二回目の稽古である。もう俺達を嘗めるような弟子はいないので、全員尊敬の眼差しでこちらを見てくる。それはそれで凄く恥ずかしい。いやまだ俺駆け出し勇者級なんだけど。
「まあ、勇者級ってだけでもう特別なんでしょうから、諦めなさい」
アリアがそう言って笑う。近接技術が殆どないこいつは今回の稽古ではほぼ見学役である。そういう意味でも唯一気楽なんだろう。
そう。結局スロウとシトリーもあの稽古がある意味好評だったらしく、試合を挑んでくる弟子達が大量にいた。スロウはノリノリだったが、シトリーはちょっとあわあわとしていた。
そんな感じで今回はほぼ全員が俺達と試合を行い、終了した。おっさんの膝はまだ治らないので、このまま暫く俺達が稽古相手になるのは確定。そんな噂を聞きつけたのか、三回目は別の道場からも出張で試合を申し込んでくる連中まで現れた。こういうのって他流試合だから俺達関係ないんじゃないのか、と思ったが、交流のついでに、とか適当な理由を付けられる。師範に視線を向けると、流石に依頼の内容を超過していると苦言を呈していたので、次はない、ということになった。
次は、である。今回は結局やる羽目になった。まああくまで一部だが。
そんな感じで四回目。だんだんと落ち着いてきた感もある道場では、俺達との稽古でメキメキと実力を伸ばしている弟子達がいた。最初に稽古したあの連中である。この調子なら冒険者になったら即座に活躍出来るだろう。
「あれ? お客さんですかね」
スロウが道場の入口に目を向ける。数人の人影がそこに見えた。本当だ、と確認しつつ師範に視線を動かすと、何やら怪訝な表情をしているのが見える。誰だ? と呟いているところを見ると、道場の関係者、あるいは知り合いではないのだろう。
そのまま人影は入口の看板を暫し眺めてから去っていったが、結局何者なのかは分からず仕舞いだった。交流試合にでも来た他流派だろうか。そんなことを思い尋ねたが、それにしては見ない顔だったと師範は述べる。
ひょっとして、おっさんの言っていた道場破りとかいう連中だろうか。そんなことを思いはしたが、そうなると何で去っていったのかが分からない。下見か何かだったんだろうか。
まあいい。気持ちを切り替えて、稽古試合の続きをしよう。そう思い木剣を構える俺に、弟子の一人が真っ直ぐこちらを見て突っ込んでくる。この短期間で一気に成長したのか、これなら下級モンスターにはある程度余裕を持って戦える程度にはなっていた。
「ぐっ」
「踏み込みはよかったぞ」
それを受け止めて弾く。こなくそ、と攻撃の手を緩めない弟子の一撃一撃を弾きながら、俺は背後に回って首筋に剣を突き付けた。まいりました、と項垂れる弟子を見ながら、いや大分強くなっていると素直な評価を述べる。
「普通のウッドベア相手にも戦えるかもな」
「本当ですか!?」
「倒せるとは言ってないけどな」
そう言って笑うと弟子は悔しそうに歯噛みする。いやでもまだ冒険者になるかならないかくらいの状態でそこに至っているのならば、大層なものだ。他の、まだ冒険者になっていない連中と比べると雲泥の差だしな。
そんなことを続けると、それは年齢の問題だろうと拗ねられた。そういうところはまだ子供だな、と笑うと、そこまで年齢違わないくせにと返される。そうしながら、なのに、こんなに強い勇者級なんて、と溜息を吐いていた。
「まあ俺の場合は色々な偶然と、あとは」
スロウを見やる。向こうで別の弟子との試合をしている姿を見ながら、大事な奴がいたからだ、と眼の前の弟子に続けた。
「彼女さんのためかぁ」
へー、ふーん、と弟子の視線が何だか生暖かいものに変わる。何だよ、悪いか、いいだろ、そういう理由でも。実際問題勇者級になったのはスロウのためなので、別段間違ったことは言っていない。
「そういう人がいると、強くなるんですか?」
「それは分からん」
「そこは保証してくださいよ」
はぁ、と溜息を吐かれる。そう言われても分からないものは分からないのだ。あくまで俺の場合、スロウがいたからこうなったってだけだ。スロウがいなかったらこんな風になっておらず、どこかで死んでいたというだけだ。
「ま、いいや。とりあえず先生、もう一回」
「はいはい」
連続で試合を申し込んでくるだけの気力があるのはこいつとあと一人くらいで、基本は一日一回試合して終わりだ。それでも十分経験にはなっているみたいだけど、やっぱりこうやって何度も勝負を挑んでくるやつと比べると成長の度合いが違う。
