「パパー」
「いや早すぎるだろ!」
ガバリと起き上がる。
あの後、スロウに告白した後の夜会で何か問題が起きるということはなく、至って普通に終了した。じゃあ何でわざわざ第四王子が出席したのかとか色々ツッコミを入れたいところはあるが、二人の表情からすると本当に俺達を夜会に慣れさせるためだった可能性がそれなりにある。
アンゼリカ嬢に至ってはその先、つまり、俺とスロウの告白のことも見越していたかもしれないが。傀儡人形の弟子だし、そのくらいやっていてもおかしくはない。
とはいえ、感謝はする。きっとこの機会が無かったらもっと先延ばしになっていただろうから。
「……にしても」
それはそれとして。ついにスロウに告白して恋人になったわけだが。それから見た次の夢がこれというのはどういうことか。あれか、俺はもう子供のことまで考えているのか。いくらなんでもそれはないだろう。せめてもう少し段階を踏まないと。
なにしろ俺とスロウはまだキスもあの時しかしてない。いや、正確には彼女になったスロウは何度もその機会を用意してくれているのだが、俺がそのタイミングを逃しているのだ。
理由? 俺がへたれだからだよ。
「エミルー? どーしたんですか?」
そんなことを考えていると、俺の部屋にスロウが入ってくる。どうやらさっきの叫びを聞かれていたらしい。何でもない、夢見が悪かった。そう答え、とりあえずその場を凌ぐ。
「ふーん」
「何だよ。別に俺は嘘は言ってないぞ」
「それはいーですけど。じゃあ、はい」
「ん?」
ずずい、と芋虫が迫ってくる。これはあれだ、所謂、おはようのチューをして欲しい、というやつだ。こころなしか芋虫の体色も赤みがかかっているように見えることからすると、スロウもちょっとは照れているらしい。
それはそれとして、だ。俺はそんなスロウの態度に思わず体を硬直させてしまった。
「あ、芋虫だと駄目でした? なら擬態してからでもいーですよ」
「いや、違う、そんなことはない」
別段芋虫姿だろうとスロウはスロウだ。というか芋虫の方が本当のスロウだ。そこに嫌がる理由は何処にもないし、何なら芋虫姿のドアップでもちゃんとドキドキする。
そう、ドキドキするのが問題なのだ。恥ずかしいのが問題なのだ。
「むー」
いつまで経っても俺がキスをしないのを感じ取ったのか、スロウが顔を離す。しょうがないですね、と溜息を吐いたスロウは、今日もこれで勘弁してあげますと俺の胸に思い切り飛び込んだ。
わしゃわしゃとした多足の感触、芋虫特有の息遣い。体にある目玉に見える模様がこちらを見ている気さえする。そんな目玉模様から視線を逸らした先には、スロウの頭部がじっとこっちを見詰めていた。まずい、近い、さっきの夢のことも相まって、頭がクラクラする。
「わ、エミル?」
どさり、と俺は思わず芋虫のスロウをベッドに押し倒していた。ぶに、とした感触が俺の手に生まれ、きゃ、とスロウが声を上げる。うねうねと俺の下で動くスロウを見ていると、俺がどうかなってしまいそうになり。
「え、みる……?」
「あ、わ、悪い!」
我に返り、慌ててスロウから離れる。ぐねり、と転がされていた体勢を元に戻したスロウは、こちらを見ながら急にどうしたんですか、と俺に尋ねていた。
どうしたもこうしたも、朝っぱらからスロウが近くてつい押し倒した、以外に何も無いので弁明もクソもない。朝のキスも出来ないやつが何盛ってんだ、という話である。
「別にわたしはエミルがしたいなら構わないですけど」
芋虫姿にも興奮するんですね。にゅるりと上半身を持ち上げながら、スロウはそんなことを俺に述べる。何だよ、悪いか。俺は別に擬態したお前の姿に惚れたわけじゃなくて、それも含めて、芋虫のお前も好きだから告白したわけで。
「んー。いえ、それは知ってますけど」
じゃあ、とスロウの体がぐねりと捻れる。そうして擬態し人型になったスロウが、こっちはどうなんですか、と俺に抱きついてきた。
「いや、どっちにしろ一緒だぞ」
「どっちがいいとかあります? 子供作るなら多分こっちのほうがやりやすいとは思いますけど」
「子供……」
さっきの夢を思い出す。そうだよな、子供ってことはそういうことだよな。そんなことを思いながら、いざそういうことをする想像をした場合、じゃあ俺はどっちのスロウがいいのか、と思考を巡らせ。
「いや、どっちもスロウだし、俺は特に」
「わたしがゆーのもなんですけど、それはそれで大丈夫なんですか?」
