〜三河浄土真宗のとある僧サイド〜
「こ、こんな筈では……」
目の前に広がる民衆達は斧や鎌、円匙(スコップ)や竹槍を持って寺の前に集まっていた。
ただその民衆達は血走った目で寺の住職達を襲撃し、寺に火を付けて燃やし始めたではないか。
「貴様ら! 寺に火を放つなど仏敵となるぞ!」
「もう坊さん達の言いなりになるものか! オラ知ってるんだぞ! 松平の殿様は年貢を減らしてくださったのに、寄進と称してオラ達から寺に税を納めないと仏罰が訪れると米を奪っていきやがって!」
「そうだ! 商人の仲間も寺の坊主達が高利貸しをしていて金を蓄えて松平の殿様に反乱を起こそうとしているって噂していたが! まさか本当に決起の起請文を飛ばすとは!」
「オラ達の生活を良くしてくれたのは松平の殿様だ! その殿様が今川の殿様になって更に生活を豊かにしてくれると約束してくれた矢先に反乱だと! ふざけるな!」
「仏罰なんか知ったこっちゃねぇ! 俺達にはお稲荷様の加護があるんだ! 仏を語る腐れ坊主の言いなりになるこっちゃねぇ!」
「ぶっ殺しちまえ!」
「おい! やっぱり高利貸しの証文を散々隠し持っていたぞ! 焼いちまえ!」
僧達も武装して抵抗するが、万を超える民衆達が次々に一向宗の寺や道場を襲撃し、坊主達を血祭りに上げていった。
首謀者の坊主達の首を討ち取ると岡崎城に民衆達は詰め寄り、代表の各村長達が今一度松平家に忠誠を誓うと決起文を岡崎城代をしていた酒井忠次の元に提出。
「鞍馬殿……これは」
「ふむ、本多正信」
「は!」
「お前の仕込みであろう」
「バレておりましたか」
部屋の隅からにゅっと出てきた本多正信が得意げに酒井忠次に今回の出来事を話始めた。
「私の家は浄土真宗でね……私の元にも一向宗から接触が度々あったのだよ」
「な! それは殿は知っておるのか」
「把握されている。我ら三河松平家臣誰一人一向宗の戯言に付き合う気は無くてな。殿が荒廃していた三河を数年で立て直す奇跡を起こしてくれたのだぞ。民が飢える事も無くなり、山に老人を捨てる事も無くなった。凍えて死ぬ赤子も大幅に減り、流れてきた民にも職や住む場所を与える素晴らしき殿を裏切る者が出ると思うか?」
「確かに……松平の家臣達が裏切るとは思わんが……」
「ただそんな三河にも殿の素晴らしさを理解できぬ馬鹿共がのさばっていたのでな。これを機会に成敗することにしたのだ」
「それで民衆を動かしたと」
「何、各村々に一向宗のしていることと、誰が三河を豊かにしてくれたのか説いただけだ。民衆は正しく殿のお陰と理解していたがな」
「何も民衆をつかなくても我ら武士が処理する案件ではないのか?」
「いや、ここは民衆に問いかけたのだ。誰が三河の統治者に相応しいかと。民衆の答えは殿の統治を望むということだ」
「正信」
「は! 鞍馬様」
酒井忠次と本多正信が言い争いになりかけたが、鞍馬がそれを止めに入る。
「殿は三河で一向宗が蜂起すれば我ら三河松平衆で対処するように言われていた。民衆を使えとは言われておらぬぞ」
「……その方が一向宗を確実に潰せると思った為で……」
「わかっているが、やり方はもう少し工夫しろ。民衆を扇動するのも立派な技能であるが、使い道を間違えれば三河で大規模な一揆に発展することになるのだぞ」
「……失礼しました」
「酒井もこれ以上の追及は辞めろ。それよりも民衆を村々に返し、安心させることが先決だ」
「は!」
「それに遠江にて殿の今川の家督継承に反発する国人一揆が発生している。駿河の兵は桶狭間の戦の傷が癒えておらん。三河衆がこれに対処するしかないだろう……正信は各国衆の調略を行え、酒井は兵を集め、殿の命令が来次第鎮圧に動くぞ」
「「は!」」
「まったく……酒井は城代なのだからもう少ししっかりしろ」
「面目ございません」
「まぁその分大人が支えてやるがな」
こうして短期間で三河一向一揆は鎮圧され、一向宗の影響力はほぼ消滅し、一向宗の寺領は没収され、松平……いや今川の直轄領として再編されることになる。
〜今川元康サイド〜
「まったく本多正信も無茶をしやがる……でも流石の手腕だな」
「元康どうかしたのか?」
ひょっこりと今川氏真様が顔を出してきた。
一応様付けしているが家督を俺に譲ったので、今の立場は今川一門衆筆頭である。
「三河の一向一揆が鎮圧された」
「あれ? 一向一揆発生の報が届いたの3日前ではなかったか?」
「民衆が一向一揆に反発して一向宗の僧達を襲撃し、血祭りにあげたらしい。これに詳しく書いているよ」
「どれどれ……民衆を扇動したのは本多正信という者か、凄まじい手腕だな。今川にはこんな人材は居ないぞ」
「今川の教育で出てきたら恐ろしいわ。今川の教育は文治政治に重きを置いた教育だから文官を育てるにはもってこいだけど、武官や謀略家は育たないだろ」
「むむ! 武官は優秀な者は出てくるぞ! ……まぁ教えられる人材が軒並み桶狭間で戦死してしまったが……」
「雪斎様に引けを取らない鞍馬という軍略家が三河に居るから、彼に今川の次世代の教育をさせよう。武田との戦は長丁場になると思うからな」
少し雑談をしながら次の話題に移る。
「遠江の一揆は済まん。こちらの不手際だ」
「仕方ありません。潜在的に今川に不満を持っていた者達ということだけです。潰して使える者は吸収し、直轄地を増やし、領地改革の礎になってもらいましょう」
「三河だけでなく遠江も改造するのか?」
「ええ、本拠地を浜松に移すのもありますし、駿河は今川の色が強すぎるのでね……氏真様は今川館で今まで以上に早川殿と子作りに励んでください」
「ぜ、善処しよう」
「男でも女でも何人作っても問題ないですから。というか俺も子供作らないと空席になっている松平を埋められないですから」
「あれ? 元康には弟が居るんじゃなかったか?」
「つい最近まで僧として育てられていたので、一癖も二癖もある三河武士を纏められる器量はないですよ。彼を松平当主にしたら潰れてしまう。だから空席にしておいて、俺の息子ができたら継いでもらいますよ」
「おいおい、最初は今川を継いでくれよ」
「氏真様が男の子を作ってくださればその子に今川の家督は継承させますから」
「そんな気を使わなくていいからな」
「いえ、松平に俺が戻らないと家臣達を制御できる気がしないので……」
「お、おう……」
とりあえず面倒くさい三河の一揆は早期に鎮圧できた。
残すは遠江の国人一揆……兵の動員が終わり次第、鎮圧に動くとしよう。