幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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エン……エン……


第百四話

 第四王子とアンゼリカ嬢の方は問題ない。今現在問題なのは、俺とスロウ、というか俺だけだ。

 隣にはドレス姿のスロウ。酒をちょっと飲んだが、酔っているわけでもない。スロウも同じく、酔ってはいない。告白しても覚えていない、という状況には恐らくならないはずだ。

 

「あ、ダンスの時間みたいですよ」

 

 よし、と気合を入れようとしたそのタイミングで音楽が鳴り始める。ムードを盛り上げるという意味ではありかもしれないが、その前にスロウを見ると何やら期待しているようにこちらを見詰めているわけで。

 

「……踊るか?」

「はいっ!」

 

 そっと手を差し出すと、スロウが嬉しそうにその手を取る。そのまま会場のダンスホールになっている場所へと向かい、各々のパートナーとなっている相手とともに、音楽に合わせダンスを始めた。緊張しつつ、視線を彷徨わせると、第四王子とアンゼリカ嬢の姿も見える。

 こちらに気付いた両者は、何かを伝えるように笑みを浮かべていた。

 

「なあ、スロウ」

「ダンス、ダンス、エミルとダンス♪ はい、どーしました?」

 

 そんな二人から視線を外し、スロウに向き直る。ご機嫌に歌っているところ悪いが、と隠すことなくそれを伝えた。付け焼き刃だから、上手く踊れる自信はないぞ、と。

 それを聞いたスロウはキョトンとした表情をすると、何だそんなことかと微笑んだ。別にわたしもダンス得意なわけじゃないですし、と言葉を紡ぐ。

 

「エミルと踊れる、とゆーのがわたしには一番重要です」

「……そうか。じゃあ、まあ、足踏んでも怒るなよ?」

「お互い様ですよ」

 

 後は踊るだけ。とはいえ、さっきも言ったように俺は付け焼き刃だ。言葉とは裏腹にわりと余裕そうなスロウとは違い、ステップを踏むだけで精一杯。本当に足を踏みそうになること数回。

 その度、スロウにリードされること同じく数回だ。ダンスが終わる頃には、俺はすっかり疲労困憊になっていた。

 

「楽しかったですね、ダンス」

「まあ、な」

 

 それでも、楽しくなかったのかといえばまあそんなことはなく。ドレス姿のスロウとこんな場所で踊ることが出来て、割と結構な満足感を得ていた。

 

「にしても、何でお前ダンス出来るんだ?」

「前にセフィちゃん先輩に教えてもらったんですよ。そーゆーことも出来ると色々と便利だからって」

 

 成程、俺の付け焼き刃とは違い、スロウはきちんと指導を受けていたらしい。聖女だから、というよりは、後々冒険者の階級が上がって今回みたいなことになった時用、といったところかもしれない。それなら俺にも教えてくれてもいいのに、と若干思わないでもなかったが、よくよく考えると少し前までの俺だったら上級や勇者級なんかになるわけないと突っぱねてた可能性が非常に高い。自業自得か、小さく溜息を吐いた。

 

「それで、どーします? もう一曲踊りますか?」

「いや、ちょっと休憩させてくれ」

「はーい」

 

 次のダンスが始まる前に輪から外れる。会場に設置してある椅子に座って、ふう、と一息吐いた。その横に、はいどうぞ、と飲み物を貰ってきたスロウが座る。

 

「お酒じゃないですよ」

「ああ、ありがとう」

 

 渡されたジュースをぐいと飲む。冷たい果実の喉越しが火照った体に丁度よく、いい感じに思考も落ち着いた。

 ムードは高まった。後は場所を決めるか、あるいは勢いを決めるかだ。

 よし。一人頷いた俺は、スロウを少し人気のない場所、バルコニーか中庭にでも連れ出そうと思い立つ。そこで、俺は。

 

「スロ――」

「聖女様」

「はえ?」

 

 そんな俺の言葉を遮るように、一人の貴族の男がこちらに声を掛けてきた。自分はどこどこの家の者で、こうこうこういう立場の人間である。そういう自己紹介を行った後、先程のダンスは素晴らしかったとスロウを褒めた。

 

「そこで、私とも一曲、踊っていただきたい」

「え? 嫌です」

 

 ピシリ、と貴族の男が固まる。いやまあ、この流れでバッサリ即答されるとそうなるよな。もし断るにしても、もっとこう普通は色々言葉を着飾ってやんわりとお断りの返事をするものだろうし。

 セフィにそこら辺は教えてもらわなかったのだろうか、とスロウを見ていたが、まあその辺りは教えてもらっても使わないだろうな、と思う。第四王子に対する挨拶ですらああだったんだ、普通の貴族に対する態度とか完全に頭の隅だろう。

 そんなことを思っていた俺の腕をスロウが取る。そうしながら、スロウははっきりと言ってのけた。

 

「わたしは、エミル以外の男の人と踊る気はありません」

 

 貴族の男が目を見開く。視線を今度は俺に向けながら、失礼だが貴方は彼女とどういう関係かな、と問い掛けてきた。

 どういう関係って言われると、まあそりゃ幼馴染だし、相棒だし、いつも一緒にいる相手ではあるけど。そういう答えを聞きたいわけじゃないだろうし、ここでそんな答えを返しても鼻で笑われておしまいだ。