そんなことを思いつつもう一回ぶちのめすと、件のもう一人が次は自分だとやってきた。交代だ、とさっきまで戦っていた方の弟子を下がらせると、じゃあ始めるかと試合を開始する。向こうが早さならこちらは一撃に重きを置くタイプだ。一撃一撃が結構重い。とはいえ、まあ当然冒険者になるかならないかレベルとしては、の話ではあるが。でもまあ、ミミックロウラーくらいならもう倒せるかもしれない。あくまで普通の、である。
まあそんなわけでやっぱり軽くぶちのめし、今日の稽古はここまでとなった。ゼーハーと肩で息をするもう一人の方の弟子にアドバイスをしながら、向こうはどうだろうかと視線を向ける。
スロウは変わらず拳で試合相手をぶちのめしつつ、怪我人が出たら治療している。おかげで道場で無茶な練習するやつがちょっと増えて師範が困っていた。お前ら俺達がいなくなったら回復出来ないんだからな。
そしてもう一方のシトリーであるが、意外にも人気であった。普通の試合では到底起きないであろう高耐久値から繰り出されるカウンター。それが普通の訓練では賄えない部分を補えるということらしい。後普通に見た目人気もある。ポヤポヤした巨乳の美少女が稽古を付けてくれるということでデレデレする弟子連中もそれなりにいた。まあそのたびにぶっ飛ばされているので、変な趣味に目覚めないか若干心配であるが。
そんなこんなで今日の稽古終了。ありがとうございました、という声を聞きながら、俺達は帰る支度を行う。おっさんの膝の調子はまずまずらしいが、まあまだ稽古相手になれるほどではないらしい。
そういえばおっさんが、あんまり強くし過ぎると戻ってきた時俺がやられるだろ、とかぼやいていたが、そんなことを言われても知らん。
そうして稽古を続けること数回。おっさんも膝が治ってきたらしく、今日は俺達と一緒に道場へとやってきた。まだ稽古が出来るほどではないらしいので、見学するみたいだが。
いつも通りに素振りと形稽古をし、そして俺達との試合である。おっさんはそれを見て滅茶苦茶苦い顔をしていたが、頼んだのはおっさんなんだから諦めろ。いや、お姉さんだったっけか? どっちにしろその場にいて止めなかったんだから同じだ。
「おいエミル」
「なんだよ」
「お前もう少し加減しとけよ」
「加減は十分してるっての。その状態で全力は出してるけど」
そういえば、とクロードのことを思い出した。今の俺以前のあいつと同じことをしている、ということに気付き、思わずげんなりとした顔になる。実際、中級冒険者程度の加減はしているつもりなので、おっさんが万全になれば別に問題はないだろう。
そんなことをおっさんに言うと、それはそうなんだが、と顔を顰めた。ああ、稽古試合で余裕がなくなるのが嫌なんだな。そうは思ったが、もう今更である。
そんなタイミングで、道場の入口に人影が見えた。あれは確か、以前も見た顔だ。確かあの時は入口で何かを見ていただけで去っていったが。
「あ? 誰だ?」
おっさんもその人影に気付いたらしい。怪訝な表情で向こうを眺め、もしかして、と顔色を変える。どうしたんだと尋ねると、どうしたもこうしたもないだろ、と返された。
「あれが例の道場破りだ」
「ああ、おっさんが言ってたやつ。あれがそうなのか」
「多分だけどな」
そんなことを話していると、その人影が稽古場まで歩みを進めていた。何だ何だと手を止めた弟子や師範は、そいつらの動きをじっと見ている。
「どうも、はじまめして」
そう挨拶したのは人影の一人、年若い連中と大人が混じったその連中でも一番年上のようであった。そうしながら、実は自分達は武者修行の旅をしており、この剣術道場で交流試合を行ってくれないだろうかと話を続けた。勿論急な申し出なので断ってくれても構わない、そう付け加える。
「道場破りとはちょっと違う感じだな」
おっさんはそう言うが、まあ実態は似たようなものだろう。ここで弟子なり師範なりをぶちのめし、この道場よりも自分達が上だと大々的に示すのが目的だ。そのついでに弟子を奪ったりもする可能性だってある。
ともあれ。その試合を受けるかどうかは師範が決めることなので、俺達はただ見ているのみだ。そんなことを思っていたが、師範がこちらにやってきてどうしましょうと相談を持ちかけてきた、何でだよ。
