さて出発、となるところだが、首都からの出発ルートも邪魔されている可能性があるということで、一旦どこかの街に《テレポート》してから改めて向かうということになった。
向こうからすれば邪魔しようと待ち構えていた相手がいつの間にか消えていることになる。まあ自業自得なので来ない相手をいつまでも待っているといい。
「思ったより順調だな」
一番手っ取り早いのは子爵領までひとっ飛びなのだが、スロウのテレポート先に記録がなかったので、ある中から子爵領に一番近い街を選択させてもらった。首都からならば場合によっては一週間ほど掛かるが、これならば半分くらいの日数で辿り着けるだろう。
そんなわけでも邪魔もスルーし、俺達は順調に道を進んでいた。無理して野営とかすることもないので、ある程度進んだら宿屋のある町なり村なりで一旦泊まる。それで十分の距離である。
この調子ならアスカさんの出番もなさそうだな。そんなことを思いながら陸路を進む。そうしながら、そういえば、と俺は護衛対象の二人に声を掛けた。
「空路も邪魔されてたのか?」
飛竜籠ならそれこそ一日で着けるはず。そんなことを思いながら問い掛けると、二人揃って苦笑を返された。その辺りも当然邪魔をされていた、と述べた。
「ただ、それを踏まえても料金がちょっと」
シオンさんがそう言葉を続ける。子爵家の懐事情ではそうぽんぽんと移動に空路を使うわけにはいかないらしい。とはいっても、勇者級のアスカさんがいるんだから、別に払えないということもないだろうに。そう尋ねると、まあそうはそうだけれども、と返される。
あれ? ひょっとして俺何か変なこと聞いちゃったのだろうか。
「エミルさん、飛竜籠の値段、こんなものでござるよ」
今回の子爵家の移動に使うならこんなもの、とアスカさんが料金を教えてくれる。え? マジで? こんなに掛かるの?
「そーいえば、わたしたち自分でお金払って飛竜籠に乗ったことないですね」
スロウの言葉にああそうか、と俺も頷く。よくよく考えてみればそうだった。失念しているにもほどがある。申し訳ないと二人に頭を下げると、別に気にすることはないと姉妹揃って返された。
そんな俺の失言を反省しつつ、陸路は別段問題なくのんびりと進む。危惧していた魔物の襲撃も今のところ殆ど無く、あったとしても俺やアリア、シトリーの相手にならない程度の連中だ。ぶっちゃけスロウでも問題ないくらい。
が、そうして順調に進んでいた矢先。道の端に何やら怪しいものが落ちているのに気が付いた。なんだと、馬車を止めさせて先行し確認しに向かうと、そこには縄でグルグル巻きにされた一人の女性が。死んでいる、というわけでもなく、しかし何かから逃げてきたという感じでもなく。
何とも奇妙なそれに、俺は非常に嫌な予感をしながら声を掛けた。
「あら。ごきげんよう」
「ご機嫌よろしくねえよ」
グルグル巻きにされた女性――近付いてみると思った以上に若かった――は、見下ろす俺を見てそんな呑気な挨拶をする。間違いなく碌でもない輩である。くるくると巻かれた青紫の髪、アクセントに付いている赤い球体の髪飾り、クリクリとした垂れ目気味の瞳等整った容姿で美少女の要素を満たしてはいるが、いかんせんグルグル巻きである。
「なあ、一体全体どうしたんだ?」
「どうしたというと、この格好のことですの?」
「それ以外に何があるんだよ」
呆れたようにそう述べると、それでしたらご心配なく、と笑顔を見せた。いや、心配することしかないんだよこの状況は。
「ワタクシ、束縛が好きでして」
「……で?」
「他に束縛するものがなかったので、自分を縛って楽しんでおりましたのよ」
「……あ、そう」
変態だ。紛うことなき変態である。正直関わり合いになりたくないタイプの変態である。
そっと後ろに下がった。ここを通るけど構わないだろうか。そんなことを述べると、美少女の姿をした変態はお構いなくと返事をする。
「じゃ、じゃあ俺達は行くから」
「ええ。あなた達の旅が楽しいものでありますように」
そう言って微笑むグルグル巻き。嫌だな、ここ通りたくなくないな。そんなことを思いながら、とりあえず邪魔にならないようにグルグル巻きを移動させる。それにしても頑丈な縄だな。そう思って触れると、何か奇妙な感触がした。これ、縄っていうより糸を束ねたような。
「あら? どうかしましたの?」
「あ、いや、なんでもない。馬車に轢かれないように横にどかすから、痛かったら言ってくれ」
「ご丁寧にどうも。でも、ご心配は無用ですの。ワタクシ、自ら束縛しているので」
えい、と言う声とともに縄が解ける。そのまま何事もなかったかのように立ち上がると、グルグル巻きであった美少女は軽くカーテシーをした。
「やはり道端は邪魔になりますのね。一人で遊ぶ際は場所を考えなくては」
「……ああ、そうしてくれ」
