信長様が北伊勢勢力を蹴散らしある程度侵攻したところで伊勢の守護である北畠家と幕府が出張ってきて、侵攻の停止を申し付けてきたらしい。
信長様は北伊勢の現状維持と志摩国の海賊衆の討伐を北畠に依頼し、北畠もこれを飲むことで合意が執り行われた。
これによって北畠とは停戦状態となる。
俺は戦勝祝と信長様に会うために現在本拠地にしている岐阜城へと向かった。
「ほお、斎藤龍興は元康の下で頑張っているのか」
「はい、信長様が思っているほど彼は馬鹿ではありませんよ」
「ふむ……余には要らぬ人材であるが、場所が違えば使い道もあるのかもしれぬな」
信長様と茶室で面会し、信長様が今回は茶を点てる。
「また新しい器を持ってきよって……今回のは青磁か」
青磁……青緑色の磁器のことで、磁器の中でも高級品として見られていた。
燃焼過程及び着色で青緑に変色するのであるが、職人による技術力がそのまま反映されるため、青緑に変色しない磁器を下手物と言われていた。
侘び茶を生み出した村田珠光(千利休も彼の宗派の流れを汲んでいる)はこの下手物に価値を付与することを積極的に行い、灰黄色や褐色の磁器を愛用することで価値を高めたが、それでも主流は青磁が頂点であった。
「今焼きであるのよな?」
「はい、知多の職人達が徐々に焼けるようになってきており、成功した1つになります。大陸の磁器に比べて青みが強いのが特徴になりますね」
信長様は茶器を物欲しそうにしていたので、俺が
「戦勝祝として譲ろうと思って持ってきているので、信長様が使ってください」
「い、いいのか! 本当に貰ってしまうからな!」
「ええ、どうぞどうぞ」
コレクターの気質がある信長様はるんるんで茶器を俺から貰うと、箱に入れて大切そうに保管する。
「改めて北伊勢攻略おめでとうございます」
「うむ、これで目先の敵は一掃することができたな。近江の六角は浅井に負けるほど力を失っており、相手する価値もなかろう」
「六角家中で権力闘争が行われているのは耳にしています。新しい政策を次々に行なって幕政にも大きな影響を与えた家があれほど弱体化するとは……」
「所領が大きくなった余や元康も当てはまることだ。考えなければならぬな」
「城下町に家臣達を呼び寄せて管理体制を強化するやり方や楽市令は勉強になったのですがね」
「うむ、余も大いに参考にした。ただ楽市令は多様し過ぎると商人からの上納金が入りづらくなるからな。余の策源地である津島や熱田ではできぬと判断したわ」
「そうですね。領国全土に楽市令をする必要は無いでしょう。一部地域に限ってやることで効果を発揮する政策になりますね」
「うむ……なあ元康、となると上洛をするべきかと思うか?」
「信長様は一昨年に一度上洛していたのですよね? またその規模で上洛を?」
「いや、今度は大軍を用いて上洛を行うべきかと考えていたのだが……」
信長様は2年前の1559年に一度少人数にて上洛を行っており、その時足利義輝将軍とも面会をしていたと前に信長様自身が自慢気に話していたのを覚えていた。
史実でも同じ時期に信長様は上洛をしていたが、将軍と面会をしたら斎藤義龍が背後を突く動きをしたために数日で帰国していた。
ただ斎藤義龍が弱体化していたことで史実と違い、信長様は約1ヶ月京に滞在し、上杉謙信公や三好長慶とも面会を行なっていた。
「まだ時期では無いかと」
「ふむ……時期では無いか……理由は」
「三好長慶周辺の動きが怪しく成り始めています。長年京にて幕府に代わり政権運営をしてきた弊害で幕府の毒にやられてしまいつつあるかと」
「ふむ……幕府の毒か」
信長様も分かっているが、時の権力者達は上洛し、将軍を傀儡にしてきたのであるが、将軍の権力が強すぎて逆に権力者達の身を蝕む毒となっていたのである。
これが京を混乱に陥れた応仁の乱からずっと続き、史実の織田信長が室町幕府を滅ぼすまで続いた猛毒である。