 だから俺が告げる言葉は、これしかない。す、と自信の左手を前に出し、そして同時にスロウの左手も手に取った。

 

「婚約者だよ、こいつの」

 

 

 

 

 

 

 言った。言ってしまった。告白とかそういうレベルの話ではないことを、そもそも告白する前に言ってしまった。

 ああ、そういう。と貴族の男は苦い顔を浮かべていたが一応は納得し引き下がっていったが、俺の方はそれではいおしまいというわけにはならない。

 何より、隣のスロウの視線が思い切り突き刺さっている。

 

「……ちょっと、移動しようか」

 

 スロウの手を取り立たせる。そのまま会場から外に出て、屋敷の中庭まで移動した。周囲に人がいないことも確認して、俺はゆっくりと息を吐く。

 

「えっと、スロウ。さっきは」

「分かってますよ」

 

 そう言ってスロウは笑う。さっさと話を終わらせるための言葉ですよね。そう続け、そんなに心配しなくても分かっていますとばかりの表情を俺に向けた。

 

「いや、それは」

「大丈夫ですって。わたしはそこまで勘違いはしません」

「いや、勘違いっていうか。……スロウ?」

 

 スロウは微笑んでいる。だというのに、その肩が少し震えているように見えたのは俺の見間違いじゃないだろう。

 

「だから、まだエミルがそう思ってなくても……わたしは……」

 

 ああ、そういうことか。スロウは、俺がこれからさっきのはそういう意味じゃないから、っていう話をすると思っているんだ。だからあらかじめ分かっていると伝えることで気持ちを抑えようとしてくれている。

 

「いーんですよ、エミル。わたしは、まだ、大丈夫です」

 

 俺は馬鹿だ。そうだよ、待っていてくれるからって、ずっと好きでいてくれるからって、俺はスロウに甘えっぱなしだった。それこそ、告白さえすればいいと思っていた。

 そうじゃない。スロウだって不安に思うことはあるし、ショックだって受ける。今みたいに、期待して裏切られるという感情を味わうことだってある。

 いつでも脳天気な芋虫なんかじゃない。そんなことすら、俺は頭から抜け落ちていた。

 

「スロウ」

「ふぇ!?」

 

 強く抱きしめる。そうしながら、ごめん、と謝罪をした。

 

「だから、別にいーですってば。エミルが」

「そうじゃない。さっきのことじゃなくて」

 

 待たせてごめん。そう言って、俺はスロウの頭をそっと撫でた。何のことやら一瞬分からないとばかりに動きを止めたスロウは、そのまゆっくりと顔を上げる。合った視線の先のスロウは、少しだけ涙が滲んでいた。

 

「好きだ、スロウ」

「え?」

「お前が好きだ。幼馴染だからとか、そういう逃げはしない。恋愛的な意味で、だ」

 

 スロウが目を見開く。パチクリと目を瞬かせた後、ほんとうに、と呟いた。

 

「……待ってました。ずっと、その言葉を。覚悟を決めてくれるのを。でも、本当にいいんですか? 散々自分から迫っておいてなんですけど、わたし、芋虫ですよ?」

「それがどうした。俺はお前の芋虫姿も愛してるぞ」

「愛ぃ!?」

 

 いきなりどうしちゃったんですか、とスロウが慌てる。いや、だってしょうがないだろう。一回口にしてしまうと、もうなんで今まで出来なかったのか分からないとばかりに浮かんでくるのだ。

 

「好きだスロウ。愛してる」

「ちょ、ちょっとエミル!? 酔ってませんか? 酔ってますよね!? じゃなかったら、エミルがいきなりそーゆーこと言いだすはずないですもん!」

「酔ってない」

「そーゆーのは酔ってないひとが言うんですよ」

「本当に酔ってないやつも言うだろ。あ、でもそうだな、スロウには酔ってるかも」

「絶対酔ってますよね!?」

 

 失礼な。そもそもそういうことを言いだしたのはお前の方が先だろうに。そんなことを言いながらもう一度抱き寄せると、スロウは借りてきた猫みたいに大人しくなった。うう、とうめき声を上げながら、俺の腕の中でされるがままになっている。

 

「どうしたんだよスロウ。いつもの調子で来てくれていいんだぞ」

「うう……いざエミルからこうやって来られると、ちょっと破壊力が大きいというか。こういうエミルも大好きなんですけど……でも……」

 

 可愛い。そんなことを思いながら顔が真っ赤になったスロウを抱きしめようと、ってあれ? スロウならさっき抱きしめなかったか? 何でスロウがそこにもう一体?