「いえ、ここは先生であるエミル殿達の意見も聞きたいと思いましてね」
「先生はそっちだろ。俺達はあくまで臨時の稽古相手だ」
「もうすっかり弟子達は皆さんを先生だと思っていますよ」
そう言って師範の視線の動かした先を見ると、弟子達が俺達をじっと見ていた。師範が頷くと、弟子達もコクリと頷く。
そう言われても。俺は別に剣術の達人とかそういう輩ではないので、今向こうにいる連中の強さがどのくらい、とかが分かるわけでもない。精々まあクロードやバクスよりかは全然弱いな、とか思う程度だ。比較対象がおかしいというなかれ。
そういうわけで、俺達よりは弱い、ととりあえず師範に告げた。まあ内緒話をしているわけでもないので、俺のその宣言にピクリと向こうが反応していたが、そこは知らん。だって事実だもの。
師範はそれを聞くと、成程、と頷いた。そうしながら、では一度交流試合を行ってみましょうか、と言葉を続ける。今の会話のどこかに話を受ける決定打があったのだろうか。よく分からないが、弟子達もやる気なのでまあいいとするか。
トントン拍子で話は決まり、向こうの年の若い連中――恐らく弟子――とこちらの弟子との試合をすることになった。お互いに木剣を持ち、皆の見守る中道場の中心に立つ。
そうしながら、向こうの師範らしき相手は何かを思い出すようにああそうそう、と述べた。こちらは実戦派、普段通りの戦い方をさせてもらいますが、構いませんでしょうか。そんなことを言いつつ口角を上げた。
師範はそんな相手の師範の言葉に勿論と頷く。こちらもそういう稽古を重ねてきたので、と返し、では試合始めと合図を告げた。
「うーん」
「どうした?」
「いまいちですね」
そんな試合開始の合図を待てないかのように一足飛びに間合いを詰めて一気に剣を振るった相手を見て、スロウがそんなダメ出しをする。まあ卑怯な手段とはいえ、相手の虚を突く手段としてはいい感じじゃないか。そう述べると、ちっちっちと指を鳴らされた。
「シトリーちゃんとの稽古を思い出してください」
「ワタシぃ……?」
「シトリーちゃんの攻撃はほぼ不意打ちの塊みたいなものです」
「まあ、そうね」
アリアが頷く。まあ確かにこいつの場合、弟子達相手だとダメージを受けないから、反撃がほぼ全部不意打ちになる。何やってもカウンターが飛んでくるようなものだしな。それで弟子達も結構ぶっ飛ばされてたし。
それを経験していればまあ、試合開始の合図も待たずに突っ込んでくるのも不意打ちの一種として対処出来るか。スロウの言う通り、うちの道場の弟子はその行動に何ら動揺することなく剣を受け止め弾いていた。それが逆に相手の虚を突いたらしく、一気にペースを持っていかれた相手は体勢を崩し一撃を加えられる。ドサリと倒れた向こうの弟子を見て、師範はそこまでと試合終了を宣言した。
ぐ、と向こうの師範は表情を変え、次はこうは行きませんと別の弟子を繰り出した。こちらも次の弟子を向かわせる。
始め、と今度は合図を待ってから攻めに掛かった。向こうの弟子の苛烈な攻撃に、こっちの弟子は防戦一方になる。が、別にこちらが不利だというわけでもない。冷静に対処し、そして相手の剣を弾き飛ばした。
が、相手はそれを気にすることなく攻撃を繰り出す。拳を、蹴りを繰り出してくる。まあ確かに実践形式とは言ったので、向こうの動きはごくごく当たり前とも取れる。
「まあ、問題はこっちもその辺になれてるってことだけどな」
「そーですね」
横で呑気に観戦している芋虫聖女の拳と蹴りの方が万倍怖い。それを分かっているこちらの弟子も、その拳も蹴りも手早く対処するとその首筋に剣を突き付けていた。
「おいおいおいおい」
おっさんが思わず呟いている。こんなに強くなってるとは予想外だぞ。そんなことを言っているが、実際ここまで快勝したのはうまい具合に噛み合っただけだろう。不意打ちを不意打ちで返したようなものである。実際三人目はその辺りを織り込み済みで向こうも戦いに臨んだ結果拮抗した試合になった。
ともあれ、向こうの思い通りの結果にならなかったのだろう。相手の師範は苦い表情である。本来ならば自分達の実戦剣術を相手に見せつけ、そして勝った方が偉いとでも弟子達に植え付ける算段だったのだろう。が、実際はこちらのほうが実戦剣術としては上だったと証明してしまう結果になった。
