幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第百七話

 ヴァンパイアは吸血コウモリのモンスターで、本来ならば人も襲う凶暴な魔物である。魔法にも長け、姿を擬態させることや霧に変えることも出来ると言われており、出会った場合かなり厄介なモンスターとも言える。

 そんなやつの魔王級だ。簡単に倒せるとは思えない。

 

「潰す」

「あら、怖い」

 

 だというのに、アリアが俺達より前に出てイリスと戦闘しているため、どうしたものかと足踏みをしている状態だ。普段の戦闘ならばアリアは俺達より後ろでサブアタッカーとデバフを担当しているはずなのだが。

 

「おい、アリア! だから無茶するなって」

「無茶なんかしてないわよ。あたしはあたしでやれることをやるわ」

 

 そう言いながら羽を出現させたアリアは、飛行で一気に距離を詰めると扇を振りかぶった。だからお前それの何処が無茶してないっていうんだよ。

 振り下ろした扇はイリスが霧へと変化したことで空を切った。そのタイミングで扇を開くと、アリアは霧と鱗粉を混ぜ込むように風を舞わせる。

 

「あ」

「弾けろっ!」

 

 ボン、と盛大な爆発が起こった。近くにいたアリアは爆風のあおりをもろに受け、スカートが盛大に捲れ上がっている。いつもの悪役令嬢を目指すアリアだと絶対にそのままにはしないであろう格好のまま、ふん、と鼻を鳴らしていた。

 

「アリアちゃんのスカート中じっと見てる」

「誤解だ。というかあいつのスカートの中って虫の下腹部じゃねえかよ」

「だから、エミルには丁度いいんじゃ?」

「お前俺のことなんだと思ってんだよ」

「あら、そういう性癖?」

 

 耳元で声。弾かれるように振り向くと同時、スロウを俺の後ろに庇うように移動させた。

 そんな俺の動きを見たイリスはパチパチと拍手をする。そうしながら、残念そうにこちらを見た。

 

「やっぱり彼女さんは全力で守るのね」

「別にスロウ以外も守る気ではいるんだけどな」

「あら。いいの? 彼女さんヤキモチ焼かない?」

「そーゆーのも含めてエミルが大好きなんですし」

「お熱いことで」

 

 そう言ってクスクス笑ったイリスは、じゃあ、と視線を向こうに向けた。あっちは守らなくていいの? とアリアを差した。

 守るって言っても色々と限度はある。人の話聞かずに飛び出してったやつは少し頭冷やしてくれないとどうにもならないしな。そんなことを思いながら、しかし勿論守らない理由はないと返答した俺は、無事なイリスを見てギチギチと音を鳴らしているアリアへと声を掛けた。同時に、スロウを連れて距離を取る。

 

「落ち着け」

「だからあたしは」

「落ち着いてないだろ。さっきから一体だけで突っ込みすぎだ」

「ぐっ」

 

 一応自覚はあったらしい。俺の言葉を聞いて忌々しげに唸ったアリアは、ごめんなさいと俺達に頭を下げた。

 それはいいが、何でそんなに無茶したんだ。狙われてるってだけか?

 

「それは多分、あんたがターゲットになってないからでしょうね。スロウやシトリーもある程度は感じてるでしょうけど、あたしは特に顕著よ」

「あー。まあ確かにぞわぞわってする感覚がちょこちょこありますね」

「食べたい、っていう欲求を感じるよぉ……」

 

 スロウはそれほどでもなさそうだが、シトリーは普段そういう感覚を撒き散らしているからなのかそれなりに意味を察知出来るらしい。そして、その中でも一際意識を向けられているのがアリアってことか。成程、それは確かに落ち着けなくても仕方ないか。

 

「ミミックロウラーみたいに意外と捕食されることも多いモンスターと違って、トリックモスにはそういう機会も少ないもの」

 

 そういえばアンガービーとかその辺の騒動もあったな。ちらりとスロウを見て、絶対に捕食なんかさせないからなと心に刻む。

 

「わたしはエミルに食べられるなら別にいーですけど」

「食べてたまるか」

 

 アホなこと言ってないで支援を頼む。そんなことを続けながら、さてではどうするかとイリスの方を見た。恐らく変わらずアリアを捕食のターゲットにしたまま、ゆっくりとこちらに近付いてきている。

 

