北条と上杉に対して俺は朝廷より上洛命令が届き、上洛することになったため協力してほしい旨を手紙で送ると、謙信公は喜んで協力するとし、いまいち信用しきれない北条への牽制を依頼。
で、北条の方はというとこれに猛反発を行なっていた。
まず北条としては担ぐべき存在に古河公方という足利家の一門がおり、北条の関東支配の正当性を担っていたのが古河公方であった。
この古河公方という存在は室町の足利家からの指揮系統を逸脱しており、だから関東管領を任された上杉謙信公が関東に軍事侵攻をしたという経緯があるため、北条家の家督を継承していた北条氏政が主導して、今回の中央の政変を理由にさらなる関東支配の強化及び、今川領への侵攻計画をしていることまで露呈してしまった。
これがあるから今川家としては全軍のうち半数の1万5000の軍勢しか上洛に使えないんだよな……。
「鞍馬」
「は!」
「対北条として防衛軍を任せる。上杉と連携しながら駿河と甲斐への北条の侵攻を防衛しろ」
「お任せを」
謙信公にも北条が今川主導の幕府創設に反発しているため、将来的に関東遠征は確実と手紙に出すと、時期を見て上洛を行うので信濃方面からの軍の通行を行うかもしれないと謙信公から報告があったので、領内の通行許可を出しておいた。
悪用はしないと思うが、一応ね。
ここまでの準備で1ヶ月。
信長様も準備を整えたと報告があったので、いよいよ上洛に向けて動き出す。
「さてと、約8万の軍勢は壮観だな」
今川領を出発して、織田軍と合流すると、約8万の軍勢となった新幕府軍。
信長様からも旧幕府を倒す倒幕軍にも関わらず、勝ち戦だと大勢が集まったものだと感心していた。
「これも元康の人徳によるものかのぉ」
「いやいや」
美濃を出発し、近江に入ると、まず最初に障害となったのは六角氏だった。
元々は室町幕府を左右するほどの権勢を誇っていたが、2年前に起こった観音寺騒動という重臣を暗殺した事件で、一気に勢力を縮小してしまい、これだけの大軍を普通ならば防衛することは不可能なのであるが、六角氏は観音寺城を中心に支城と連携することで10万の室町幕府軍を撃退した経験があったし、負けても甲賀に隠れてゲリラ戦に移行すれば良いやと徹底抗戦を選択。
「義経」
「はい!」
「やれ」
「お任せを!」
義経に軍の指揮権を任せると、連れてきていた備のうち、旗本衆、酒井忠次と石川数正の各5000の軍勢を巧みに指揮し、支城の弱点を素早く看破して、正門で戦っている隙に搦手から部隊を浸透させて一気に攻め落としてしまい、防衛の要であった観音寺城が真っ先に落城。
支城も織田軍の新人である木下藤吉郎……秀吉と言った方が良いか。
彼の活躍により落城していき、六角氏の当主と息子も捕縛された。
家臣達から助命嘆願とかも特になかったので切腹させて、六角の家臣達の所領は基本安堵とし、一部家臣を追放にとどめ、統治に関しては織田家臣の方に任せた。
六角領を通ると、浅井の勢力とぶつかり、今川に新政権を作られると困る朝倉と連合した軍約3万5000が道を塞ぐ。
更に畿内から三好軍約3万が援軍に駆けつけていると情報が入った為に、あえて決戦に持ち込むため、関ヶ原近くで俺達は陣を構える。
「信長殿の鉄砲充足率はいかほどか?」
「うむ、6割といったところだな」
「となるといかに敵に近づくかが鍵になりそうですな」
この時代の鉄砲が得意なのは攻めよりも防衛の方である。
今川軍は鉄砲の改良により密集して運用することができるため、戦列歩兵の様な戦い方が可能になっていたが、織田軍はそれができない。
なので、敵を引きつけて一気に叩く様な戦い方が理想である。
それか敵が混乱している所に近づくか……。
「……信長殿」
「元康殿が考えと同じであろう」
「「大砲を使う」」
俺と信長様は意見が合致したのでニヤリと笑う。
そう、製鉄所の稼働により鉄製の大砲の製造が可能になった事で、有効射程1.5から2キロほどの大砲を量産していた。
更に今川軍では榴弾の開発に成功していたため、砲弾が着弾と共に破裂し、周囲に多大な被害を与えることが可能である。
これを敵の密集している所に叩き込めば、混乱は必須である。
「決まれば……一撃で勝敗が決まるが」
「一応保険は何個か用意しておきますが……まぁまず負けないでしょう」
油断や慢心はなく、ただの事実である。
相手が決戦を選択した時点でこちらの勝利は揺るぎないものになっていたのである。
三好の援軍も到着し、関ヶ原の地には両軍合わせて約14万近くの兵が集まっていた。
「壮観であるな」
従軍していた近衛様も俺の居る今川の陣から戦場を見下ろす。
俺達は丘になっている場所に本陣を置き、少し離れた位置に信長様も陣を置いている。
東軍が新幕府軍、西軍が旧幕府軍という構図である。
天候はよく晴れた快晴であり、鉄砲の射撃に障害は無い。
まずは勇ましく浅井の軍勢が前に出るが、織田軍による濃密な弾幕で多数の死者が出てしまい、それから旧幕府軍は攻勢に出なくなってしまう。
「ふむ、やはり鉄砲への対処方法があまり確立されていないか」
一時でも対応できた信玄はやはり凄かったのであろう。
「大砲隊、射撃用意……」
戦場に銅鑼の音が響き渡る。
事前に通告していた大砲隊が射撃を準備する合図である。
そしてもう一度銅鑼の音が響き渡ると、大砲の発射音が戦場をこだまする。
発射された砲弾は旧幕府軍に満遍なく降り注ぎ、大量の死傷者を生み出していく。
「今だ! 一気に火力を叩き込め!」
前進した鉄砲隊が射撃を開始する。
各所で絶え間なく鉄砲の音が響き渡るため、機関銃を撃っているかのように破裂音が戦場全体を奏でる。
奏でられた戦場の協奏曲は容赦なく旧幕府軍の兵達の命を刈り取っていく。
特に悲惨なのは今川の部隊の前に居た兵達であろう。
織田軍の使用する火縄銃から史実単位だと200年以上先の銃を運用しているため、射程距離や命中精度、殺傷力が段違いであり、首に当たれば頭が吹き飛び、手足に当たれば周囲に肉塊をばらまく。
地獄の一番地を形成しながら、今川軍は隊列を整えながらどんどん進軍していく。
事前に話していたように勝敗は一瞬で決まった。
大砲の砲撃から鉄砲隊による掃射により僅か10分の間に旧幕府軍は1万人近い兵を失い、総崩れ。
織田軍は追撃を開始する。
そして関ヶ原の地形で悪い所が西部に位置する場所は丘になっており、それが退却速度を著しく遅くするのである。
あっという間に織田軍に追いつかれた旧幕府軍は容赦ない追撃で更に4万人近くの将兵が討ち取られ、この世界では歴史に名を刻むことができなかった浅井長政や三好三人衆もここで討ち取られてしまうし、史実では豊臣政権を支えることになる近江出身の武将達の親達がごっそりここで戦死したため、豊臣政権が誕生する未来も無くなったのであった。