製鉄所建設から約3年、イッポンダタラが音頭を取っていた織田領内の製鉄所の建造が完了し、本格的な稼働を開始した。
製鉄所には巨大な高炉と遠くからだと卵の様な形をしている転炉、それに金属を融解させて様々な合金を作る反射炉に石炭を乾留してコークスという石炭よりも燃焼効率の良い素材に作り替える設備を建造し、岐阜にある鉄鉱山から鉄鉱石を採掘し、それを川で下流に流し、石炭採掘や製鉄所がある尾張北部で鉄や鋼を製造。
そのまま鉄砲や農具等の鉄製品や武器に加工する工房を製鉄所近くに集めたことで生産力を上げ、更に川を下って鉄製品を熱田や津島等の商業地で販売する。
また生産された鋼は武器の他に、今川が買い取って船の基盤に使う。
現在今川家では木鉄交造船という船の骨格になる部位を鉄や鋼で作り、甲板を木材で覆うことでコストを抑えつつ木材だけでは作れない巨大な船の建造を行っていた。
それには膨大な量の鋼が必要なので製鉄所建造に力を入れていた。
まぁ元々は大砲の製造に鋼が必要だったというのもあるが……。
織田領内では製鉄所の完成及び本格的な稼働により、周囲の工房もフル稼働。
川から鉄鉱石を運んだり出来た製品を運ぶ船が上流から絶え間なく運ばれていた。
下流に流れた船は荷車に載せられて上流に運ばれる……なんて光景が度々目撃された。
流石にこれだと非効率ということで、出来た鋼を使い、鉄鉱石の採掘所から製鉄所までレールを敷いて、馬車鉄道を走らせてはどうかと信長様と相談をした。
信長様も普通に物を運ぶより大量かつ高速で運搬できる馬車鉄道の技術に興味を抱き、建造の資金を出してもらった。
完全に織田領内で今川の最新技術の実験を行う感じになったが、車軸の改善や今川で飼育していた大型の馬を織田家にも輸出したことで半年の敷設期間を得て馬車鉄道を開通させることに成功した。
複数頭の馬が1回で十数トンを運べるとというのは画期的過ぎ、信長様はこの馬車鉄道を各地に張り巡らせれば軍の高速な移動も可能になると興奮気味であった。
ただこういう新しい物が出てくると、盗む馬鹿も出るわけで……。
美濃から尾張北部まで結構な距離が敷かれていたが、その途中のレールを村ぐるみで盗んだ馬鹿な若者がおり、溶かして農具にしようとしているのを役人が発見し、信長様はこの出来事を重く見て当事者及び三親等に及ぶ者を市中引き回しの刑にした上で晒し首にし、鉄道を故意に破壊する様な行為を行った者は厳格な処罰を行うと徹底させ、更に各所に見張りの兵士の詰所を建てた。
信長様が厳格な処罰を行った事は直ぐに噂で広まり、レールに触れようとか盗もうとする者はほぼ居なくなり、居たとしても鉄を溶かす鋼を使っているので村程度の鍛冶屋では溶かす火力を出すことができない。
なので盗んでも溶かせないし、商人にも売れない、そうこうしていると大抵密告者が出て御用となって晒し首にされるので年に1件あるか無いか程度まで被害は減っていくことになる。
俺は織田家の運用を見てから馬車鉄道の利便性を確認することができたが、今川の場合、所領が広すぎて、通すとなったら膨大な鋼を消費することになるので、それよりも船を作った方が輸送量が大きいと判断して導入は見送られた。
製鉄所の稼働には問題なく、ただその製鉄所は技術提供したとはいえ織田家の物。
織田家が優先的に使用する権利があるので、今川領内でもどうにかして石炭の代わりに活用でき、製鉄所を作ることができないのだろうかと頭を捻っていると、駿河で自然に石油が湧き出している場所を思い出した。
「それだ!」
俺は埴安と天棚に命令して、機械を使って石油を精錬する過程で出る石油コークスを製鉄に転用することができないか探る様に命令し、色々な実験を得て、初歩的な石油の分離に成功する。
主に灯油、軽油、重油(本当はもうちょっと複雑だがわかりやすいようにこの3種類で表記)で、天棚が灯油を使ったコンロとストーブを開発して駿河に居る貴族や商人、武士向けに販売し、灯油の活用法を生み出し、軽油は現状活用方法が限られるため、物を燃やす時の可燃剤として活用。
また可燃性が高い為、兵器として活用する方法を模索され、敵地に火攻めする際に用いられることになる。
で、問題の重油。
これを固形化した物が石油コークスであり、埴安と天棚が協力することで1564年内に石油コークスの製造に目処が着いた。
で、イッポンダタラに悪いけど今川領内でも製鉄所を作ってくれと石油コークス製造所近くに織田領に作った製鉄所と同等の設備の建設を行ってもらった。
既に製鉄所があるので、機材関係の複製をする時間は最初から作るより圧倒的に早く、織田領内では3年かかった工事が約1年に短縮され、鉄鉱石を運ぶための港も整備されるのであった。
鉄鉱石に関しては現状は駿河の玉村から採掘された物を流す形になるが、将来的には伊豆を切り取って伊豆各地にある鉄鉱山から採掘する形にしていけたらと思う。
ただ駿河で取れる石油は軽油質であり、あまり石油コークスの量が取れないという欠点を抱えていた。
まぁ石炭は最悪蝦夷から運んでくるとしてとりあえずで稼働する分の燃料は確保できたので良しとしよう。
「できちゃった……」
製鉄関連で石油の分離をして活用方法を模索した結果、石炭を使った蒸気機関よりも早く焼玉エンジンが完成してしまったのである。
焼玉エンジン……史実では明治後期に日本で導入されたエンジンで、安価、頑丈、作りやすい、どんな燃料でも動く……ただ馬力が低いというエンジンであり、非力と言っても7馬力から15馬力、形状や大きさによってはもう少し強力なのもあるエンジンである。
天棚曰く蒸気機関の応用やストーブの作りをこねくり回したらできてしまったと供述していた。
このエンジンを使うと何が良いか……そう船の動力として最適なのである。
特に漁船や小型船舶の……。
人口が増えたことで魚の需要も増えてきており、漁業に関しても浜辺近くで釣りをするか、地上から網を引いて捕まえるかという方法が取られていたが、動力があればある程度沖合でも魚を釣ってくることができる。
天棚は早速、俺の許可を取って焼玉エンジンを増産する工場を製鉄所近くに建設し、小型船を開発すると、今川水軍に提供して運用方法を模索してもらった。
帆を使わなくてもある程度自由に動き回ることができるというのは海戦上凄まじく有利であり、燃料が切れても帆で行動することもできる。
これにより今川水軍は更に強化され、産業革命の歯車が一段階進むことになるのだった。