「今度は迂闊に前に出るなよ」

「わ、分かったわよ」

 

 そう言い聞かせ、俺はイリスへと駆け出す。おや、と目を見開いた彼女に向い、俺は思い切り剣を振り抜いた。間違いなく手加減とかそんなことをやっている余裕はない。相手は魔王級、真面目にやらないとやられるのはどう考えてもこっちだ。

 斬、とイリスの左腕が切り裂かれる。思ったより簡単にダメージを与えられたことに思わず拍子抜けをしてしまった俺は、しかし次の瞬間蹴り飛ばされて宙を舞った。やられた、ダメージを受けたのはわざとか。

 

「大正解。向こうで萎れてるあいつの血液を美味しくいただいたから、この程度のダメージは簡単に回復できちゃうのよ」

 

 ほらこの通り、と切り裂かれた腕が再生していく。成程、つまり相手はイリス一体であるものの、実質的な耐久値はイゼルブも含めた二体分ってことか。面倒だな。

 受け身を取り、体勢を整える。その隙間を縫って、シトリーがイリスへと突撃していた。大剣を手に入れたことにより、何だかんだ自分から攻撃することも出来るようになったシトリーの一撃は、先程と同じようにイリスの体にダメージを与える。

 が、しかし。その一撃で倒せるわけでは勿論ないわけで。同じように再生を軸にしたカウンター戦法でシトリーの大剣が弾き飛ばされた。

 

「丁度いいから、あんたも味見を」

「させるわけないでしょうが!」

 

 鱗粉が舞う。ち、と舌打ちしたイリスはバックステップでその爆発を回避した。その頃には俺も再び攻撃出来るようになっている。爆煙を突っ切り、まだ再生しきっていないイリスに肉薄すると、悪徳の剣を横薙ぎに振るった。右足を斬り飛ばしたことで、バランスを崩したイリスがよろめき転ぶ。

 

「シトリー!」

「いくよぉ……!」

 

 疑似餌から抜け出ていたシトリーが流砂を生み出す。それを察知したイリスが両手を翼に変えて即座に離脱しようとしたが、一歩遅い。ガバリと飛び出たアリジゴクがイリスの上半身と下半身を真っ二つにした。盛大に血が飛び散り、泣き別れた上半身が地面にごろりと転がる。

 そのまま、イリスはピクリとも動かなくなった。

 

「やったの?」

 

 怪訝な表情でアリアがイリスの上半身を見やる。まあ一見すると死んでいるようにも見えるが、実際はどうなんだろうか。さっきの一撃で吸血したイゼルブの分の耐久値を一気に削ぎ落としたのならばこれで終わりなのだろうけど。

 

「シトリー」

「どうしたのぉ……?」

「念の為、食べちゃいなさい」

「えぇ……」

 

 アリアの言葉を聞いて、ちらり、と動かない上半身をシトリーは見た。ちょっと人間に見た目が近いから食べにくい、とぼやきながら、まあ仕方ないかとアリジゴクがポテポテ移動する。

 いや、待て。人間に見た目が近いからって言ったか? ヴァンパイアは吸血コウモリのモンスターで、本当に死んだのならば擬態も解けるべきじゃないのか? それともヴァンパイアくらいになると擬態したまま死んだらその状態を保つのか?

 

「シトリー、捕食中止! 離れろ!」

「ふぇ……? あ……」

「残念。もう遅いわ」

 

 いつの間にか、ちぎれた下半身も斬り飛ばした右足も消えている。そして動かなかった上半身の下へとそれが移動していた。ジワジワと泡立つように切断面がくっつき、そして再生が完了する。そうしながら、不用意に近付いていたシトリーの首筋へとその牙を突き立てていた。

 

「やぁ……あ……あぁ……あん……」

「うん、やっぱり美味しい」

 

 ビクン、とシトリーの体が跳ねる。ごくり、とそれを飲んだイリスは、満足したようにシトリーの首筋から唇を離した。

 

「動いちゃ駄目よ? 再生するのにちょっと時間かかるでしょうから、この戦いはこれから見学」

「う、うぅ……クラクラ、するよぉ……」

 

 ヨロヨロと左右に揺れたシトリーは、そのままドサリと倒れて動かなくなった。イゼルブほど吸ったわけではないようだが、奴の口ぶりからするとしばらく戦闘不能になる程度は吸血しているのだろう。目を回したシトリーは、うごけない、と小さく呟いていた。