もしくはその辺の木でも縛ってればいい。思わずそう述べると、元グルグル巻きは何かを考え込むように顎に手を当てた。そうして、成程、と手を叩く。
「木を縛り、巣を作り、そして自らはそこで束縛される。インスピレーションがわいてきやがりましたわ」
「ああそうかい。まあ迷惑にならないように精々頑張っててくれ」
「あなたのおかげですわ。ぜひお名前を」
変態に名前覚えられるのは嫌だな。そうは思ったが、名乗るほどのものではないでは済まなかったので、素直にエミルと告げた。いいお名前ですわね、と言われても、何かこう素直に褒められた気がしない。
「ワタクシはキララと申しますわ。この出会いを大切に――しかし、多分束縛されてはくれないのですわよね?」
「嫌だよ」
「残念ですわ。ではワタクシは新たな束縛を楽しみつつ、縛れる対象を探すことにしますわ」
「そうしてくれ」
そして俺達に関わらないでくれ。そんなことを心中で思いつつ、じゃあなとキララに手を振った。キララの方もごきげんようと手を振る。
その途中、あら、と向こうの馬車の方を見た。
「あれは、あなたのお仲間ですの?」
「そうだけど」
「素晴らしいお仲間ですのね。大切になさってくださいまし」
「言われなくても」
そんな会話をすると、キララは道を外れて森の方へと歩いていってしまった。どうやら本当にさっき言っていたことを実践するらしい。まあ変態の考えていることはよく分からないので、これ以上考えても無駄だろう。
ただ、そんな彼女であるが。去り際の呟きはやけにはっきりと聞こえた気がした。
「ワタクシも、仲間を探してみようかしら」
そう言っていたが、まあ変態仲間は多分見付からないと思う。あるいは、よっぽど変な女ばっかり集めて回る奇特な奴でも現れない限り無理だろう。
キララという変態とのエンカウントはしたものの、それからは別段問題なく道中は進んだ。もう暫くすると子爵領に辿り着く。
そんなタイミングで、空に影が差した。
「ん?」
思わず見上げると、そこにはレッサーワイバーンの群れが。ドラゴンには到底及ばず、そしてワイバーンほど強くもない。空飛ぶトカゲモンスターみたいな扱いをされるレッサーワイバーンだが、しかし群れをなせば当然脅威となる。
とはいえ、群れのボスとなるワイバーンがいなければ烏合の衆。ただ数が多いだけで面倒なモンスターという扱いだ。少なくとも上級や勇者級にとっては、である。中級くらいの冒険者だと数の暴力で倒される可能性が高い。
「エミルエミル」
「どうした?」
「あれ、見てください」
まあ最後だししょうがない、とか思いながら武器を構えようとしたその時、スロウが何かに気付いたように空を指さした。
そこにどデカいワイバーンが二体。レッサーワイバーン共を従えるように飛んでいた。
「いるじゃねえか、ボス」
「そりゃあ、いるでしょ」
うげぇ、と顔を顰める俺の横で、アリアが何を言っているのやらといった表情で肩を竦めていた。この流れでいない理由がない。そんなことを言いながら、それに、と二体のワイバーンを見た。
「上級にしては中々の個体ね。あれ、最近のギルドの認定だと魔王級になるんじゃないかしら」
ギルドの仕事を手伝っているアリアの言葉ならば信用できるので、まあつまりあれは粗雑な方の魔王級というわけだ。これまでのしっかりとした魔王級と比べると一段落ちるやつだが、強力な相手には違いない。レッサーワイバーンの群れと合わせるとかなり厄介なことになる。
「スロウ、馬車を下がらせろ。俺達で群れとボスを片付ける」
「りょーかいです!」
御者に話をして馬車を反転。もと来た道へと移動させる。そうしながら、その隙を狙ってきたレッサーワイバーンを俺とシトリーで叩き切った。ついでにシトリーが目の前で捕食したので、恐れをなしたのか群れの統率が若干乱れる。
咆哮が響いた。ワイバーンがレッサーワイバーンを纏め上げるように号令をかけたらしい。再び統率の取れた動きでこちらに突っ込んでくる。
その狙いは俺達ではなく、馬車。
「アリア!」
「分かってるわよ!」
素早く飛行し、馬車に辿り着いたアリアがレッサーワイバーンを燃やし、向こうへの襲撃を迎撃する。
そんなアリアに合わせるように、馬車の扉が開くと一人の少女が飛び出してきた。その手には一本の剣が握られており、軽やかな動きで馬車の屋根を足場に舞い上がると、尚も迫りくるレッサーワイバーンに向かってその剣を振るう。
「はぁぁぁぁっ!」
剣の舞と同時に無数の氷柱が生まれ、レッサーワイバーンはあっという間に氷の刃の餌食になった。剣を振るうたびに生まれるその氷の刃は、レッサーワイバーンなど何の脅威にでもないかのごとく馬車へと攻めてきた群れをあっという間に壊滅させる。
「ふぅ。つまらぬものを切ったでござる」
