雪解けと共に約束通り、上杉謙信が信濃に来た為、俺も浜松から信濃の春日城に移動して面会が行われた。
左右にそれぞれ上杉と今川の家臣達が座り、上座に俺と上杉謙信が対面しながら座る。
上杉謙信は白い頭巾を被っていると思っていたが、今回は普通に髪を結った姿であり、そもそもこの時期は法号である謙信の名前は使っておらず、足利義輝から輝の字を頂いた輝虎という名前を使っている。
「今川元康です」
「上杉輝虎だ」
流石軍神……威圧感が半端ない。
とりあえず最初に贈り物の交換。
俺は埴安に作ってもらった乳白色の茶器とお猪口のセットを木箱に入れて贈り、謙信側からは青苧で作られた着物を贈られた。
「今川で作られた酒、実に美味であった。感謝するぞ」
「いえ、こちらも上杉領国で作られる青苧の着物や畳は愛用しています」
最初は世間話から始まり、続いて謙信側から村上の所領の返還に応じたことへの感謝を、こちらは北条との戦で一時的に敵対したことに対して詫びた。
「今川元康……お主に聞く」
「はい」
「この国はどの様に導くべきであるか」
いきなりぶっ込んできたな……謙信さんよ……。
家臣達が居る前で聞くのか……。
上杉の家臣の皆さんも、今川の家臣達も俺の発言に注目する。
「乱世の時を終わらせ、泰平の世を作り出さねばならぬかと」
「ほう……乱世を終わらせるか。それ即ち鎌倉を足利が滅ぼした様に、足利の幕府を今川が終わらせるつもりか?」
「そうですねぇ……足利に引導を渡す役回りを私がするのでも良いですが……生憎、率先してやれる人物が尾張に居ますので」
「織田信長がか?」
「ええ、彼は足利の世を終わらせて新しい世の中を作りますよ。十数年以内に」
「断言するか……しかし今川はどう動くのだ?」
「織田を支え、織田が志半ばで倒れるようなら遺志を引き継ぐ……乱世は終わりへと着実に近づいているのですよ」
「ふむ……私は毘沙門天の教えに沿って生きてきた。武家の棟梁である足利将軍の忠臣として動き、足利に殉じるつもりである。今川とは進む道は違うか?」
「いえ、別に足利が鎌倉の北条の様に族滅する様なことは無いでしょう。その時に足利を保護する役目の家も必要です」
「それが上杉の務めか?」
「ええ……それに上杉は次の時代にも必ず必要になります。東北への抑えとして……織田が道を踏み外した時に正すための装置として……」
「お主がやるのではないのか?」
「私は信長公と近すぎるのでね。どうしても感情が優先されると思います。勿論道を踏み外せば正すつもりですが」
「ふむ……であるならば今川はどの様に動くのだ?」
「将来的に武田は滅ぼします。今潰せば武田を思う民が暴れるので残しましたが、武田は恐らく民を更に酷使するでしょう。民が立ち上がるのであれば今川は武田を容赦なく潰します。民あっての武士であり治世者……民が苦しむ領主などあってはならないのです」
「ふむ……では元康が求める領主の像とは何か?」
「そうですね……そもそも領主の力量に頼ることの無い仕組みを作ることこそ私の役目だと思っています。乱世の世故に威厳ある大将でなければなりませんが、威厳で下を押さえつけるのはいけない……戦に強ければ良い領主なのか……国を富ませられるのが良い領主か……結局のところ民が安心し、希望を持って明日を生きていける環境を作ることこそ良い領主の条件だと思います。輝虎殿も夢を見ませんか」
「……夢か……久しく見ていなかったな」
「夢を見るためには餓えの心配を取り除く必要がありますよね。越後の寒さでも凶作にならない種籾……農法と一緒にお譲りしましょうか」
「私達上杉にとってはありがたいが、機密ではないのか」
「農民達に広めていること故、時間が経てば広まっていくことでしょう。上杉が関東を攻める理由は領民を餓えから救うことでもあるのでしょ」
「まぁその通りではあるが……」
「越後平野の乾田化が行えれば、越後の石高は日ノ本一の量になるでしょう。数十年がかりの大工事になると思いますが」
「……この輝虎にその工事を行えと」
「成功すれば越後から餓えは無くなるどころか、周辺国へ米を供給する米所として越後に上杉ありと示せますよ」