 

「シトリー!?」

「ふふっ。ちゃんと確認せずに近付いちゃうと、こうなるわよ」

「こいつっ!」

「あら、迂闊に指示を出したおバカさんが、次の獲物になってくれるかしら?」

「ぶっころ――」

「落ち着けアリア」

 

 コルセットの辺りから節足も飛び出し、顔も若干複眼気味になっていたアリアの肩を掴む。ギロリとこちらを睨んだアリアに向かい、俺はもう一度落ち着け、と述べた。

 

「アリア。お前の目指すアリアンロッテはこの程度で激情するようなやつか?」

「当然よ」

「するのかよ……」

「……まあ、でも。今のあたしみたいな怒り方ではないわね。もっと、冷徹に怒りを表現するほうが『らしい』わ」

 

 ふう、と息を吐いたアリアが、俺を見てありがと、と呟く。擬態が解けかけていた顔も元通りの美少女になっており、少し照れた様子が可愛らしい。

 

「エミル。何だか吹っ切れてから節操なしになってません?」

「何の話だ何の」

「アリアちゃんを惚れさせちゃ駄目ですよってことです」

「だから何の話だ」

 

 今はそんなことより、とスロウを見る。分かってますよとばかりに頷いたスロウに笑みを浮かべると、俺はアリアに声を掛けた。じゃあ行くぞ、と言葉を続けた。

 

「あら、メンバーが減ったのにまだ行ける気なの?」

「当然だ」

「ふうん。そう、なら遠慮なく」

 

 今度は向こうから。一気に距離を詰めたイリスは、俺を蹴り飛ばそうと回し蹴りを放ってきた。鞘を構え、光の盾でそれを受け止めた俺は、そのままアリアの名前を呼ぶ。

 そう何度も、と即座に足を引いて退避しようとしたイリスだったが、周囲に鱗粉が存在しないことに気付いて、弾かれたように視線を動かした。

 

「直接!?」

「そうでもしないと、あんたには躱されるでしょ」

 

 扇を思い切り突き付ける。舌打ちをしたイリスは即座に体を霧にして離脱したが、それはさっき対処していると扇を広げたアリアが風を巻き起こした。

 風で纏められた霧が再びイリスを形作る。そこを狙って、アリアが今度こそ鱗粉を爆発させた。爆煙とともにイリスの四肢が吹き飛ぶ、が、即座に霧にして呼び戻すと接続し再生させた。

 

「ヴァンパイアってそんなに再生能力があったか?」

「勿論、私が特別よ。普通のヴァンパイアならとっくに討伐されてるわ」

 

 流石は魔王級と言うべきか。そんなことを思っていると、後は貰った血液の質も良かったし、とイリスが笑っていた。イゼルブとシトリー、二体分の魔王級を吸っているのだからと言われると成程と頷けてしまう。

 だが。お前が魔王級だと言うなら、こっちも勇者級冒険者であり、スロウもアリアも魔王級モンスターだ。お前に負ける道理はない。

 

「中々言うわね。じゃあギルド認定の魔王級の強さを、しっかり見せてもらおうかしら」

 

 クスクス笑う。そんなイリスに向かって、そうだな、と俺は頷いた。しっかり見てもらおうかと言葉を続けた。

 

「なあ、シトリー!」

「今度は負けないよぉ……!」

「へっ?」

 

 アリジゴクの顎と大剣、三つの刃で横一文字にイリスをずたずたにした。斬り飛ばされた下半身をぽかんとした表情で見ていたイリスは、弾かれるように後ろを見やる。いつの間にか完全回復しているシトリーを、だ。

 

「結構吸ったわよ!? 動けるような状態じゃないはずなのに」

「そこはわたしが回復しました」

 

 なんてことないようにスロウが述べる。な、と今度はスロウを見たイリスは、そういうわけなので、と俺達に支援を重ねがけしたことで顔色が変わる。

 

「な、嘘でしょ? なにその支援と回復は!? 規格外にもほどがあるわよ!」

「……ふははは。我をさっさとこんな状態にしなければ、警告も出来たのだがな」

 

 驚愕するイリスを見て、地面に捨てられていたイゼルブが何故か勝ち誇った顔でそんなことをのたまっていた。何でお前そんなドヤ顔なんだよ、吸血されて放り投げられただけの分際で。

