ガチャ狂い徳川家康   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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時行とのお出かけ

「時行くーん、遊びましょ」

 

「あ、僕を政務漬けにした元康だ」

 

「ごめんって……」

 

「いいよ別に怒ってないから」

 

 秋になり、領民の皆さんは作物の収穫をしている頃、俺は北条時行こと江間時行と一緒に駿府の今川屋敷を抜け出した。

 

「抜け出してよかったのか?」

 

「俺もたまには息抜きがしたいの。近くで見てたら分かるでしょ」

 

「ああ……確かに」

 

 今川の家臣達は優秀よ……ただ今川の家風的にトップダウン式のピラミッド構造になっていて、上が優秀なら問題ないけど、上が間違った事をすると下部層まで一気に影響が波及してしまう欠点を抱えていた。

 

 独自裁量で動く癖のある三河武士に今川の従順さを学んでもらい、今川家臣達は三河武士みたいに多少融通が利くようになると最高なんだけど。

 

「あら時行様じゃないですか」

 

「よぉ奥さん、今日も若々しいね」

 

「あらやだ……そうだ一緒の侍さんもお茶と団子出しますからどうです?」

 

「悪いね奥さん」

 

「いえいえいつもお世話になってますから」

 

 時行の肩を突いて

 

「人気者だねぇ」

 

「町の見回りをしてますからね。ここの家はこの前不埒者を成敗しましてね。お陰で色々融通してくれるんですよ」

 

「へぇ」

 

「お茶入りました」

 

 運んできたのは娘さんらしく、時行の顔を見て真っ赤になっている。

 

 時行凄くイケメンだからな。

 

 史実でも巫女が自ら誘ったなんて話もあるし、子供も沢山居たはず……。

 

「手を出すのは構わないけど、ちゃんと抱えきれる人数にしろよ」

 

「ええ、そこら辺はわかってますよ」

 

 本当かな……まぁ町人達からの人気があるし俺からも役職手形付きの高めの給金支払っているから100人程度は養える金額を時行は貰っているはずだが……。

 

 団子を食べるが、この時代の団子は勿論甘くない。

 

 焼団子に味噌やきな粉をかけたりするのが一般的である。

 

 最近だと醤油が三河から流れて駿河でも作られ始め、醤油を用いた団子が作られたりもしていた。

 

 今回食べている団子は醤油に片栗粉を混ぜてとろみを付けたみたらし団子風。

 

 確か岐阜の飛騨地方では江戸時代からこんな感じの団子が作られ、郷土料理になっていたと聞いたが……。

 

「時行様、侍さん、どうですか? うちの新商品の団子は!」

 

「うん! とても美味しいよ! とろみ……片栗粉を使っているのかい?」

 

「はい! 時行様! 最近じゃがいもという芋が栽培されて、その芋から片栗粉が多く採れるのがわかりまして、片栗粉の値段が下がったのですよ」

 

 時行は俺の方を見るが、俺は手でバツを描く。

 

 恐らく少名当たりが詳しそうだし、じゃがいもの活用方法を広めるように命令していたから、片栗粉の抽出方法を広めた感じかな? 

 

 片栗粉が戦国時代だと値段が安定しなかったから、安くなったのなら色々な料理に使えて活用方法も広まるだろう。

 

「うーん、あ! なぁなぁ娘さん」

 

「はい?」

 

「じゃがいもはまだあるか?」

 

「ええ、ありますが……」

 

「ちょっと片栗粉とじゃがいもを使った料理の作り方教えるからそれをこの店で売って、多くの人に広めてほしいんだけど」

 

「はぁ……」

 

 というわけで、俺は台所を借りて料理を作っていく。

 

 使うのはじゃがいも、片栗粉、塩、油(少量)。

 

 まずじゃがいもを茹でて、つぶし、ここに片栗粉、塩、油を加えて更に混ぜる。

 

 よくこねたら、薄く伸ばして、包丁で四角く形づくっていく。

 

 それを油を敷いて温めた鉄鍋に生地を並べ、蓋をして弱火で焼いていく。

 

