幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第百六話

 以前《テレポート》で移動出来る場所を増やしていたこともあり、目的地までは別段問題なく向かうことが出来た。勿論ちゃんと王国から帝国に来たという記録は残してからだ。そこをすっ飛ばすとイゼルブと同じになってしまう。

 そんなわけで件の場所へとやってきたわけだが、魔王級がやってきている、あるいはそいつが仲間にしようとしている魔王級がいる、という状態の割に見る限りは平和であった。

 俺の住んでいる村ほど小さくはないが、それほど大きくはないこんな場所に魔王級がいたとすれば普通は大惨事だ。

 

「本当にここなんですかね?」

 

 ううむ、と周囲を見渡しながらスロウが首を傾げているが、その辺は俺も同意見だ。そんなことを述べると、アリアとシトリーも同じように頷いていた。

 

「ラミューに騙された、ということは」

「流石に、ないと思うよぉ……」

 

 そうよね、と自分で言ったもののシトリーの否定の言葉にアリアが同意をする。しかしそうなるとここに魔王級がいるはずなのだが、やはりそんな気配もない。向こうが騙しているのでなければ、勘違いか。

 そんなことを思っていたが、まあいい加減埒が明かないので尋ねよう。ちょっといいだろうか、と町の人に話を聞くことにした。まずは自分の身分を明かす。勇者級冒険者だということを知ると、向こうも快く質問に答えてくれるようになった。

 何だかんだ役に立つな、勇者級。

 

「それで、この辺に魔王級の被害が起きていないかどうか知りたいんだけど」

「魔王級の被害ですか?」

 

 俺の質問に町の住人が首を傾げる。ということはやはりここには魔王級はいないのか。そう思った矢先、それならありましたよ、という答えが帰ってきた。

 

「あったのか!?」

「はい。でも、それなら現在は解決しています」

「解決?」

 

 帝国の勇者級でも来たのだろうか。そんなことを思いながら話の続きを聞くと、どうもそういうわけではないらしい。

 

「最近魔王級に認定されるモンスターが増えているという話があって、それがここにも来たんですけど」

 

 イリスさんがいたので問題はなかった。そう町の人は続けた。

 イリス? と俺達は怪訝な表情を浮かべる。帝国の勇者級ではないのは確かで、だというのに魔王級をどうにか出来るような実力者がそんな突然湧いて出てくるなんてことがあるのだろうか。まあ自分で言うのも何だが俺みたいに急に勇者級になれるくらいのがいる可能性も。

 

「あ、いえ、冒険者ではありませんよ」

 

 違うらしい。じゃあ一体何だ、と思った矢先、町の住人の背後から声が掛かった。

 

「あら、私の話?」

 

 ひょこ、と一人の人影が話に割り込んでくる。肩にかかる程度の薄い金髪のツインテールにツリ目がちの赤い瞳、小さめの艶のある唇をした美少女だ。薄手のドレスに日傘を差したその肌はある種病的なまでに白く、しかしその表情はそんなこと感じさせない。そんな一種のアンバランスさが、得も言われぬ色気を醸し出していた。

 

「……むー」

「いや別に惚れたとかそういうのはないっての」

「それは分かってますけど」

「はいはい」

 

 俺がへたれだったこともあり、ちょっと最近のスロウはヤキモチ焼きである。まあそんなところも可愛いんだけど。そう思いながらスロウを抱きしめる。町の人と割り込んだ人影は急なそれに何やってんだと言う表情を浮かべていたが、まあ気にしないで欲しい

 それはともかく。割り込んできた人影はイリスさんとやらの話をしている時に自分の話かと言ってきたので、まあそういうことなんだろう。

 

「そうよ。私がイリス。この町を救ったのも私」

 

 そう言って胸を張るイリス。こんな堂々と言ってのけるのは余程自分に自信があるからなのだろう。まあ町の人の話を聞く限り救ったのも事実だろうし。

 それにしても、と俺は彼女を見る。一見するだけでは冒険者に見えないし、一人で街を救えるような実力があるようにも見えない。だというのに、どうして。

 そんな俺の疑問を見透かしたのか、イリスはふふんと口角を上げた。流石に分からないわよね、と笑みを浮かべた。

 

「こう見えて私、魔王級のモンスターなの」

「魔王級!?」

 