 

「まあ、この支援も長くやってると負担も大きいし。さっさと決めさせてもらうぞ」

 

 集中し、一気に間合いを詰める。向こうが反応して下半身を再生するよりも早く、両腕をぶった切るとその上半身を上空に蹴り飛ばした。

 

「まずい、回復……間に合わ――」

「でしょうね。さあ、これで」

 

 そうして上空に打ち上げられたイリスに追いついたアリアが、扇を開いてそれを突き付けていた。

 鱗粉を舞い散らせ、相手の逃げ道を全て潰して、そして。

 

「終わりよ!」

 

 パチン、と扇を閉じると同時、イリスの体が中から爆発する。今度こそ盛大な爆発音とともに、彼女は木っ端微塵になった。パラパラとイリスだったものの欠片が上空から降り注ぐ。

 ふん、とそれを見ながらアリアは鼻を鳴らした。そのまま地上に降りてくると、俺達の姿を見て笑みを浮かべる。

 扇を広げた。それで口元を隠しながら、アリアは笑う。

 

「ありがと。あんた達のお陰で、こいつを倒せたわ」

「どーいたしまして」

 

 アリアの言葉にスロウが返す。そうしながら、でも、と少しだけ苦い顔をした。

 多分、完全には倒せてませんよ。そう続けたことで、アリアの笑みがぴしりと固まる。

 

「流石に木っ端微塵だと、死んだんじゃないのぉ……?」

「んー。まあ本当に木っ端微塵なら死んでると思いますけど」

 

 ねえ、と視線を動かす。そこには、小さなコウモリがパタパタと飛んでいた。

 

「あ、バレた」

「こいつっ……」

「ストップストップ。私の負け。今回はもう吸血しないわよ、ね?」

 

 こいつ今さり気なく今回はって言ったな。本当ならその辺指摘してとどめを刺すほうがいいのかもしれないが、騒ぎが収まったと思って戻ってきた町の人達に見られている。確か町を守っているのは本当だったはずなので、ここでそんなことは知らん死ね、は住人と遺恨が残る可能性もあるわけで。

 

「どうするのよ」

「いや、一番怒りの高いお前がそれだと、俺としてはもう」

「いつものですか」

「いつものだよぉ……」

 

 いつものって言うな。今回はちゃんと理由があるだろう。そんなことを述べると、まあ確かにそれはそうか、と皆納得してくれた。

 

「ありがとう。お礼、になるか分からないけど、そこの魔王級の監視、やってあげるわ」

「それ、場合によっては俺達とまた戦うやつじゃないのか?」

 

 そこの、と相変わらずボロ雑巾のままのイゼルブを指差したイリスだが、まあその時はお手柔らかに、と笑っている。お前さては適当な理由をつけて吸血のチャンスをうかがってるだけだな。

 

「まあまあ。ちゃんと人は守ってあげるし、粗雑な魔王級程度なら勇者級と倒す協力だってしてあげるから、ね?」

「……どーします? エミル次第ですけど」

「何で俺だよ。ここはアリアだろ」

「……アリアンロッテなら、ここは見逃すわね」

「いいのぉ……?」

「負けを認め、命乞いをする相手をわざわざ踏み潰すのはわたくしの矜持が許しませんわ」

 

 扇で口元を隠したままアリアがそう告げる。まあお前がそう言うんなら、それで行こう。

 ありがとう、と改めてお礼を述べたイリスは、そのままパーツを集めるように霧に変化し、そしてそのまま集合して元の姿へと戻っていった。お前実はまだ余裕があるんじゃないのか?

 

「ないない。さ、私はそこのボロ雑巾からもう少し吸血して体力取り戻すとしますか」

「……え? いや待て、我はもう限界で、これ以上吸われると流石に命の危機が――ぬわぁぁ!」

 

 断末魔の悲鳴を上げて吸血されるイゼルブを見ながら、これは暫く孤児院には来られないだろうからラミューに伝えておくか、とぼんやりそんなことを思うのであった。

 さらばイゼルブ、本当にさらばでもいいぞ。

 

「ぐぅ、エミル……覚えて……おけ……」

 

 




別にトドメ刺しても良かったのでは……? いや流石に外道か……ってなった
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