スロウが若干心配そうにこちらを見る。エミル、性癖捻じ曲がってたりしません? そんなことを問い掛けられたが、別に俺はいたって普通だ。ただ彼女が芋虫だっただけで、モンスターに興奮するようなことはない、はずだ。
「なんか、告白されたのに違う意味でアリアちゃんとシトリーちゃんの心配をするようになってきました」
「なんでだよ」
俺はスロウだから好きになったんであって、アリアの蛾の状態を見たりシトリーのアリジゴクを見たりしても性的興奮を覚える状態になったわけじゃない。そう述べると、それならいいんですけど、とスロウは引き下がる。
「でもそれはそれとしてアリアちゃんとシトリーちゃんがえっちな格好してたら見ますよね?」
「そういうのは違うだろ」
何がそれはそれとしてなのかさっぱり分からないが。まあ、その、俺も男なので、そういうのには弱いというかですね。
そんな俺の思考を読んだのか、スロウはどこか楽しそうに笑っていた。
「別にそれはいーんですよ、エミルの一番がわたしなら。エミルもちゃんと男の子だなーって思っただけなんで」
「まあ、どっちみちあいつらが俺に迫るなんてことはないだろ」
「そーですかね。エミル格好いいですもん。アリアちゃんやシトリーちゃんもそのうち告白してきたり」
「しないしない」
スロウのそれを否定しながら、そろそろ朝食にいかないとまずいと話を切り上げた。そうですね、と頷いたスロウも、じゃあ行きましょうかと俺から離れる。
が、俺はそんなスロウの手を握った。へ、と目を見開くスロウを見ずに、さあ行こうとそのまま歩き出す。
「えっへへ、エミル、大好きですよ」
「俺もだよ」
まあ俺とスロウが付き合うようになったからといって何か変わるわけでもなし。村は相変わらずだし、ギルドの中も別段代わり無しだ。お姉さんがニヤニヤとした表情でこちらを見てきて鬱陶しいが、まあ精々そのくらいか。
「いやぁ、今日もラブラブだねぇ」
お姉さんの言葉を無視しながら、さて今日は何か依頼はないだろうかと依頼掲示板を眺めた。最近は元同級生の冒険者が頑張っているらしい、とこないだ聞いたが、それでも何個か依頼は残っている。ある程度腕の必要なものだったり、逆に人気のない下級依頼だったりだ。
「何か受けます?」
「いや、受けるといってもな」
のし、と背中におぶさるような形になったスロウが同じように掲示板を覗き込みながら俺に問い掛けたが、見る限り出番のあるような依頼はない。腕が必要な依頼もまあ中級程度の募集で、しかもこの村に直接関係するやつではないからだ。多分広い範囲に出してるやつだから、気にしなくても問題ないだろう。
それはそれとして、人型で芋虫のようにのしかからられると、思い切り胸が背中に当たるのだけれども。いや抱きついてくる時点でさんざんその感触は味わっているが、背中だとまたちょっと味わい方が違うというか。
「エミルの性癖を矯正するためにやってます」
「だから俺は別に変じゃないって」
そもそも興奮するのは芋虫のスロウであって、別の芋虫にドキドキしたりするわけじゃない。具体的には、芋虫のクーヤを見ても何も感じないぞ。だから安心しろ。
そう述べると、分かりました、とスロウは背中越しに頷いた。
「それはそれとして、エミルとくっつきたいのでこのままでもいーですか?」
「それはまあ」
愛しの彼女の頼みを断る理由もない。わーい、と背中で喜ぶスロウを感じながら、どうせなら前に来ればいいだろうと言葉を紡いだ。ひょい、とスロウをお姫様抱っこで支えながら、ギルドの椅子へと戻ってくる。
「エミル君が受け入れるとここまで変わるかぁ」
やってることは大して変わってないのに。そんなことをぼやきながらお姉さんが俺を見る。何だよ、別にいいだろ、恋人同士なんだから。いや正確にはスロウは虫だから恋人恋虫かもしれんが。
そんな俺の視線に、まあ別にそれはいいのよとお姉さんは述べる。
「ぶっちゃけこれが見たかったまであるしね。うんうん、お姉さんは感動だよ」
「ぐぅ」
まあ散々相談したしへたれなところも見せた以上、そう言われるのも甘んじて受けるしかない。そんなことを思いつつ、しかし納得はしたくないのでジト目でお姉さんを見た。当然というべきか、全然堪えた素振りもない。
「まあ、しょうがないわよ。諦めなさいな」
「うんうんうん……」
トントン、と書類を纏めたアリアがそう告げる。そんなアリアに同意するように、ソファーで寝転がっていたシトリーも頷いていた。
ともあれ。依頼掲示板に貼ってある依頼を受けないというのならば今現在俺達は暇である。まあアリアはギルドの仕事を手伝っているから正確には暇じゃないんだが、そこは気にしない方向で。
