幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第百十六話

 依頼は完了である。あの後帰り道には襲われることはなく、翌日件の空域を使って移動した飛竜商会に被害はなかった。空にモンスターがいる限りゼロにはならないだろうが、それは今までの通常の範囲内に収まるだろう。粗雑な魔王級の連中がいた頃よりもずっと低くなるはずだ。

 というわけで、改めて依頼完了の連絡を受けた俺達は、教国の首都の宿屋でだれていた。もう仕事は終わったのだから帰ればいいのだが、今回の疲労のこともあり、一旦休んでからということになったのだ。どのみち村に戻ってもやることはないだろうし、教国旅行を楽しむような感じで滞在するのもまあいいか、と思った次第だ。

 すぐそこに月の大聖女がいるという点が欠点ではあるが。傀儡人形よりはまあマシなのでしょうがないと思うことにしよう。

 

「それで、どーします?」

 

 スロウがそんなことを述べる。まあ確かに休むといっても宿屋でダラダラしているだけでは何も変わらない。せっかく教国にいることだし、旅行気分を味わうためにも出掛けた方がいいとは思う。

 アリアやシトリーもそこに反論することはなかったので、よしじゃあ観光でもするかと外に出た。そういえば、教国の首都の観光は途中でスロウがスノウと間違えられて攫われたこともあって中途半端だったな。

 

「王国とは建物も随分違うわね」

 

 道を歩きながらアリアが呟く。教国というだけあって、教会を模したようなデザインの建造物が多く見られた。そういう意味ではあまりその辺統一感のない王国の建物と比べると何だか洗練されているようにも見える。

 

「首都だから、じゃないかなぁ……」

 

 フレデリクさんのところは少し違った、とシトリーが思い出すようにそう続けた。そういえば、確かにあの街とここでは建物の様子も結構違うな。

 でも、だとすると首都としてそういう統一感を持った建物を建築しているというわけで、やっぱ洗練されてるのには間違いない気もする。

 

「でもエミル、わたしたち王都にほとんど行ってないですよね」

「まあな」

 

 改めて王都を確認するとひょっとしたら同じようになっているのかもしれない。そうなるとどっちがどっちだとは言えないか。そんなことを思いながらのんびりと、最初から観光旅行にでもきていたかのように教国の首都を探索する。

 ついでだからなにかグルメでも、と周囲を見渡すと、意外と飲食店もあることに気が付いた。ううむ、結構な数があると、当たり外れがありそうだな。

 

「ここ、いい匂いがするよぉ……」

 

 そんなことを思っていると、シトリーがそのうちの一件を指差し目をキラキラさせていた。じゃあそこにしようか、と店内に入ると、思ったよりお客が入っていてそれなりの人気店であることを伺わせた。ちなみにパスタの店らしい、メニューには見知った名前と初見の料理が並んでいる。

 

「わたしはこれにします」

「じゃあ俺はこっちにするか」

「あたしはこれ」

 

 俺達はそんな感じで注文を決め、店員にそれらを頼んでいく。が、シトリーはうんうん悩んだ挙句、意を決したようにメニューから顔を上げて店員を見た。

 

「ここから、ここまで、お願いします……」

「……はい?」

 

 メニューの上を指差し、そこからつつーっと下に下がっていき、一番下。そんな注文を聞いた店員は一瞬目を瞬かせ、何かの冗談だったのかと俺達を見て。

 本気だということを確認して、もう一度目を瞬かせた。

 

「お、お客様? その量ですと、ざっと十人前ほどになると思うのですが」

「う、うん……そうだけどぉ……」

「いたずらか何かでしたら、然るべきところに連絡させていただきますが」

「えぇ……? 食べちゃ、いけなかったのぉ……?」

 

 本当に食べる気なのだろうか、という表情で店員はこちらを見てくるが、まあそうだとしか言いようがない。モンスターを丸ごと何体も食べるやつなんだから、そのくらいはまあ楽勝だろうし。

 分かりました、と店員が折れたように頷く。そうしながら、大量に残された場合は迷惑客として通報させてもらうと続けた。向こうからすれば妥当な回答である。

 そうしてどかどかと大量に並べられる料理だが、勿論シトリーが残すわけもなく。

 

「もぐ、ぱく……美味しいよぉ……」

 

 バクバクとシトリーの体内に収まっていく料理達。うん、まあ疑似餌の見た目はポヤポヤしている巨乳の美少女で、とてもじゃないがこんなに大量に食べるようには見えないからな。正体はアリジゴクだから、その辺を踏まえれば。

 

「そういえば、スロウやアリアは別に普通だな、食べる量」

「とゆーか、シトリーちゃんが変なだけだと思いますよ」

「そうね。普通のトラップレシアならもう少し食べる量は少ないんじゃないかしら」

「ふえ……?」

 

 頼んだメニューの半分以上をたいらげたシトリーがそんな俺達の会話を聞いて反応する。やっぱり食べ過ぎかな、と少しだけ眉尻を下げていた。いや、別にそれで俺達に何か不都合が起きないなら何の問題もない。

