さて、今年も秋になり、年貢の徴収の季節である。
ガチャチケット入手画面の生産力の表示を見ると……
農業74万石
商業10万石
工業9万石
貿易4万石
合計97万石!
昨年が76万石だったので、21万石も国力が増えている。
よしよし。
特に今年は米の伸びが良く、新田開発等で米だけで35万石。
去年米の生産量が24万石だったので11万石も伸びたのである。
原因は鉄製の農具の普及や収穫に便利な道具の普及で村で管理できる田んぼの面積が増えたこと、緑肥や肥料類の普及で土壌の栄養が改善したこと、三河の気候に適した米の品種が見つかり、それが広まったこと、先ほども述べた矢作川の治水工事で下流地域を新田にすることができたこと、流民の流入で人口が増加したこと等が挙げられる。
商業、工業の伸びは既存の商売や職人の増加による規模の拡大によるもので、新規産業の立ち上げは石川数正達が悲鳴を上げていたので控えたが……。
ただ今回のガチャチケットを9700枚手に入れてガチャを回した結果、待望の武器を手に入れた。
フリントロック式のマスケット銃である。
この形式の銃は火縄銃と違い、火縄の代わりに火打石を点火点として使用する銃であり、火縄銃の発展型の銃と紹介されることもあった。
俺はこの銃が手に入れてすぐに金屋子とイッポンダタラの夫婦に銃を持ち込み、複製をするように命令し、カラクリを作るのが得意な埴安も招集されて、職人達で複製を試みた。
銃と共に火薬の製造も行われたが、埴安が肥料の神でもあるので、肥料としても使える硝石を抽出することに成功し、それを硫黄と混ぜて、黒色火薬を作り出した。
そのままの勢いで研究が進み、埴安が磁器の染料の定着を促進させる為に製造方法を確立したミョウバンと抽出に成功していた硝石を混ぜて、蒸留することで硝酸の製造に成功。
この硝酸は漂白剤として使えるため、糸の色を落とす為に使われたが、綿を硝酸で処理することでニトロセルロース……別種類の火薬の製造にも成功した。
これを安定化させる処理をした史実でB火薬と呼ばれる無煙火薬を開発し、埴安は自身の名前を付けた埴安火薬と命名した。
黒色火薬との違いは煙の出る量と燃焼速度、そして爆発力も埴安火薬の方が高い。
試作された銃にて黒色火薬と埴安火薬の試射を行ったところ、黒色火薬の銃が有効射程距離200から300メートルに対して、埴安火薬の有効射程距離は300メートルから450メートル。
おおよそ1.5倍の有効射程距離になり、何より煙がほとんど出ないので視界を遮ることがない。
「埴安、この火薬はどれくらい製造することができる?」
「硝石の供給量しだいね〜。今作っている火薬は肥料用に作っていた硝石を転用したから、供給量を増やそうとすると2年から3年はかかると思うよ。あと綿製品と競合しちゃうから原料確保が綿の需要が高まれば三河1国では土地が足りないと思うけど」
「なるほど……因みに今の備蓄量は?」
「そうだねぇ……射撃3000発分くらいしか無いよ。人手を増やしてくれないと安定供給も難しいし、私は磁器の製造に注力したいんだけど」
「悪いな。ただ埴安火薬の量産は国防に繋がるから優先順位を上げてくれ」
「了解!」
俺は次に金屋子とイッポンダタラに聞く。
「このマスケット銃の量産はできるか?」
「職人を育てるのに1年は欲しいね。あとは質の良い火打石の入手を……三河だと質の良い火打石は産出しないから……」
「どこ産のが良いとかあるか?」
「美濃産の火打石が今のところ着火率が良い。次点で相模の火打石かな」
「今川領内のは駄目か……」
「いや、作れなくはないんだけど、それだと普通の火縄銃の方が着火が安定するだろうね」
「なるほど……普通の火縄銃は作れるか?」
「それは勿論。となると火打石式の銃は火打石の供給が安定するまで作らない方がいいかな?」
「いや、なるべく輸入するから、火打石式の銃の量産を頼む。戦術面で火打石式の方が銃を密集させて火力を上げることができるからな」
「わかりました。旦那とまずは職人を育てるところから始めますね」
「頼む」
こうして鉄砲の生産を開始することになるのだった。
天文から弘治に改元された。
京方面ではこれに伴って三好と幕府、そして朝廷が凄い揉めているらしいが、幕府は今まで通り天文を、朝廷からは弘治の元号を使うので公的文書がぐちゃぐちゃである。
今川は幕府を見限っているので、弘治の元号に切り替えたので、配下の松平も弘治の元号を使い始めた。
他に大きな出来事と言えば織田信長様が清須城を奪取し、尾張統一に王手をかけたことで、義元様が今年の冬から来年の春までに尾張に攻勢をかけるべきではないかと重臣達で議論をしているらしい。
というか松平が三河を立て直して急速に国力を向上させているのに危機感を抱いた感じもあるらしく、氏真様から義元様が松平をどう扱うべきか悩んでいると言われたのである。
俺としては独立する気はさらさら無いのだが……これは松平の力を弱めるために尾張侵攻の尖兵をやらされる感じかな。
一度義元様に伺った方が良いかもしれないな……。
〜今川義元サイド〜
私は息子の氏真と自室で松平のことについて話していた。
「松平は石高を30万石と言っているが、明らかに過小報告だろうな……」
「いえ、米の収量から計算したら今年は30万石と少しらしいですよ」
「氏真、他の作物の収穫量をいれるとどうなる」
「70万石を超えるんじゃないですかね?」
「大きくなり過ぎだ!」
私は頭を抱える。
ただでさえ今川家の発言力は前に織田との戦いで松平衆に窮地を救ってもらった事や、国人衆の一揆で援軍を送れなかったことで武威が示せずにガタガタになっている。
三河でも今川からの独立を言う者が多く居たが、松平元康が抑えているから三河はまだ今川の領地となっている。
しかし、実情は松平元康の影響力が強すぎて、今川でも制御できなくなっている。
「ちなみに氏真、遠江と駿河の国力はいかほどか?」
「こちらも松平の農法を真似したり、松平から譲られたよく実る種籾を使うことで、元々40万石ほどだったのが62万石まで伸びましたよ」
「それでも三河1国に負けてるではないか!」
「人口は三河が20万ほどに対して、遠江と駿河で50万人は人口がいますがね」
「人口で勝っているのに、生産力で劣っているのは国として駄目であろう……」
「いやいや、元康は凄いですね」
呑気な事を言う氏真に私は自分の息子ながら、今川の次期当主として不安になる。
能力はあることは認めているが、優し過ぎる性格が戦国の世を生き延びることができるのか……。
松平元康が有能過ぎて、氏真と比べる家臣達も多い。
元康が活躍する度に今川の求心力が低下しているのが問題だ。
ここで今川の武威を上げるためにも内乱で揉めている今の尾張に侵攻して今川の領地に組み込んでいかなくては、そのうち松平と今川の立場が逆転してしまうのではないかと思ってならない。
雪斎は死に際に松平と協力することで今川は安泰と言っていたが、主従が逆転するなんて戦国の世では普通にあり得るため、ここは松平に尾張を攻めさせて少しでも力を削がなければ……。
「氏真は留守を任せる」
「はい! 父上は」
「私は自ら兵を率いて松平元康の後詰めをする。尾張を飲み込み、今川の権威を示す!」
「は!」
こうして私は2万の兵を遠江と駿河から動員し、松平にも5000の兵を動員させて尾張へ侵攻を開始するのであった。