「今川乗っ取りおめでとうございますと言えばよろしいでしょうか……元康殿」
「道真公か、いやいや素直に喜べるものでは無いよ」
俺はとりあえず駿府にある松平の屋敷にて今川屋敷の整理を行うため、少し避難していた。
新当主になるとはいえ、元は松平。
他家の者だ。
他所の家との秘密文書がどこに転がっているか分からない。
そういうのを管理していた重臣達が亡くなってしまったので、今川屋敷では政務を引き継ぐ為に今川の家臣達が必死になって目録を作っている最中だった。
流石にここにズケズケと入る厄介者にはなりたくないからね。
「しかしこれで3国の国主となった訳ですが、どの様に動くつもりで?」
「まずは敵を絞る必要があるだろう。今川にとっては仇ではある織田が俺との関係が悪くないのを利用するしかないわな」
「武田は何を思って今川を攻めるに至ったのでしょう」
「俺の中でも考えてみたが、よほど海が欲しかったか、武田が動けば尾張や三河にいる今川主力は来れないと判断したか……東海道整備してなかったら確かに駿府の情報が届くのも、俺達が移動するのも合わせて10日は掛かったと思うからな」
俺は一息入れて
「武田の誤算は東海道を整備していたことによる高速移動ができたこと、愛宕山城が想像以上に堅固になっていたこと、松平が今川を見捨てなかったことの3点だと思うな。どれか1つでも欠けていたら武田が駿河は取っていただろうね」
「武田にとっては分の良い賭けに思えたということですか……なるほど……そうなると武田が次に打ってくる手は」
「恐らく織田との同盟を求め、今川を双方から挟撃しようと持ちかけるんじゃないかな? ただこれは先に俺が動いて織田と同盟を結ぶ。信長様も馬鹿じゃないから、大国の今川が立て直して再度攻めてくれば厳しい戦いになると分かっているから、同盟は結べると思う。俺とも旧知の仲だし……」
「問題は多分駿河の家臣達は氏真様に忠誠を誓っているから俺の今川家継承に文句は出ても反乱を起こすまでには至らないと思うけど、遠江の国衆達が今までは三河よりも立場が上であると思っていた所に、俺が当主になって三河と遠江の天秤が傾いたから、俺に対して不服を持つ領主が武田と結びついて反乱を起こしてくるんじゃないかなって点だね」
道真公も少し考え
「となると遠江の懐柔もしなければなりませんな」
「ああ、でだ、俺も年頃だし、俺と婚約している義元様の娘はまだ10にも届いていない幼子だ。側室の1人や2人は必要になってくる」
「ふむ……では遠江の国衆で年頃の娘を側室にすると」
「ああ、一門衆の強化もしなければならないからな」
「なるほどなるほど……北条はどうするので?」
「とりあえず今の北条当主である北条氏康殿が俺が当主になった事をどう思うか次第だろう……直ぐに攻めてくるということはないだろうが、血縁関係がある訳でもないからな」
「ふむ……織田と同盟を結べばとりあえず武田方面に集中できると」
「ええ、何年かかるかわかりませんが、武田を飲み込もうと思います」
「織田との同盟を家中が納得するのか?」
「させるんですよ。氏真様には既に了承を得ております。氏真様自身も攻め込まれたならまだしも、攻め込んだ末に大敗して討ち取られた故人の義元様に振り回されるべきでは無いと仰られたのでね」
「ふむふむ……本拠地はどうするの?」
「駿府は今川の影響力が強すぎるし、北条との関係を鑑みて、情勢が落ち着き次第、俺は遠江の浜松に拠点を移して、三河も駿河も両方重視しているという立場を取らなければならない。道真公は駿府にいる貴族の方々と繋がりを作り、将来朝廷への交渉を任せたいのだけど」
「喜んでやりましょう」
菅原道真公と話し合って、方針を決めた俺は、直ぐに松平屋敷に滞在していた三河衆の面々に今後の方針を伝達。
遠江衆や駿河衆にも織田との同盟を行うと通達を入れるのであった。
「織田と同盟するだと!」
