ガチャ狂い徳川家康   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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三遠忩劇鎮圧

「かかれ! かかれぇ!」

 

 はい、皆さんこんにちは今川元康です。

 

 本日の戦場は遠江の浜松近くの頭陀寺城の城攻めを行なっております。

 

 今回の討伐相手は飯尾氏。

 

 元々吉良氏の荘園代官を務めていた家柄で、建武の新政頃より頭角を現し、室町幕府成立後は奉行衆として幕府の内政を担当していた一族で、三河の田舎侍を始祖とする松平とは家格が圧倒的に上だったのである。

 

 というか調べた感じ松平の家格相当低いな。

 

 先祖の人達が苦労して徐々に三河で勢力を強めて、俺の祖父の代にようやく大名と名乗れるくらいに勢力を強めたが、吉良一族などの名門武家に権威を担保してもらわないといけないほど家柄的に三河を纏め上げる力がなかったのである。

 

 守護職も一色氏や吉良氏が担っていたので松平家は幕府から権威を何も担保されていないという悲しい現実が突きつけられていた。

 

 一色氏は松平が勢力を伸ばす過程で駆逐し、吉良氏も国人一揆の際にコテンパンにぶっ飛ばして一部切腹、一部は三河国外に逃亡、今川とも敵対していたために京に向かったと聞いているが、彼らが戻ってくることはないだろう。

 

 まぁそんな話はどうでも良くて、そんな家格が低い松平の子狸に名門今川の家督を継がせるのはどうなのだと言うのが今回の反乱の原因で、氏真様が引き続き家督を握っていたら起こらなかった反乱でもある。

 

 まぁ反乱したからには武力で討伐するのが戦国スタイル。

 

 三河衆、駿河衆双方動員をかけ、1万2000の兵が集まった。

 

 対する遠江国人衆が動員できた兵数は7000ほど。

 

 義元様が動員できた2万5000の兵数には合算しても及ばないのが今川の弱体化を物語っているが仕方がない。

 

 とりあえず三河衆を纏めてくれている鞍馬に信濃方面から武田が攻める際に重要な地点である二俣城の松井宗恒と言う城主が武田と内通して反乱を起こしていたので、攻め込んでもらった。

 

 幸いなのは遠江国衆全員が今川を裏切らなかったので、反乱勢力が飛び地になっていたことで三河との連絡線を維持することに成功していたので、俺は三河衆と連絡を取りながら2方面作戦を展開することができた。

 

 で、今俺が指揮して頭陀寺城を攻めているが、山城でも緩やかな斜面の中腹に作られた城だったが為に、地元の者の案内で搦手を早期に発見し、そこを集中攻撃。

 

 城内に瞬く間に侵入した今川の兵達は二の丸を占拠し、城門を開き、兵達は本丸に続く門に殺到。

 

 丸太を使って門を何度も叩くとメキメキと言って門が破壊され、本丸の最後の防衛設備だった門も打ち破られる。

 

 捕らえられた飯尾氏の一族は反乱を起こした当主は切腹。

 

 女性は尼寺送りにし、領地は没収。

 

 他一族の男達は今川に再度忠誠を誓うのであれば銭侍になるが、俸禄を受け取って駿府に移り住むことで許すことにした。

 

 室町創設頃より文官として家格を維持してきた家を早々に潰すのは勿体ないと感じたからである。

 

 せいぜい文官として馬車馬の如く働くが良い。

 

 頭陀寺城を陥落させた頃、三河衆から伝令があり、二俣城には兵があまり集っていなかったので、早期に陥落することができたと報が入った。

 

 これで遠江一揆の中で一番大きい勢力と一番堅牢な城が落ちたので、あとは消化試合である。

 

 駿河の奥山氏(奥多摩辺りを治める豪族)も裏切って武田に付いたが、武田の本拠地甲斐に近い為、そこに攻め込むと武田を大いに刺激する可能性が高いので、そこは放置。

 

 あとは小粒の国人衆が抵抗していたが、1ヶ月ほどで各個撃破して反乱は鎮圧。

 

 結局三遠忩劇と呼ばれた三河と遠江の反乱は1ヶ月で被害が拡大する前に鎮圧。

 

 余剰物資を親今川で抵抗している武田の反乱軍に提供したことで、武田の内乱は更に燃え上がり、結局潰すのに武田は1年を有することになり、その間に今川は桶狭間の傷を癒すのに十分な時間を確保することに成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、何とか傷が大きくなる前に対処することができたか……」

 

「主殿お疲れ様です!」

 

「義経も大活躍だったらしいな! ありがとうね。助かった」

 

「えへへ」

 

 駿府の今川館に戻った俺は戦後処理を行う。

 

 反乱を起こした国人衆達には領地を没収し、活躍した者には領地を与える。

 

 ここに居る義経にも遠江に領地を与え、以後は領地経営をしてもらう予定だが、本人は

 

「義経よりも優秀な文官が居るので、彼らを雇って領地経営はしたいと思います! 幸い文官の飯尾氏の元家臣達の一部を雇うことがてきましたので!」

 

 と満面の笑みでそう言ってくる。

 

 能力あるし、義経に領地経営をやってもらいたい気持ちもあるが、本人がやる気でないなら仕方がない。

 

「ただ義経にはこれから遠江国衆の纏め役をやってもらうからよろしく頼むね」

 

「少し面倒くさいですけど、主殿の為に義経頑張ります!」

 

 俺が構想している七備という軍事システムで、各大将に石川数正、酒井忠次、平泉義経、井伊直親、朝比奈泰朝、岡部元信の6人を選んだ。

 

 井伊直親だけ能力が足りてないが、彼の息子が有名な徳川四天王の井伊直政なので将来を見越しての配置である。

 

 まぁ井伊直親の軍事指揮能力には期待していないので副将として木葉を付ける予定ではある。

 

 そして親衛隊となる旗本衆には鞍馬に鍛えられた三河衆の面々に今川でも武勇に優れた者を追加し、その彼らに小者を十数人付け、俺の本隊には合戦時に4000名ほど兵士が集まるように改革を行った。

 

 旗本衆の纏め役は鞍馬に任せ、この旗本衆の中には数え年で9歳になる元服したての本多忠勝も参加していた。

 

 そんな幼い者も居るが、幼い者達は鞍馬寄騎として、鞍馬にビシバシ鍛えてもらうつもりである。

 

「主殿、義経は浜松の城造りの方が気になります!」

 

「お、そうそう、浜松の城造りも始めているぞ」

 

 遠江の反乱を鎮圧後に、俺は浜松の地の曳馬城を改修する形での浜松城造りを開始したのである。

 

 籠城するための城というより政務を行う国内統治を目的とした城になりそうであるが、まだ陣張り……設計段階であり、今川家臣の中でコンクリート城壁の愛宕山城を築いた実績を買って、岡部元信の兄で年長者がことごとく桶狭間で討たれた中、経験豊富な家老である岡部正綱が浜松城の築城を行うことに決まり、現在浜松城近くを流れる新川の治水工事を行なっていた。

 

 予定では1万の兵が1年間籠城可能で、新川から水を引いて北と東側を水堀にし、コンクリート城壁かつ、新兵器である鉄砲や弓を活用するために銃眼が各所に作られる予定であった。

 

 それでいて普段は行政の中心とするため利便性を兼ね備えなければならない。

 

 なかなかの難工事を予想されるが、頑張ってもらうしかない。

 

「楽しみですね! 浜松城が出来上がるの!」

 

「ああ、楽しみだな」

 

 俺は進み始めた今川の政務を進めていくのだった。

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