
俺がガチャから色々な作物の種や苗を多月に渡して、それを広めているので、育てたは良いが、食べ方が分からないという農家も発生していた。
じゃがいもとか茎や葉が勿体ないと食べて食中毒に当たってしまった者も出ており、注意喚起をしていた。
「食べ方として野菜はとりあえず漬物にするのが一番だろう。糠漬け、浅漬け、塩漬け、味噌漬け、麹漬け、酒粕で漬ける粕漬け……最近だと醤油漬けや醤油の原料のもろみで漬けるもろみ漬け、からしで漬けるからし漬けなんかもあるな」
「城下町ではそんな多種多様な漬物を専門とした店もできたそうですが……殿が噛んでますね」
「さて、何のことかな?」
「とぼけても無駄ですよ。帳簿に漬物屋に食材を卸しているの知っていますからね」
「あらら、バレていたか……そうだね。あとは羊羹屋も作ったな」
「甘い味としょっぱい味の面白い食べ物ですね」
残念ながら砂糖が手に入らないので、羊羹もさつまいもや栗、かぼちゃで作る羊羹以外は塩を混ぜたしょっぱい羊羹となっていた。
作ってから1週間、寒い時期だと1ヶ月は日持ちするので行軍食としての研究も行われ、その試作品を売り出してみたところ、岡崎城下町では飛ぶように売れていた。
様々な味があることや、柔らかい食感、そして腹持ちが良いというので、現代のカロリーバー的な軽食として受けていた。
じゃがいも羊羹なんて物もあったりしてね……。
「食の種類が増えるのは良いですが、食肉に手を出したのは畏れ多くないですか? 鶏を食用に飼育するの細々とやっておりますが……キジやトキ、鴨ではだめなのですか?」
「駄目ではないけど、そいつら空を飛べるから飼育に適してないんだよ。鶏は空飛べないし、卵も比較的産むから卵を食べることもできるし……。前に食べたタレを付けた焼き鳥、鶏と教えないで家臣達に食べさせたけど、皆美味い美味いって言ってたよな」
「食べてから鶏と聞いて驚きましたが……」
「本当は牛とかも食べたいんだが、流石に労働力の牛を潰すのは反発が大きそうだからな。鶏で我慢しているんだぞ」
「でも肉を食べてどうなると言うのですか?」
「肉を食べると体にも肉が付いて健康に良いんだ。魚でも代用できなくは無いが、健康のことを考えると定期的に肉を食べるべしって大陸の書物には書かれていたが」
「しかし鶏は神聖な鳥では?」
「神聖視する理由も鶏の旨さを庶民に知らしめない為らしいぞ。
寺の坊主達は普通に食べているし、大陸では普通に丸焼きで食べていると織田で人質時代に熱田商人から聞いたぞ」
「……美味いのは事実ですからね……将来的には庶民でも食べられるようにするのですか?」
「ああ、鶏の骨や卵の殻、鶏糞は肥料としても優秀だ。それに餌となるとうもろこしも増産体制が整いつつあるからな」
「……わかりました。鶏の繁殖を強化するように部下に通達しておきます」
「悪いな」
「いえいえ」