 話がまた凄い方向に移動した。冒険者には見えないと思っていたが、成程魔王級モンスターか。しかし本当に大量発生しているな魔王級。

 ジロリと睨まれた。今変なこと考えたでしょ、と言われたが、魔王級が最近大量発生しているからだとかそんなことしか考えていないぞ。

 

「そこよそこ。私を最近の粗雑な魔王級と一緒にしないでちょうだい」

「粗雑な魔王級、か」

「そうよ。本来は私達みたいな理解ある、選ばれたモンスターとしての称号だから魔王級。だというのに、最近は人間の基準で大したことのない連中まで魔王級魔王級と」

 

 まあ実際ギルドの魔王級認定は最近はお役所仕事になっているところもある気がしないでもない。元々は魔王を名乗るほどの強力なモンスター、だから魔王級は自称だったんだよな。今ではすっかりギルド認定みたいになってるけど。そういう意味では俺の仲間ではスロウ達三体が認定魔王級で、ラティが一応自称魔王級になるのか。

 ともあれ。まあイリスがギルドの最近の魔王級認定の多さに憤っているのは分かった。そして、この様子からすると話のある程度通じるタイプの魔王級であることも分かった。

 

「まあ、対話できないやつもいることはいるものね。でも、ここのところの粗雑な連中はどいつもこいつもただ凶暴なだけで話にならなかったわ」

「そういう部分でも文句がある、と」

「そうよ。あなた、話分かるタイプかしら?」

「エミルはあげませんよ!」

 

 ぐい、とスロウが俺の腕を取る。そんな姿を見たイリスは一瞬呆気に取られ、次の瞬間爆笑した。取らない取らない、そんなことを言いながら、イリスは楽しそうに笑いこちらを見る。

 

「愛されてるのね」

「まあ、おかげさまで」

「いいわねぇ。私もそういうのいないかしら」

 

 そう言いながら視線を落とす。何せ、自分の周りにいるのは粗雑な魔王級ばかり。そんなことを愚痴りだす。

 

「そうでないやつでも」

「見付けたぞ!」

 

 上空から声がする。視線を上げると、何処かヨロヨロとした飛行をするイゼルブがそこにいた。そのままゆっくりとこちらに降りてくると、イリスを視線に入れて今日こそ我の仲間になれと指を突き付けている。

 

「こんなのばっかり」

 

 はぁ、と溜息を吐いたイリスであったが、しかしその口調とは裏腹にちょうどいい暇潰しでも見付けたと言わんばかりの表情を浮かべているのに俺は気付いた。

 

 

 

 

 

 

「我も別に、常に従えなどとは言わん。あの憎きエミルをぶち殺す手伝いを少しだけしてさえくれれば――」

 

 そんなことを言っていたイゼルブの言葉が止まる。視線をこちらに向けると、予想外の遭遇だったのか目を見開いていた。

 

「エミル!? 何故貴様がこんなところに」

「何故って、そりゃお前を討伐しに来たんだよ」

 

 帝国まで来てこんなことしやがって。いやまあ対話出来ない凶暴なだけの魔王級に比べるとやってることはみみっちいとはいえ、正直魔王級ほどのモンスターがあっちにフラフラこっちにフラフラしているだけで十分問題だ。手綱もつけられないだろうし、となると後は討伐するしかない。

 

「ふん、なんとも身勝手な理由だ」

「そう? 割と真っ当な理由じゃない」

 

 ふざけるなと言わんばかりのイゼルブの横で、イリスは俺達の意見をうんうんと肯定している。同意を得られると思っていた相手がそれなので、イゼルブの勢いはそこで一気に削がれた。

 

「な、何故だ? 貴様も魔王級だろう? そんな人間どもの縛りを享受するのか!?」

「別に私はそこまで自由を謳歌したいわけでもないもの」

 

 狭い世界で称えられていればそれで十分。そんなことを言いながら、突然の状況についていけていない町の人に視線を移した。ちょっと厄介事になるかもしれないから、避難していてちょうだい。そう告げて、他の人にも伝えるように述べる。

 分かりましたと駆けていく町の人に手をひらひらとさせてから、イリスはこちらに向き直った。

 

「さて。私はそういうわけでこいつの仲間になる気は――そうね、今のところないわ」

「可能性はあるのかよ」

「ちょっとだけ。こいつが言うエミルっていうのがあんた達だって分かったから、かな」

 

 そう言ってイリスは目を細める。その視線に思わず背筋が寒くなったが、そんな俺よりもスロウやアリア、シトリーのほうが強く反応をしていた。が、どうやら俺とは何だかその方向性が違う。