俺は絶対揉めるであろうと思い、家中統一を図るために、今川で生き残った重臣である朝比奈泰朝と岡部元信の2人を招集し、俺が織田との同盟を口にすると、岡部元信が激昂して掴みかかってきた。
「朝比奈、お前からも何か言ってやれ!」
「いや、今川を残すのであれば織田との同盟は妙手である」
「な!」
いきなり裏切られた岡部元信は俺の胸ぐらを掴んでいた手を離し、朝比奈の方を見ながら唖然とする。
「まぁ落ち着きましょう。それに岡部、もう今川の人質であった竹千代では無いのだ。今川家当主は俺だ。ここでだから処罰はしないが、家臣の前では絶対にするな」
「……失礼した」
座り直して、俺は事情を説明し始める。
菅原道真公と話した様に、俺が今川家を立て直すためにやるべきことを箇条書きにすると
1.織田との同盟
2.遠江衆との婚姻
3.今川仮名目録の修正
4.北条との同盟の確認
5.対武田への戦略
6.今川氏真への扱い
これが直近でしなければならないことである。
「今川仮名目録の修正は要るのですか? 現状でも上手く回っていますが」
朝比奈が質問するが、俺は既存商人を優遇する条項は商人の競争力の低下に繋がり、尾張で自由競争を商人にさせている織田家に同盟を結び、人の往来が盛んになれば、競争力が無いと尾張商人に負けてしまう可能性があると指摘。
朝比奈はそれを守るための商人の保護なのではないかと聞くが、領地での作物の増加、産業の振興により三河では商人の数が足りなくて困っているくらいで、これから俺が遠江や駿河も改革していけば、新規参入の商人が居ないと物流が上手く回らない可能性が高いと指摘。
条件付きでも緩和するべしと指摘した。
そしてもう一つ、家臣雇用の条件緩和だ。
桶狭間の戦いで重臣や家臣を多く失った影響で、今川家は指揮をする人物が足りてないのが現状であり、次世代を育てないと、これ以上の拡張は難しい。
それなのに家臣雇用を制限する政策を貫けば、次世代の人数が揃わない可能性が高いと指摘した。
「国力はある。ただそれに見合った行政力……文官が不足している。この際、保護している公家や寺の僧でも見込みのある人物は家臣として雇用しても良いと俺は考えているが……」
「公家や僧を武士として戦わせるというのか?」
「いや、流石に文官として働いてもらう。ただ武官も外部から取り込むことができないのであれば、優秀な人材が他家に流れる可能性が高い。故に今川仮名目録の修正を早急にしたい」
朝比奈、岡部両名は悩んだ末に了承し、織田との同盟で障害になりそうな織田を裏切った末に今川に付いていたが、桶狭間の戦いでろくに活躍しなかった山口親子を誅殺することも条件に組み込んだ交渉を経験を積ませるために石川数正と本多正信の両名に任せることを決めた。
他には遠江衆の動揺を抑えるために井伊家の家督が今回の桶狭間の戦いで当主だった井伊直盛が戦死したことで、宙ぶらりんになっているので介入し、従兄弟である井伊直親に家督を継承させ、井伊直盛の娘である次郎法師……井伊直虎と名乗って現在井伊家家中を統率している女傑を俺は側室に迎えたいと決めるのであった。
朝比奈と岡部の両名はこの側室については悩むことなく了承し、朝比奈が井伊家全般の交渉に当たることに決定。
岡部には武田との防衛の為に軍政改革をしなければならないと伝え、三河、遠江、駿河の3国を東西に分け、それぞれ軍事担当者(現代で言うところの駐屯地司令や師団長)を決めて、動員できるようにする備というシステムを採用し、三河は石川数正と酒井忠次、遠江は様子を見ながら決めて、駿河は朝比奈と岡部に就いてもらうように説得した。
じゃあ今川氏真様はどうなるという話にもなったが、彼は俺の副将として直臣旗本達と共に親衛隊を組織させて、全部で七備……七軍になるように決めていった。
勿論、現状では直ぐに出来ないと思っていたので、これは徐々に作り上げていくことになるが……。
こうして俺の最初の仕事である織田との同盟が始まるのであった。