「ふむ……その技術は今川が提供してくれるのか?」
「ええ……友好国として技術と資金を投入しますよ。その代わり貿易に色を付けてくれると嬉しいですが」
「ふむ……しかしそれだけでは資金は足りんぞ」
「佐渡にて日ノ本一の巨大金銀山が存在しますよ」
「何故それを知っているのだ元康は?」
「水軍の航海で日ノ本を一周回った際に佐渡に立ち寄る機会があり、本間氏が密かに金山で採掘を行っているようですが……上納金がもしかして無いですか?」
「……私は知らんぞ」
その場の雰囲気が一変する。
謙信公が家臣の一人を睨みつけると、その家臣は顔を真っ青にして震えていた。
どうやら本間一族の者であったらしく、俺が日ノ本一の金鉱山と言ったから、そんな巨大金銀山を隠して上杉に報告しないで蓄財していると思われたらしい。
関東遠征や度重なる飢饉で上杉の財政も切迫していたので、謙信自身が金策に奔走しており、上洛した際にも青苧の利権確認や青苧の布を京の人達に高く、多く売れるように当主自ら宣伝していたりと色々なことをやっていたのに対して、従属して上杉や他の国人達が苦しい思いをしている中、佐渡で自分の一族だけ蓄財していたとなれば……そらお仕置きだろな。
「少なくとも甲斐や信濃の武田が稼働していた金銀山の数百倍規模の金銀山になりますので、そこの採掘を本格化できれば、越後平野の開発資金は余裕で賄えると思いますよ」
超爆弾発言が俺から飛び出し、俺に神仏に誓えるかと謙信が迫ると、血印を押して書状残してもいいですよと言うと信用した。
先ほどまで青くなっていた男は白くなって泡を吹き始めている。
上杉謙信どころか越後の国人達全員を敵に回しているからな。
まぁ南無三。
「さてと食事を用意しましたので食事にしましょうか」
俺が合図を出すと、小姓達がお櫃を運び込み、食事が並べられる。
流石に客人相手なので鶏の肉は出さないが、飼育していた豚を数匹潰して、豚ロースの味噌漬けを器に並べていた。
それをメインに、汁物は椎茸とわかめの味噌汁、副菜にかぼちゃの煮物、小松菜とキノコのお浸しが並べられた。
この時代だと凄いご馳走である。
「ずいぶんと金をかけた料理であるな」
「一応今川領内で栽培や飼育されている食材で作った料理になりますが」
「椎茸とこの肉は……猪もか?」
「ええ、椎茸の栽培に少量ながら成功し、この肉は猪を家畜化した豚という動物の肉になります。猪よりも臭みが無いのが特徴です」
「ほう……いただこう」
食事が始まると皆無言で食べ進めていく。
上杉方の諸将は味に驚いている人も多くいそうであるが。
「実に美味。満足であった」
「喜んでもらえたら何よりです」
「上杉家……まぁ長尾家の仕来りとして戦の前に大量の料理を家臣に振る舞うということを行っているが、それに加えたい味をしていた。特にこの味噌汁は幾らでも飲めるな。何か味に深みがあるが……何をしたのだ?」
「昆布と鰹節で出汁を取って、その出汁に味噌を溶かしたのです。あと味噌も風味を良くするためにすり鉢で挽いてから溶いたので、椎茸の旨味や匂いも合わさり、あの味になったかと」
「なるほど……食後には酒が飲みたくなるな」
「とっておきを用意してありますよ」
「ほう」
俺は上杉謙信公の前で、純米吟醸(少名に作らせた現段階の製造技術でできる最上級の日本酒)の樽を開けた。
日本酒特有の匂いが部屋に広まり、酌で酒枡の中によそっていく。
「輝虎殿もどうぞ」
「うむ」
謙信が酒をもらい、ぐびっと飲むと、目をカッぴらいて喉を鳴らす。
「泥だな」
「はい?」
「今まで私が好んでいた酒は泥に思えてしまう極上の酒だ……ぜひ作り方を教えてほしい」
「ええ、職人を送りますし、安くお譲りしますので……」
「本当か! 元康はいい奴だな!」
その後宴会となり、上杉方とは友好的に面会を終えるのだった。
なお上杉謙信は帰国後に佐渡に侵攻して佐渡で金銀を蓄財していた国人を成敗して直轄化。
俺の言う通り各地から銀鉱脈や金鉱脈が次々に発見されて、ゴールドラッシュで沸き立つのであった。