 

「不都合っていうとぉ……?」

「まあ、お前の食費で借金ができるとか」

「そこまで食べないよぉ……」

「ならまあ、問題ないだろ」

 

 現状自分の冒険者として稼いだ金で賄える範囲でしか食ってないしな。まあだとしても今回は珍しくがっつり食ったなって感じはするが。

 そんなことを問い掛けると、シトリーは少しだけ恥ずかしそうに笑った。実は、と言葉を紡いだ。

 

「この間の依頼で疑似餌が一つ駄目になっちゃったから、また体力が削れちゃったんだよぉ……」

 

 そういえばそうだったな。あの竜籠での戦闘後、シトリーは一旦籠の中の本体と切断された疑似餌を着て擬態をしていたものの、結局うまく動かせなくなって破棄して新しい疑似餌を生成したんだった。

 ちなみに破棄された疑似餌は普通にシトリーの美少女姿なのでその辺に捨てるわけにもいかず、現在宿の部屋の片隅に放置してある。持って帰って村で処分するしかないが、どう処分すればいいんだろうか。

 

「一応、燃やすのが一番手っ取り早いと思うよぉ……」

 

 絵面が嫌過ぎる。まあそうでなくても放っておけばそのうち腐って駄目になるとは思うが、シトリーの疑似餌が腐敗していくのを見るのもごめんだ。その辺の感覚を共有してくれる相手がいないのは、このパーティーの欠点とも言えるだろう。

 

「あ、でもエミル」

「なんだよ」

「シトリーちゃんのいらない疑似餌を使って、えっちなこととかしちゃ駄目ですからね」

「何でそうなる」

「え、だってエミル、えっちなこと好きですよね?」

「こんな場所でなんて話をし始めるんだお前は」

 

 ちなみにその質問にはノーコメントでお願いします。いや、俺だって結局は青少年なわけで。そういうのに興味は全然ないわけじゃないけれども。

 まあ少なくとも食事しながらするほど盛ってはいない。と思う。

 

「え、っと……エミルくん……?」

「お、おう、どうしたシトリー」

「ワタシは別に、エミルくんが使いたいなら……」

「使わん!」

「だからあんたら食事中になんて話してんのよ……」

 

 はぁ、と呆れたようなアリアの言葉に、俺は同意しつつも何で俺までと思ったり。

 

 

 

 

 

 

 そのまま食事を終えた俺達は再び観光である。店員はペロリとたいらげたシトリーを見て絶句していたが、まあ旅人の戯れとして勘弁して欲しい。

 

「あ、そーいえば」

「どうした?」

「エミルにあーん、ってやるの忘れてました」

「知らん」

 

 しまった、といった表情を浮かべるスロウを呆れたように見る俺。そしてそんな俺達をアリアとシトリーは生暖かい視線で眺めていた。

 

「でも、よかったわ」

「何がだ?」

「あんたたちが付き合って、よ」

 

 そう言って笑みを浮かべるアリア、その横では、うんうんうんとシトリーが頷いている。

 まあ確かに、何だかんだこいつらにはその辺り色々迷惑を掛けた気がする。そんなことを思った俺は謝罪をし、そしてありがとうとお礼を述べた。気にするな、と二体ともそんな俺に向かって笑顔を見せてくれる。

 

「でも」

「ん?」

 

 そんなタイミングでスロウがアリアとシトリーを見て言葉を紡いだ。おちゃらけた様子は見られず、こいつなりに真剣なことを言おうとしているのが分かる。

 

「アリアちゃんとシトリーちゃんはよかったんですか? 好きですよね? エミルのこと」

「はぁ?」

 

 分かったが、そこから出てきた言葉はとんでもない方向であった。何言ってんだこいつという顔でスロウを見たが、まあ真剣な話をしているという表情なので真面目にそんなことを言っているらしい。

 勿論アリアとシトリーもキョトンとした表情だ。が、何を言っているのか、という程の顔ではなかった。

 

「まあ、そうね。あたしは好きよ、エミルのこと」

「ほら、じゃあ」

「でもね、それは恋愛の好きじゃない。まあそりゃ、こんな悪役令嬢を目指す蛾のモンスターをちゃんと扱ってくれる貴重な存在だとは思っているけど」

 

 少なくともそっちの言うような感情ではない。そう言ってアリアは笑い、そしてこっちを見た。

 

「がっかりしたかしら?」

「何でだよ。アリアはアリア、俺の大切な仲間で、友達だろ」

「あら素直。でも、そうそう。あたしはその距離感が心地良いのよ」

 

 だから心配しないで、とアリアはスロウに告げた。最初は納得しかねると言ったような表情であったスロウも、アリアのその言葉を聞き、ごめんなさいと頭を下げる。別に謝るようなことじゃない、とアリアはそんなスロウの頭を撫でた。

 

「あ、でもシトリーちゃんは!? シトリーちゃんは絶対エミルのこと好きですよね!?」

 