現状足利義輝将軍周辺では史実通りの動きが展開されているため、三好長慶が病気で衰弱して亡くなり、三好の制御ができなくなるまでは動くべきでは無いと考えていた。
まぁ今の現状だと足利義輝の弟である足利義秋(誤字にあらず)こと覚慶様が引っ張り出された際に今川に来る可能性も考慮しなければならない。
「それこそ今上洛すれば三好との敵対は必然となり、堺周辺の貿易関係にも影響が出るかと」
「うむむ、堺貿易に影響が出るのはまずいな」
織田家の資金源は領地からの穀物収入も大きかったが、どちらかと言うと貿易による利益が一番大きかった。
今川家が居る東海との貿易と接続しているため、史実よりも織田家の資金繰りは潤沢であり、更に美濃の鉱物資源を今川に輸出しているのも家計の助けになっていた。
「まぁ信長様は上洛する前に上杉輝虎公と同盟を結んだ方が良いかと」
「上杉殿か……」
上杉と同盟関係が結べれば上洛の際に一気に不安事項が消滅することになるし、東を俺と上杉輝虎公が抑えることになるので西だけに集中することができる。
それに上杉家は食糧不足に悩まされているが基本金持ちの家なので、織田家からも食料供給があれば今川家だけに頼っている現状より安心できるだろうし、越中を支配下に置けば織田家所領の飛騨と領国が接続するのである。
「上杉輝虎公とは現状利害関係も一致するし、貿易関係の強化で同盟は結べるでしょう。信長様にとっても大きな利になるはずですよ」
「うむ、考えに値するな。ただ同盟関係と言うと浅井と同盟を考えているのだが……元康はどう思う?」
「浅井ですか……」
浅井との同盟をすることによるメリットは六角を攻める際に挟撃を行えるのと、京への道のりが浅井勢力圏を突っ切る事が出来るため、京への進撃が素早く移動する事が出来ること。
デメリットとしては浅井を生かしておくと後々敵対する可能性が高く、ここぞという時に裏切る可能性があること。
まぁデメリットは現状俺にしかわからないが、信長様的には同盟を結びたいのであろう。
「私の個人的な意見ですが……経済的な観点を見ると浅井を滅ぼした方が織田家の利益は大きいのですよ」
「ほう?」
「浅井が握っている琵琶湖の水運利権……これは大国の織田家が領有することにより京への物流が何倍も強化され、織田家にとって莫大な富をもたらすことになるでしょう」
「ふむ」
「しかし、浅井は朝倉と同盟関係がある点でも注意が必要です。浅井と敵対した場合連動して朝倉まで襲ってくるので、両方を敵対する気が無いなら同盟でも良いでしょう。あと、朝倉を攻めるとなったら浅井は織田ではなく古くから付き合いのある朝倉を選ぶ可能性が高いとも言っておきます」
「どちらが天下統一により近づくと思うか?」
「そうですねぇ……私的には滅ぼしてしまった方が近づくと思いますただその為には5年単位での入念な準備が必要かと」
「5年か……長いようで短い時間であるな」
「それと近江には鉄砲の生産地である国友村があるので、そこを領有できれば、織田家の鉄砲普及量も一気に上がるでしょう」
「ふむ……元康は浅井に恨みでもあるのか? 同盟を結べば戦わなくともある程度の利益は得られると思うが」
「まぁそうですね。ただ今川家が更に膨張することになった際に近江という大国を領有しているかいないかで国力が段違いになってくると思うので忠告ですよ」
「なんだ元康、まだ領地を広くする気か?」
「上杉と近くなったことで北条の動きが怪しいのですよ。場合によっては北条と戦う可能性があると見ていて……」
「なるほど……関東まで所領が広がれば流石に大きすぎるな」
「大きすぎる所領を持っていると天下人からは邪魔でしかないのでね」
「元康が天下人になる気は無いのか?」
「信長様が生きている間は無いですね。ただ信長様が志半ばで倒れるようなら遺志を引き継げるのは私だけだと思っているので」
「いうではないか」
「元康めがそう言う人物というのは人質時代から知っているでしょ……信長様」
「くく、そうであるな」
信長様との面会はこれで終わるのだった。