だというのにギルドに入り浸っている理由があるかといえば、まあない。無いが、じゃあ他に行く場所がこの村にあるのかといえばそれはもう何も無いわけで。
「いっそあの辺の依頼受けちゃいます?」
「流石に勇者級が中級の依頼を受けるのはちょっと都合悪くないかしら」
あの辺、とスロウの指差したそれらを見てアリアが苦笑する。お姉さんも、よっぽど人が集まらなかった時以外は控えたほうがいいかな、と頬を掻いていた。
「でも、そう考えると……勇者級も結構不便だよぉ……」
ひょこ、と起き上がったシトリーがそんなことを言う。まあ確かに、最上級の冒険者になったら逆に受けられる依頼に制限がかかりましたはどうなんだと思わないでもない。が、そういうの受けてる間に勇者級じゃないと駄目な依頼が舞い込む可能性もあるので、そこら辺は一長一短だと思うしかない。
そういえば当初は村の依頼を受けるくらいで冒険らしい冒険はしない、とか言ってたっけか。気付くと逆に村の依頼を受けなくなってるというのも変な感じだ。
「そーですね。じゃあいっそ魔王でも倒しに行きますか」
「そういうのは勇者級にでも任せておけ、って言ってたな、そういや」
気付くと自分が勇者級である。自分で言ったからにはしょうがない、と小さく溜息を吐いた俺は、お姉さん、と声を掛けた。
「魔王級の情報は何かないか?」
「お、流石勇者級。……とはいっても、最近はないかな」
ちょっと前に勇者級バクスのパーティーが退治したという情報ならある、とお姉さんは告げる。それが最新らしく、増えた魔王級も一旦落ち着いてきたのかもしれないという情報が来ていると続けた。
「そーなると、わたしたちも暇になりますかね」
「いや、俺達の場合はアレが残ってるからな」
イゼルブ。あいつを討伐しないことには俺達が完全に暇になることはない。だが、さっきのお姉さんの話だと魔王級の数が落ち着いた以上奴の仲間も打ち止めになった可能性がある。
よし、倒しに行くか。
「どこによ。孤児院に行ってラミューから居場所でも聞く?」
「そうだな……」
アリアの言う通り、孤児院に行けばラミューがいる。定期的な報告を欠かしていないのならば、あいつに繋がる情報もあるだろう。それを教えてくれるかどうかは分からないが、場合によってはそこにいる可能性もある以上、行ってみるのはありだ。
「行ってみるか」
俺の言葉に皆頷く。じゃあお姉さん、ちょっと魔王退治してくる。そう述べ、《テレポート》で城下町の孤児院へと移動した。
孤児院に着くと、子供達やシスターがこんにちはと挨拶をしてくる。どうしたんですか、と聞かれたので、ちょっとラミューに用事がある、と述べた。
「おねえちゃん先生なら、今むこうにいるよ」
子供達がこっち、と案内してくれる。そちらに向かうと、別の子供達と一緒に遊んでいる笑顔のラミューの姿が。どうやら今のところあのイゼルブに何か無茶振りをされている様子はなさそうだ。
ラミュー、と名前を呼ぶ。こちらに気付いた彼女は、子供達に断りを入れるとこちらへとやってきた。
「こんにちは。どうされました?」
「いや、イゼルブの居場所って知らないかなって」
「イゼルブさんの居場所、ですか……?」
その会話だけで俺達の目的を察したのだろう。ううむ、と悩むように顎に手を当てた彼女はしかし苦笑しながらまあ仕方ないですねと述べた。
「私は本来彼の味方ですので、この場合力尽くでもとやるべきなのでしょうが」
ちらりと子供達を見る。そうした後こちらを見て、俺達が頷いたのを見てそうですね、と口角を上げた。
「まあ私の最優先は子供達ですので、そこは勘弁していただきましょう」
それに、とラミューは再び苦笑する。行くのは構いませんが、恐らく厄介事に巻き込まれると思いますよと続けた。
「新たな仲間を見付けた、と言っていたので」
「……それは、確かに厄介事だ」
向かうと言っていた場所はここです、と地図を取り出し指し示す。王国どころか帝国じゃねえか。まあ野生の魔王級モンスターにその辺の理を論ずるだけ無駄なんだろうけど、やっぱりさっさと討伐したほうが良いのかもしれない。
「あ、ラミュー。一応聞くけど、イゼルブを討伐したとして」
「安心してください、敵討ち、なんてことはしません」
協力要請されたら少しは戦うかもしれませんが。そう言って笑うラミューにお礼を述べて、俺達はイゼルブの向かった帝国の場所へと《テレポート》をするのだった。