 がば、と頭を上げる。視線を向けられたシトリーはぴぃ、と鳴くとわたわたとし始めた。

 

「わ、ワタシは、えっと、その……エミルくんは、好きだよぉ……」

「ほらやっぱり」

「でも、その、スロウちゃんほどの好きじゃなくて……友達の、好き、だよぉ……」

「本当ですか?」

「何でシトリーには疑いの目なんだよ」

 

 だって、とスロウは俺を見る。そうしながら、不満げに、それでいて不安を隠せない表情で言葉を紡いだ。だって、と述べた。

 

「エミル、シトリーちゃんによくえっちなことしてるから」

「誤解が酷い」

「誤解じゃないですよ。エミル、わたしにはそんなに欲情しないのにシトリーちゃんにはけっこうそういう目で」

「見とらんわ! そもそも俺はお前に十分欲情してるっての」

 

 とんでもない誤解をし始めたスロウに、俺は思わずツッコミを入れた。入れたのは良かったが、問題はその勢いでとんでもないことまで口走ってしまった。

 え、とそれを聞いたスロウの動きが止まり、そして胸を隠すように片手を、スカートがめくれないようにもう片方の手を動かす。

 

「エミル、えっちなんですか?」

「お前さっき飲食店で俺になんて言ったか思い出せ」

「……わたしに、欲情してます?」

「…………してるよ」

「えっちなこと、したいんですか?」

 

 したくない、と言うのは勿論嘘になる。だからここで俺が出す答えは一つしかない。が、こんな街中でスロウとエッチなことをしたいです宣言させるとか一体どんな辱めだ。

 そんな葛藤でスロウに返事出来ないでいると、アリアが呆れたように溜息を吐いてスロウにチョップを叩き込んでいた。さっきもそうだったけど、こんな場所でする話じゃない。そう言って、話の流れを無理矢理打ち切る。正直助かった。

 

「で? スロウ、あんたの悩みは晴れたかしら?」

「……はい。シトリーちゃんも、ごめんなさい」

「う、ううん……。ワタシは、大丈夫だよぉ……」

 

 手をブンブンとさせてスロウの謝罪を受け取ったシトリーは、そもそも、とはにかむ。

 

「ワタシの好き、は……スロウちゃんとアリアちゃんもだよぉ……」

「――わたしも、シトリーちゃんが大好きです! 勿論、アリアちゃんも!」

「はいはい。あたしもよ」

 

 そう言ってシトリーとアリアに抱きつくスロウ。三体が抱きしめ合っているのを見ながら、何だかんだいい話に落ち着いたんじゃないかな、と俺は一人結論付けていた。

 そんな俺の手をスロウが引く。そうしながら、抱き合っている三体の中に巻き込んだ。

 

「ちょ、ちょっとスロウ」

「え、エミルくん……!?」

「どーせなら、エミルも巻き込んでしまおうって思っちゃいました」

 

 別に問題ないですよね、とスロウが笑う。いやまあ俺は別にいいと言えばいいんだけれども。

 こんな往来で抱き合っていると、何事だ、って滅茶苦茶見られるんですけど。

 そう告げると、ああ確かにそうでしたねとスロウが離れる。それによって解放された俺達も離れた。

 

「みんな大好き、うんうん、いいですね」

 

 そう言いながらご機嫌なスロウは歩き出す。そんなスロウの背中を見ながら、俺もアリアもシトリーも、やれやれと肩を竦めつつ追いかけるように足を進めた。

 そうして追いつくと、スロウが、ああそうだと指を立てる。言い残していたことがあった、とその指をくるくるとさせた。

 

「エミルへの大好きは、特別な大好きですよ!」

「ああそうかい。……俺も、お前への大好きは特別だよ」

 

 嬉しい、とスロウが俺に抱きつく。そんなスロウを抱きしめ返しながら、俺は愛しい彼女の頭をそっと撫でた。えへへ、とはにかむ姿を見て、俺の顔も思わずほころぶ。

 

「まったく。変な心配なんかするものじゃないわよ」

「うんうんうん……」

「うぅ……ごめんなさい、アリアちゃん、シトリーちゃん」

 

 抱きついたままそんなことを言うスロウを見てアリアとシトリーは笑う。そうしながら、アリアがちなみに、と視線を俺に向けて笑みを意地悪そうなものへと変えた。

 

「あんたは、あたしたちのこと好きなの?」

「はぁ? そりゃあな。さっきも言ったけど、アリアもシトリーも、大切な仲間で友達だからな」

「エミルくんが素直だよぉ……!?」

「どういう意味だ」

「そのまんまの意味だと思いますよ」

 

 そうやって笑うスロウに一発チョップを叩き込んでから、俺はうるさいとそっぽを向いた。いいんだよ、こういう時は捻くれない、ってスロウに告白した時に学んだんだ。

 いいから行くぞ、と俺は三体に告げる。スロウ、アリア、シトリーがそれぞれの返事をしながら、俺の言葉に頷き歩みを進めた。

 一日は、まだ終わらない。

 

 




7章はここまで
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