今年も田植えの時期が始まり、各地で田植えが開始された。
遠江や駿河でも多月農法を俺が三河に統治時代に今川の文官達に教えたために、広がりを見せ、正条植えや田んぼを途中で干す中干し、それを行うための用水路、排水路の整備なんかも進められており、そこにガチャ産の米を更に品種改良し、味や生産性、病気になりにくさを高めた多月米の種籾を遠江や駿河の農民達に配り、米のさらなる増産をできる体制を整えていった。
勿論他の作物も広がりを見せ、特に駿府で流行って蕎麦需要が高まっているので、蕎麦の栽培や、生産性が高く腹に溜まるじゃがいもと薩摩芋の生産にも強化が入った。
この様に農業関連は順調に伸びていた為、商業にテコ入れを行っていく。
今川仮名目録の改訂が終わった為、家臣達に改訂版を流布し、早速俺は楽市令を駿府近くの町で行わせた。
楽市令とは市に店を出す時に税金がかかるのであるが、その諸税を免除するという法律で、場所代もかからないため、個人の行商人や普段は農民をしている者でも商売ができるという側面があった。
勿論完全に自由にやると各所で騒動が起こるのは目に見えているので、家臣達に見回りや商人達の仲裁を行うように指示を出している。
更にここでは俺直轄の両替屋を開かせて、鐚銭と私鋳銭の交換を行う為、悪銭の類を取り除き、更に私鋳銭を増やす材料確保及び利益確保を行う予定である。
あと、ここで力を蓄えた商人達が商家を構えた時には座に入ってもらい、場所代及び売上から税金を支払うように命じる仕組みを作っていた。
楽市は許すが、俺的には楽座にするつもりは無い。
織田家が楽市楽座をやったのは座が宗教勢力の資金源になっており、それを断つ為の行為であったが、今川仮名目録と三河一向一揆の鎮圧で今川領内の寺社から座に関する特権は今川家に吸収されていたので、わざわざ税の徴収機構である座を解散させる必要がなかったのである。
座に入るためには上納金が必要とか色々ルールがあるが、それには従ってもらおう。
駿府の町の一角で行われた楽市の成果は上々。
一応俺からもサクラを最初は混ぜていたが、数日もするとサクラを入れなくても賑わう様になり、一種のフリーマーケットみたいな感じになっていた。
そのため、前に俺が手がけた屋台が再び注目され、元俺に仕えた料理人の弟子達が屋台に鉄板を設置して、その場でお好み焼きや焼きそば、たこ焼きを作って売ったり、蕎麦やうどんを売る屋台、ラーメン擬きを作って売る者や、この前作ったスイートポテトや芋タルトを作る者、じゃがいもを蒸して塩をかけた物を売る者と様々な屋台料理が建ち並んだ。
流石に俺は安全上の理由で立ち入ることは辞めておいたが、家臣達から安く、様々な物が買えると町民達からも好評であると報告が入っていた。
両替屋も上々で、楽市での混乱を避けるために鐚銭類の取引は禁止し、鐚銭は必ず両替屋で交換することを厳命していたため、多少のトラブルはあったが、両替屋には大量の鐚銭が集まり、それを三河に居る金屋子の鋳造所にて溶かし、銅と錫を抽出し、そこに更に混ぜ物を加えることで綺麗な明銭に近い私鋳銭が出来上がる。
やっていることは犯罪であるが、それをしないと銭が足りないのだからやってられない。
現在では私鋳銭を造る鋳造所の規模も拡大し、織田家と貿易が始まったことで銅や錫の入手がしやすくなり、材料を貿易で手に入れて、こちらで造った私鋳銭で支払うと言うサイクルが出来上がっていた。
一部の勘の良い商人や信長様なんかは私鋳銭を造っているって勘づいているが、自分達の利益や経済活動の活発化の為に黙認し、今川領内にも大量に銭が流入したことで、貨幣経済が徐々に浸透し始めていた。