ふう、と向こうの師範が息を吐いた。流石ですね、とこちらを称えて口角を上げているが、目は全く笑っていない。
「このような強さを鍛えたお方と、是非とも勝負をしたいものです」
そう言って師範を見た。弟子同士の勝負では上手くいかなかったから、師範同士の勝負で自身の思い描いていた結果に持っていこうというわけか。まあ考えとしては妥当である。
一方の師範、ううむと考え込んだ。そうしながら、どうしましょうとこちらを見やる。なんでだよ。俺達関係ないだろ。
「そんなわけないだろ。この結果はエミル、お前達が稽古をつけたからだぞ」
おっさんがそんな茶々を入れる。おい、と思わずそちらを見ると、楽しそうに笑っているおっさんの姿が見えた。この野郎と顔を顰め、師範の方へと向くと、苦笑しつつそういうわけですと頷かれる。いやそこは師範がやれよ、弟子達の前で情けないぞ。
「そーですよエミル。弟子達の前で情けない姿は見せられませんよね」
「ああ、そうだな。――ん? いやちょっと待て」
「あらエミル、案外やる気なのね」
「違う、今のはそういう意味じゃなくて」
「エミルくん、ふぁいとぉ、おー……」
だから違う。思い切りそう言ったのだが、スロウもアリアもシトリーも、俺を行かせようとする気満々である。この中で説得出来そうなのはシトリーくらいで、シトリーを説得したところで戦況は変わらない。
死んだ目で溜息を吐いた俺は、師範を見た。深々と頭を下げられ、もういい知らんとヤケクソになる。
「こいつらのこの戦い方を教えたのは俺達だ」
そう言って立ち上がった。向こうの師範は突然割り込んだ子供に怪訝な表情を浮かべたが、しかしすぐに表情を戻すとあなたは一体と問い掛けてくる。代理の稽古相手の依頼を受けた、ただの冒険者だよ。そう返すと、再び向こうの師範は怪訝な表情浮かべた。
「冒険者……?」
「そーですよ、勇者級エミル、聞いたことはあるんじゃないですか?」
俺の後ろからスロウがそんなことをのたまう。それを聞いた向こうの師範は、まさか、と目を見開いていた。視線を俺からスロウに向けると、では彼女が『あの』聖女、と呟いている。スロウのネームバリュー凄いな。
ともあれ、分かってくれたのならば話は早い。まあそういうわけなので、と会話を終わらせようとしたら、向こうの師範は真剣な表情でそれならば、とこちらを見ていた。
「勇者級と手合わせできるまたとない機会です」
「……そうなるのか」
はぁ、と溜息を吐きながら稽古場の中心に立つ。言っておくけど、そういう気なら手加減はしない。そう告げると、望むところですと向こうの師範は先程までの雰囲気が嘘のような剣士の顔になっていた。
こっちの師範も、そんな俺を見て期待半分緊張半分で立っている。弟子達も似たようなものだ。向こうの弟子も、師範の言葉を聞いて同じような観客になっていた。
木剣を構える。向こうも流石は師範というだけあって、冒険者としてもかなりの強さがあると肌で感じられた。
それならば、こちらも。
「始め」
合図と同時に意識を集中させる。眼の前の相手が鋭い踏み込みであることを確認しながら、ゆっくりと動くそれを躱して相手の木剣を叩き潰した。
「――な」
向こうにとっては一瞬の出来事だろう。ふぅ、と息を吐きながら、まだやるかと剣を突き付けた。向こうの師範は首を横に振り、まいりましたと頭を下げる。
道場が爆発したかのような感性が響いた。うるさい、と思わず耳を塞いだが、こっちも向こうも弟子達は凄いものを見たと興奮しているし、師範も似たような状態だ。というか師範二人、何だか仲良くなってないか。
「お前の動きを見て感じ入るものがあったんだろ」
おっさんが背中をバンバン叩く。どうしてくれる、と言いながら、笑みを浮かべたおっさんは俺の頭をぐりぐりと押した。
「お前のせいでこれから俺の稽古が大変になっちまった」
「知らねえよ」
「なあ、エミル。そういうわけだからよ」
また暇があったら、こいつら見に来てやってくれ。そうおっさんは告げた。笑みを潜め、どことなく真剣な表情で、そう述べた。
いや、そう言われても、と俺はスロウ達を見る。が、別にいいんじゃないかと言わんばかりの連中の表情を見て、俺は小さく溜息を吐いた。
「……暇な時があったらな」
弟子や師範「動きは見えなかったけど何か凄いことが起きたのだけは分かった」