 

「って、エミル!? ほらやっぱり酔ってるじゃないですか! お酒飲んで踊ったせいで一気に回ったんですね」

 

 クラリと視界がブレる。スロウに支えられ、慌ててベンチに倒れるように座った俺は、グルグルと回る視界にチカチカと点滅する光を見た。

 

「お水貰ってきます。エミルはここで待っててください」

 

 そう言ってどこかに行こうとするスロウ。そんなスロウの手を、俺は逃すまいと握った。

 

「行くな、スロウ」

「そんなこと言われても、お水貰ってこないとエミルが」

「ずっと傍にいてくれよ、スロウ」

 

 そうだ、何処にも行かないでくれ。俺はお前がいないと駄目なんだ。お前がいてくれるから、こうして生きていられるんだ。

 お前がいてくれるから、俺はエミルでいられるんだ。

 

「好きなんだ……お前がいないと、俺は……」

「……大丈夫ですよ。わたしはずっと、エミルのそばにいます」

 

 視界が暗い。でも、俺をしっかりと掴んでくれるスロウの手があるから、だから俺はどんな暗闇でもやっていける。

 だからスロウ。俺を、手放さないでくれ。

 

 

 

 

 

 

「――あ?」

「あ、起きた」

 

 ガバリと跳ね起きる。場所は中庭。眼の前には膝枕してくれたらしいスロウ。時間は、多分そう経っていない。そのことを、念の為にスロウにも確認した。

 

「エミルったら盛大に酔っ払うんですから。しょーがないから治療魔法で無理矢理酔いを覚させました」

「あ、ああ、悪い」

 

 まったくもう、とむくれるスロウを見て、申し訳ないと謝罪をする。勢いで婚約者だとか言ってしまった手前、もうチャンスは今しかないと中庭までスロウを連れて来た記憶はあるが、えっと、それから何があったんだっけか。

 

「覚えてないなら別にいーです」

「そ、そうか」

 

 ふーんだ、と何故か拗ねているスロウ。一体全体俺は何をしでかしたのだろうか。それにしても、俺は酒に弱かったんだというのが今回の一件でよく分かった。いや、あの後すぐにダンスをしたのも悪かったのかもしれないが、どっちみちちょっとの酒でも酔いが回りやすいというのは確かだ。

 

「全然駄目ってほどではない、とか言ってませんでした?」

「全然駄目だったな……」

 

 認識を改めなくてはいけない。ガリガリと頭を掻きながら、申し訳ないともう一度スロウに謝った。

 まあいいです、とスロウは溜息を吐く。そうしながら、それで、ここには何の用で来たんですかと俺に問い掛けた。

 

「それは……」

「言いたくないなら別にいーですよ」

 

 そんなわけあるか。俺はここでお前に告白するために来たんだ。そう心を決めたものの、スロウの態度を見ていると何ともやりにくい気がしてきてしまう。さっきまでの俺は一体酔っ払って何をしていたんだ。過去の自分を問い詰めてやりたいが、いかんせん何も覚えておらず、スロウも語ってくれないのでどうしようもない。

 はぁ、と溜息を吐いた。今この状況で告白したとして、果たして大丈夫なのだろうか。そんな不安が頭をもたげ、そして何度もへたれ、という単語が頭をよぎる。

 

「さ、あんまりここにいるのも駄目ですし、戻りましょうか」

「え、あ、ああ」

 

 そう言ってスロウが踵を返す。何事もなかったかのように去っていくスロウの後ろ姿を目で追っていた俺は、思わずその手を掴んで引き止めた。

 

「どーしたんですか?」

「行くな、スロウ」

「……そんなこと言われても、ここにずっといるわけにはいかないですし」

「そうじゃない。そうじゃないけど。……なあ、スロウ」

「はい」

 

 さっさと戻ろうとするスロウの後ろ姿が、俺から離れていくような気がして。だから思わず引き留めてしまった。そんなことを呟いた後、俺は、自分の情けない感情をそのまま口にした。

 

「俺は、お前がいないと、駄目なんだ」

「……はい」

「お前が傍にいてくれないと、だから」

「はい」

 

 そう、だから。だからずっと傍にいてくれ。そんな、告白とも言えないようなそれを、思ったまま口にした。

 が、それを聞いたスロウは何故か爆笑である。何でだ、俺今割と真面目な心情を吐露したぞ。

 

「だ、だって。エミル、酔っ払ってた時と同じこと言うんですもん」

「は?」

 

 何だそれ。俺酔っ払ってそんなこと言ってたの? え? じゃあ俺シラフで同じこと言ったの? やめろ、見るな。恥ずかしい。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そんな酔いとは別の意味で顔を真っ赤にした俺に向かい、スロウが微笑みながら言葉を紡いだ。大丈夫だ、とそう述べた。

 

「わたしはずっと、エミルのそばにいます」

 

 そう言って、スロウは俺に抱き着く。だから、エミルも離れないで。そう続けたスロウを俺はしっかりと抱きしめ返した。勿論だ、とそう言葉を返した。

 

「なあ、スロウ」

「はい」

「俺、スロウが好きだ」

「知ってますよ。さっき聞きました」

「酔ってないぞ。俺は本気で」

「知ってますよ。だってわたしは」

 

 スロウの顔が一気に近付く。顔と顔の距離がゼロになる。そっと、唇と唇が触れるだけの、それだけでも何もかも真っ白になるようなキスをされて、俺の言葉も動きもそこで止まった。

 

「エミルが、大好きですから」

 

 

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