近衛様から光という嫁が送られてくるというイベントを挟んだが、今川は武田を吸収したが、武田を大幅に弱体化させてから吸収したため、抵抗もほぼ無く、開発が進められていた。
お陰で甲信地方のほぼ全域と東海3国を有する史実の徳川家康が関東国替えが行われる前の領土を有したのと同じくらいの広さになっていた。
まぁ甲信地方2カ国はまだ足を引っ張っている赤字地域であるが……。
「ふう、今川は良いとして……東と西か……問題は」
東……というと不可侵状態の北条であるが、安房国の里見を絶賛包囲中であり、里見滅亡も時間の問題になってきていた。
第二次国府台の戦いでの北条方は大勝で勢いに乗っている為、ここから里見が助かる道は外部勢力からの援軍に期待するしか無いが、上杉は上野、下野の諸勢力をまとめ上げるので忙しく、正直越後平野開発に注力したいので北条に圧力をかけているのも、自身が関東管領であるため、ポーズをしなければならないから。
冬になってきたし、一刻も早く帰国したいのが本音だろう。
今川を動かそうにも里見から提供できるメリットが一切無いので俺も動かない。
唯一残った勢力は佐竹であるが、そこも国府台の戦いでダメージあるので動けない為詰みである。
北条が当面の間関東の覇者になるのは確定だし、同盟関係は無くなったが、北条を攻めていた武田を滅ぼしたことで北条との関係も少し持ち直した。
となると貿易による弱体化を狙うくらいしか今川が北条にできることは無いので、当面の間北条、上杉、今川の3大名によって東日本は均衡状態となるだろう。
「今川及び上杉は正直均衡状態が望ましいんだよな……北条もか。荒れた領地を再建させたりするのに時間がかかる。どの国も時間を与えれば与えるだけ国力が伸びるんだよなぁ……」
そして両国とは貿易が機能しているのも大きい。
北条と上杉は貿易がほぼ停止しているが、今川は両国と友好以上の関係なので、上杉には食料を、北条には安い布製品を輸出している。
正直布製品は自国と織田領と北条領、東北の大名(蝦夷含む)に流すのでキャパがいっぱいいっぱい。
水力式の織機で布を大量に作れるようになってもまだ自動織機の製造台数が多いとは言えず、工場も拡張途中。
原材料の木綿も生産量は増やしているが、それでも足りてないのが現状である。
「北条に木綿を輸出するか? ……いやそれをやると自前で布作り出して競合するよな……」
それにこのまま生産量を増やすと上杉の青苧と競合する可能性が高く、上杉の資金源に手を突っ込みかねない。
俺的には早く南蛮貿易や明に大量の布を輸出してしまいたいと思っていたが……南蛮商人との関係構築もまだ済んでいないんだよなぁ……。
「これなら自前で水軍強化して貿易網を構築した方が良いか?」
現状今川水軍は日本列島をグルグル移動する事ができるようになり、西は鹿児島、北は蝦夷、南は琉球まで移動しており、去年島津と経済協定を結べたことで琉球貿易が可能になり、そこにも今川領で作られる安い布と絹を輸出していた。
琉球からは砂糖とか大陸でしか生産できていない薬草類、その他漢書の類を輸入しているが……漢書は儒教的な側面が強いが、統治のやり方の教材としてはもってこいの物である。
菅原道真公も今の大陸はこのような法令を使っていて、この法令をするとどんな効果が波及するか研究に学生達を動員して行うほど刺激的な物である。
大国の統治には大国なりのやり方がある。
まぁ大陸……というより中華は何度も王朝が滅亡するたびにリセットがかかる悪癖があるが……。
まぁあとは大陸から琉球経由で銅銭が入ってくるのも大きい。
貿易用なので銭の質も良い物が多く、普通にそのまま市場で使えるし、鋳銭司長官として作り始めた新通貨に改鋳してしまっても良い。
とと、琉球貿易に関してはこれで良いとして、西の問題は京方面で起こっていた。
三好政権の弱体化……。
三好政権を支えていた三好長慶の弟である十河一存、三好実休、そして三好長慶の嫡男である三好義興が相次いで亡くなったことにより政権は大きく揺らいでいた。
更に政権の長である三好長慶自身も相次ぐ弟と嫡男の死によって心が蝕まれ、病に陥ってしまってもいる。
まだ政務はできる状況であるが、政権自体がゆっくりと崩壊に近づいていた。
こういう時に元気になるのが足利義輝という男であり、自身の関係者を動員して自身の影響力を伸ばそうと画策。
特に朝廷に働きかけて自らの官位を従三位に上げ、俺に官位を抜かれている状況を打開しようとしていたが
「ほな、幾ら払えますか? 今川はんは30万貫払ってくれたで」
俺の献金事情が貴族経由で漏れ出し、更に京を守るどころか、情勢が悪くなったら逃げ出すような者に将軍職は務まらんじゃないでしょうかと言う将軍不要論まで出る始末。
こういう時に史実だと血縁関係があった近衛様が足利義輝の擁護を今までしてきていたのだが、今川と言う超太客を捕まえたので、正直京を守ることもできない将軍って要らないんじゃないか……と彼自身も思っていたのである。
というか手紙で俺に上洛して幕府乗っ取ってくれない(意訳)というのを送ってくるぐらい朝廷は幕府を信用していなかった。
朝廷から白い目で見られていることは足利義輝も薄々感じていたが、自身の官位をこのままでは上げることができないとわかると、お友達の大名にも手紙を書いて、上洛して幕府の権威あげ手伝ってくれない? と言って回ったが、衰えたとは言え三好長慶がこの動きを見過ごす事はせず……。
何度目か分からない将軍の実務制限がかけられてしまい、反省していなさいと御所で事実上の蟄居をされてしまうのであった。
京ではそんな騒動が起きていて、他の大名はどうなっていたかというと、幕府に散々引っ掻き回され、妨害を度々受けて、幕府を全く信用していない中国地方の大大名である毛利氏は嫡男の毛利隆元がこの年不審死しており、もう60歳を超えている毛利元就が毛利隆元の息子である毛利輝元を支える体制を行いながら、尼子を滅亡させるために尼子本拠地を攻め込んでいた。
これにより旧尼子勢力圏は不安定になり、中国三大謀将の1人として呼ばれる宇喜多直家が台頭してくることになる。
九州は北九州で大友が最大勢力を誇り、毛利と戦ったり和睦をしたりとゴチャついていて、更に四国は四国で色々な勢力がゴチャついている。
畿内は三好一強であるが不安定、で織田、今川、上杉、北条の東の大国4大名が居て、東北ハプスブルクラビリンス(血縁関係でぐちゃぐちゃしている地域)があるって感じ。
状況が動くのはもう少し先になりそうである。