 三体とも、何だかまるで、捕食される恐怖を味わったかのような。

 

「イリス、とかいったわよね」

「ええ、そうよ。あんたは?」

「アリア。一応魔王級をやらせてもらっているわ」

「あら、やっぱりモンスターだったのね」

 

 そう言って口角を上げると、イリスはぺろりと舌を出す。その拍子に彼女の口内が少しだけ見えた。鋭く尖った、牙が。

 

「あ、ヴァンパイアだよぉ……」

 

 シトリーも気付いたらしくそんなことを呟く。それを聞いていたイリスは大正解と拍手をしていた。そうしながら、さっきも散々見せていたのに気付かなかったの? と笑う。悪かったな、鈍くて。

 

「いいわよ、別に。私にとって大事なのは、そこの彼女がモンスターだってことだもの」

「……どういう意味?」

 

 思わずアリアが後ずさる。得体の知れない恐怖を感じたのか、その表情も顰められていた。

 大丈夫よ、とイリスが一歩前に出る。別に全部いただくわけではないから。そんなことを言いながら、楽しそうに口角を上げた。

 

「む? なんだかよく分からんが、貴様はエミルをぶち殺す手助けをしてくれるということか。成程、あれだな、ツンデレとかいうやつか」

 

 横合いから声。観客になっていたイゼルブがそういう解釈をしたらしくイリスの横に立った。出来ればここにラミューがいれば、とかそんなことを言いながら戦闘態勢を取っている。

 そんなイゼルブを、イリスは何とも言えない表情で眺めていた。明らかにこれの処理をどうしようかと悩んでいる目だ。まあつまり協力する気は現状さらさらないらしい。

 

「あ、でも」

 

 そんなイリスだったが、ぽん、と手を叩くと面白いことを見付けたとばかりに笑みを浮かべた。うんうん、と頷きながら、そういことなら仕方ないと笑みを浮かべる。

 

「そうだったわ。実は私、こいつに脅されていたのよ」

「は?」

「協力しないと殺すって……だから、仕方なく、手助けを」

 

 よよよ、と突然泣き真似をし始めるイリス。急なそれについていけない。勿論それはイゼルブも同じようで、一体何を言っているのかと言わんばかりの表情を浮かべている。

 そんなイゼルブをジロリとイリスが睨み付ける。思わずビクリと姿勢を正した奴に向かい、私は脅されている、ともう一度短く告げた。

 

「……お、おう、そうだな。我が脅して無理矢理仲間にしたのだ。ふははは、は、はぁ……」

 

 これでいいのか、と言わんばかりの表情をイリスに向ける。イゼルブのそれを見た彼女は落第点、とばっさりと言い切ると、まあいいとばかりにこちらに目を向けた。

 

「まあ、そういうわけだから」

「どういうわけだよ。いや、何となく察せられるけど、何でだ?」

 

 さっきまで乗り気じゃなかったし、狭い世界で称えられていれば十分だって言ってただろうに。そんなことを思い、口にしたが、勿論それはその通りと返される。

 が、それとは別に、こちらとしても重要なことがあるのだ、と言葉を続けた。

 

「美食よ」

「美食?」

「そう、私はヴァンパイア、主食は主に血液。まあそんなことは言わなくても分かるわよね?」

「ええ、そうね。それで?」

 

 さっきから何かの狙いにされているアリアがイリスを睨み付けながらそう述べる。その言葉を受けたイリスは、もう分かっているくせに、と笑みを浮かべた。牙を見せて、舌なめずりをした。

 

「私の主食はモンスター。人の血は好みじゃないの。だからこうやって人の町で脅威になるモンスターを退治して血を吸っていれば称えられて一石二鳥」

 

 成程、粗雑な魔王級もそうやって討伐して、だから町の被害も少なかったのか。けど、それが一体何の。

 そこまで考えて、まさか、と俺はスロウ達を見た。そうだ、人を食わない魔王級は確かに人の世に受け入れられるかもしれない。普通ならば、モンスターを食う、と言われてもああそうなんだで終わってしまう。

 だが、俺は。俺達の場合は。

 

「お前、スロウ達を食う気か?」

「あら、失礼しちゃうわね。ちょっとだけ、我慢できなさそうだから、向こうの協力者という名目で味見させてもらうだけよ」

「させると思ってるの?」

「思っていないからこういう立場を取らせてもらってるんじゃない。……うん、やっぱりアリア、あんたが一番美味しそう」

 