お陰で俸禄で給料を支給となった家臣達も銭決算で買い物がしやすくなったのと、支給される銭に一切鐚銭が入ってないので、その分実質的な給料が高くなっていたので、土地を手放した方が裕福になるという現象が起こっていた。
土地を持つ者は土地の管理費で結構な支出があるが、俸禄の家臣達は住む場所も今川家が支給しているので、家賃がかからないし、土地の管理費もかからないから支出が少なく、そのため比較的裕福になったのである。
あと俸禄支払いの家臣は殆ど駿府か岡崎城下に住まわせているので、快元が建てた学舎で学ばせて、基礎ができてから任官する事ができるようになったため、今川家の行政能力はどんどん上がっていくのだった。
ちょっと外交的に困った事が起こった。
まず美濃で信長様の義理の父である斎藤道三が息子の斎藤義龍に謀反を起こされて死去。
これで斎藤家の立場は反織田家となり、織田と連携している今川家とも敵対。
そして外交的に孤立していた武田が斎藤家に近づいて美甲同盟が成立。
まぁ武田は当分反乱と上杉からのちょっかいで行動不能になっているため脅威では無い。
信長様は今川との経済的な連携で莫大な富を稼ぎ出しており、三河や駿河で生産された商品を畿内に転売することで利益を出しており、その資金を常備軍に費やして、いち早く兵農分離を達成。
弟の織田信行が謀反を起こすと言う事件が発生したが、今川義元を倒したり、俺の新生今川と同盟して領地をどんどん豊かにしている信長様はうつけと言う評価を既に覆して名君評価を家臣達から受けていた為、織田信行の謀反は直ぐに鎮圧。
そのままの勢いで岩倉織田家も攻め滅ぼして尾張統一を夏までに完遂したのである。
流石歴史の偉人……こんなのと敵対したら命が幾つあっても足りねぇわ。
信長様は美濃の動向を見ながら、将来美濃を飲み込むと決めたらしく、俺にその旨を手紙で伝えてきた。
……美濃を飲み込む前に国力を更に増強して従属大名に落ちないようにしないと! (使命感)
とりあえず領内の統制を整えて、鉄砲をどんどん普及させ、軍の近代化をしていかないとね。
「今のところ順調だね」
「そうですね氏真様」
今川屋敷で政務をしていた時に氏真様に話しかけられた。
現在氏真様は主に貴族の皆さんとの接待を仕事としていた。
俺も駿府滞在している公家の皆さんと挨拶はしているが、どうしても教養面で差があるのを感じてしまう。
そのため氏真様が間に入り、仲を取り持ってもらっていたのである。
「公家の皆さんから朝廷への献金はこれぐらいした方が良いという例を貰ってきたよ」
「ありがとうございます」
渡された表をめくると、今の朝廷がいかに貧乏なのかがよくわかる。
「500貫でも官位が買えてしまうのか……」
「元康は官位どうする? 今川の当主だから無官位は流石に見栄えが悪いからね」
「とりあえず従五位下の役職を何かいただければ良いので……3000貫程度包めば良いですかね?」
「まぁ妥当な値段だね」
「あとは物納としますが。食料品や今川領内で作られた工芸品や織物なんかを献上して疚しい事が無いと見せる感じで」
「そうだね。あと幕府に対してはどうする?」
「義元様は幕命を無視していましたが、幕府との繋がりを再び持った方が現状は良いでしょう。できれば三河、遠江、駿河三国の守護職を任じられれば幸いですが……」
「うーむ、そこは朝比奈に幕府は交渉をしてもらおうか。とりあえず幕府には5000貫提出すれば面目が立つんじゃないかな」
「色々出費が嵩みますね」
「まぁそれは仕方がないよ。必要経費として割り切ろう」
こうして俺は幕府と朝廷の工作も進めていくのだった。