それを行った当事者、言わずもがなアスカさんは、まあ大丈夫だとは思ったが一応、とはにかんだ。魔王級が出てきたら手伝うと約束もしたし、と言葉を続ける。
それはそれとして。やっぱり滅茶苦茶強いじゃないか。何だ今の。あれがアスカさんの魔法剣というやつか。まあ結局相手は小物の雑魚散らしだったけれども、それでも彼女の強さの一端は垣間見れた。やっぱりこれこそがちゃんとした勇者級というやつだ。
それに比べるとやっぱりまだ俺達は駆け出し勇者級だというのがよく分かる。レッサーワイバーンを倒すのにもあんなバッサリ纏めてとはいかないし、親玉のワイバーンも未だに引きずり下ろせていない。
まあとりあえず馬車は何の問題も無くなったということなので、俺達は俺達でさっさと自分のやれることをやろう。
「アリア、一気に行くぞ」
「ええ」
残っている群れに向かって俺は鞘の能力で、アリアは鱗粉で炎を生み出す。二重の炎の渦により、群れは壊滅的ダメージを受けた。戦意を喪失したレッサーワイバーンが散り散りに逃げていく。
そうして残ったのは群れを統率していた二体のワイバーン。ちゃんとした飛竜と比べるとランクは劣るが、しかしそれでも空を舞いブレスを吐くその強さは相当なものだ。適当な認定の魔王級とはいえ、そこまでくればレッサードラゴンの異名を持ってもおかしくはない。
さて、とはいえ。群れを撃退したのだから向こうも戦況を不利だと覚って撤退してくれると嬉しいのだが。
「くるよぉ……!」
「まあ、そんなことはないか」
これがもう少しちゃんとした魔王級ならば違ったかもしれないが、粗雑な魔王級だとこんなもんか。魔王級にも段階を用意したほうがいいんじゃないか、そんなことを思いながら、俺は向かってきたワイバーンのブレスを横っ飛びで躱した。
地面に着地する。ズシン、と音を立てた巨体がこちらを見下ろしていたが、まあやはり本家本元魔王級ほどの重圧はない。とはいえ、腐っても魔王級なので強さはひしひしと感じるのだが。
尻尾が振り上げられた。それをシトリーが受け止め、しかし流石に重さが違ったからなのかちょっとだけ浮いた。ちょっとだけである。ふっ飛ばされずにおっとっと、とよろけているその光景は、知らない人が見たら何の冗談かと思うであろう。
「その尻尾……食べちゃうよぉ……!」
ワイバーンもそれは一緒だったのか、巨体で繰り出す尻尾を受け止められたことで動きが一瞬止まった。その隙を逃さず、シトリーは即座に疑似餌から抜け出し、顎と大剣を使い尻尾を切断、美味しく頂いていた。その衝撃で体勢を崩したワイバーンに鱗粉が舞う。吸い込んだ体内で爆発したそれは、しかし炎のブレスを吐くワイバーンに取っては致命傷足り得なかった。
が、ダメージは十分。口から煙を吐いて悶えるワイバーンに向かい、俺は剣を思い切り振り下ろした。片目を顔の半分ごと切り裂き、鮮血が舞う。流石に巨体を真っ二つというわけにはいかなかったが、ざっくりと傷をつけることには成功していた。
「よし、これで」
咆哮、そしてブレス。咆哮で一瞬体が竦み、その隙に放たれたブレスで黒焦げになる。一瞬の油断でそうなってしまうのが戦闘というものだが、生憎俺の方はそう簡単にはやられてやれない。意識を集中させ、放たれたブレスはゆっくりと着弾する位置を確認しながら躱した。追加行動を行おうとしたワイバーンよりも、自分の動きの方が早い。再度一気に距離を詰めて、今度は首を剣で狙った。一撃で倒せないならば、二撃、三撃。四撃目を放つ前に限界が来たので集中を解き、距離を取る。
「どうだ……?」
グラリとワイバーンが揺れる。そのまま地面に倒れ伏し、動かなくなった。もう一体は、と上空を見ると、流石にこれ以上の戦闘を行う気はなくなったのか、空中で体を翻し撤退していくところであった。
「いやぁ、お見事でござるな」
パチパチパチ、と拍手をしながらアスカさんがこちらにやってくるが、別にこのくらいクロード達だってやれるだろう。そんなことを述べると、まあそれはそうだが、と頬を掻いていた。
「それでも、この速度で魔王級を倒せるようになっているのは素晴らしいでござる」
「本当ね。流石は勇者級だ、ってびっくりしちゃった」
ひょこ、と馬車から顔を出したシオンさんもそう述べる。そこには別に含むところはなにもない、純粋な称賛であった。それが分かったので、俺達も思わず少し照れる。
「さて、まあそれはそれとして」
す、と視線をワイバーンの死骸に向ける。どどんと倒れているのは街道のド真ん中である。これを片付けるにしても、まずギルドに報告するなりなんなりしないと人手が足らない。素材だけ適当に剥ぎ取って後はシトリーに食べてもらえば俺達だけでもギリギリいけるか?
「流石にこれは、ちょっと食べるのに時間かかるよぉ……」
「いけはするのね」
そんなわけで、俺達は目的地直前で足止めを食らうという何とも微妙な事態に陥るのであった。