 味を想像したのか、イリスがうっとりとした表情になる。そんな彼女を見て顔を思い切り顰めたアリアは、絶対にこいつをぶち殺すと言わんばかりに扇を構えた。

 そんなアリアを見て、一応念の為、と俺はスロウとシトリーにも視線を移す。まあこれはしょうがないですね、と苦笑しているスロウと、アワアワしているシトリーが見えた。後者はともかく、まあスロウの意見には賛成だな。

 

「同意の取れてない吸血を見逃すわけにはいかないな」

「同意が取れればいいの? じゃあそこの二体は」

「うーん、アリアちゃんがそれだけ嫌がってるのにわたしが許可を出すわけにはいかないんで、駄目ですね」

「痛いのはちょっと、嫌だよぉ……」

「あら残念。じゃあ、仕方ない。力尽くで、味見させてもらおうかしら」

「何でこんな理由で戦わなきゃいけないんだよ」

 

 いや、仲間のピンチなのは間違いないので戦うことに文句はないが、それはそれとしてもこの展開にツッコミくらいは入れたっていいだろう。

 まあいい。この際だ、ついにでイゼルブを討伐して肩の荷を下ろすとしよう。

 

「ぐ、なんだか我が物凄くついでのような気がするが、まあいい。エミル、覚悟しろ!」

 

 ようなじゃない、お前は今回思い切りついでだよ。そんなことを思いながら、一気に距離を詰めイゼルブをぶった切る。不意を突かれたのか、その一撃でイゼルブは盛大に吹き飛ばされた。

 

「ぐふぅ」

「あら、威勢の割にあっさりね」

「あんたも後を追わせてあげるわ!」

 

 そんなイゼルブを目で追っていたイリスに向かい、アリアが鱗粉を飛ばし炎の渦を生み出す。呑気に構えていたイリスは、その場であっという間に炎に飲まれた。

 炎が消える。灰もなく跡形もなくなったのか、そこにイリスのいた痕跡は何も見当たらない。それに怪訝な表情を浮かべたのはアリアだ。殺す気でぶっ放しはしたが、魔王級が跡形もなくなるほどの炎だったのか、と。

 

「勿論、そんなことはないわよ」

 

 どこからか霧が生まれ、そして一箇所に集まっていく。そうして形作ったそれは、大したダメージを負っていないイリスであった。いきなりの不意打ちだったから、ちょっと食らっちゃった。そんなことを言いながら、少し焦げた腕を掲げる。

 そのまま、先程吹っ飛んだが体勢を立て直していたイゼルブの下に向かうと、そういうわけだから、とその首筋にそっと顔を近付けた。

 

「ま、待て。貴様、また――」

「いただきまぁす」

 

 がぶ。躊躇うことなくイゼルブの首筋に噛みついたイリスは、そのままやつの血液をじゅるじゅると吸い上げていく。ギシギシと悶えていたイゼルブも、やがて動かなくなりなすがまま吸われるがままになっていった。

 ああ、成程。さっきから動きが若干鈍いと思っていたが、こいつこれまでに何回か吸われてるな。

 

「ふぅ。結構美味しいのよね、こいつ。くせになりそう」

 

 ぷはぁ、と色っぽい吐息を出したイリスは、若干シワシワになったイゼルブを地面に放り投げた。どさりと倒れたイゼルブは、微かにうめき声をあげていることから一応死んではいないらしい。ちっ、と思わず舌打ちが出る。

 一方、イゼルブを吸血してエネルギー補給をしたイリスは、先程とは違い魔王級のプレッシャーを存分に醸し出していた。どうやらここからが本番、ということらしい。

 

「心配しないで。同意さえしてくれれば、そこの彼みたいに盛大に吸うことはないから。で、も。してくれないなら」

「しないわよ。いいからさっさと始末されなさい」

「あら残念。じゃあ、しょうがないから。ちょっとだけ、力尽くで、ちょっとだけ、たくさん吸っちゃおうかしら」

 

 アリアが前に出る。おい、一体で無茶するなよ。一応こっちはパーティーなんだから、全員でかかればどうにかなるだろ。

 そんなことを言いながら、俺とシトリーも前に出る。スロウも支援の準備を整え、いざ目の前の魔王級を迎撃せんと武器を構えた。

 

 

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