 20分ほど焼き上げればじゃがいもクッキー(塩味)の完成である。

 

「表面はサクサクで中はホクホクしているな」

 

「こういう料理の仕方もあるのね〜」

 

「美味しい!」

 

 上からこの店の店主、奥さん、娘さんの順に答えたが、評価は上々。

 

 油を使うが、アブラヤシ農園の拡大やアブラナの栽培が広まったことで油の値段が徐々に落ちてきていたのである。

 

 なので庶民でも買える値段に落ち着いていた。

 

 油の値段が落ちたことで揚げる、炒めるという料理法も今川領内では広がりを見せ、じゃがいもの食べ方の一つにジャーマンポテトみたいなやつとかフライドポテト、ポテトチップスなんかも広がりを見せていた。

 

 じゃがいも料理の普及は供給過剰になっているじゃがいもの値段安定にも繋がるだろう。

 

「じゃがいもの値段は安いよな」

 

「ええ、5個1文で取引されるくらいには安いな」

 

「となるとこの料理の適正価格は3文ってところかね」

 

 室町時代は銭の価値が江戸時代より高かった。

 

 銭自体が不足していた為自然とデフレになっており、1文の価値が戦国時代は現代で120円前後で推移していたのである。

 

 勿論質の良い明銭に限った価値で、鐚銭の類は10分の1……12円程度の価値で取引されていたのである。

 

 今回言った価格は勿論質の良い銭を基準にしているので360円程度の値段が妥当だと説明した。

 

 1人前だとじゃがいもは1個、片栗粉、塩、油全て少量なので原材料的には全て合わせても1文に満たない。

 

 ただ焼き上げるのに時間がかかるため燃料費と人件費を考えるとこれくらいの値段が妥当だろう。

 

 まぁ焼きたてじゃなければその日1日は美味しく食べられる品(保存用に更に火を通して固めに焼けば5日は持つ)なので、纏めて作っておいて、売る形にすれば2文でも十分利益は出るだろう。

 

「はえ~お侍さん、頭良いね」

 

「というか頭で飯を食っている立場だからな」

 

 娘さんが感嘆の声を上げるが、俺も自慢気にそう話す。

 

「美味しい団子ありがとうな。このじゃがいもの料理を支払いということにしておいてくれや」

 

「十分過ぎる支払いですよ。タダで良かったのに」

 

「いやいや、じゃ時行がまた来たら何か食べさせてやってくれ」

 

「ご馳走様でした。また来るね」

 

 俺と時行は店を出て町の中に消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、駿府の町の賑わいはいつ見ても凄いな」

 

「東の京と言われるだけのことはあるってことじゃないか」

 

 ぶらぶらと時行と歩くのを続けているが、時行に鎌倉幕府があった頃は鎌倉の方が栄えていたのでは? と聞いたが

 

「鎌倉は周囲を山と海に囲まれた地形をしていたから、町の拡張性に限りがあってね。でも人口は鎌倉の方が多かったね」

 

 今の駿府の町の人口が約2万数千人。

 

 鎌倉時代の鎌倉も2万人より人口がいた事になるのかな? 

 

 俺も文献でしか見たことが無いが、鎌倉時代にあった大地震で2万人近く死者が出たと書かれていたから、6万人から10万人は生活していたかもしれない。

 

 日本最大の都市である京が鎌倉時代とかは20万人を超えていたらしいが、応仁の乱以降都市人口の流出が進み、現状5万人くらいしか住んでないらしいが……。

 

 現状だと博多か堺の方が人口がいるかもしれないな。

 

 地方都市としては2万の人口はなかなか多いということになるかもしれないな。

 

 まぁ駿府も上下水道の整備をすれば5万人は戦国時代の技術水準でも支えられるキャパはあるだろう。

 

 まぁ浜松の方が開けているし、拡張性はあると思うんだけど……。

 

 まぁ都市計画は城を作ってから道敷いて作っていけば良いか。

 

 目指せ5万人の地方都市ってな。

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